2000年スキル《反魂》でだらだら生きた俺は、鍛冶バカ王女に拾われて大成する

時津々

2000年目の旅立ち

第1話 邂逅

風が森を撫でていく音がした。ざわざわと揺れる木々の葉の下、斜面を背にした手作りの小屋の前に、一人の男がいた。

アルク。ぼさぼさの黒髪に、年季の入った粗末な衣をまとった青年。年の頃は二十を過ぎたばかりにも見えるが、その実、二千年を生きている。


今、彼がしているのは解体だ。

地面にはゴルドノス──豚とイノシシのあいのこような姿をした、大きな牙とたくましい体躯をもつ獣が横たわっていた。先ほどまで命を宿していたその身体を、アルクは手早く、そして無駄なく捌いていく。


「この脂は煮込み用。こっちは干しておくか……あ、ここ、筋が強いな……」


独り言のように呟きながら、小柄な体には不釣り合いなほど大きな手が器用に動く。その手に握られた小刀は、鉄ではない。ほんのりと青みを帯びた銀白色の光を放つ刃は、骨さえもすっと断ち割る。切断面には微塵の乱れもない。


――シュッ、シュッ。


肉を裂く音だけが、静かな森の空気に溶けていく。


そんな中、アルクはピクリと動きを止めた。

風が変わった。空気の匂いが違う。

誰かが近づいてくる。


「……ん?」


耳を澄ますまでもない。乾いた枝の踏まれる音、複数の足音。気配は六つ──か?

アルクは小刀を握ったまま、立ち上がった。立派な体格ではないが、背筋はまっすぐ伸びている。

小屋の裏に回って様子を伺おうとしたそのときだった。


「ねえ、あなたっ!」


少女の声が、森に響いた。


振り向くと、光が差していた。木々の合間から漏れる陽光の中に、その少女はいた。

長く伸びた赤毛をまとめたポニーテール。キリリとした目元。軽鎧を着込みながらも、どこか品の良さを感じさせる。

そして、その後ろには、剣や槍を携えた兵士たちが控えていた。


「……人?」


アルクの声は、かすれていた。久しく発していなかったせいだ。

何度か咳をしてから、彼は口を開いた。


「ひ、人……? ぼ、僕に……話しかけてる?」


「あたりまえじゃない。ねえ、それ、ちょっと見せて?」


少女──レコナと名乗ったその人物は、アルクの手にある小刀をまっすぐ指差して言った。


「その小刀よ。今、あなたが使ってたそれ……断面、すごく滑らかだった。あんなの、見たことない」


「え、あ……これ? えっと……」


アルクはしどろもどろになった。言葉がうまく出てこない。舌が回らない。

二千年ぶりの会話相手が、まさかこんな調子のいい女性になるとは思ってもみなかった。


「それ、どこで手に入れたの? なにでできてるの? 鍛冶師なの? 鉱石は? 加工法は?」


矢継ぎ早の質問に、アルクはたじろいだ。

けれど、彼は小刀を見て、小さく笑って言った。


「ぼ、僕が……作った。こ、この石で。たぶん……」

そう言って、腰に下げた革袋から、ひとかけらの鉱石を取り出して見せた。


その石は、まるで夜空を閉じ込めたかのように、深く青く、どこか金属とは思えぬ輝きを放っていた。


レコナの目が見開かれる。


「それ……! まさか……!」


兵士たちがざわつく中、レコナはひとり、その鉱石に目を凝らす。


「王家の記録にある……“精錬不能”とされていた伝説の鉱石、オリハルコン……?」


「んー、名前……知らないけど……この石、昔から使ってる」


「嘘よ。オリハルコンなんて、使えるわけ……」


そう言いかけて、レコナは黙った。

目の前の男が口から出まかせを言っているようには思えなかった。


――だってこの小刀、間違いなく、本物だったから。


「じゃ、じゃあ、見せてあげる。これから……これで、作る。見てて」


アルクはそう言って、小刀をしまい、近くの小屋のひとつ──鍛冶場と思しき建物へと足を向けた。


レコナは目を丸くしたまま、思わず彼の背中を追っていた。


「ねえ、あなた、名前は?」


振り返りもせず、アルクは答える。


「……アルク」


その名を聞いた瞬間、レコナの心に、何かがすとんと落ちたような気がした。


(アルク……変な人。でも、面白い。……それに)


その背中は、どこか懐かしく、そしてとても、頼もしく見えた。

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