第4話 旅立ちの荷
「そうと決まれば、善は急げ、ね」
レコナがぱんっと両手を打ち鳴らして立ち上がると、まだ夜明けの名残を残す空の下で、森の木々がざわめいた。
「う、うん……」
アルクは、いささか寝不足な顔で返事をしながら立ち上がり、ぐーっと背を伸ばした。昨日は鍛冶に精を出し、その後の仮眠もわずかだったとは思えないほど、姿勢はまっすぐだった。
レコナはふとその様子を見上げ、思わず声を漏らした。
「あ、背、たかっ……カッコい……じゃない!」
自分の言葉に驚いたように口を押さえると、むりやり話題を変えるように続けた。
「じ、準備があるでしょ?手伝おうか?」
「あっ、いや!ま、待ってて!すぐに済ませるから!」
アルクは顔を真っ赤にしながらバタバタと小屋の中へと駆けていった。小屋の戸がばたんと閉まる音がして、静寂が戻る。
その様子を見ていたレコナは、なんだかくすぐったい気持ちになりながらも、うっすらと笑みを浮かべて木の枝をいじっていた。
ほどなくして、アルクが現れた。背には編み込んだ植物製のバッグを二つ、肩から掛けている。どちらも手作りのようで、編み目が微妙に歪んでいた。
「い、行けます……」
「それしか荷物ないわけ?」
「う、うん……」
レコナは眉をひそめた。「まさか、鍛冶道具までそれに入ってるの?」
アルクは少し考えるように間を置いた後、「……たぶん、なんとかなるよ」と言った。
「……そ、そう。まぁいいけど……」
彼の“なんとかなる”は、もはやある種の説得力を持っていた。昨日、精錬不能と呼ばれていたオリハルコンを平然と鍛え上げた手腕を思えば、多少のことは本当に“なんとかなる”のだろう。
レコナはくすっと笑って、「じゃ、出発しましょうか」と呟いた。
兵士たちが先導し、アルクとレコナの一行は小屋を後にした。森の朝は澄んだ空気と鳥のさえずりに満ちていた。
アルクは時折、振り返って自分の小屋を見つめていた。その瞳に、名残惜しさと少しの不安が混じる。
「……さようなら、また帰ってこれたらいいな」
ぽつりと呟いたその言葉は、誰の耳にも届かなかった。
その日の昼、森の中腹で休憩を取ることになった。陽光が木漏れ日となって地面を照らし、兵士たちは丸太に腰を下ろして談笑していた。
レコナは後ろから回り込み、アルクの背中に掛けられた荷物を覗き込んだ。
「ちょっと、見せて――」
ひょいと一つのバッグの口を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは――大量の、下着。
「ひゃっ!?ご、ごめーん!!」
顔を真っ赤にしてバッグを閉じたレコナは、その場で小さく跳ねるようにして距離を取った。
「なんで下着ばっかり詰まってるのよ!?一袋分パンパンに!」
「だ、だって、『下着は毎日変えなさい』って、お母さんが……」
「そ、それはそうだけどっ!ていうか、鍛冶道具は!?」
「えっ、と、あれ?……たぶん、さっきのところに……あると思う……」
「置いてきたってこと!?必要じゃないの!?」
レコナは思わず天を仰いだ。目の前の男は、確かに天才かもしれないが、常識の感覚がどこかズレている。
それでも、彼の不器用な一生懸命さに、どこか胸が温かくなる。
「う、うん……た、多分、なんとかなるよー?」
「もう……ほんと、変な人」
レコナはそう呟くと、歩き始めたアルクの後ろ姿を見つめて、そっとため息をついた。
(――でも、放っておけないのよね)
その想いが、彼女の背をそっと押していた。
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