第25話:最後のデバッグ!聖女とティアラ、絆の力
鉱山都市ラピスは、絶望の淵に立たされていた。
街を覆う不気味な
市長やギルドマスターから悲痛な訴えを聞いたセシリアは、聖女としての使命感を胸に、問題の鉱山へと向かった。同行するのは、都市の衛兵数名と、そしてもちろん、彼女の頭脳たるティアラ(優)だ。
鉱山の入り口は厳重に封鎖されていたが、中からは不気味なうめき声や金属音が絶えず響き渡り、その異常事態を物語っていた。
(ミストラル村よりはるかに大規模で悪質なバグだな……
優は、ティアラの限られたセンサー機能を駆使し、鉱山内部の状況を分析する。
覚悟を決めて鉱山内部へと足を踏み入れると、そこはまさに地獄絵図だった。
壁や床は黒く変質した鉱石に侵食され、そこかしこで小さな紫色の炎が揺らめいている。そして、その奥から、狂ったように雄叫びを上げながら、元鉱夫たちが襲いかかってきた。彼らの目は赤く濁り、手にはツルハシやシャベルを武器のように握りしめている。
「皆さん、正気に戻ってください!」
セシリアは呼びかけるが、その声は彼らには届かない。
(おいセシリア、こいつらはもう正気じゃない!言葉は通じないぞ!だが、殺すなよ!彼らも被害者だ!あくまで無力化だ!)
優の的確な指示が飛ぶ。
セシリアは、不慣れな集団戦と、相手を傷つけまいとするためらいから、苦戦を強いられた。しかし、ティアラからの弱点指示(関節を狙え、頭部への打撃は避けろなど)と、ミストラル村での戦闘経験を活かし、聖なる光で相手の動きを一時的に封じたり、杖で巧みに攻撃をいなしたりしながら、なんとか鉱夫たちを一人、また一人と気絶させ、無力化していく。同行していた衛兵たちも、セシリアの奮闘を見て勇気づけられ、彼女を援護した。
数々の困難を乗り越え、一行はついに鉱山の最深部、
その中央には、一際大きく、まるで心臓のように脈動しながら黒く輝く巨大な鉱石の塊――汚染源――が鎮座し、周囲に強烈な呪詛と
そして、その汚染源を守るかのように、一体の異形の魔物が立ちはだかっていた。全身を黒光りする鉱石の鎧で覆い、手には巨大な戦斧を構えたその姿は、ミストラル村のゴーレムや森のヌシをも凌駕する、圧倒的な威圧感を放っていた。
(こいつが今回のステージボスか……! しかも、ティアラの機能がフルに使えないこの状況で、どうやって戦う……!? まずいな、このプレッシャーは尋常じゃないぞ!)
優の脳裏に、警報が鳴り響く。
番人の魔物は、セシリアたちに気づくと、地響きを立てながら襲いかかってきた。その戦斧の一振りは、岩盤をも砕くほどの威力を持つ。
衛兵たちはなすすべもなく吹き飛ばされ、セシリアも魔法で応戦するが、その聖なる光さえも、魔物の黒い鎧に弾かれてしまう。
ティアラの分析機能も、相手の強力な
「ティアラさん! どうすれば……!」
セシリアの悲痛な声が響く。
(くそっ、《クロノ・ブースト》さえ使えれば……! だが、今の俺の演算能力では、発動してもセシリアの脳が過負荷で焼き切れるのがオチだ……!)
優もまた、自身の機能制限に歯噛みする。
その時、セシリアがふと、あることに気づいた。
番人の魔物は、常に汚染源である黒い水晶を守るように動いており、その水晶から一定距離以上離れようとしない。そして、水晶が禍々しい光を放つタイミングと、魔物の攻撃が激しさを増すタイミングが、奇妙に連動しているように見えたのだ。
「ティアラさん! あの魔物、もしかしてあの黒い水晶から力を得ているのではないでしょうか……? 水晶自体を浄化できれば……!」
(なるほど! 本体は水晶で、魔物はその端末(ターミナル)か! 盲点だったぜ! だとしたら、水晶を直接叩けば……! だが、どうやってあの魔物のガードを掻い潜って水晶に近づく!?)
セシリアの閃きに、優も光明を見出す。しかし、問題はどうやって実行するかだ。
セシリアは、覚悟を決めた顔で言った。
「私が囮になります! ティアラさんは、私が一瞬だけ作るその隙に、あの水晶の構造を解析して、一番効果的な浄化方法を見つけてください! お願いします!」
(無茶だ! お前一人であの化け物の相手ができるわけ……!)
優は反射的に反対しようとした。しかし、セシリアの瞳に宿る、聖女としての、そして一人の人間としての強い意志を見て、言葉を呑んだ。ミストラル村での戦いを経て、彼女は確実に成長していたのだ。
(……分かった。信じるぜ、お前の力を、そしてその成長を。だが、絶対に無茶はするなよ!)
セシリアは、これまでの戦闘で学んだ全ての回避術と、聖女としての聖気を最大限に高めた防御魔法を駆使し、捨て身の覚悟で番人の魔物の注意を引きつけ始めた。何度も吹き飛ばされ、その小さな身体はボロボロになりながらも、彼女は歯を食いしばり、必死に時間を稼いだ。
その貴重な時間を使い、ティアラ(優)は、自身の残された全演算能力と、ミストラル村の「シルフィードの守り石」から得た聖属性エネルギーの残滓を総動員し、黒い水晶の構造と呪詛のパターンを猛烈な勢いで解析する。
(見つけた! この水晶の中心核……そこに全ての呪詛が集約されている! そこを浄化すれば、全ての機能が停止するはずだ! しかし、その中心核は、何重もの強固な魔力障壁で守られている……! 通常の浄化魔法では、届かない……!)
優の脳裏に、絶望がよぎる。だが、諦めるわけにはいかない。
その時、彼の破損した記憶領域の奥底から、ふと、生前のSE時代に経験した、ある特殊なデバッグ手法が閃光のように蘇った。それは、システムの深層に隠された、通常ではアクセスできないデバッグコマンドを、特殊なシーケンスで強制的に実行するという、極めて高度で危険なテクニックだった。
(……これだ! リスクは高いが、やるしかない! これなら、今の俺の限られた機能でも、あるいは……!)
そして、ティアラが再び
(セシリア! 聞こえるか! 俺の全機能が、今、一瞬だけ完全回復した! この奇跡の瞬間に、お前の全聖力を、あの水晶の中心核、俺が今から示す一点に集中して叩き込め! タイミングは俺が指示する! これは、俺たちの最後の賭けだ!)
優の、かつてないほど力強い念話が、セシリアの魂に響き渡る。
ティアラの全機能が一時的に回復したことで、優は黒い水晶の魔力障壁の、ほんの一瞬だけ現れる「位相のズレ」――すなわち、防御システムの脆弱点――を完璧に捉えることができた。
「今だぁぁぁ! セシリアァァァ!! そこだぁぁぁっ!!」
セシリアは、ティアラから流れ込む膨大な情報と、全身を駆け巡る強大な力に導かれるように、最後の力を振り絞り、杖の先端から極限まで収束された浄化の光線を放った。
それは、黒い水晶の魔力障壁の脆弱点を正確に貫き、その奥深くにある中心核へと、一直線に到達した。
――パァァァァンッ!!
耳をつんざくような甲高い音と共に、黒い水晶が内側からまばゆい浄化の光に満たされ、そして、粉々に砕け散った。
それと同時に、番人の魔物は断末魔の叫びを上げ、その巨体が崩れ落ちるようにして消滅していく。
鉱山全体、そして都市を覆っていたおぞましい
セシリアは、全ての力を使い果たし、その場に静かに倒れ込んだ。
彼女の頭上のティアラもまた、奇跡的な一時回復の代償か、再びその輝きを失いかけていた。しかし、今回は完全に沈黙するのではなく、弱々しいながらも、優の意識は確かにそこにあった。
「……やった……な……セシリア……。お前、本当に……最高のユーザーだ……。俺の……自慢の……」
その言葉を最後に、ティアラの光はふっと消えた。
朝日が、崩壊した洞窟の隙間から差し込み、浄化された鉱山と、そこに倒れる聖女、そして静かに佇むティアラを、優しく照らし出していた。
呪いは、解かれたのだ。鉱山都市ラピスに、ようやく、本当の夜明けが訪れたのだった。
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