第24話:鉱山都市の絶望と、聖女の誓い

 数日間の旅路の果て、セシリアとティアラ(優)は、ついに王都へと帰還した。

 ミストラル村を出発した時とは異なり、セシリアの表情には、かすかながらも自信と、そして聖女としての使命感が宿っているように見えた。もちろん、そのおっちょこちょいな性格は相変わらずで、王都の門をくぐる際には、自分のマントの裾を踏んで派手に転びそうになり、衛兵たちに苦笑されたりもしたが。


(ふむ、以前のような挙動不審っぷりは少しマシになったか? まぁ、それでも道行く人にぶつかりそうになってるのは相変わらずだがな。学習能力の低さは仕様か……。しかし、あの目つきは悪くない。少しは聖女らしくなってきたじゃないか)

 優は、ティアラの内部でセシリアの小さな変化を感じ取りつつ、いつものように皮肉めいた評価を下した。


 聖教会本部へと向かう途中、セシリアはふと思い出したかのように、近くの評判の菓子店へと立ち寄った。そして、ミストラル村の名産品である蜂蜜をたっぷり使ったパイをいくつか購入する。

「大司教様も、甘いものはお好きかしら……。お土産に持っていこうと思います」

 その気遣いに、優は少しだけ感心した。


(お前、そういうところだけは気が利くな。まぁ、どうせ半分は自分で食うつもりだろ。そして残り半分は俺(ティアラ)の蒼穹石そうきゅうせき部分にこぼす、と。……いや、さすがにそれはもうないか? 少しは学習したと思いたいがな)


 大司教ザラキアの私室に通されたセシリアは、まず恭しく一礼し、購入した蜂蜜パイを差し出した。

「大司教様、ミストラル村より戻りました。これは、ささやかですが村の皆からの感謝の気持ちです」

 ザラキアは、そのパイを一瞥すると、かすかに口元を緩め、「うむ、心遣い、痛み入る。後ほど頂こう」と受け取った。その僅かな表情の変化に、セシリアは少しだけ安堵した。


 そして、セシリアはミストラル村での一連の出来事――瘴気しょうきの原因が暴走した精霊シルフィードであったこと、村人たちと協力してシルフィードを解放し、村の呪いを解いたこと、そしてその過程でティアラ(優)が大きな力を貸してくれたこと――を、以前よりはるかに落ち着いた口調で、しかし熱意を込めて報告した。

 ザラキアは、長い白髭を撫でながら静かにセシリアの報告に耳を傾け、時折、鋭い視線を彼女の頭上のティアラへと向けていた。


「……ほう、その頭の聖装顕現装置……『アルテマヘッドギア・プロトゼロ』がそのような力を……。そして、聖女セシリアよ、そなたもよくぞ大役を果たした。ミストラル村の民も、さぞ喜んでおろう」

 ザラキアは、セシリアの労をねぎらう言葉を述べたが、その表情からは真意を読み取ることは難しい。


(このジジイ、俺たちのこと(特に俺の正体)を探ってるな。プロトゼロという名前に何か特別な意味があるのか……? それとも、単に強力な古代遺物(アーティファクト)としての性能に興味があるだけか……?)

 優は、ザラキアの反応から、彼が何かを隠している、あるいは何かを試しているような印象を受けた。


 報告を終えたセシリアは、おずおずと切り出した。

「大司教様、実は、ミストラル村のいにしえほこらで、気になる石板を見つけました。そこには『黒き石が災厄を呼ぶ』と……。そして、王都へ戻る途中の宿場町で、北の鉱山都市ラピスで、黒く変質した鉱石によって人々が凶暴化しているという不吉な噂を耳にいたしました。もしかしたら、何か関係があるのではないかと……」


 セシリアの言葉に、ザラキアは僅かに眉を動かした。

「……ほう、鉱山都市ラピスのことまで耳にしておったか。いかにも、その噂は事実じゃ。ラピスでは、原因不明の鉱石の変質と、それに伴う鉱夫たちの凶暴化が深刻な問題となっており、都市は混乱の極みにある。既に聖教会からも調査隊を派遣したが、いまだ解決の糸口は見えておらぬ」

 ザラキアは、そこで一度言葉を切り、セシリアの目をじっと見つめた。

「聖女セシリアよ、そなたには、その鉱山都市ラピスへおもむき、事態の調査と解決にあたってもらいたい。ミストラル村での経験が、そしてその『プロトゼロ』の力が、あるいは突破口を開くやもしれぬと、わしは期待しておるのじゃ」


(鉱石の変質に労働者の凶暴化……これもシステムエラーの典型的な症状か? しかも今度は都市規模かよ……次から次へと面倒なバグが湧いてきやがるな。だが、石板の警告と繋がった以上、見過ごすわけにはいかんだろう)

 優は、新たな任務の困難さを予感しつつも、デバッガーとしての血が騒ぐのを感じていた。


 セシリアは、新たな任務の重さに一瞬顔を曇らせた。ミストラル村での戦いは、ティアラ(優)の大きな犠牲があって初めて成し遂げられたものだ。今のティアラの機能はまだ完全ではなく、《クロノ・ブースト》のような切り札も使えないかもしれない。

 しかし、彼女は、鉱山都市で苦しんでいるであろう人々のことを思うと、聖女として黙って見過ごすことはできなかった。そして何より、ミストラル村での経験が、彼女に確かな自信と、困難に立ち向かう勇気を与えていた。

「……わかりました、大司教様。聖女として、そしてミストラル村で多くのことを学んだ者として、精一杯努めさせていただきます!」

 セシリアは、まっすぐな瞳でザラキアを見つめ、力強く答えた。


(よし、ユーザーのやる気は確認。だが、このジジイ、やっぱり何か企んでやがるな。俺たちを厄介払いしたいのか、それとも何かを試しているのか……まぁ、どっちにしろ、目の前のバグを潰すまでだ)

 優は、セシリアの頭上で静かに頷いた。

(セシリア、気を引き締めろよ。次のステージは、前の村より難易度が格段に高いかもしれんぞ。油断すれば即ゲームオーバーだ)


 ザラキアは、セシリアの返答に満足げに頷くと、彼女に準備を整え、数日中に出発するよう命じた。

 私室を退出する際、セシリアは、ザラキアの机の上に、以前は見かけなかった一枚のカードが置かれているのにふと気づいた。それは、禍々しい黒い甲冑をまとった騎士が描かれた、不気味な絵柄のカードだった。ザラキアが意図的に彼女の目に触れさせたのか、それとも単なる偶然か……。

 セシリアは、胸に一抹の不安を覚えながらも、新たな任務への決意を固め、部屋を後にした。


(新たな任務は鉱山都市のデバッグか……しかも、あの胡散臭い大司教、何か企んでやがるな。そして、あの黒い騎士のカード……嫌な予感しかしないぜ……!)

 優の脳裏には、次なる困難な戦いのイメージが、早くも浮かび上がっていた。

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