第23話:王都への帰路と、鉱山都市への暗示

 ミストラル村の温かい見送りを受け、セシリアとティアラ(優)は、再び王都への帰路についていた。

 数日間の道のりは、決して楽なものではなかったが、セシリアの足取りは以前よりも幾分しっかりしているように見えた。村での過酷な経験と、それを乗り越えた達成感が、彼女に小さな自信を与えたのかもしれない。


(まぁ、不器用レベルが100から95になった程度だがな。それでも進歩は進歩か。この調子で、いつかは俺の指示なしでもまともに動けるようになってもらわんとな。俺のバッテリーだって無限じゃないんだからな)

 優は、ティアラの内部でそんなことを考えながら、セシリアの様子を観察していた。


 道中、時折遭遇する低レベルのバグモンスター――小鬼(ゴブリン)の斥候や、森狼の生き残りなど――に対しては、セシリアも以前のようにただパニックに陥るだけではなくなっていた。

 もちろん、ティアラ(優)の的確な指示とサポートがあってこそだが、彼女なりに敵の動きを読み、杖を構え、時には自ら攻撃魔法を放とうと試みる場面も見られるようになった。

 もちろん、その魔法が明後日の方向に飛んでいったり、詠唱を途中で噛んでしまったりと、不慣れなための失敗は相変わらずだったが、少なくとも「戦おう」という意志は明確に感じられた。


(よしよし、ユーザーの戦闘AIも少しはバージョンアップしたようだな。エラー率はまだ高いが、致命的なフリーズは減ってきた。この調子で経験値を積んでいけば、あるいは……いや、やっぱり期待しすぎるのはやめておこう)

 優は、セシリアのささやかな成長を認めつつも、過度な期待はしないように自制した。このおっちょこちょいな聖女様が、一朝一夕に変われるとは思えなかったからだ。


 その夜。

 一行は街道沿いの森で野宿をすることになった。ミストラル村で大量にもらった保存食があるため、食料には困らない。

 セシリアは、今度こそ自分の力で野営の準備をしようと張り切った。

「ティアラさん! 今日は私に任せてください! テントも、焚き火も、完璧にこなしてみせます!」

 その自信満々な宣言に、優は一抹の不安を覚えた。


 そして、その不安は的中する。

 まずテント設営。セシリアは、村でエドガーに教えてもらった(はずの)手順を思い出しながら作業を始めるが、なぜかポールを支柱に通すだけで一苦労。布と格闘すること数十分、ようやく完成した「テント」は、強風が吹けば一瞬で吹き飛んでしまいそうな、歪で不安定な布の塊だった。

「できました! ティアラさん、私の秘密基地です!」

 セシリアは、汗を拭いながら得意げに胸を張る。


(それは秘密基地じゃなくて、ただのゴミの山だ。雨漏り確実、耐久性ゼロ、プライバシー皆無だな。まぁ、野宿で雨風を凌げれば御の字か……いや、これじゃ無理だな)

 優は、ティアラのセンサーでテント(仮)の構造的欠陥を瞬時に分析し、内心でダメ出しをした。


 次に焚き火。セシリアは、これも村で教わったはずの火打石の使い方を試みるが、何度やっても火花一つ起こせない。しまいには、石同士を力任せにぶつけて火花を出そうとしたり、杖の先で地面を擦って摩擦熱を起こそうとしたり、奇想天外な行動に出始めた。


(おい、お前は原始人か? その杖は魔法用だろ。そんなことしてたら発火する前に杖が折れるぞ。というか、その火起こしの方法、どこのサバイバルマニュアルに載ってたんだ? 俺の知らない古代文明の技術か?)

 結局、見かねた優が、ティアラの《魔力スパーク》機能――微弱な火花をピンポイントで発生させる、ただしエネルギー消費はそれなりに大きい――を使い、ようやく焚き火の準備が整ったのだった。


 そして、夕食。セシリアは、村でもらった干し肉を木の枝に刺し、意気揚々と火にかざす。

「今度こそ、美味しく焼いてみせます!」

 しかし、火との距離感が掴めないのか、あるいは火力を調整するという概念がないのか、干し肉はあっという間に表面が真っ黒焦げになってしまった。

「あーん、私の夕食が……炭に……」

 しょんぼりと肩を落とすセシリア。


(だから火加減を見ろと言っただろ。お前の料理スキルは、素材をダークマターに変換する錬金術だな。もはや芸術の域を超えて、一種の破壊兵器だ)

 優は、もはやツッコむ気力も失せかけていた。


 そんなこんなで、ドタバタと珍道中を続けること数日。

 一行は、王都へと続く街道沿いにある、比較的大きな宿場町へとたどり着いた。久しぶりのちゃんとした宿、温かい食事、そして何よりもふかふかのベッドに、セシリアは心底から生き返った心地だった。


 宿屋の食堂は、多くの旅人や商人たちで賑わっていた。

 セシリアも、優と念話で会話しながら(もちろん、周囲にはティアラと会話しているとは悟られないように、独り言のように装って)食事を楽しんでいると、隣のテーブルから、商人風の男たちの深刻そうな会話が聞こえてきた。

「おい、聞いたか? 北の鉱山都市ラピスが、どうやら大変なことになっているらしいぞ」

「ああ、知ってる。なんでも、採掘される鉱石が、まるで呪われたように黒く変質して、それに触れた鉱夫たちが次々と正気を失い、凶暴化しているとか……」

「まるで悪夢だな……。聖教会も既に調査隊を派遣したらしいが、まだ解決の糸口は見えないらしい。街は封鎖寸前で、物流も完全に止まっているそうだ」


(鉱山都市……黒い石……凶暴化……!間違いない、石板の警告はこれのことだ!)

 優の脳裏に、ミストラル村のいにしえほこらで見つけた石板の記述が鮮明に蘇った。

『世界の歪みは……深き場所より……黒き石が……災厄を呼ぶ……』

(ミストラル村の事件は、この大規模なシステムエラーの前兆に過ぎなかったというのか……!?)


 セシリアも、商人たちの会話に顔色を変えていた。彼女もまた、石板のメッセージを優から聞かされていたからだ。

 二人は、顔を見合わせる(もちろん、優に顔はないが、気配でそう感じた)。

 世界のあちこちで起こり始めている不穏な出来事。そして、それを示唆するかのような古代の警告。

 自分たちの戦いが、まだ終わっていないことを、二人は改めて痛感させられた。


(どうやら、のんびりしてる暇はなさそうだな、セシリア。王都に戻ったらすぐに次の仕事が待っていそうだ。あの石板の警告、そして鉱山都市の噂……無関係とは思えん。俺の機能もまだ完全じゃないが、やるしかないだろう)

 優の言葉に、セシリアは静かに、しかし力強く頷いた。


 王都の巨大な城壁が、ようやく地平線の向こうに見えてきた。

 しかし、その空には、以前王都を出発した時にはなかったはずの、どこか不吉な暗雲が、薄く、しかし確実に垂れ込めているように見えたのは、気のせいではなかったのかもしれない。


(王都帰還! 休む間もなく次のデバッグ案件(鉱山都市)のフラグが立ったな……! 大司教に報告して、正式なクエストとして受注するとしよう! 今度こそ、俺のスペック完全回復と行きたいもんだ!)

 優は、次なる困難な任務の予感に、SEとしての闘志を密かに燃やしていた。

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