第22話:旅立ちの決意と、村人たちとの絆(と大量の保存食)

 ミストラル村の再生祭は数日間にわたって続き、村はかつてないほどの賑わいを見せた。

 セシリアは、祭りの間、村人たちと共に笑い、歌い、踊り、そして時には子供たちにせがまれて拙い魔法を披露しては、小さな失敗で皆を和ませた。

 ティアラ(優)も、セシリアの頭上でその様子を(時折毒舌なツッコミを入れつつも)温かく見守っていた。彼の機能はまだ完全には回復していなかったが、日常的な会話や簡単なセンサー機能は問題なく作動しており、セシリアにとってはかけがえのない相棒であることに変わりはなかった。


 しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎる。

 セシリアには、聖女としての大きな使命があった。ミストラル村を救ったことは、その第一歩に過ぎない。そして優にとっても、あの石板に記されていた「黒き石」の警告と、世界の歪みの謎を追うという、新たなデバッグ対象が待っていた。

 いつまでもこの平和な村に留まっているわけにはいかないのだ。


 祭りが終わった翌日、セシリアは意を決して村長ゴードンの元を訪れた。

「村長さん、この数日間、本当にお世話になりました。ですが……私は、王都へ戻り、今回の事件の報告と、そして、世界の他の場所で起こっているかもしれない異変について、調査を進めなければなりません」

 その言葉には、以前のような頼りなさはなく、聖女としての自覚と決意が滲んでいた。


 ゴードンは、寂しそうに目を伏せたが、すぐに顔を上げ、力強く頷いた。

「……分かっております、聖女様。あなた様のようなお方が、いつまでもこのような辺鄙な村に留まっておられるはずがない。むしろ、我々こそ、あなた様の貴重なお時間を頂戴し、そして村を救っていただいたことに、感謝の言葉もございません」


 セシリアの旅立ちの噂は、あっという間に村中に広まった。

 村人たちは、別れを惜しみながらも、彼女の決意を心から応援し、そして、感謝の気持ちを込めて、たくさんの餞別を用意してくれた。


 ティナは、自分で一生懸命に編んだという、少し不格好だが色とりどりの野花で作られた花冠と、森で集めたというキラキラ光る綺麗な小石を、目に涙をいっぱい溜めながらセシリアに手渡した。

「聖女様、これ……! また絶対、絶対遊びに来てね! ティアラさんにも、よろしくって伝えて!」

 セシリアは、その小さな手を優しく握りしめ、「ありがとう、ティナちゃん。必ずまた会いに来ます」と約束した。


 エドガーは、少し照れくさそうに、自分が長年愛用していたという丈夫な革袋と、狩猟用の手製のナイフを差し出した。

「道中、何があるか分かりませんから、これを使ってください。そして……何か困ったことがあったら、いつでもこのミストラル村を頼ってください。俺たちは、いつでも聖女様の味方です」

 その言葉は、朴訥ながらも、彼の誠実な人柄を表していた。


 そして、村の女性たち――サラ(エドガーとケントの母)を中心に――は、セシリアが旅の途中で困らないようにと、山のような保存食を持たせてくれた。

 香ばしい干し肉、甘酸っぱい干し果物、そして石のように硬いが日持ちのするパン……。その中に、ひときわ異彩を放つ、どす黒い紫色をした謎の干し肉が、なぜか大量に紛れ込んでいるのだった。それは、村で古くから滋養強壮に効くとされる薬草を練り込んだものらしかったが、その見た目と独特の臭いは、セシリアの食欲を著しく減退させるものだった。


(おい、あの紫色の干し肉は絶対ヤバいぞ。鑑定結果:属性『混沌』、効果『腹痛(大)または気絶(小)』、副作用『半径五メートル以内の生物に精神的ダメージを与える強烈な口臭』だ。非常用兵器として、あるいはどうしても倒せない敵への最終手段として、厳重に封印しておくことを推奨する。間違っても口に入れるなよ。お前の料理スキルと相まって、何が起こるか分からんぞ)

 優の的確すぎる(そして余計な)アドバイスに、セシリアは顔を引きつらせながらも、村人たちの善意(だと信じたい)に感謝して受け取った。


 出発の朝。

 村人たちが総出で見送りに来ていた。

 ゴードン村長は、セシリアの前に進み出ると、一つの小さな木箱をそっと手渡した。

「聖女様、これは村からのほんの気持ちです。中には、この土地でしか採れぬ貴重な薬草と……わしが若い頃に使っていた、古いが手入れの行き届いた旅の外套が入っております。どうか、お役立てくだされ」

 そして、彼は深く頭を下げた。

「聖女様、いや、セシリア殿。あなた様と、その頭の上の賢しいお方(ティアラのこと)のおかげで、この村は救われた。この恩は、言葉では言い尽くせませぬ。どうか、道中ご無事で……そして、世界のどこかで困っている人々を、そのお力で救って差し上げてくだされ」


(賢しいお方、ねぇ……まぁ、間違っちゃいないか。少なくとも、このおっちょこちょいユーザーよりは数段マシだからな)

 優は、そんなことを考えながら、セシリアに念話を送った。

(セシリア、村長にこれを渡しておけ。祠の簡易的なメンテナンスマニュアルだ。俺が口述してお前が書いたやつな。子供でも分かるようなイラスト付きの簡単なやつだが、多少のバグ(小さな異変)なら村長でも対応できるはずだ。まぁ、ユーザーサポート(追加支援)は期待するなよ。俺たちも忙しいんでな)


 セシリアは、優の指示通り、羊皮紙に書かれたマニュアルをゴードンに手渡した。

 ゴードンは、その分かりやすい図解入りのマニュアルを見て、「これは……なんと素晴らしい……! 聖女様だけでなく、ティアラ殿もまた、村のことを深く思ってくださっていたとは……!」と、再び感涙にむせんだ。


 別れの時が来た。

 村人たちの温かい言葉と、いつまでも振られる手に送られ、セシリアとティアラ(優)は、ミストラル村を後にした。

 セシリアの頬には、一筋の涙が伝っていたが、その表情は決して悲しいものではなく、むしろ希望に満ちていた。


(ふん、なかなか良いエンディングだったじゃないか、この村のクエストは。ユーザー評価もSランクだな。さて、感傷に浸ってる暇はないぞ、セシリア。次のチェックポイント――王都――へ向かうぞ。新たなバグが俺たちを待っているかもしれんからな)

 優の言葉に、セシリアは力強く頷いた。

「はい! ティアラさん!」

 彼女たちの新たなデバッグの旅が、再び始まろうとしていた。

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