第21話:聖女の成長と、ティアラの新たな課題(と石板のメッセージ)
ミストラル村の再生祭は、村始まって以来と言われるほどの大盛況のうちに幕を開けた。
広場には村人たちが持ち寄ったささやかな料理や果物が並び、子供たちは手作りの楽器を鳴らして踊り、大人たちはエールを酌み交わしながら笑顔で語り合っている。
その祭りの中心、簡易な祭壇の前に立ったセシリアは、集まった村人たちを見渡し、胸がいっぱいになるのを感じていた。
彼女は、まだ少し緊張しながらも、ゆっくりと、そしてはっきりとした声で語り始めた。
「ミストラル村の皆さん……この度は、本当に……言葉では言い尽くせないほど、感謝の気持ちでいっぱいです」
深々と頭を下げるセシリア。その頭上の、光を失ったティアラが、太陽の光を鈍く反射した。
「私は、王都から派遣された未熟な聖女です。ここに来たばかりの頃は、失敗ばかりで、皆さんにご迷惑をおかけしてばかりでした……。でも、ティナちゃんを助けたい、この村を救いたいという一心で、必死に頑張りました。そして、それを支えてくれたのが……私の頭の上が定位置の、ちょっと口の悪いけど、すごく頼りになる相棒でした」
セシリアは、そっとティアラに触れる。
「彼がいなければ、私は何もできなかったでしょう。そして、何よりも、村の皆さんの温かい心と、私を信じてくださった勇気があったからこそ、私たちはこの日を迎えることができたのだと思います。本当に、本当に、ありがとうございました!」
セシリアの心のこもったスピーチに、村人たちは静かに耳を傾け、そして、あちこちから温かい拍手が湧き起こった。
村長ゴードンやエドガー、ティナの母親たちは、目頭を熱くしている。
その時だった。
セシリアが再び深々とお辞儀をした瞬間、彼女の頭上のティアラが、まるで村人たちの感謝の想いに応えるかのように、
「あ……!」
セシリアが驚いて顔を上げると、ティアラの中央の
そして――セシリアの頭の中に、あの懐かしい、少しぶっきらぼうな声が響き渡った。
(……んん……うるさいな……人の頭の上で勝手に感動的な演説するなよ、このおっちょこちょいユーザー……。一体、何時間寝てたんだ、俺は……?)
「ティアラさん! デバッガーさん!?」
セシリアの大きな青い瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出した。驚きと、安堵と、そして何よりも純粋な喜びで、彼女はその場でへたり込みそうになる。それを、そばにいたエドガーが慌てて支えた。
村人たちも、突然ティアラが光り輝き始めたことに驚き、何が起こったのかと固唾を飲んで見守っている。
(ああ、俺だ。……どうやら、強制シャットダウンから復帰できたらしい。シルフィードの祝福と、お前や村人たちの祈りのおかげかもしれんな。しかし……なんだか、頭がスッキリしすぎてるというか……一部のデータが破損してるような……?)
優の声は、まだ少し
ティアラ(優)は無事再起動を果たした。しかし、どうやら以前とは少し様子が違うようだった。
まず、いくつかの高度な機能――特に《クロノ・ブースト》や、ケント救出の際に暴走しかけた《緊急回避ブースト》など、前回大きな負荷のかかったものは、ティアラのシステムメニュー上で「現在使用不可」または「機能制限あり・要メンテナンス」と表示されているのが、優には分かった。
そして、何よりも深刻なのは、優自身の記憶の一部が曖昧になっていることだった。
例えば、生前のSE時代に携わった特定のプロジェクトの詳細や、複雑なアルゴリズム、あるいは熱中していたネトゲのレアアイテムの入手方法といった、いわば「専門的すぎる知識」や「些末な趣味の記憶」が、まるで霞がかかったように思い出せないのだ。SEであったという自覚や、基本的な論理思考、そしてこの世界に来てからの出来事ははっきりと覚えているのだが。
(あれ……? 俺、あの超難解なセキュリティプロトコルの脆弱性、どうやって見抜いたんだっけ……? とか、あの伝説級の剣のドロップ条件ってなんだっけな……? まぁ、今の俺に必要な知識じゃないからいいか。基本的なデバッグ能力は残ってるみたいだしな)
しかし、セシリアのことや、このミストラル村での出来事、そして彼の根幹を成すSE的思考回路や、あの憎まれ口を叩く性格は健在だった。
(くそっ、やっぱりリミッター解除の代償はデカかったか……! 一部システムファイルがクラッシュして、俺の記憶(設定ファイル)まで一部初期化されたようなもんだな……! まぁ、致命的なバグじゃなさそうだが、これじゃあ以前のような精密なサポートは難しいかもしれんぞ)
優は内心で舌打ちする。
セシリアは、ティアラの光が少し落ち着いたのを見て、心配そうに尋ねた。
「ティアラさん……大丈夫なのですか? なんだか、以前と少し……」
優は、いつもの調子で強がって見せる。
「問題ない。バージョンアップで多少の不具合はつきものだ。それより、お前、俺がいない間、ちゃんとティアラ磨いてたか? 少し埃っぽいぞ」
その言葉に、セシリアは「も、もちろんです!」と少しむっとしながらも、その声が再び聞けたことに、心からの安堵と喜びを感じていた。
その時、優はふと、ミストラル村の
彼は、回復した演算機能の一部を使い、改めてそのメッセージを詳細に解析し始めた。
(……そうか、あの石板にはこう書かれていたのか。「世界の歪みは……深き場所より……黒き石が……災厄を呼ぶ……聖なる乙女と対なる守り手よ、その輝きで闇を祓え……」)
その内容は、抽象的ではあったが、不吉な予感を伴うものだった。
(OS再インストールは完了したが、一部ドライバーが認識不良、メモリも一部破損ってとこだな……まぁ、この不器用なユーザーのお守りくらいなら、まだ何とかなるだろ!)
優は、セシリアに聞こえないように、内心でそう呟いた。
(セシリア、どうやら俺たちの仕事はまだ終わりそうにないぞ。あの石板のメッセージ、気になることがある。王都に戻って、情報を集める必要がありそうだ)
セシリアは、優の言葉に力強く頷いた。
ティアラは完全な状態ではないかもしれない。優の記憶にも、まだ曖昧な部分があるのかもしれない。
それでも、二人の絆は、以前よりもずっと強く、確かなものになっていた。
ミストラル村に本当の夜明けをもたらした聖女とティアラの新たな課題は、しかし、世界のどこかで
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