第12話:村長の告白と、古の祠の伝説(と酒場の珍事)

 ティナが奇跡的な回復を遂げてから数日。

 ミストラル村は、まるで長い冬から目覚めたかのように、少しずつ活気を取り戻し始めていた。

 村人たちの顔には笑顔が増え、セシリアを見る目にも、以前のような猜疑心はなく、純粋な尊敬と感謝の色が浮かんでいる。特に子供たちは、すっかりセシリアと、彼女の頭の上の(喋るとは知らないが)不思議なティアラに懐いていた。


 その夜、村の小さな酒場では、ティナの全快と、村を救ってくれた聖女様への感謝を込めた、ささやかな祝宴が開かれていた。

 エドガーをはじめとする村の若者たちが持ち寄った自家製の酒や質素な料理が並び、決して豪華ではないが、心温まる宴だった。


「聖女様! こちらの猪肉の燻製は絶品ですよ!」

「聖女様、このエールもなかなかいけますぜ!」

 村人たちは、口々にセシリアに酒食を勧める。

 セシリアは、そんな村人たちの好意に照れながらも、生まれて初めて経験するような温かい雰囲気に、自然と笑みがこぼれていた。


(おいおい、調子に乗って飲みすぎるなよ、セシリア。お前、酒に弱そうだぞ。初めての酒で潰れて醜態を晒すのは、聖女としてどうなんだ?)

 優は、ティアラの内部で釘を刺す。セシリアが本格的に飲酒する機会はこれが初めてのはずだ。


 しかし、今日のセシリアは少し気分が高揚していたらしい。

「だ、大丈夫です、ティアラさん! 少しだけなら……」

 そう言って、勧められるがままにエールを一口、また一口と飲んでしまう。


 そして、案の定。

 宴もたけなわとなった頃には、セシリアは顔を真っ赤にし、目はとろんと据わり、完全に酔っ払ってしまっていた。

「ティアラしゃ~ん……ひっく。いつも、ありがとでしゅ~……うぃ~……わたくし、ティアラしゃんのこと、だ~いしゅきでしゅ~……ひっく」

 呂律の回らない声で、セシリアはおぼつかない手つきで頭からティアラを外し、それを両手で大事そうに抱きしめながら、意味不明な愛の告白を始めた。


(誰かこいつを強制シャットダウンしてくれ……! というか、聖女が酒癖悪いってどういうバグだよ! 俺の清純なイメージが台無しだ! しかも、ティアラに酒臭い息吹きかけるな! 回路がショートするだろ!)

 優は、内心で頭を抱えながら絶叫した。周囲の村人たちは、そんなセシリアの姿を「聖女様も、お疲れだったんだな」「お可愛らしい」と微笑ましく見守っているが、優にとってはたまったものではない。


 結局、セシリアはエドガーの母であるサラに介抱され、ゴードン村長の家の一室で休ませてもらうことになった。ティアラは、サラによって丁寧に汚れを拭き取られ、セシリアの枕元に置かれていた。

 酔いが少し醒め、多少はまともに話せるようになったセシリアの元へ、ゴードン村長が神妙な面持ちでやってきた。

「セシリア殿……いや、聖女様。今宵は、誠にありがとうございました。村の者たちも、心から喜んでおりました」

 その声には、以前のような棘はなく、穏やかな響きがあった。


「いえ、そんな……私なんて、何も……」

 まだ少し舌足らずな口調で謙遜するセシリア。彼女は枕元のティアラをそっと手に取り、再び頭に乗せた。

 ゴードンは、そんな彼女の前にどっかと腰を下ろし、意を決したように、ぽつりぽつりと語り始めた。

「聖女様……わしは、長年、聖女という存在を信じることができなんだ。いや、むしろ、憎んですらおりました」


 その告白に、セシリアも、そしてティアラの優も息を呑んだ。

「それは……どういう……?」

「数十年前のことじゃ。この村は、原因不明の疫病に襲われ、多くの者が命を落とした。わしの……妻も、まだ幼かった息子も……」

 ゴードンの声は、遠い過去の悲しみをなぞるように震えていた。

「当時、村には王都から一人の若い聖女様が派遣されてこられた。我々は、その聖女様に最後の望みを託した。じゃが……その方は、疫病の前にはあまりにも無力で……そしてある日、何も告げずに、村から姿を消されたのじゃ。まるで、我々を見捨てるかのように……」


(……なるほどな。ユーザー(聖女)に対する深刻な信頼性バグを経験したわけか。こりゃトラウマになるのも無理はない。その聖女にも何か事情があったのかもしれんが、残された側からすれば裏切りと感じても仕方ないだろう)

 優は、ゴードンの言葉に静かに耳を傾ける。


「それ以来、わしは聖女というものを信じられなくなった。だが……セシリア殿。あなた様を見ていると、そしてそのお力に触れると……かつての聖女様とは、何かが違うように感じるのです。もしかしたら、この村の本当の呪いを解けるのは、あなた様だけなのかもしれない……そう思えるようになってきました」

 ゴードンの瞳には、かすかな希望の光が灯っていた。


 そして、彼は話題を変えるように、村に古くから伝わる伝説について語り始めた。

「聖女様。この村の呪いの根源は、もしかしたら、あの呪いの森の奥深くにある『いにしえほこら』にあるやもしれませぬ」

いにしえほこら、ですか?」

「うむ。その祠には、この土地の守り神である大いなる精霊様が祀られておると伝えられております。そして、その守り神様がお怒りになると、村に災いが訪れる、と……。最近、夜になると、その祠の方角から、不気味な光が漏れ出ているのを目撃した村人が何人かおるのです」


(守り神の怒りねぇ……どうせ何かのシステムエラーで暴走してるパターンだろ。祠、光、不気味……ビンゴだな。次の調査対象はそこだ。ご丁寧にフラグまで立ててくれるとは、親切な村長さんだぜ)

 優は、内心でニヤリと笑った。


 セシリアは、ゴードン村長の辛い過去と、村にかけられた呪いの深さを改めて認識し、聖女としての使命感を新たにした。

「村長さん……私、必ずそのいにしえほこらの謎を解き明かして、村の本当の平和を取り戻します! ティアラさんと一緒に!」

 その言葉には、以前にはなかった力強さが込められていた。


(よし、ユーザーのモチベーションアップを確認。クエスト受注だな)

 優は、セシリアの頭上で小さく頷いた。

(村長、そのいにしえほこらの正確な場所と、何か伝承があれば詳しく教えてくれ。俺のデータベース(セシリアの記憶領域)に記録しておく。今後のデバッグ作業の参考にさせてもらうぜ)

 もちろん、その声はセシリアにしか聞こえない。


 ゴードンは、セシリアの真摯な眼差しに、そして彼女の頭上のティアラから放たれる(ような気がする)不思議な威厳に、かつて失った希望の光を再び見出したかのように、静かに、そして力強く頷いた。

「……承知いたしました、聖女様。わしにできることなら、何なりと」


(次のターゲットは『いにしえほこら』! 守り神の怒り(仮)をデバッグして、村長のトラウマも一緒に解消してやるか! ……ただし、セシリアの酒癖バグは俺の管轄外だぞ。あれは修正不能バグだ)

 優は、新たなデバッグ対象の出現に、SEとしての血が騒ぐのを感じていた。

 ミストラル村の呪いの核心へと、また一歩近づいた夜だった。

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