第35話 エピローグ
「どうしてこうなった……」
俺は見知ったマンションの一室で呆然と立ち尽くしていた。
床にはダンボールがずらりと並べられ、いくつかはすでに開封されている。
その横では三姉妹がてんやわんやと動き回っていた。
「本棚完成! 小次郎くん、どこに置く?」
朱音先輩は変わらず陽気で、嬉々として本棚を組み立てていた。傷ひとつない新品だ。
「本棚はベッドの横におきたいけど、ベッドの組み立てがまだだからそれは端に退かしておいて! あ、そこはあたしが持つから! 一人でやったら怪我しちゃうからダメよ!」
真帆は何だかんだ率先して動いている。口調は荒いが、目元はどこか楽しげだ。
「洋服はどうするの? 下着類とまとめて引き出しに入れる?」
美優は相変わらず無表情に近いが、手際よく荷ほどきを進めている。
その無感情な口調で下着の分類をされると逆に恥ずかしさが倍増する。いや、やめてくれ。頼むから。
というか、今、目の前で何が起きてるんだ?
「……頭が混乱してきたぞ」
「頭痛? 熱?」
立ち上がった美優が背伸びして俺の額に手を当てた。
「熱があるわけじゃない。ただ……状況が飲み込めないだけだ。俺、さっきまで何もない広場に一人で座ってたよな? なんでまたこの家に戻ってきてるんだ?」
「もう、小次郎くんったら記憶喪失になっちゃったの? 説明したでしょ、小次郎くんの引っ越し先はこの部屋なんだよ?」
「いや、それは聞いたんですけど、どうしてこのマンションの、しかも同じ部屋なんですかね? ちゃっかり俺が前住んでたボロアパートの荷物まで全部揃えられてるし……家具は新品が用意されてるし、どういうことですか」
最も意味不明だったのは、取り壊されるボロアパートに残していた俺の私物の全てがこのマンション宛に届けられていたことだ。
ボロアパートからの持ち出しを諦めたラノベや参考書、洋服やその他雑品なんかが、こうして目の前に戻ってきた。ベッドや本棚、クローゼット、机なんかは新品で届けられている。なんでだ?
「アンタも細かいわね。前住んでたとこの大家さんが無理やり追い出したのは悪いと思って、アンタの荷物を残しておいてくれてたのよ。で、その話を知ったアンタのパパが大谷さんに連絡してここに送ってくれたってだけの話。新品が混ざってるのは大家さんの誠意って言ってたわよ? 何回言わせる気? 全部アンタの荷物なんだから、ぼーっとしてないで手伝いなさいよ!」
真帆はジトっとした目で見上げてきた。
わかった。現実逃避はやめよう。
結局のところ、父さんが「既に見つけてある」と言っていた“とびっきりの部屋”というのは、このマンションの、三姉妹が暮らす部屋のことだった。
このマンションの2401号室は最上階で、そのフロアにはこの部屋しかない。要するに、俺の居候継続が決定したというわけだ。
手伝えと言われても、理解が追いつかなくて立ち尽くすことしかできないでいた。
その直後、俺のスマホが鳴動した。
相手は父さんだった
「説明してくれるか?」
俺は応答してすぐにそう尋ねた。
『よお小次郎! 部屋、気に入ったか? 流石に女子高生三人とこのままずっと暮らすのはどうかと思ったんだが、仲良くやってるそうじゃないか!』
父さんの声は相変わらず元気すぎて耳が痛い。
「仲良くどうこうじゃなくて、向こうの親父さんはなんて言ってんだよ? 俺なんかと暮らすのを承諾してるのか?」
『もちろん、承諾済みだ! というより、むしろ一緒に住んでもらえないかって勧められてくらいだぞ。あいつは結構寛容なところがあるからなー。そういうのは気にならないらしい! まあ、それは俺もなんだがなっ! ハッハッハッハっ!』
「……」
『あと、これは向こうの親父さんからの伝言だけどよ、“手を出すなり何なり好きにしろ! 責任は取ってもらうがな!”だってよ。それじゃ、あとは若いもん同士、うまくやれよー!』
ブツッ。
通話は一方的に切れた。
説明はなく、話は終わった。
そんな電話を盗み聞きしていた三姉妹はというと——
「手を出すなり何なりって……アンタのパパは一体何言ってんのよ……っ!」
真帆は顔を真っ赤にしながら、手にしていた俺のシャツで自分の顔を隠そうとしていた。
恥ずかしいのは俺も同じだ。そして父さんを恨む気持ちも同じだ。
「うーん、お姉さん的には嬉しいんだけど……それにしても、私たちのお父さんも小次郎くんのお父さんも、ちょっと放任しすぎかなって思うけどね~」
朱音先輩はいつも通り楽しそうに笑っている。
思うところはあるみたいだが、おおらかというか、なんというか、既に開き直っていた。
「……」
美優は美優で、何やら変な方向で解釈しているのか、俺の手を握り込んでこくこく頷いていた。頼むから落ち着いてくれ。
ったく、あの父親にしてこの息子あり、と言われても仕方ないだろうな。
それは三人にも言えることだが。
「もう、わかった。とりあえず、朝はあんな別れ方しちまったけど、また今日からここで居候させてもらうことが決まったわけだし……まあその、よろしく頼む」
ようやく状況を整理して飲み込んだ俺は、冷静になって三人のことを見た。
「うん。実は私たちもこの話を聞いたのは放課後になってからだから少しびっくりしてるんだけど、こうなった以上は仕方ないよね。朝言われたことはちょっと傷ついちゃったから、これからたくさんよろしくね、小次郎くん!」
たくさんよろしく。その言葉には色々な意味が込められているような気がしてならない。
「一緒に暮らすのは、あたしたちのパパとアンタのパパが勝手に決めたことだから仕方なくよ! いい? 仕方なく! 最初に決めた条件は撤回してあげるけど、もし変な真似したらすぐにまた条件追加するから覚悟しなさい!」
条件撤回宣言は俺の身に染みたが、口では嫌がりながら表情が緩んでいるのはなぜなのか。
「お兄ちゃんの部屋、遊びに行くね。一緒に色んなゲームしたい」
美優は美優のままだったが、いささか距離感が近い。
それにしても、色々と適応するのが早いな、三人とも。
まあ、それはそれで気楽に過ごせるからいいんだが。
「さあ! 話は済んだんだし、作業再開するわよ! アンタは唯一の男手なんだからベッドの組み立てをしなさい! 気が向いたら手伝ってあげなくもないから!」
「はいはい。というか、真帆が一番全力で拒否しそうだったのに、なんか思ったよりも受け入れてくれてるんだな。ありがとよ」
「ばっ……この! 受け入れたわけじゃなくて、アンタは危険な噂が多いからあたしが監視してあげてるだけなんだからね!」
「ふっ、そうか」
「何笑ってんのよ!」
「なんでもない。それが本音じゃなくてツンデレなら可愛いやつだなって思っただけだよ」
まあ、そんなことはありえないのだが。嫌われてはないにせよ、好かれているとは思っていない。
「……かわ、い、い……って?」
真帆がしゃがみ込みながらフリーズした。
再起不能になったので、俺はその隣にいた朱音先輩に目を移した。
「朱音先輩もありがとうございます。うちの父さんのせいで振り回してしまいましたね」
「ううん、いいのいいの。確かに突然でびっくりしたけど、あんな感じで小次郎くんと離れ離れになる方が寂しかったからさー」
朱音先輩は朗らかに笑っていたが、ふいに俺の耳元に顔を寄せると小さな声で囁いた。
「——お姉さんね、小次郎くんのこと結構好きなんだよ?」
耳から脳天にかけて電流が走ったような感覚に襲われた。
「っ……相変わらず人を揶揄うのが好きですね」
と、少し動揺を見せた俺が反論した頃には、既に朱音先輩は窓際に立っており、こちらに背を向けてカーテンをつけていた。しかし、窓ガラスに反射する顔はどこか赤らんでいるようにも見えた。気のせいかもしれないが。
「はぁ……振り回されっぱなしだ」
「お兄ちゃんはいじりがいがあるんじゃない?」
「美優、お前まで……」
「私はお兄ちゃんをいじるんじゃなくて、もっと仲良くなりたいって思ってるから安心して?」
美優はさささと肩が振れるほどの距離まで詰めてくると、なぜかラベンダー色のミディアムヘアを傾けてきた。
「なんだ、頭を差し出して。頭皮マッサージでもしてほしいのか?」
「むぅ……真帆にはやったのに私にはやってくれないの?」
「何で知ってんだ、その話」
「黙秘する」
「どうせ真帆を尋問したんだろ」
「てへっ。朱音と二人で質問責めしたら勝手に吐いてくれた」
美優は小さな舌を出して棒読みで言ったが、その視線には強さがあった。頭を撫でられなければ離れてやらない、そんな意志を感じた。
真帆もこの目に負けて自白したのだろう。
「……可哀想に」
「それで、やってくれないの? 撫で撫でなんてラブコメの基本だよ? これでもかってくらいやらないと、本物のラブコメとは呼べない。」
「お前がいいなら撫でてやるが……【イモカノ】の見過ぎだと思うぞ」
俺はそう言いつつも、眼光の鋭い美優に押し負けて、そのさらりとした髪に指を通し、軽く頭を撫で付けた。
「……どうだ?」
五秒ほど経ってから問いかけると、美優は「良い」と言ってニヤリと笑った。
そして、それで満足したのか、とことこと離れていった。
自由奔放な三姉妹だ。
でも……不思議と悪い気持ちはしない。
孤独に生きてきたのに、心地が良いのはなぜだろう。
「……心機一転だな」
俺は一人でに呟き、三姉妹の作業に加わった。
憎まれ口を叩き合いながらも、昨日とはまた違う空気感で、俺たちは荷解きを進めた。
こうして、俺と三姉妹の共同生活は、形を変えてもうしばらく続くことになった。
どうしようもなく、ややこしく、でもきっと、悪くない日々が、今日からまた始まることになった。
【2025/7/19完結済み】嫌われ者の俺が美人三姉妹の家に居候することになった件について チドリ正明 @cheweapon
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