アクションの習作(1)

藤堂こゆ

炎と水

 塔から真っ逆さまに自由落下しながら、スグリは考えた。

 なぜこうなったのだろう。


 しかし今は自分の命だ。スグリは思考を中断し、空中でくるりと回転すると、足からひらりと着地した。

 同時に両手を広げ、半球形の結界を張る。そこに間髪入れずぶつかってくる火の玉。

 魔力の弾、魔弾だ。


 爆発の煙が消える前に、ヒビの入った結界を蹴破る足が左手から現れた。それを腕で受けとめるスグリ。

 掴んでぶん回そうとするとその足が炎をまといだすので慌てて飛び退る。


 一瞬前までスグリがいた空間で爆発が起こり、地を揺らした。

 危機一髪。

 にも拘わらず、スグリは口の端に笑みを浮かべる。


 煙が徐々に晴れていき、対峙する相手が見えてきた。

 獄中生活のために身なりは荒れつつも、赤い髪だけはその色を失わない――彼の名はレッカ。スグリの親友だ。

 一方のスグリはといえば、灰色の髪に小綺麗な恰好をしている。彼は処刑人なのである。


 深いことを考えるより前に、レッカが次なる攻撃を仕掛けてきた。

 飛んでくる火の弾。今度は平面のバリアで弾く。

 周囲には人っ子一人いない。この国で最強と言われる二人の闘いの始まりを見るや、処刑の見物人や役人たちは我先にと逃げ出したのだ。


 どうあれ都合はいい。これで思いっきり闘える。

 スグリはバリアを畳み、両手に水の弾を浮かべた。飛んでくる火弾をその拳で叩けば、火は一瞬で掻き消える。

 よく訓練でやっていたことだ。


 だがここは訓練場ではない。

 一発一発たたく度に、スグリは相手の火力が強くなるのを感じた。

 容赦ない高温が拳の水を蒸発させにくる。

「はっ」

 ひときわ大きな火球を押しのけると、その隙に足を蹴り上げて水の弾を相手に送った。身の丈ほどの水弾で相手を溺れさせようという魂胆だ。


 しかしそんなものがレッカに通じようはずもない。難なく避けるとレッカは今度は距離を詰めてきた。肉弾戦に持ち込むつもりだ。

 彼の口元にも笑みがにじんでいる。


 レッカが放った渾身の拳を掌で受け止め、横から足蹴にしようとするスグリ。

 そうはさせるかと炎をまとい足で応じるレッカ。

 水で体を守るスグリ。

 レッカは掴まれた手を引き抜こうとするが、相手の力が強くて抜けない。その隙に足をも踏まれて、レッカは思わず声を上げた。


「なんだ? これで終わりか?」

 スグリは親友の右手と左足を押さえながら挑発的な目を送る。

「クソがっ、お前だってこれが精一杯なクセにっ!」

 お互い額に玉の汗を浮かべながら、力と力が拮抗する。


 そうしながら、スグリはようやくまともに考える時間を得た。

 そうだ。今日はこのレッカの絞首刑の執行日だった。そして封じの首輪を外した一瞬の隙に、この罪人は隣に立っていた執行人であるスグリを塔から突き落としたのだった。

 レッカの罪状は――


 と考えているうちに力が緩んでいたのか、気づいたときには頬をぶたれていた。

 頭の天辺まで響く衝撃をものともせず、スグリは反射的に平手をお返しする。

 レッカはたまらず頬を押さえ、辛うじて後ろに飛ぶ。


「いってぇな何すんだよ」

 敵前に相応しからぬ涙目を浮かべるレッカ。

「それはこっちのセリフだ。いきなり人を突き落としやがって」

 狼狽えることもなく物珍しそうに頬をさするスグリ。

「だって」

「だって、なんだ」


 涙目のまま、レッカはふんと鼻息を出すと、何も言わずに拳に炎をまとわせた。

「……」

 スグリはとりあえず水をまとっておく。

 一瞬の静寂の後、動いたのはレッカだった。


 目にも止まらぬ速さでスグリに接近し、そのみぞおちに真っすぐ炎を向ける。

 スグリは鼻で笑うように息をして、最低限の動きでその拳を避ける。

 そして、逆に自分の膝をレッカのみぞおちに打ち込み――腕で首を絞めながら砂地に押し倒した。


 思い出した。レッカの罪状は「殺人罪」だ。

 スグリが処刑人として殺すはずだった罪人を個人的に殺してしまったので、罪に問われたのだった。

 同じ人殺しでも、スグリは許されてレッカは罪に問われるとは、可笑しな話だ。


 また鼻で笑うスグリを、レッカは汗を浮かべながらも不思議そうな目で見ている。

 スグリは袖に隠していたナイフをレッカの頸のすぐ横の地面に突き立てた。

シアン死ぬ ハオ タオパオ逃げるか?」

 二人にしかわからない言葉で、地の底から響くような低い声で囁いた。


 白銀の刃が当たると、頸の皮膚は一本の線にうっすら血をにじませる。

 レッカの目がさらに大きく開いている。

「こうでないなら、何のために俺を挑発したんだ?」

 スグリが低い声のまま問うと、レッカは慎重に喉仏を上下させた。


 脇から砂を踏む足音。レッカが目をやるより前にスグリは別の短剣を投げる。

 心臓を貫かれて倒れたのはスグリの上司だ。太った体を痙攣させながら、やがて動かなくなった。


「さあ、お前のせいだ。これで俺はにげなくちゃいけない」

 スグリはにいっと笑う。問いただされたとしても後になっていくらでも言い逃れできるのだが、そのことは黙っておいた。

「頷け」

 レッカは頷いた。

「よし。起きろ」

 手を差し出すスグリ。その手を借りて立ち上がるレッカ。


 こうして、二人の新しい物語が始まった。

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アクションの習作(1) 藤堂こゆ @Koyu_tomato

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