Case 3-3 世界征服計画

 「クローン計画は……失敗だった。脳が成長しきる前に、必ず止まってしまうんだ」


 金城望は、過去の記憶をなぞるように、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいった。

 机の上で組んだ両手の指先が、静かに震えていた。


「だが、そんなとき、はじめてクローンの成功例が生まれた。


 そのころには、私もそれなりの地位につき、日々の業務に追われていた。

 家に帰っても、ただ娘の寝顔を見ることしかできない毎日だった。

 そんなとき、ふと思ったんだ。“自分が二人いれば、どれほど楽だろう”ってな。


 ほんの出来心だった。クローン生成器に、自分の遺伝子を入れただけだった。

 ところが、理由はまったくわからなかったが……私自身のクローン生成は、なぜか成功してしまった。


 培養器の中で、そいつは異常なスピードで成長した。

 わずか五か月で、私の二十五歳の頃とほとんど変わらない姿に……

 見た目だけでなく、知能も、記憶も、驚くほど高い精度で模倣されていた。


 

 最初は喜んだよ。これで、クローン計画の新たなヒントが掴めるかもしれないと期待した。

 でも、すぐに気づいた。そいつは、私と決定的に違っていた。


 性格、というより……倫理観がなかった。

 完全に、自分本位で、何より恐ろしいほどに冷酷だった。


 そいつは……私に銀野の研究データを見せてきたんだ。

 どうやって手に入れたのかはわからなかったが、あれは間違いなく本物だった。盗んだんだ、銀野の成果を。

 そしてこう言った。『おまえと俺なら、脳内干渉装置を完成に導ける』と」


 望は俯き、沈黙のあと、言葉を絞るように続けた。


 「私は当然、叱った。『それは銀野のものだ。返してこい』と。


 けれども……その頃の私は、心が弱っていた。

 娘が……亜里紗が、夜ごとに泣いていたんだ。

 母のことを思い出して、夢で見たと泣きながら起き、私にすがりついて……

 その小さな肩を抱きながら、私は思ってしまった。あの装置で、娘の悲しみを消せるなら……と。


 私は……クローンの手を借りて、完成させてしまった。脳内干渉装置を。

 そして、それを――亜里紗に、移植したんだ。」



 「……南部君は、私が娘に脳内干渉装置を導入したことを批判して、研究室を去っていったね」


 望の言葉は静かだったが、そこに込められた痛みと自戒の色は、かつての記憶を引き戻すには十分すぎた。


 南部は腕を組んだまま、目を細めた。


 「……あのときは、あなたは否定していましたが、やはり、いま世界的に知られている“金城亜里紗の脳内干渉装置初導入”は、あなたが行ったということですね?」


 望はわずかにうなずいた。


 「そうだ。認めよう。私が最初に、装置を……亜里紗に取り付けた」


 その声は、かすかに震えていた。研究者としての誇り、父としての後悔、そのすべてが同時に口から溢れ出たようだった。


「だから……彼女は母のことを、“ぼんやりとした光のような記憶”としか、覚えていない。

 何度も尋ねられたよ。『私はママと、どんなお話をしてたの? 何が好きだったの?』って……」


 望の拳が、強く握られ、顔には後悔がにじみ出ていた。

 だがすぐにその表情を引き締め、続けた。


 「……その頃から、私のクローンは別の方向へ進み始めた。

 脳内干渉装置の技術を皮切りに、クローン技術、ロボット技術――あらゆるテクノロジーを繋げ、彼は“世界の支配”を現実的な目標として語り始めた。


 最初は笑ったよ。

 現実味がない妄想だと思った。

 だが、彼の語る支配とは、物理的な軍事力によるものじゃない。“人々の記憶と意志を制御する”という形での、人類そのものの“上位存在”になるという計画だった。


 私は、怖くなった。


 そして、私は……自分のクローンを殺した。

 ある山奥の研究所跡地で、口論になった。

 ……その末に、私は彼を崖から突き落とした。」


 部屋が凍りついたように静まった。南部は何も言わなかった。ただ、呼吸の音だけが響いた。


「その後、私は銀野にすべてを話した。

 クローンの存在も、脳内干渉装置の真実も。

 彼は驚いたが、私を……許してくれた。

 そして我々は共同で研究発表を行った。

 脳内干渉装置は、やがて一つの“福祉技術”として制度に組み込まれ、社会に受け入れられていった。」


 そこまで語ると、望は一度、大きく深呼吸をした。


「だが……殺したはずの、私のクローンは……実は、生きていて、先日、十数年振りに、私に手紙を寄越してきた。


 もし、君の娘に何かあれば、私を頼ってほしい。力になる、と。」


 望の声は、微かに震えていた。

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