第4話(3)

「と、とにかく霧。スクール水着を脱いでください!」

「どうして?」


 両手を握りしめ、上目遣いで訊いてくる霧。狙いすぎている感じがして、残念ながらその仕草はポイントが低いです。


「目に毒だからです」

「ちょ、酷いんよ見城さん。でもそれが見城さんクオリティなんよね」

「黙っていてください、みよりちゃん」


 ぐっとサムズアップしているみよりちゃんを制し、霧と正対します。が、目のやり場に困ります。女だとしても、男だとしても……。しょうがないから顔を見ます。霧は涙目でした。


「酷いよ、見城さん……ボク、見城さんとはお友達になれると思ってたのに……」

「あ、それはやめといた方がいいんよ。見城さん仲良くなればなるほど毒舌になるから」


 ……いちいち茶々を入れるみよりちゃんが邪魔ですが、ここで何か言ってもややこしくなるだけです。やめておきましょう。


 霧は、私の手を握ってきました。ぎゅっと、強く強く。握りしめてきました。そして、


「ボク、見城さんと友達になりたくて、ずっとストーカーしてたんだ。ずっとずっと、話しかけたかったんだ。ずっと、ずっと、ずっと、ずっと……」


 涙目な幼くて愛くるしい表情から、次第に地獄からの使者のような表情に変わっていきました。命令に従わないと極北の地へ送られそうです。一言でいうと、ヤンデレです。


「……」


 でも、ヤンデレだとしても、「友達になりたい」と言ってくれる人はとても貴重で、大切にしなければなりません。というか、私はそういう人を、大切にしたいです。純粋な好意は、とても美しいですから。私は、できるなら霧の気持ちを肯定したいです。しかし。


「友達になりたいから、言っているんです。早く、スクール水着を脱いでくださいな」


 スクール水着は、ダメ。スク水姿を見せびらかしてくるような人には、怖くて近寄れません。


 霧は、私の言葉を聞いた途端、急に修羅のごとし表情から、天にも昇れそうな幸福と化しました。


「そんなあなたが大好きだ!」


 霧は叫びました。叫んで、何を思ったかスクール水着の肩の部分に手を掛けます。


「わかったよ、脱ぐ」

「ちょっと待ってください、ここで脱がないでください」


 私の制止も聞かずに霧は脱ぎだします。


「みよりちゃんも止めてください!」


 みよりちゃんに助けを求め、視線を送りますが、


「どうでもいいけどさ、『スクール水着』で店をググったら学生用の服屋さんとかじゃなくて、夜のお店が出てきちゃうこの世の中ってどうかしてるよね」

「それは大問題ですし、正直どうでもよくないですけど、今は本当にどうでもいいです」


 前私がググったときなんか、「スク水天国」的な名前のお店が出てきました……。でも今は目の前で脱ごうとしている変態を止めることが先です。


「とにかく、おやめください、霧! お願いです、隣のお部屋に戻って脱いでください! お願いですからぁぁぁ」


 私はとうとう霧に掴みかかりました。幸いまだ右肩部分しか脱げていません。止めるなら今です。


「いやん、何する気ぃ?」


 急にオネエ口調にならないでください、霧。


「いやらしいことじゃありません。ほんのちょっと、違うところで脱いでくれればいいだけです」

「ここで脱ぐ! ボクはここで脱ぐの!」


 と、ここでなんかドアの方から音がした気がします。が、気のせいでしょう。


「脱ーげ、脱ーげ、かっとばせ!」


 みよりちゃん、あなたは高校球児を応援でもしているんですか。というか止めろよ。


「もう、本当に! 本当にらめぇぇぇぇ!」


 さて、ここで問題です。この一連の流れの途中で、とんでもないことが起こっています。それはなんでしょう? わかりますよね? このテンプレートな流れ。


「霧……いったいこれは、どういうことだい」


 聞きなれない男性の声がしました。そう、ドアの前から。


「お父さん……」


 今の状況をご説明いたしましょう。私が、スクール水着姿の霧に掴みかかり、叫んでいます。みよりちゃんが「脱ーげ」とヤジを飛ばしています。そして霧のお父さんらしき人が、半開きになったドアの前に立ち尽くし、死んだ魚がさらに腐ったような目をしていました。


 終わったな。確信しました。

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