第5話(1)
そういえば、あれから千波ちゃんと一条先輩はどうなったのでしょうか。未だに一条先輩はストーカーをしているのか……気になったので、昼休み、千波ちゃんの教室を尋ねてみることにしました。
「すみません、瀬田千波ちゃんいますか?」
千波ちゃんのクラスの扉から顔を出し、そう言いました。すると、一人の生徒が私の前に来て、
「瀬田さんなら一条っていう先輩に連れられてどっか行っちゃったよ、見城さん」
「って、霧じゃないですか」
私の対応をしたのは霧でした。ふわふわショートカットに、くりくりした大きな瞳は、男子だか女子だかわからないほど可愛いです。
そしてその背後では、男子数名が、私をものすごい形相で睨みつけていました。
「おい、あの女誰だよ」「我らの可愛い可愛い霧ちんに、恐れ多くも手を出そうって言うのか、ああ?」「女なんかに俺たちは負けない!」「性別不明の霧様最高!」
そんな会話をひそひそとしています。何なのでしょうか、彼らは。
「ああ、見城さん、気にしないで。あの人たちはボクの親衛隊だから」
「し、親衛隊ですか?」
「うん、そう。なんか入学早々祭り上げられちゃってね、ボク」
あっけらかんと言ってみせる霧。ですが、私を睨みつける親衛隊の皆さんの目つきは、気にするなと言われても気にせざるを得ないほど怨念に満ち満ちていま
す。
霧はそんな視線に気づいているのかいないのか、
「まあ、親衛隊のことは置いておいてさ、見城さん。今度またうちに来ない? 次は新しいコスプレを見せてあげるよ」
と言ってきました。「丁重にお断りします」と言おうとした矢先、霧の背後に立つ親衛隊の方々の熱気が瞬時に高まりました。
「今、霧様が、じ、じじじじ、自宅に誘ったぞ!」「なんだって! あの女、霧様を囲い込むつもりか!」「許すまじ、我らの大事な大事な霧ちんを……かくなるうえは!」
そして、こそこそと親衛隊の方々は会話をし始めました。あまりの異様な光景に、
「霧。彼らは霧に命を助けられたとか痴漢から救われたとか、霧の前世の妹とか、そういう深い縁がある方なのですか?」
と尋ねてしまいます。霧はそれに対して深いため息をついて、
「ううん、入学して初めて会った人たちがほとんど。小学校からボクのファンだって人もいるけれどね。でも、ボク、あの人たちの誰とも話したことがないんだ」
「え、あんなに霧を崇拝しているのに?」
私が訊くと、霧は寂しそうに俯いて、
「うん。なんか、恐れ多いとか言ってボクに近寄ってくれないんだ。ボクの方から近寄っても、離れていっちゃうし……。ボクは対等な友達が欲しいのに。同性の子たちはいつもボクを勝手に神様扱いして仲良くしてくれないんだよ」
不満げに唇を尖らせる霧。
「霧も大変ですね。同性の友達が居ないのは辛いですよね」
「うん……」
消え入るように返事をする霧。
「できれば、親衛隊のみんなももっとボクと関わってくれればいいのに……」
そう、彼が愚痴をこぼした瞬間、突如霧は親衛隊の皆さんに担ぎ上げられました。
「え、ちょ、なになになに」
混乱する霧に対して、親衛隊の長らしき男子が、
「すみません、霧様。しかし、霧様の御身をそこな女から守るため。どうか我らに霧様を守らせてくださいませ」
神輿に乗せられているように――あるいはロックフェスで興奮した観客に運ばれる人のように――親衛隊の皆さんの腕の上で困惑する霧。
一体何が何だか、私も霧も状況を掴めないまま、霧は親衛隊の皆さんに、いずこかへ連れられていってしまいました。
追いかけなければ。なぜかそんな気がしたその時。
「ふっ。困っているのであれば、我らに任せるがよい、見城」
一条先輩の声がしました。ほどなくして先輩は私の前に現れます。
「一条。 この棒は一体なんなのだ?」
前髪を切り過ぎた可愛い後輩、千波ちゃんを引き連れて。
そして、千波ちゃんの手元を見ると、魔法のステッキ――女児向け魔法少女アニメに出てきそうな、可愛くて少し装飾がゴテゴテしているもの――のような棒が握られていました。とても似合っています。
一条先輩の手元を見ても、同じようなプリティーステッキが手に握られています。とても不似合いです。
千波ちゃんの疑問に対して、一条先輩は、
「フフフ……聞いて驚け、瀬田。それはとある筋からもらった、『パリピュア』になれるステッキだ」
「「パ、パリピュア?」」
私と千波ちゃんの声がユニゾンしました。なんだか、日曜朝の女児向けアニメと名前が少し似ていますね……。
「ああ、パリピュアは悪の組織を倒す正義の味方だ。ビューティープリティーだ。ステッキで、変身したり、技を撃つことができる。そこでだ」
と、ここで区切り、先輩は私と千波ちゃんを真っ直ぐ見て言いました。
「見城は今、鎌谷をさらわれて困っているのだろう? なれば我らパリピュアを頼ってみてはどうか? そして瀬田。このステッキさえあれば、そなたは正義のヒロインになれる」
「正義のヒロインって……わたしはそんなのに興味ないのだ。一条一人で何でもやれると思うのだ」
私としては願ったり叶ったりですが、千波ちゃんは渋っている様子。ストーカーでもある男のことを信用できないという気持ちもあるのでしょうか、ジト目で一条先輩を見ています。
「瀬田。このステッキがあれば可愛い服が着られるぞ」
「やるのだ!」
千波ちゃんチョロい、チョロすぎます……可愛い服が着られるからって、小学生みたいです。
「で、何をやるのだ? かっこよく敵を倒すのか?」
キラキラした瞳で両手を握り、一条先輩に尋ねる千波ちゃん。すごい態度の急変です。こんなにチョロい千波ちゃんなので、意外と先輩と上手くやっていけているのかもしれませんね。
期待に満ちた千波ちゃんに対して、先輩は、
「そうさな、とりあえず場所を追跡するのだから、地を這いずり回り、自らの足を使って捜査といったところか……」
割と地味なんですね。
「そうか……」
千波ちゃんももっと華やかなことをすると思っていたのか、肩を落として落胆します。
「でも、可愛い服が着られるならなんでも良いのだ!」
しかし可愛い衣装を着たいだけの千波ちゃん、ニパーっと笑います。
「では、捜査に踏み込むとするか……」
一条先輩がそう言った矢先、校庭の方から突然爆発音が聞こえてきました。
「な、なんですか?」
思わず呟いた直後、またも爆発音がして、地面が揺れました。思わずバランスを崩しかけます。そのさらに直後三度目の爆発音。じっくり聴いてみると、爆発音と言うより、巨大な何かが地を踏みぬいている音みたいです。
その音を聞いて、一条先輩はふっと笑いました。
「ハハハ、意外にも早く正体を見せたな、鎌谷霧の親衛隊とやら」
「え、これって霧の親衛隊の仕業なんですか?」
一条先輩は無言で頷いた後、千波ちゃんの手を取って、
「行くぞ瀬田! 親衛隊の暴走を止めるんだ!」
と言って、教室の前から去っていきました。
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