第5話(2)
校庭では、信じられないことに、黒い巨人のような怪物が、校庭を走り回っていました。そしてその巨人の近くには、空中に浮いている二人の人物が居ました。一人は親衛隊隊長らしき人。そしてもう一人は……
「霧……」
霧が、隊長に抱えられ、泣きそうな顔で私たちを見下ろしています。
「鎌谷を返すのだ、親衛隊とやら!」
千波ちゃんは、勇ましくも親衛隊隊長に対して叫びます。
上空に浮かぶ隊長は、フハハハハと嘲り笑って、
「それはできない! もうちょっと霧様と密着していたいから!」
欲望丸出しのセリフを言って、お姫様抱っこで抱き込んでいる霧を、より強く抱き寄せます。
霧も、こんなことをされたら弱々しく泣き叫ぶしか……
「ちょっと気持ち悪いよ君」
「すみません霧様」
すごい。ドスの利いた声で隊長を謝らせた……。
もうあんなに図太いんだから正義のヒロインだかヒーローだかなんていらないんじゃ、と思えてきます。が、そんなわけにはいきません。千波ちゃんも一条先輩も、戦う姿勢をとっています。
「瀬田。変身だ、行くぞ!」
「わかったのだ!」
千波ちゃんは頷きました。そして一条先輩も千波ちゃんも、手にしていた魔法のステッキを一振りしました。
すると、千波ちゃんと一条先輩の身体は、光に包まれました。
「うわあ、なんだあれ」「すげえ、巨大な化け物がいる!」「光ってる人間もいるぞ!」
気づけば、校庭は見物人であふれかえっていました。教室の窓からのぞいている人もいます。
かくいう私も、何もすることができないので、千波ちゃんと一条先輩を見守ります。
二人は、いつの間にか変身を終えていました。
千波ちゃんは、白いブーツに白いフリフリのワンピースといった、純白の可愛らしい衣装に身を包んでいます。そして、ステッキをくるりと一回転させて、
「汚れなき純白の熾天使! ピュアホワイトなのだ!」
と、その声を校庭中に響かせます。にしてもピュアホワイトって。ちょっと危なくないですか。その前の汚れなきだとかなんだとかはオリジナルなのに。
まあでも、とっても可愛らしいのでなんでもいいです。千波ちゃん可愛いよ千波ちゃん。
そんな千波ちゃんとは対照的に、黒い衣装に身を包む人が居ました。言うまでもありません、一条先輩です。彼の姿は……
「真っ黒な手業で君を地獄に誘う悪魔! ピュアブラックだ!」
そう、その姿はまさに真っ黒でした。何せ、全身黒タイツなのですから。
簡単に言いますと、某国民的名探偵アニメに出てくる犯人です。全くピュアさの欠片もない、不審者の権化でした。これならまだ女装をしてくれていたほうが良かったのでは、と思うほど正義の味方感がありません。
そして千波ちゃん(ピュアホワイト)と一条先輩(ピュアブラック)は、最後に腕を組み、声をそろえて締めました。
「「ふたりはパリピュア max heart!」」
まさか二年目に突入していたとは。
そしてなんだろう、この中途半端なパクリ方は……。
そんな魔法少女×犯人の不思議なコンビは、なおも校庭を闊歩する怪物に、殴りかかっていました。
「はあっ」
特に千波ちゃんは気合を入れて猫パンチをしていました。全く効いている気がしません。
先輩も千波ちゃんの攻撃が効いていないのに気が付いたのか、
「これ、瀬田。そなたがあまり前に出過ぎると危ない。下がっておれ」
と言って、千波ちゃんの前に出ます。千波ちゃんは、そんな全身黒タイツの先輩の背に、
「……それはなんとなくわかっているのだ。でも、だからと言って、わたしが戦わないでいるのはおかしいと思うのだ!」
と、懸命に叫んでいました。そんな千波ちゃんの一生懸命さに心を動かされたのでしょうか、先輩はふっと笑って、
「では、瀬田。理科室に行って青酸カリをかっぱらって来い」
あまりにも現実的な倒し方じゃありませんか。
「青酸カリってなんだ?」
「それはそのステッキがおのずとそなたを導いてくれるであろう」
危険な薬品へと導く魔法のステッキなんて嫌ですね。
かくして、千波ちゃんは校庭から姿を消しました。
残った先輩は、急に怪物への攻撃をやめ、両腕を広げました。そして、自らの遥か頭上に位置する怪物の顔らしき部分をじっと見つめて話しかけます。
「そこな怪物よ! そなたにも故郷に母親がいるであろう! ここで大暴れして、学生に迷惑をかけて……おふくろさんが泣くとは思わんか!」
大声で怪物に語り掛ける先輩。まさか先輩、怪物を言葉で説得しようとしているのでしょうか。
『あおぉぉぉぉぉぉぉ?』
怪物は、先輩の言葉に、低い唸り声を上げながら、首をひねります。
いまいち伝わっていない様子ですが、先輩は諦めず叫び続けます。
「そなたの母だ! そしてその他にも、父や兄弟、友がいるだろう! 義理や人情を思うのであれば、今すぐここでの暴走をやめ、温かい我が家に帰るべきだとは思わんか!」
そんな先輩の言葉に対し、宙に浮かぶ、霧親衛隊隊長は、
「はっ。そんなちゃちい言葉でこの化け物が絆されるわけないだろ」
と鼻で笑います。
しかし、怪物を見てみると。
『うわあああああああん!』
泣き叫んでいました。重低音で、いっぱいに。あまりの音の大きさに、思わず私含めその場にいる見物人は耳をふさぎます。
「な、なんだと! 感動したというのか、この化け物が!」
信じられない、と憤慨する親衛隊隊長。巨人の形をした怪物は、とうとう手で顔を覆って、地面に泣き崩れていました。
『うわああん、おがあざあああああん』
なんとこの怪物、人語を話せたようで、お母さんと言っています。母を思うその姿に、私は思わずほろりとしてしまいました。こんな妖怪でも、家族を思う気持ちは一緒なのか……。感動しますね。
一条先輩、珍しく良いことを言うじゃないですか。
と思っていたら、ちょうど千波ちゃんが理科室から帰ってきました。手には瓶を持っています。
「おお、来たか、瀬田よ」
先輩は、千波ちゃんを見ながら、母を思って泣き叫ぶ怪物を指さして、
「その青酸カリを怪物の口に放り込め」
なんて非情な。
「わかったのだ!」
怪物が家族を思って泣いているとはつゆ知らず、千波ちゃんは、うずくまる怪物の口に、青酸カリを瓶ごと投げ込みます。
瓶は見事に怪物の口に収まりました。怪物はゴクリと瓶を飲み込みます。
『うああああああああっあああああっおがあざん、おどうざんんんんん!』
哀れです……両親を思いながら、もがき苦しみ、青酸カリの猛毒にあえぐ怪物の姿……。そしてこんなことを正義の味方がやっていいのか。一条先輩の全身黒タイツも相まってか、完全にパリピュア側が悪人に見えます。
「お、お前ら人間じゃねえ!」
その悪行に、流石の親衛隊隊長も怒ったのか、千波ちゃんと一条先輩に対して罵声を浴びせます。
「よくやった二人とも!」
しかし霧は、隊長に抱えられながら、グッジョブ、と親指を立ててみせます。なんだろう、どんどん私の周りにいる人に対する株が下がっていく……。
まあ、でも、これで怪物が倒せたから一件落着か。
と思いましたが、わめいていた怪物が突然静かになったかと思うと、元から巨大だった怪物が、どんどんどんどん巨大化していきました。
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