第14話(3)
その日以降、私たちは昼休みや放課後に集まって、台本の読み合わせを行い始めましたが……。
「お、おい。誰が霧様に話しかけに行く?」「い、いや俺は無理だぞ! 恐れ多い」「で、でも、ここで何とかすれば霧様との仲も急接近だぞ!」「どっ、どうしよう」
「ちょっと。ボクの親衛隊だか何だか知らないけど、うるさいよ」
「「すみません霧様!」」
案の定、まとまりがありません。
今は昼休み。校舎三階にある多目的室を使用させていただいているのですが、霧親衛隊の方々は、演技の練習よりも霧との関係を深めることの方が大事な様子。
霧は、そんな彼らに対して、強気に出ました。
「あのね。ボクのことが大好きなら、ボクのためにさっさと練習してくれる?」
「「は、はいぃ……」」
親衛隊の皆さんはしょんぼりとしています。
彼らを救うように霧は、
「よし、いい子いい子。これが終わったら、全員に一枚ずつボクのブロマイドあげるからね」
「「ありがとうございます!」」
飼いならしてますね、すっかり。親衛隊の方々は霧がまとめてくれそうです。
満足気に頷く霧に、近くで見ていた一条先輩が近づいていき、こそこそと耳打ちしています。
「え? 一条先輩もブロマイド欲しいの?」
霧が驚いた途端、先輩の隣にいた千波ちゃんが、
「ヘンな要求をするななのだ! バカっ!」
と一条先輩を猫パンチしました。
「うわああああん、今バカって言ったの誰だああああっ」
と思ったら、今度は創作遊び部の皆さんの方から声が上がります。バカと言われると泣いてしまう木下君の声です。
「ちょ、木下泣くなって」「それに、あんなに可愛い子から『バカ』って言われてるんだから、むしろそこは喜びなよ」「いやそもそも言っている対象が木下じゃないんだって」
創作遊び部の仲間たちが、木下君を慰めますが、木下君はなかなかに泣き止んでくれません。
いつもまとめ役となっているみよりちゃんは、今霧のミスコン参加申請に出向いていて不在ですし……。
仕方なく、私が部の皆さんのもとへ赴きました。
「木下君、大丈夫ですか?」
私が木下君に声をかけると、木下君は私の腕に縋りついてきました。
「お、俺っ……もうダメかもしれないんだよ、見城さん! バカって言われるだけで、こんなに、こんなに心が折れそうでっ……うええええん!」
人目もはばからず号泣する木下君。彼の鼻水や涙が私の腕に付きます。
「ちょ、離れてください、木下君!」
「やだ! バカって言われても泣かないようになるまで離れない!」
「子供ですかあなたは!」
助けを求めるべく創作遊び部の方々を見ますが、皆さんそっぽを向いて口笛を吹き始めました。なんと露骨な無視の仕方。
こんなカオスを、みよりちゃんならどう切り抜けるでしょうか……みよりちゃんになりきって対処してみますか。
「あー、えっと、木下君。あなたはバカなんじゃない、ちょっと頭が足りないだけなんですよ」
とりあえずこの前みよりちゃんが言っていたことを口にしてみます。
「それは前に使った技だから効かないよ! 知ってるでしょ、俺が同じ慰めの言葉で泣き止まないこと」
知るか、んなこと。
「……ちっ」
思わず舌打ちをしてしまいます。
「うわああん、怒らせちゃったよおおおおっ」
木下君は私に怯え、またも泣き始めます。
そのあまりの女々しさが、私のスイッチを押しました。
「泣くなつってんだろこの野郎が!」
私は木下君に怒鳴りつけました。
「ひいっ」
「しゃんとしなさいしゃんと! バカなんて褒め言葉みたいなものだと思ってください」
「うわあああバカって言われたうえええんっ!」
「そんなんじゃカバって言われても勘違いして泣いちゃうんじゃないですか?」
「うわあああバカって言われたよおおおおっ!」
「言ってないです!」
余計に酷く泣く木下君。私の腕はますます鼻水と涙で汚れていきます。まだ離れてくれないんです、この人。
こんなんじゃ全然練習になりません。創作遊び部の人達だけでなく、親衛隊の皆さんもこちらに気を取られていますし。
このままだと、霧の魅力を伝えることなんてできそうにない……。
霧の顔を見ると、私をちらちらと見ながら苦笑いをしていました。その表情を見て、「ああ、これは駄目だ」と確信します。霧にはもっと快活な笑顔をしてもらうべきなのです。
カッとなってしまった脳内を、だんだん落ち着かせていきます。深く呼吸をして。
「すうーっ……はぁーっ……」
そして、まずは腕に縋りつく木下君を見ました。
「木下君」
「はいぃっ」
木下君は私に怒鳴られたのが相当ショックだったのか、異常なまでに声が震えています。
流石に可哀そうかな、と思い、私はなるべく優しい声で語りかけます。
「確かにあなたはバカかもしれません。でも、人間は誰でも、おバカな一面を持っているものなのです。私だってそうです」
「……でも、見城さん成績いいんでしょ?」
木下君は、懐疑的な眼差しで私を見てきます。
「成績が良いということがバカじゃない証明にはなりませんよ。それに、考えてみてください。ミスコンに、男子生徒である霧を、全力で参加させようとしている……この時点で、ちょっぴりおバカなことをしていると思いませんか?」
私の言葉を、ここにいる全員が聞いていたのか、うんうんと頷きます。
「バカなのは、当たり前のことなんですよ」
私が言うと、創作遊び部の皆さんから「その通りだ」と声があがります。
木下君は、私の腕から離れていきました。
「ここに居る皆さんで、これからやるおバカなことを、成功させてみせようじゃないですか」
すると、先ほどまでまとまりがなかった皆さんが、
「「おおーっ!」」
と声をそろえて拳を突きあげました。
この流れに乗って、全体の士気を高めておきましょうか。
私は皆さんの前に立ち、声を張り上げます。
「狙うは霧のミスコン優勝!」
「「イエス!」」
聞こえてくる皆さんのレスポンス。一条先輩を見ると楽しそうに。千波ちゃんを見ると、少し恥ずかしげに。霧を見ると、嬉しそうにはにかんで、皆さんと一緒に拳を握っています。
「皆さんの力があれば、もちろん取れます、そう」
「「優勝!」」
すごい。事前に打ち合わせをしたわけでもないのにこの団結力とノリの良さ……私はとんでもない逸材たちを拾ってしまったのかもしれません。
「バカで結構! これから始まるは我らの」
「「伝説!」」
「張り切っていきましょう!」
「「おおーっ!」」
まるでミスコン前日かのような盛り上がりです。まだ読み合わせを終えたか終えてないかぐらいの段階なのに。参加許可も下りていないのに。
「なんだか楽しくなってきたのだ!」
「そうだな……我も、今回ばかりは本気を出してみるか……」
聞こえてきたのは、千波ちゃんと一条先輩の声。皆さんにとって確実に良い方向に向かってきている。そう確信しました。
すると、前に立っていた私の傍に、霧が駆け寄ってきました。
「見城さん。ボク、絶対舞台上で輝いてみせるよ。……こんなボクでも、やりたいことを派手にやれるって。みんなと思い出を作れるって。そう、証明してみせるから」
そして、霧はいつものように、明朗な笑みを浮かべました。花が満開に咲き誇ったような笑顔です。
「はい。絶対、霧を誰よりも輝かせますよ」
私は、しっかりとそう答えました。
すると。
「見城さん。残念なお知らせがあるんよ」
多目的室に入ってきた一人の生徒。本来ならば、私と一緒に、霧のプロデューサーとしてここに居るはずの少女。
「ミスコン参加許可、下りなかった」
彼女――みよりちゃんがここに居ない理由。それは前述の通り、ミスコンの参加申請を、体育委員会にしていたから。
みよりちゃんの言葉を聞いて、その場の雰囲気は一気にどんよりとしたものになります。
「……やはり、男だからですか」
私の問いに、無言で頷くみよりちゃん。
予想はしていましたが、少し悔しい……強く唇を噛みます。
「みよりちゃんは、ミスコンの企画者側ですし、その特権でなんとかできないものですか?」
「わしも頑張ってみたけど、うちの委員長が頑なに拒んだんよ。もともと、委員長はミスコンじゃなくてラジオ体操第三を提案していたし」
「幻の第三をチョイスしたのは謎ですが、話を聞く限り結構手ごわそうですね……」
なんて話しながら、私は多目的室のドアへと向かいます。
「どこ行くん? 見城さん」
みよりちゃんが私の肩を叩きます。
「委員長さんを説得しに行きます」
答えると、みよりちゃんは、にっ、と笑って、
「委員長なら、今、生徒会室に居るんよ。もしかすると生徒会長さんと話してるかも。わしも手伝おっか?」
「いえ。私一人で十分です」
実は、こうなることは既に予想済みでした。そのための準備も、この数日間でしていましたし。しかし、ミスコンを企画するぐらいだから、きっと体育委員会は緩いんだろうな、と思っていましたが……そこだけは計算外でした。
「いってきます」
私は皆さんにそう告げ、多目的室を後にしました。
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