第14話(2)
そして運命の放課後。
「霧。ミスコン出ましょう!」
私は早速、帰路を共にする霧にこう提案していました。
「ミスコン?」
霧は首を傾げます。
「はい。昨日、新入生歓迎会の提案をするって言ったじゃないですか私」
「まさか本当に提案してくるなんてね」
苦笑する霧。私は、霧を乗り気にさせるべく、ミスコンについて語ります。
「どうです? ミスコンなら、それほど準備も必要じゃありません。しかも霧の容姿なら、何か特別なことをしなくても自然と票は集まることでしょう。男だから駄目だと言われても、なんとかごまかせますよ」
私の熱弁を霧は軽く聞いて、「うーん、どうしよっかなあ」なんて呟きます。顎に指をあて、目をあちこちへ泳がせながら。
「ど、どうでしょうか……?」
最初は名案だと思いましたが、今になって不安になり始めました。霧の顔色を窺うと、あんまり積極的ではないようです。
ついに霧は、目を伏せながら言いました。
「ごめんね……やっぱり……」
「そうですよね……」
仕方ない、諦めるとしますか……なんて思いながら答えます。
瞬間、霧は舌をペロッと出して、
「なんて言うとでも思った? 残念! ボクはミスコンにバリバリ参加しちゃいます!」
フェイントをかけてくるとはかなり高度ですね。
私はほっと息を吐いてしまいます。
「ああ、よかった……」
そんな私の肩に、霧はポンと手を載せて、
「というわけで、あとは見城さんに全部任せるから。プロデュースよろしく!」
と、お目めキラッキラなウインクをしてきました。
「……はいはい」
相変わらずちょっとウザいなあ、なんて思いながらも、声を弾ませて答える私が居るのでした。
で。
「見城さん。鎌足にオッケー貰えたん?」
翌日みよりちゃんが声をかけてきたので、私は指でオッケーマークを作って答えました。
「やったね。んじゃ、早速鎌足のプロデュースをしていくとしますか」
「なんか、全部任せるって言われましたし、好き勝手やっちゃいますか」
「だねだね!」
そんなわけで、歓迎会まであと二週間を切った昼休み、私はみよりちゃんと二人、いつもの階段の踊り場へと出向き、会議を始めました。
「で、どうする?」
みよりちゃんが訊いてきます。とりあえず私は、昨日霧に許可をもらったのを受けて作成した資料を渡しました。
「そこにとりあえず案を書いてみました」
「うわ、案39まである……いっそのこと40個作っちゃえば良かったのに」
きりが悪い数字に辟易しながらも、みよりちゃんはその厚い資料の束に目を通していきます。
「ねえ見城さん、最初の方はまともなことが書いてあんのに、最後の方になってくると『クマと戦う』だとか『宇宙人を呼び寄せる』だとか、実現不可能なうえ全然鎌足の魅力を伝えられないものばっかりになってるのはなんで?」
「とりあえず案をいっぱい出しておいた方がそれっぽいかな、と思いまして。あ、でもクマと戦える男の娘って、とっても魅力的じゃありません?」
「まあ、それは確かに」
うんうん、と頷くみよりちゃん。そんなみよりちゃんを見て私は、
「ってんなわけあるかーい!」
とみよりちゃんをチョップしました。
「うわ、見城さんノリツッコミめっちゃ下手やん。というか今ノリツッコミするんだとしたらわしだよね?」
「それは否めない」
というか、やっていて恥ずかしくなってきました……。
なんやかんやで、みよりちゃんは全ての資料に目を通しました。
「んー、まあ、わしが見た中で一番いいと思ったのは、小芝居を交えるやつかな」
「私もそれが良いと思っていました」
「だよね」
私たちは頷き合います。流石親友といったところでしょうか、意見はバッチリ合います。
「んで、この企画書みたいなんには『霧の魅力をひたすら伝える集団』と、『霧にヤジを飛ばす集団』に分かれて芝居をして、霧の魅力を伝えていくって書いてあるけど、その集団はどう調達するん?」
みよりちゃんは、トントン、とそう書いてある部分を指で指します。
「ああ。とりあえず、霧の魅力をひたすら伝える集団は、霧の親衛隊が最適だと思っています」
「親衛隊って、確かこの前グラウンドに巨大な怪物を召喚して騒ぎを起こした奴らだっけ? 話が通じる気がしないんよ」
眉を顰めるみよりちゃん。私もそれに頷き、
「そうですが……でも、霧の魅力を一番に伝えられるのは、霧のことを大好きな彼らしかいないと思うんですよ。みよりちゃんの言った騒ぎのおかげで、話題性は抜群だと思いますし」
私としては、難しいとは思いますがどうにかして霧親衛隊を仲間に引き入れたいです。しかし、どうすればうまくいくのか全く思い浮かびません。
こんなとき、真の知識人が来てくれれば……。
「む、呼んだか?」
「その声は!」
私が願った途端、階段の向こうに現れる人影。その姿はそう、私のよく知る先輩……
「って、千波ちゃんじゃないですか!」
ではなく、前髪を切り過ぎたラブリーチャーミングな少女、千波ちゃんでした。
毎回、私が『真の知識人が来てくれれば……』と願うと、一条先輩が来ることになっていました。
しかし、何故か今回は千波ちゃんが私たち二人の元に居ます。
「ああ。見城に根来。わたしは一条の代理で来たのだ」
「へーそうなん」
みよりちゃんは特に気にしていない様子です。そして、千波ちゃんに尋ねます。
「千波ちゃん。わしら今、霧の親衛隊を引き入れる方法を考えてるんよね。千波ちゃんは親衛隊と同じクラスなんよね?」
「何か、親衛隊の皆さんの弱点とか、苦手なものとか、黒歴史とか知っていたりしませんか?」
「ああ、見城さん、親衛隊の弱みを握って脅すつもりなんだ。ゲスイね!」
さわやかな笑顔で親指を立ててくるみよりちゃん。流石親友、私の狙いも理解されている。
そんな私たちを見て、千波ちゃんは純粋な瞳で訊いてきます。
「弱点って……何があったのだ?」
私とみよりちゃんは、千波ちゃんに事情を話しました。
すると千波ちゃんは笑顔で胸を張って、
「それならわたしに任せるのだ。親衛隊のやつらも話せばわかってくれるのだ。同じクラスで付き合いが深いわたしなら、きっと交渉できるのだ!」
と言います。しかし、なんていうか、こう、胸を張っているはずなのに全然安心感が湧かないのはなぜでしょうか……。
「……小っちゃいからだね」
みよりちゃんが私にそっと耳打ちしてきます。
すると千波ちゃんはちょっと口を尖らせて、
「なんかわたし、またバカにされた気がするのだ……」
「いやいや、そんなことありませんよ。ね、みよりちゃん?」
「そうそう。全然大丈夫だから、心配しないで千波ちゃん」
「そうか?」
私たちが必死でごまかすと、千波ちゃんは疑いながらも、最終的には笑顔になりました。
千波ちゃんの機嫌も直ったところで、私たちは早速千波ちゃんのクラス――すなわち霧親衛隊の居る教室に出向きました。
「おーい、鎌谷の親衛隊のやつらはいるかー?」
千波ちゃんは教室に入った途端、大声で彼らの所在を皆さんに尋ねました。私とみよりちゃんは他学年の生徒なので、教室の扉から中を覗くしかありません。
千波ちゃんが呼ぶと、親衛隊の皆さんはわらわらと周りに寄ってきました。
「どうしたんだ、我らを呼び寄せて」
「実はな……」
千波ちゃんは、私たちから伝え聞いた事実を親衛隊の皆さんに伝えています。
「霧様がミスコンだって?」「そんなの絶対優勝に決まってるだろ」「我らが助けなくても霧様は優勝するに違いない」「そうだそうだ、我ら愚民の助けなど、霧様には不要!」「散れ散れ」
親衛隊の皆さんは、協力することすらおこがましい、と千波ちゃんの要求をつっぱねます。
「で、でも、親衛隊のみんなの助けがあれば、鎌谷の魅力がもっと伝えられるのだ!」
千波ちゃんは、そんな親衛隊の方々にも負けず、必死に説得してくれています。
「こら瀬田! 尊き霧様を『鎌谷』と呼び捨てするなんざ、霧様への冒涜だぞ!」「そうだそうだ!」「様付けで呼べ!」
しかし予想通り、親衛隊は話のわかる人ではない様子。
「わ、わかった、霧様って呼ぶから、助けてほしいのだ!」
千波ちゃんはそんなめちゃくちゃな論理を展開する親衛隊に対しても、まともに食い下がってくれています。そんな彼女を見ていると、なんだか申し訳なく思ってきます。私が言い出したことなので……。
「お願いだから、助けてほしいのだっ……」
しかし、千波ちゃんもとうとう心が折れかけたのか、喉から絞り出すような、どこか泣きそうな声でそう言いました。
すると、私とみよりちゃんの脇を、誰かが通り抜け、教室内に颯爽と入っていきました。
「ピンチのようだな、千波」
それは、今度こそ、私のよく知る先輩の姿でした。
「一条……」
千波ちゃんは、惚けたように言った後、嬉しそうに微笑みました。
「待たせてすまない」
一条先輩はそう言って、千波ちゃんの頭をそっと撫でました。千波ちゃんは一瞬笑いましたが、その後恥ずかしそうに顔を赤くして、
「こ、公衆の面前で触るななのだ!」
と、一条先輩を猫パンチしました。相変わらず全然先輩には効いていません。
そして、先輩は含み笑いをしながら、霧の親衛隊たちに告げます。
「そなたたち。そなたたちは鎌谷霧と話したことはあるか」
いきなりの問いかけに、親衛隊の方々は首をひねりながら、
「霧様に話しかけるなど恐れ多い」「だな」「隊長の俺は、この前の怪物騒ぎで霧様に触れはしたが、ほとんど会話はしなかったぞ」
口々に答える親衛隊の方々を、先輩はふん、と鼻で笑いました。
「そなたらはどうやら相当のヘタレだな。好きな人に話しかけることすらできないなんて」
たちまち、親衛隊の男子たちは火を噴きます。
「なんだとっ!」「ふざけるな!」「好きだからこそ、遠くで見守るんだろうが!」
そんな言葉を聞いて、一条先輩は訳知り顔で頷いた後、
「確かに、我もそう思っていた時期があった。しかしだな、積極的に関係を持たない限り、始まらないのだよ。友情にしろ、恋愛にしろ、な」
と言って、千波ちゃんの肩をそっと抱きました。
「な、何するのだ! 一条!」
真っ赤になる千波ちゃんを一瞥して、一条先輩は親衛隊の皆さんにこう続けます。
「我とこの娘の関係がそうだった。我が積極的に自分の気持ちを伝えるようになってから、我らの関係は進んだ。急接近と言っても過言ではない」
その言葉で、親衛隊の皆さんに衝撃が走ります。
「「急接近、だとっ……」」
異口同音に言った言葉。先輩はそんな彼らに対して、にんまりと人の悪い笑みを浮かべて言います。
「ここで鎌谷霧の支援をすれば、鎌谷とは接点を持つことになる。そこでの会話も、必然的に発生するであろう。これはいまだかつてないチャンス……そう思わないか?」
一条先輩の言葉があまりにも魅力的だったからでしょうか、皆さんは
「「おおーっ!」」
と拳を振り上げました。
一条先輩は、そんな彼らを見て、『フッ、落ちたな』と思っていそうに笑いました。
「あ、ありがとうなのだ、一条……」
千波ちゃんがもじもじしながら、先輩に頭を下げます。先輩は、
「そなたの危機とあらば、我はいつ何時も駆けつける。いつでも頼れ」
と言った後、教室のドアからその様子を見つめていた、私とみよりちゃんに顔を向けました。
「もしよければ、そなたらが企画するミスコンの小芝居とやらも我自ら参加してやろう」
「いいんですか?」
「ああ。もちろん、千波も参加する」
「勝手に決めるななのだ! ……まあ、参加するのだ」
なんだかんだで一条先輩の決めたことに従う千波ちゃん。なんだかそんな彼女の姿を見ていると、今までみたいに可愛い可愛いと言っていられなくなっている私が居ました。娘が嫁に行ってしまった父親のような気分です。
かくして、ミスコンで披露する寸劇に出てくる『霧の魅力を伝える集団』は人員をそろえることができました。
残った問題は、『霧にヤジを飛ばす集団』です。
この集団は、霧にヤジを飛ばしたところを、霧の可愛さでメロメロにされて霧に降伏する、という役割をします。つまり汚れ役です。
なかなかやってくれる人が集まらないだろうなあ、と頭を抱えます。
すると、みよりちゃんが、
「見城さん。残りの集団なんだけど、わし、部活のみんなに頼んでみるよ」
と言ってくれました。
「部活って……テニス部もとい創作遊び部の皆さんですか?」
「うん、そうそう。まとまりないけど、いざとなればなんとかなる人達だからさ」
軽く言ってのけますが、私としては不安でしかありません。
「放課後、部活の時言ってみるんよ」
「……私も付き添います」
「なんで? 見城さんは霧と帰るんでしょ?」
「霧には先に帰ってもらいます」
どうしてここまで心配するかって?
だって、あの部活には『バカ』の二文字を聞いただけで泣き出してしまう危険人物がいますもん。通常時でさえみよりちゃんは手を焼くのに、特殊なことをできる気がしません。
そして放課後。
昇降口で私を待っていた霧には、先に帰ってほしい旨を伝えました。
私はみよりちゃんと共に、表の名はテニス部、裏の名は創作遊び部の部室――三年四組の教室に、足を運びます。
「モスクワ行きたい……」「何? モス〇ーガー?」「モ〇バーガーとガスバーナーって似てるよな」「ガスバーナーと家買ったーも似てるよな」「「似てる似てる」」
類似性をあまり感じません。
創作遊び部の皆さんは、相変わらず混沌としていました。
「みんな! 今日はみんなに伝えたいことがあるから聞いて!」
みよりちゃんが声を張り上げますが、皆さん喋るのをやめません。
「大事な話だから!」
みよりちゃんが再三繰り返すと、ようやく皆さんは黙りましたが、またところどころでこそこそと話す声が聞こえます。
そして、みよりちゃんは、霧がミスコンに出ること、その芝居で人数が必要だということを説明しました。
「みんなには関係ないことかもしれんけど、どうか手を貸してほしいんよ。お願い」
みよりちゃんが頭を下げます。しかし、皆さんは、
「そうは言ってもなあ」「めんどくさそう」「鎌谷って誰?」「ほら、大化の改新の……」「それ生ごみの塊さんな」
中臣鎌足さんです。
みよりちゃんは、わいわいと喋り出す皆さんに対して、再び頭を下げます。
「みんな、お願い! ……友達の、頼みだからさ」
そして、彼女は私の方をちらりと見ました。
そうだ、みよりちゃんは、私のために頭を下げてくれている……私が言い出したことに対して、協力してくれているんです。
私も、みよりちゃんと一緒に、頭を下げました。
「皆さん、これは私のわがままです。皆さんを巻き込むのは筋違いだとわかっています。でも……どうか協力してくださいませんか?」
すると、教室内はしんと静まり返りました。
「「お願いします」」
私とみよりちゃんは、声をそろえて言いました。
ちらほらと、部員の皆さんから声が上がります。
「やっても、いいんじゃないか?」「まあ、部長の頼みだしなあ」「あそこまで言われちゃあね」
そんな声が聞こえる一方で、
「えーでもめんどくさそうだよ」「みんなの前にでるのは恥ずかしい」
という声もありました。
みよりちゃんは、否定的な意見を言う人々に身体を向けました。
「これは、わしの勝手な事情だけどさ。わし、見城さんには今までずっと助けてもらってきたんよ。ちょっと無茶なお願いを聞いてもらったことだってあるし、いろいろ迷惑かけてきたなって思ってる。
だからね、わし、今度は見城さんの役に立ちたいって思うんだ」
珍しく、真剣な表情と声でそう言った後、みよりちゃんは再び頭を下げました。
「みよりちゃん……私、そんなみよりちゃんの役に立ったことなんて」
「あるよ。見城さん、わしの友達でいてくれてるじゃん」
みよりちゃんはそう言って、にかっと笑いました。
嬉しい。
素直にそう思いました。
「皆さん、お願いします!」
私も、みよりちゃんに倣って、同じように、深く深く頭を垂れました。
「……こんなの、オッケーするしかないだろ」「そうだな」「断れる奴は相当の冷血だな」
反対派だった人たちは、私たちの姿を見て、優しくそう言ってくださりました。
「「ありがとう(ございます)!」」
私とみよりちゃんは、またも声をそろえて、お礼を言ったのでした。
創作遊び部の協力を得られたことにより、ミスコンに向けて動き出すことができました。
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