第14話(1)
今日もまた霧と一緒に帰ります。
「そういえばさ、見城さん。なんかうちの中学、新入生歓迎会があるんだって?」
「あー、そんなのもありましたねー」
あまり関係ないと思っていた行事。
うちの学校には、新入生オリエンテーションとはまた別に、五月の終わりに新入生歓迎会という、軽い学園祭のような行事があります。
有志の人達がダンスを披露したり、特殊なイベントをしてみたり、全校でレクをしたりします。部活動に入っている人は強制的に部内で決められた出し物をしたり、委員会に入っている人はいろいろイベントを企画したりするのですが、そのどちらにも属していない私には関係が薄いイベントです。
「有志の人とかが出るケースもあるんだよね?」
「ええ、そうですよ。もしかして、気になりますか?」
すると、霧は頬をポリポリと掻きながら苦笑いをします。
「まあ、無いと言ったら嘘になるけどね。でも、ボクなんかが出ても何にもならないと思うし、そもそもボクは一年生だから。こういうイベントって、新入生歓迎会なんて言っているくせに、二年生や三年生が楽しむためのものだったりするでしょ?」
霧の言っていることは的を射ているのですが、諦めた風に言う霧の姿が少し寂しげに映りました。
「だから、ボクは出なくていいよ。本当はおっきいことを何かやりたいんだけどね。どうせ無理でしょ?」
どうせ。その言葉が引っかかります。
「無理なんてことはありませんよ」
私の脳裏をよぎるのは、先日霧が「思い出が欲しい」と言った小学校の教室内。
「不可能だと思ったことは、私が可能に変えてみせます」
霧に思い出を作ってほしい。そう思ったのです。
霧は、私を怪訝そうに見てきます。
「どうやって変えるの?」
「それは……」
勢いで言ったことなので、咄嗟に思いつきません。口をつぐんでしまいます。
そんな私を、霧は緩く笑って、
「ボクのことなら気にしないで。見城さんの気遣いはわかったから」
「気遣いじゃないです」
珍しく反論してしまいました。諦めようとする霧に、今日の私はやけに盾ついてしまいます。
「気遣いじゃないったら気遣いじゃないんです。私はただ、霧が……えっと、輝いてほしいだけなんです!」
思い出を作ってほしいなんて、おこがましいので言えませんでした。
「えー、じゃあもう一度訊くけど何してくれるのさ?」
霧は頬を膨らませ、私をつついてきます。
「それは……考えますよ。どうにかして」
「でも、もう新入生歓迎会はすぐそこまで迫ってきてるよ? あと二週間あるかないかぐらいだよ」
その言葉を聞いて、ハッとします。今は五月の第二週。五月の第四週の木曜だか金曜だかに新入生歓迎会があります。あと残っているのは二週間。練習が必要なもの――例えばバンドや劇――をやるにはあまりにも時間が足りません。
霧は、そこを突いてきます。
「見城さんがもしボクに何かしてほしいって言うなら、明日までに練習がいらなくてなおかつすっごくボクが輝けるものを提案してみてよ」
そして淫靡に笑います。悪人面と言いますか、完全に余裕ぶっている表情です。
……やっぱりちょっとウザい。
こんな霧に負けるわけにいかない。心の中で対抗心がメラメラと燃え上がってきます。
「良いでしょう。明日ですね。必ず霧が輝ける企画を立案してみせます!」
私が宣言すると、霧は挑発的に手をクイクイっとして、
「やれるもんならやってみな」
なんて言うもんですからもうね、絶対その鼻を明かしてやる。
そう決心しました。
翌日。
「全然思いつきません……」
昼休みの教室で、独り寂しく机に突っ伏す私の姿がありました。
霧に啖呵を切ったはいいものの、短期間で霧を輝かせられるものなんて思いつきやしません。授業中も色々考えていましたが、アイデアは降ってきませんでし
た。かぐや姫に無理難題を吹っ掛けられた貴公子たちの気持ちがわかったような気がします。
「はぁ……」
深く深くため息を吐き、机に上半身をベターっとくっつけます。夏場地面で伸びている猫のように。
「見城さん、大丈夫かえ?」
グロッキーな私の姿を見かねてか、みよりちゃんが机の傍まで来て話しかけてくれました。
みよりちゃんの姿を見て、ある事を思い出します。
「そういえばみよりちゃんって体育委員会でしたよね? 体育委員会は、新入生歓迎会で何をやるんですか?」
みよりちゃんは委員会に入っていたのでした。各委員会ごとにイベントを企画していたりする場合があるので、その内容によっては霧が参加できるかもしれません。
まあ、体育委員会のことですし、どうせラジオ体操だとか縄跳びチャレンジだとかなのはな体操だとか(これは千葉県民にしか通じないか)みたいな、頭カッチカチでつまらない企画をしているのでしょう。
期待せずみよりちゃんの返答を待ちます。
「ん? 体育委員会は、ミスコンを企画しているんよ」
「それだぁぁぁぁぁっ!」
思わず上半身を起こして叫びました。
「どしたん見城さん。そんな大声出して。ヘウレーカ的な?」
「ええ、まさしくそうです。ミスコン……ミスコン! なんて良い響きなんでしょうか」
「見城さん出るの? そしたらわしは各方面に脅しをかけて見城さんをミスコン女王に仕立て上げるけど」
「さらっと怖いことを言うのはやめてください。私じゃなくて、霧を出したいんですよ」
「それまたなんで?」
私はみよりちゃんに、昨日の会話の顛末を話しました。
みよりちゃんはふむふむと腕を組みながら頷きました。
「なるへそなるへそ。それならミスコンは条件に合ってるんよ。そこまで準備も難しくないだろうし」
「ですよね。帰りに、霧に提案してみるとしますか……」
私が呟くと、みよりちゃんはニヨニヨと笑って、
「それでもし鎌足がオッケーしたらさ、わしにも協力させてくれへん? わしが各方面に脅しをかけて鎌足をミスコンの覇者にしてみせるんよ」
「なんでさっきから田舎のヤンキーみたいな権力を持ってる風を装うんですか。いいですよ私一人で霧をプロデュースしますから」
すげなく答えると、みよりちゃんは私の腕にしがみついてきます。
「そんなこと言わんといて! お願い、やらせて!」
「駄目です」
「一回だけ! 一回だけで良いからやらせて!」
「そんな程度でオッケーするほど甘くないですよ、私」
「先っちょだけ! 先っちょだけだからさ!」
「ちょっと待ってくださいみよりちゃん。いろいろ勘違いした人達が私たちをガン見してきています」
みよりちゃんの誤解を招く発言によって、教室内にいるクラスメイト達はざわざわしています。
「先っちょだけだとよ……」「見城さんと根来さん、やっぱりそういう関係……」「個人的に見城さんは攻めだと思う」「いやいや、見城さんはツンデレ受けだと思うね」「リバか……よろしいならば戦争だ」「お前ら百合は受け攻め重視しない世界だろ?」
なんで私たち勝手にカップリングされちゃってるんですか。何気に『やっぱり』とか言ってる人までいますし。
「ねえ、お願いやらせてやらせて!」
「あーもうわかったわかったから黙ってみよりちゃん!」
私が渋々答えた途端、また教室内が騒がしくなります。
「ついに見城さんオッケーしちゃったかあ……」「薄い本がアツくなりますなあ」「スク水好きの見城さんのことだから、きっとえげつない要求をしてくるに違いない……」
スク水好きについては否定できませんね。
いろいろ誤解を招いた末、霧にミスコンを勧めてみることと、もしそうなったらみよりちゃんが協力してくれることになりました。
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