第14話(4)

 そして、出向いたのは、同じく三階にある生徒会室。ドアの前に立ち、二回ほどノックをしてから入ります。


「失礼します」


 扉を開けた先に居たのは、みよりちゃんが言っていた通り、体育委員長と、生徒会長でした。


「ああ。この間のラブラドールじゃないか」


 会長さんとはこの前の委員会会議で話したことがあるので、軽く笑みを浮かべて迎え入れてくれました。


「どうした? 何か用事か?」


 相変わらずのさばさばした態度で私に話しかけてきてくださります。私は、

「体育委員長さんに、ミスコンのことでお話があります」

 と、体育委員長さんに目を向けました。


 体育委員長さんは、メガネをかけたエリートっぽい雰囲気の方で、どちらかというとこの人の方が生徒会長っぽいです。体育委員長っていうから、てっきり野球をバリバリやってそうな好青年か、サッカーをバリバリやっていそうな爽やかリア充系イケメン(笑)かと思ったのに。


「鎌谷霧とやらのことなら、既に却下してある」


 委員長さんは、冷たくあしらいました。見た目の印象通り、お堅そうな声です。


「そこをどうにか考え直していただけませんか?」

「男は出られないという規則になっている。駄目だ」


 まあ、こうくると思っていました。


 さて。


 私は、懐から一枚の写真を取り出しました。それを、頑固そうに唇を引き結ぶ委員長さんに見せます。


「これは……」


 私が見せたのは、霧がセーラー服のコスプレをしている写真。霧が持っているブロマイドの中でも、一番の健全さと真面目さを誇る一枚です。


「霧は、男扱いをされるのを嫌います。本当は女の子の格好をするのが好きなんです。彼は、戸籍上は男といえど、スピリッツは女性なのです!」

「す、スピリッツか!」


 カタカナ語大好きな会長さんは、私の言葉に興味をそそられています。


 対して、体育委員長は、若干余裕さを崩しながらも、


「しかし、規則は規則だ。鎌谷霧がどのような趣味を持っていようが、どのような思想を持っていようが構わないが、今回のミスコンには参加できない」


 すげなく答えます。


「個人の些細な願いよりも、ルールの方が大切なんですか? ただ、ミスコンで輝きたいと。思い出を作りたいという願いさえも、否定されるのですか?」

「個人の小さな願いを叶えてくれるほど、社会は甘くない」


 体育委員長さんの言っていることは、もっともでした。なるほど、確かに社会は残酷で、やすやすと希望が通る場所ではないでしょう。


 でも。


 そんなもの、壊してやります。


「ええ、確かに社会は甘くないでしょう。そんなことわかってます。でも、私は、そんな社会に盾ついてでも、霧の願いを叶えたいんです! 霧の魅力を伝えて、霧を誰よりも、舞台上で輝かせたいんです!」


「……どうして君がそこまで必死になる」


 体育委員長さんは眉を顰めました。理解できない、と言った風に。


「だって、私は……」


 私の頭の中に、霧の真っ直ぐな瞳が過ぎります。私を慕ってくれたあの瞳。そして、思い出が欲しい、と絞り出した声。


 そう、私は……


「霧のことが、好きだからです!」


 言った途端、恥ずかしさで死にそうになりました。身体が火照っていくのがわかります。きっと私の今の顔は真っ赤なんでしょうね。


「霧は、ちょっとウザいなって思ったり、ちょっとどうかなって思ったりするところがあるけど、とってもいい子なんです。真っ直ぐに人を好くことができて、自分の思いをそのまま伝えられる。


 友達のことで悩んでいたり、たまに腹黒かったりします。そんなところも、全部素直で、いいところなんです!」


 一気に、『私が好きな霧』についてぶちまけました。


「……」


 体育委員長さんは、そんな私を、少し困惑した表情で見つめています。何マジになっているんだろう、とか思っているのでしょうか。やはり断られるでしょうか。


 それでも、私は負けない。


 そう決意した時。


「認めてやっても良いんじゃないか? 体育委員会委員長」


 会長さんがそう言いました。


「少なくとも、生徒会は許可する。あとは、委員長さえゴーサインを出せば、アライアンスは完璧だ」


 アライアンスの意味もよくわからないままに使っているのでしょうが、この助け舟はすごく助かりました。


「で、ですが会長……」


 渋る体育委員長でしたが、会長さんはなおも、


「他人に対して、自分の友人の良いところを話せる。こんな人物、なかなかにいないからな。ルールに頼るのも良いが、たまには人情も加味して考えてみてはどうだ?」


 それがアルゴリズム簡略化への大きな一歩になるだろう。なんて、会長さんは言って、舌を出します。彼女、意外にも茶目っ気があるのかもしれません。


「……許可する」


 体育委員長さんは、ため息混じりにそう答えました。


「ありがとうございます!」


 私は頭を下げました。嬉しくて、声が上ずってしまいながら。


 そうして、あとはミスコンに向けてひたすら練習をして、霧が大勢の前で輝くだけとなりました。

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