第21話「収穫祭と、感謝の宴」
秋の収穫祭が近づいてきた。村や街道沿いの農家では、一年で最も忙しく、そして最も喜びに満ちた時期だ。黄金色に実った麦畑、たわわに実った果樹、大地の恵みがあちこちで収穫の時を迎えていた。
「アサギ、今年の収穫祭はどうする?」
フィーが朝の準備を手伝いながら聞いた。小さな手で、カップを一つずつ丁寧に並べている。
「そうね...去年は王都にいたから、参加したことがないのよね」
アサギが思い出すのは、城での形式ばった祝宴。豪華な料理が並び、着飾った貴族たちが集まる。美しいけれど、どこか冷たい雰囲気だった。本当の喜びや感謝の気持ちは、そこにはなかった。
「収穫祭は、みんなで収穫を祝うお祭りだよ!」
ちょうど野菜を届けに来た農家のおばさんが、籠いっぱいの野菜を置きながら話に加わった。人参、じゃがいも、かぼちゃ、大根...どれも土の香りがして、生命力に溢れている。
「そうそう、今年は特に豊作だったから、盛大にやるよ。アサギちゃんも参加しない?」
「でも、私、農作物は作ってないし...」
アサギは遠慮がちに言う。収穫祭は、実際に作物を育てた人たちのものだと思っていた。
「何言ってるの!」
おばさんは大きく笑った。その笑顔には、太陽のような温かさがある。
「あんたの紅茶だって、立派な恵みじゃないか。それに、収穫祭は分かち合いの祭りさ。作る人も、料理する人も、食べる人も、みんなで感謝を分かち合うんだよ」
その言葉を聞いて、アサギの中に温かいものが広がった。分かち合い...それは、このカフェでいつも大切にしていることだった。
「じゃあ、カフェの前の広場で、持ち寄りパーティーはどうかしら?」
アサギの提案に、おばさんの目が輝いた。
「それは素敵! 遺跡の前でやるなんて、今までにない収穫祭になるね!」
話はあっという間に広まった。口コミの速さは、小さな共同体ならでは。漁師も、パン屋も、肉屋も、みんな乗り気だった。
「俺は朝獲れの新鮮な魚を持ってくる」
漁師の親父さんが、日焼けした顔で笑う。
「うちは焼きたてのパンだ。特大のやつを焼くよ」
パン屋の主人も張り切っている。
「採れたての野菜をたくさん! 今年のかぼちゃは特に甘いんだ」
農家の若者たちも興奮気味だ。
レオンも珍しく積極的だった。
「俺は肉を調達してくる。いい猟師を知ってるんだ。鹿肉と、猪肉と...」
「まあ、レオンも張り切ってる!」
フィーが嬉しそうに飛び回る。
「だって、みんなで食べるご飯は美味しいもん!」
準備は数日前から始まった。
まず、広場の整備。落ち葉を掃いて、地面を平らにする。アサギは箒を持って掃除をするが、相変わらず不器用で、落ち葉を散らかしてしまう。
「もう、アサギったら!」
フィーが魔法で落ち葉を集めてくれる。くるくると渦を巻いて、落ち葉が一か所に集まっていく。
次に、テーブルと椅子の設置。村人たちが、それぞれ家から持ち寄る。大きさも形もバラバラだけど、それがかえって温かい雰囲気を作っている。
「こっちに長テーブルを置こう」
「子供用の席も作らないと」
「料理を置く台も必要だな」
みんなで相談しながら、配置を決めていく。
簡易かまどの設置は、レオンと若者たちの仕事。石を積んで、しっかりとした土台を作る。
「これで大鍋も置けるな」
「串焼き用の場所も作ろう」
男たちの力仕事に、アサギは感心しながら見守る。
アサギ自身は、紅茶とお菓子の準備に追われた。
「こんなにたくさん作るの、初めて...」
エプロン姿のアサギが、額の汗を拭う。いつもの三倍の量を用意しなければならない。
紅茶は、子供でも飲めるように、いろいろな種類を用意。フルーツティー、ミルクティー、ハーブティー...
お菓子も、種類を増やした。定番のスコーンはもちろん、クッキー、マフィン、パウンドケーキ。そして、この日のために考案した特製の収穫祭ケーキ。
「大丈夫! フィーも手伝う!」
フィーが材料を運んだり、オーブンの火加減を見たり、小さな体で精一杯働いた。時々つまみ食いをして、アサギに怒られるけれど。
「あ、また食べた!」
「だって、美味しそうなんだもん!」
リーゼロッテ王女も、変装して手伝いに来た。今日の変装は農家の娘風。麦わら帽子にエプロン姿。
「私も何か作りたい!」
王女様の手作り料理...少し不安だったが、意外にも器用にクッキーの型抜きをしていく。
「城でもたまに厨房に忍び込んで、作ってたの」
いたずらっぽく笑う王女に、アサギも笑顔で応える。
収穫祭の日は、静かに暮れていった。でも、みんなの心には、温かい灯りがともっていた。
その夜、後片付けをしながら、アサギは疲れ果てていたが、不思議と眠れなかった。胸がいっぱいで、幸せが体中から溢れ出しそうだった。
「いい一日だったね」
フィーが隣で小さくつぶやいた。小さな体も、今日は大活躍で疲れているはず。
「ええ、最高の一日だった」
アサギは夜空を見上げた。満天の星が、まるで今日の祭りを祝福するように輝いている。
「ねえ、アサギ」
フィーが真剣な顔で聞いてきた。
「来年も、その次の年も、ずっとこんな日が続くよね?」
「もちろんよ」
アサギは優しく答えた。
「みんながいる限り、この幸せは続く。そして私は、ずっとここにいる」
窓の外では、満天の星が祝福するように輝いていた。遺跡の石壁も、月明かりを受けて優しく光っている。
来年も、その次の年も、ずっとこんな日が続きますように。
アサギは、心からそう願った。
遺跡カフェは、ただの店ではない。みんなの居場所であり、絆を深める場所。そのことを、改めて実感した収穫祭だった。
そして、この日のことは、参加した全ての人の心に、かけがえのない思い出として刻まれた。身分も立場も超えて、ただ人として繋がれた特別な一日として。穫祭当日。
秋晴れの空の下、遺跡前の広場は朝から人でいっぱいになった。それぞれが自慢の品を持ち寄る。手には籠や鍋、大皿を抱えて。
農家の人たちは、採れたての野菜で大鍋料理を作り始めた。
「さあ、野菜を切るぞ!」
「じゃがいも、にんじん、かぼちゃ...」
「豆も入れよう、今年のは特に良い出来だ」
色とりどりの野菜が、まな板の上で踊るように刻まれていく。大鍋に入れられた野菜が、ぐつぐつと美味しそうな音を立て始める。
漁師たちは、炭火で魚を焼いている。
「この鯛は、今朝の一番の獲物だ」
「塩焼きが一番うまい」
「いや、ハーブを詰めるのもいいぞ」
香ばしい匂いが広場に広がり、子供たちが「早く食べたい!」と騒ぎ始める。
パン屋の主人は、特大のパンを運んできた。
「収穫祭特製! みんなで分けて食べるんだ」
両手でも抱えきれないほどの大きさ。表面はこんがりと焼けて、中はふんわり。切り分けると、小麦の良い香りが広がる。
肉屋も負けていない。レオンが仕留めてきた鹿肉を、見事にさばいて串焼きにしていく。
アサギも、準備した紅茶とお菓子を並べる。大きなテーブルいっぱいに、色とりどりのティーポットが並ぶ光景は壮観だった。
「わあ、すごい!」
子供たちが目を輝かせる。
「どれから飲もうかな」
「全部飲みたい!」
そこへ、思いがけない来客があった。
「失礼します」
エドワード王子と、リーゼロッテ王女だった。今日は二人とも、普段着に近い格好をしている。供の者も最小限。
「え、エドワード様!?」
アサギが驚く。まさか王族が、こんな素朴な祭りに来るとは。
「収穫祭と聞いて、来てしまった。迷惑だったか?」
エドワードが少し不安そうに聞く。
「そんな...でも、こんな素朴な祭りで...」
「素朴だからいいんです!」
リーゼロッテが目を輝かせた。もう変装の必要もない。
「王城の祝宴より、ずっと楽しそう! 本物の喜びがここにはある!」
最初は緊張していた村人たちも、二人の気さくな態度にすぐに打ち解けた。
「王子様も食べてみて!」
農家のおばさんが、野菜スープを差し出す。
「この魚、今朝釣ったばかりなんだ」
漁師も自慢の焼き魚を勧める。
エドワードは差し出された料理を、一つ一つ丁寧に味わった。
「うまい! こんなに美味しい料理は初めてだ」
その言葉に偽りはない。素材の味が活きた、素朴だけど心のこもった料理。城では味わえない美味しさだった。
「こちらのパンも!」
「肉もどうぞ!」
次々と料理が差し出される。エドワードもリーゼロッテも、嬉しそうに食べていく。
日が高くなるにつれ、祭りは最高潮に達した。
バルトロメウスが、収穫を祝う古い歌を歌い始めた。
「大地の恵みに感謝を込めて~♪」
みんなも声を合わせる。上手い下手は関係ない。感謝の気持ちを、歌に乗せて。
精霊たちも集まってきて、光の花びらを降らせる。金色、銀色、虹色...まるで、天からの祝福のよう。
「きれい...」
アサギは、その光景に見とれた。
身分も、種族も関係ない。人間も、精霊も、みんなが一つになって、大地の恵みに感謝している。これこそが、本当の祝祭なのだと感じた。
「アサギ」
レオンが声をかけた。
「紅茶、なくなりそうだぞ」
「あ、すぐ淹れます!」
アサギは急いでお湯を沸かす。大きなポットに、たっぷりと。
その横で、リーゼロッテが手伝った。もう慣れた手つきで、カップを並べていく。
「私にも注がせてください!」
「ええ、お願いします」
二人で協力して、次々と紅茶を淹れていく。王女と元公爵令嬢が、エプロン姿で給仕をする光景。一年前なら考えられなかったこと。
「できた!」
リーゼロッテが嬉しそうに紅茶を運ぶ。少し不格好だけど、心のこもった一杯。受け取った人々が、温かい笑顔を返す。
夕方になると、みんなで大きな輪を作った。
マルコが立ち上がった。
「今年も豊作だった。それも、みんなのおかげだ」
拍手が起こる。
「そして」
農家のおじさんが続ける。
「この遺跡カフェのおかげでもある。疲れた時、ここで飲む紅茶に、どれだけ励まされたか」
みんなが頷く。
「春の種まきの時も」
「夏の暑い日も」
「雨の日も、風の日も」
「いつも温かく迎えてくれた」
「アサギちゃん、ありがとう」
「来年も、よろしく」
「ずっと、ここにいてくれよ」
温かい言葉が、次々とアサギに向けられる。
「私の方こそ...」
アサギの目に涙が浮かんだ。
「みなさんに支えられて、ここまで来られました。本当に、ありがとうございます」
フィーもアサギの肩で、嬉しそうに光っていた。その光が、涙をきらきらと輝かせる。
「アサギ、泣かないで! 嬉しい涙でしょ?」
「ええ、嬉しくて...幸せで...」
エドワードが前に出た。
「私からも、礼を言わせてほしい」
王子の言葉に、みんなが注目する。
「アサギは、王城を出て、自分の道を選んだ。最初は心配したが...」
エドワードは広場を見回した。
「今日、分かった。彼女は正しい選択をした。ここには、王城にはない本物の幸せがある」
そして、アサギに向かって深く頭を下げた。
「ありがとう。君のおかげで、私も大切なことを学んだ」
王子が頭を下げる姿に、みんなが驚く。でも、すぐに温かい拍手が起こった。
陽が沈み始めた頃、祭りは静かに終わりを迎えた。でも、誰も急いで帰ろうとしない。
たき火を囲んで、穏やかな時間が流れる。子供たちは満腹で、母親の膝で眠そうにしている。大人たちは酒を片手に、のんびりと語らっている。
「こういう時間が、一番幸せね」
アサギがつぶやくと、エドワードが頷いた。
「ああ。城では味わえない幸せだ」
「兄様、来年も来ましょうね」
リーゼロッテが提案すると、エドワードは苦笑した。
「王族の務めがあるから、約束はできないが...努力しよう」
「絶対ですよ!」
星が一つ、また一つと空に浮かび上がる。たき火の火の粉が、星に向かって昇っていく。
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