第20話「魔導士の集いと、知識の交流」



 朝、バルトロメウスが神妙な顔でカフェを訪れた。いつもの陽気な雰囲気とは違い、少し困ったような表情をしている。


「アサギ殿、実は相談があるのじゃが」


 老魔導士は、いつもの席に座ると、長い髭を撫でながら切り出した。その手が、いつもより落ち着きなく動いている。


「来週、小規模な魔導士会を開く予定なのじゃ。場所を探しておったのじゃが...どこも断られてしまってな」


「魔導士会?」


 アサギが紅茶を注ぎながら聞き返す。湯気が立ち上り、バルトロメウスの困った顔を少し和らげた。


「うむ。といっても、大げさなものではない。各地の魔導士が集まって、研究成果を発表し合う会じゃ。十人程度の小さな集まりなのじゃが...」


 バルトロメウスは、少し言いにくそうに続けた。


「実は、どこも貸してくれんのじゃ。魔導士が集まると、何か起きるのではと心配されてな。爆発とか、召喚とか、変な呪いとか...」


「まあ...」


 アサギは眉をひそめた。確かに魔導士と聞くと、一般の人は身構えてしまうかもしれない。でも、バルトロメウスを見ていると、そんな危険な人には思えない。


「去年は森の中で開いたのじゃが、雨に降られて散々じゃった。研究資料が濡れて、皆困り果てての」


 バルトロメウスが深いため息をつく。


「それで、もしよければ...ここを使わせてもらえんじゃろうか? もちろん、迷惑料は払うし、何か起きたら全責任は私が...」


 フィーが興味深そうに飛んできた。


「魔導士がいっぱい来るの? 面白そう! どんな魔法を見せてくれるの?」


 バルトロメウスが慌てて手を振る。


「いやいや、派手な魔法を見せる会ではないのじゃ。地味な研究発表が主での...」


「でも、私、魔導士会なんて開いたことがないし...」


 アサギは不安そうだ。王城にいた頃も、魔導士とは距離を置いていた。何をするか分からない、という偏見があったのも事実。


「難しく考えることはない」


 バルトロメウスが優しく笑った。その笑顔に、アサギは安心感を覚える。


「いつも通り、美味しい紅茶を出してくれればよい。議論に熱が入ると、喉が渇くものじゃからな。それに...」


 老魔導士は、カフェを見回した。


「ここには不思議な力がある。人の心を落ち着かせる何かがな。きっと、良い議論ができるじゃろう」


 レオンが腕を組んで言った。


「俺が警備する。何か起きても対処できる」


「レオン...」


「魔導士だろうが何だろうが、トラブルは起こさせん」


 レオンの頼もしい言葉に、アサギの不安が少し和らいだ。


 アサギは少し考えてから、にっこりと頷いた。


「わかりました。遺跡カフェで開催しましょう。みんな、紅茶を飲めば普通の人と変わらないはずですもの」


「おお、感謝じゃ!」


 バルトロメウスの顔が、ぱっと明るくなった。


「きっと、歴史に残る素晴らしい魔導士会になるじゃろう!」


 当日の朝、アサギは緊張で手が震えていた。


「大丈夫かな...ちゃんとおもてなしできるかな...魔導士の人たちって、どんな人たちなんだろう...」


「アサギ、ガチガチだね」


 フィーが心配そうに見上げる。


「だって、魔導士の人たちって、きっとすごく偉い人たちでしょう? 難しい話ばかりで、私なんかが相手できるかな...」


「アサギはアサギのままでいいんだよ」


 フィーがアサギの頬に、小さな体をすり寄せた。


「いつもの優しいアサギでいれば、きっと大丈夫」


 その言葉に、アサギは深呼吸をした。そうだ、特別なことをする必要はない。いつも通り、心を込めて紅茶を淹れればいい。


 最初に到着したのは、緑のローブをまとった若い女性魔導士だった。


「は、初めまして! 東の塔のミレーヌと申します」


 彼女もまた、緊張している様子だった。手に持った杖が、かすかに震えている。


「実は、こんな素敵な場所で魔導士会が開かれるなんて、初めてで...」


「ようこそ、遺跡カフェへ」


 アサギが笑顔で迎えると、ミレーヌの表情が和らいだ。


「まあ、本当に精霊がいるのね! 可愛い!」


 フィーが得意げに飛び回ると、ミレーヌが嬉しそうに手を伸ばした。


 続いて、様々な魔導士たちが集まってきた。


 炎を専門とする赤髭の魔導士、グスタフ。見た目は怖いが、話してみると気さくな人。

 水晶占いが得意な老婆、マーガレット。神秘的な雰囲気だが、お茶目な一面も。

 薬草学に詳しい中年の男性、ハーバート。物静かで、植物を愛する優しい人。

 幻術を研究する双子の兄弟、カイとレイ。いたずら好きだが、根は真面目。


 みな、個性的な装いで、アサギは最初圧倒されそうになった。でも、席に着いて話を始めると、普通の人と変わらないことに気づく。


「いやあ、こんな居心地の良い場所で会議ができるなんて」

「石造りなのに、なんだか温かい感じがしますね」

「精霊もいるし、縁起が良さそうだ」


 バルトロメウスが立ち上がり、咳払いをした。


「では、第四十七回地方魔導士交流会を始める」


 早速、議論が始まった。


「今年の魔力の流れは例年と違う」


 グスタフが地図を広げて説明を始める。


「特に、北の山脈地帯で異常な魔力の集中が見られる」


「それは気象の影響では?」


 ミレーヌが控えめに意見を述べる。


「今年は例年より雨が多かったから、水の魔力が...」


「いや、地脈の変動が原因じゃ」


 マーガレットが水晶球を取り出して、反論する。


 難しい専門用語が飛び交い、アサギにはさっぱり分からない。魔力係数だの、エーテル濃度だの、位相転移だの...。でも、一つだけ分かることがあった。


 みんな、とても楽しそうだということ。


 目を輝かせて自説を語り、相手の意見に真剣に耳を傾け、時には激しく議論する。それは、子供が大好きなおもちゃについて語る時の表情に似ていた。


「では、ここで一度休憩にしよう」


 バルトロメウスの提案で、アサギは紅茶の準備を始めた。


「本日の紅茶は、集中力を高めるペパーミントをブレンドしました」


 丁寧にお湯を注ぎ、香りを確かめる。ミントの爽やかな香りに、ほんのりとした甘みを加えて。


 カップを配ると、魔導士たちの表情が一変した。


「これは...!」


 グスタフが目を見開く。


「なんという香り。頭の中の霧が晴れていくようだ」


「魔力の流れが整う感じがする」


 ハーバートが静かに呟いた。


「不思議ね...ただの紅茶のはずなのに」


 ミレーヌがカップを両手で包み込む。


 緊張していた雰囲気が、紅茶の香りと共に和らいでいく。さっきまで難しい顔をしていた魔導士たちが、ほっとした表情になった。


「ここは不思議な場所ですね」


 ミレーヌが感心したように言った。


「魔力の流れが、とても穏やか。まるで、大きな湖の底にいるような...」


「それは多分、みんなが楽しく過ごしているからよ」


 アサギが答えると、魔導士たちは顔を見合わせた。


「なるほど、感情が場の魔力に影響を与える、か」


 カイが興味深そうに呟く。


「面白い仮説じゃ。研究の価値がある」


 レイも頷いた。


 休憩時間に、アサギは手作りのスコーンとクッキーを出した。朝早くから準備したもので、まだほんのり温かい。


「まあ、美味しい!」


 マーガレットが目を細めた。


「こんなに心のこもったお菓子は久しぶりじゃ。魔法で作ったものとは、味が違う」


「そうそう、手作りの温もりがある」


 グスタフも、見た目に似合わず甘いものが好きらしく、スコーンを頬張っている。


「アサギさん、レシピを教えてもらえませんか?」


 ミレーヌが恥ずかしそうに聞く。


「塔に帰ったら、自分でも作ってみたくて」


「もちろん! 喜んで」


 議論が再開されても、先ほどまでの堅い雰囲気はなくなっていた。時折、笑い声も聞こえる。お茶請けのクッキーをつまみながら、和やかに意見交換が進む。


 そんな中、幻術師の一人、カイが立ち上がった。


「では、私の研究成果をお見せしよう」


 彼が杖を振ると、カフェの中に美しい蝶が舞い始めた。青、赤、黄色、紫...色とりどりの蝶が、まるで生きているように飛び回る。


「きれい!」


 フィーが大喜びで、蝶を追いかけ始めた。


「これは、感情に反応する幻術。楽しい気持ちの時は明るい色に、悲しい時は暗い色になる」


 確かに、フィーの周りの蝶は、特に鮮やかな色をしている。


「ただし、制御がまだ不完全でして...」


 その言葉通り、蝶の数がどんどん増えていく。最初は十匹程度だったのが、あっという間に五十匹、百匹...


「あ、あれ? 止まらない」


 カイが慌てて呪文を唱えるが、蝶は増え続ける。


「わわわ!」


 アサギがカップを守ろうとするが、蝶がどんどん増えて、カフェ中が蝶だらけに。テーブルも、椅子も、壁も、蝶で埋め尽くされていく。


「すまん! 解除呪文を忘れた!」


 カイが必死に呪文を思い出そうとする。


「兄さん、いつもこうなんだから!」


 レイが怒りながらも、解除を手伝おうとする。しかし、二人がかりでも止まらない。


 その時、フィーが思いっきり光った。


「えい! みんな、どっか行って!」


 まぶしい光が、カフェ中に広がる。蝶たちが一斉に消えた。しかし...


「あれ?」


 光が収まると、カフェ全体が、なぜかピンク色に染まっていた。壁も、テーブルも、みんなの服も、全部ピンク。まるで、巨大な桃の中にいるような光景。


「ふぃー!?」


 フィーが慌てる。自分でも予想外の結果だったらしい。


「ご、ごめん! 力入れすぎた! ピンクになっちゃった!」


 一瞬、静寂が流れた。魔導士たちは、自分の服を見下ろし、周りを見回す。そして...


「ぶはははは!」


 赤髭のグスタフが大笑いを始めた。その豪快な笑い声に、つられて他の魔導士たちも笑い出す。


「これは傑作じゃ!」

「ピンクの魔導士会なんて、歴史上初じゃろう」

「論文に書かねば! 『精霊による空間染色現象について』」

「写真を撮っておこう! 記念になる!」


 アサギも、つられて笑ってしまった。堅苦しいと思っていた魔導士たちが、こんなに朗らかに笑うなんて。みんな、ただの人間なんだと実感する。


「すみません、すぐに元に戻しますから」


 バルトロメウスが解除の呪文を唱える。複雑な手順を踏んで、ゆっくりとピンク色が薄れていった。


「いやいや、楽しかったよ」


 薬草学者のハーバートが言った。


「普段の研究室では、こんな失敗も楽しめない。ピリピリしてばかりでね」


「そうじゃな。ここは実に良い」


 占い師のマーガレットも頷く。


「争いの心が消えるというか...素直に学び合える雰囲気がある」


「それは、アサギさんの人柄のおかげでしょう」


 ミレーヌが微笑んだ。


「身構えずに迎えてくれて、美味しい紅茶でもてなしてくれて。だから、私たちも肩の力が抜けたんです」


 魔導士会は、予定時間を大幅に超えて続いた。でも、誰も帰ろうとしない。議論の合間に紅茶を飲み、お菓子をつまみ、時には冗談を言い合う。


 レオンも、最初は警戒していたが、途中から議論に耳を傾けていた。


「なるほど、そういう理論か...」


 時々、的確な質問を投げかけて、魔導士たちを驚かせた。


「あなた、魔法の素質があるかもしれない」


 グスタフがレオンを見て言う。


「俺は剣の方が性に合ってる」


 レオンはそっけなく答えたが、まんざらでもなさそうだった。


 夕方、会が終わる頃には、みんなすっかり打ち解けていた。


「次回も、ぜひここで」

「アサギさんの紅茶は、議論の潤滑油じゃ」

「フィーちゃんの光も、また見たいし」

「ピンクじゃなければね!」


 みんなが笑いながら、口々に礼を言って帰っていった。


 最後に残ったバルトロメウスが、深々と頭を下げた。


「本当に感謝じゃ。こんなに和やかな魔導士会は初めてじゃった」


「いえ、私も楽しかったです」


 アサギは本心からそう言った。


「魔導士の方々も、紅茶を飲む時は普通の人と変わらないんですね」


「そう、それじゃよ」


 バルトロメウスが嬉しそうに髭を撫でた。


「ここは、肩書きを忘れられる場所じゃ。それが、何より貴重なんじゃ」


 その夜、アサギは日記に書いた。


『魔導士も、騎士も、商人も、農家の人も。みんな紅茶の前では同じ。それが、このカフェの魔法なのかもしれない。そして今日、その魔法がまた一つ、新しい繋がりを生んだ』


 フィーは、まだ少しピンク色が残った羽を見ながらぼやいた。


「もう、恥ずかしいよー。みんなに笑われちゃった」


「でも、みんな笑顔になったでしょう?」


 アサギがフィーを撫でると、フィーも小さく笑った。


「うん! 楽しかった! 魔導士さんたち、また来るかな?」


「きっと来るわ。だって、ここが好きになってくれたもの」


 遺跡カフェに、また新しい歴史が刻まれた。ピンク色の、楽しい思い出と共に。そして、魔導士たちとの新しい絆も。


 知識の交流は、心の交流へと変わり、それがまた新しい物語を紡いでいく。遺跡カフェの魔法は、今日も続いている。

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