第22話「古代の記録と、平和な日々」
秋も深まり、遺跡カフェの庭に積もった落ち葉が、カサカサと心地よい音を立てていた。
今日は定休日。アサギは朝からバルトロメウスと共に、遺跡の奥にある書庫のような空間にいた。
「ふむふむ、これは実に興味深い」
バルトロメウスが虫眼鏡を片手に、壁一面に刻まれた古代文字を読み解いている。白髪交じりの髪を掻きながら、時折「おお!」と声を上げては、手帳に何かを書き付けていく。
「バルトロメウスさん、何か分かりましたか?」
アサギが紅茶を差し出すと、老魔導士は顔を上げた。その瞳がきらきらと輝いている。
「アサギさん、これは素晴らしい発見ですぞ! ここには、この遺跡が建てられた時代の記録が詳細に残されている」
「まあ! どんなことが書いてあるんですか?」
フィーも興味深そうに、アサギの肩から身を乗り出す。バルトロメウスは紅茶を一口飲んでから、壁を指差した。
「ここを見てください。『茶葉の香りに導かれ、人と精霊と神々が集いし場所』とあります」
「紅茶が……昔からあったんですね」
「ええ、しかも単なる飲み物ではなかった。ここにはこう記されています」
バルトロメウスが指でなぞりながら、古代文字を現代語に翻訳していく。
「『朝の光と共に、皆が円卓に集う。身分も種族も関係なく、ただ一杯の茶を囲んで語らう。その時間こそが、我らを一つにする絆なり』」
「今のカフェと同じ!」
フィーが嬉しそうに飛び跳ねる。アサギも思わず微笑んだ。
「本当ですね。千年前の人たちも、紅茶を囲んで……」
さらに奥の壁には、当時の様子を描いた絵が残されていた。色は褪せているが、円形のテーブルを囲む人々の姿がはっきりと見て取れる。
「ほら、これを見てください」
バルトロメウスが一つの絵を指す。そこには翼を持つ者、角を生やした者、普通の人間、小さな精霊たち――様々な種族が、皆笑顔でカップを手にしている姿が描かれていた。
「平和な時代だったんですね」
「ええ。記録によれば、この地は『永遠の茶会』と呼ばれていたそうです」
壁の文字を読み進めるバルトロメウス。アサギは絵を見つめながら、千年前の光景を想像した。きっと今のカフェのように、賑やかで温かい場所だったのだろう。
「あれ? でも……」
フィーが壁の端を指差す。そこには、他とは違う暗い色調の絵が描かれていた。
「これは……」
バルトロメウスが眉をひそめる。絵には、何かが崩れ去っていく様子が描かれていた。文字も激しく掠れており、判読が困難だ。
「『調和は……によって……失われ……』うーむ、ここは読めませんな」
「何か、悲しいことがあったんでしょうか」
アサギの問いに、バルトロメウスは首を振った。
「詳細は分かりません。ただ、その後の記録がぷつりと途絶えているんです」
三人はしばらく黙って壁を見つめていた。千年前、この平和な場所に何が起きたのだろうか。
「でも」
アサギが口を開く。
「今、また同じような場所が生まれているんですよね。人も精霊も、身分も関係なく集まれる場所が」
「おお、その通りですな!」
バルトロメウスが膝を打つ。
「歴史は繰り返すと言いますが、良いことも繰り返されるのです」
「じゃあ、今度は失われないようにしないとね!」
フィーが元気よく言うと、アサギは優しく頷いた。
「そうね。みんなで大切に守っていきましょう」
午後になり、三人はカフェスペースに戻ってきた。バルトロメウスは、写し取った古代文字の解読に夢中だ。
「『紅茶の淹れ方、十の心得』……ほほう、これは面白い」
「え? レシピがあるんですか?」
アサギが覗き込むと、そこには茶葉の選び方から湯の温度、蒸らし時間まで、事細かに記されていた。
「『第一の心得:茶葉は朝露を含んだものを。第二の心得:湯は歌うように沸いたものを』」
「歌うように?」
「恐らく、シュンシュンという音のことでしょうな。なかなか詩的な表現です」
アサギは早速、古代のレシピ通りに紅茶を淹れてみることにした。
「えーと、茶葉は……あ、これかな?」
遺跡が毎朝補充してくれる茶葉の中に、露を含んだように艶やかなものがあった。それを選んで、ポットに入れる。
「お湯は歌うように……」
薬缶の音に耳を澄ます。確かに、沸騰する直前の湯は、小さく歌っているように聞こえた。
「『第三の心得:注ぐ時は、感謝の心を込めて』」
バルトロメウスが読み上げる。アサギは自然と背筋を伸ばし、丁寧に湯を注いだ。
立ち上る湯気が、いつもより優しく香る気がする。
「『第四の心得:蒸らしの時は、楽しい話を』」
「楽しい話?」
「紅茶も聞いているということでしょうか」
フィーが不思議そうに首を傾げる。でも、試してみることにした。
「そういえば、昨日レオンさんが……」
アサギが話し始める。昨日、レオンが接客で「いらっしゃい!」と言おうとして、緊張のあまり「いらっしゃ……ぐぅ」とお腹の音を鳴らしてしまった話。
「ぷぷっ、それでお客さんが『お腹すいてるんですか?』って」
フィーが笑い転げ、バルトロメウスも髭を震わせて笑う。
そうこうしているうちに、蒸らし時間が過ぎた。
「さあ、できました」
カップに注ぐと、いつもとは違う、深みのある琥珀色が広がった。香りも、より芳醇だ。
「いただきます」
三人同時に口をつける。
「……!」
驚きの声が重なった。いつもの紅茶も美味しいが、これは格別だ。まろやかで、それでいて力強い。心の奥まで温かさが染み渡っていく。
「素晴らしい……千年前の人々は、毎日こんな紅茶を飲んでいたんですね」
「でも、アサギの普段の紅茶も負けてないよ!」
フィーが慌てて付け加える。アサギは微笑んだ。
「ありがとう、フィー。でも、こうして昔の人の知恵を学べるのは嬉しいわ」
「温故知新というやつですな」
バルトロメウスが満足そうに頷く。
夕方、バルトロメウスが帰った後も、アサギは書庫で見た絵のことを考えていた。
「千年前の人たちも、きっと大切に思っていたんでしょうね。この場所を」
「うん! だから遺跡も、アサギを待ってたんだよ」
フィーの言葉に、アサギははっとする。
「そうか……遺跡は、また誰かがここを温かい場所にしてくれるのを、ずっと待っていたのかもしれませんね」
窓の外では、夕焼けが遺跡を優しく照らしている。千年の時を超えて、再び命を吹き込まれた古代の茶房。
歴史は繰り返す。でも今度は、この平和が永遠に続くように――アサギは静かに誓った。
その夜、アサギは日記に書いた。
『今日、遺跡の過去を知りました。千年前にも、ここは人々が集う場所だったそうです。紅茶を通じて、種族や身分を超えて繋がっていた。
なぜその平和が失われたのかは、まだ分かりません。でも、過去から学べることはたくさんあります。
古代の紅茶レシピも教わりました。「楽しい話をしながら蒸らす」なんて、素敵ですよね。紅茶も、淹れる人の心を感じているのかもしれません。
これからも、みんなが笑顔になれる紅茶を淹れていきたい。千年前の人々に負けないくらい、温かい場所を作っていきたい。
過去と現在が、紅茶の香りで繋がった一日でした』
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