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「ようこそ、お待ちしておりました」
ホテルの受付で名前を伝えると、従業員であろう女性がにっこりと綺麗な笑みを浮かべて歓迎の言葉を口にした。
夫は宿泊カードに名前を記載し、一緒に泊まる女性にも名前を書くように促した。
女性は無言で穏やかな笑みを浮かべ、頷くと綺麗な字で名前を書いていく。
記入された宿泊カードを確認すると、従業員の女性は部屋番号が記された鍵を夫に手渡した。
「お部屋までの階へはあちらのエレベーターをご利用ください」
夫の後ろを示しながら、従業員の女性はごゆっくりと綺麗な笑みを浮かべ続けたままそう告げた。
「ありがとう。そうだ。朝食も昼食も夕食も全てルームサービスで頼むよ。彼女はあまり人が多いところが好きではなくてね」
そう言って抱き寄せると、女性はほんのりと頬を桜色に染めて下を向いた。
「かしこまりました。ご宿泊の予定は一ヶ月となっておりますが、全てルームサービスでよろしいでしょうか?」
「あぁ。それで頼むよ」
そう柔和な笑みを浮かべると、夫はエレベーターへと乗り込んだ。
抱き寄せたままの女性を愛おしそうに見つめながら。
それからの一ヶ月。
女性は一度も部屋から出る様子はなかった。
ルームサービスの電話が入り、扉の前に食事を置く。
掃除もお断りの札が扉にぶら下がっているため、入ることはできない。
しかし、夫はときおり部屋から出ると受付の従業員と少し会話をし散歩へと出かけていく。
車で来ているからとときおり、駐車場に向かい、荷物を確認しているようだった。
ホテルの従業員は余計なことは考えないことを徹底していた。
お客様のプライバシーには極力関与しない。
それがこのホテルの営業方針の一つである。
そして一ヶ月が経ち、チェックアウトの日。
夫はふらふらと歩きながら受付に現れた。
チケット代を差し引いた宿泊費用を支払い、一ヶ月前とは違い、落ち込んだ様子でホテルを出て行こうとしていた。
「お客様。お連れ様は?」
「先に車に乗っているよ。・・・やはり妻はいなかった」
そう小さく呟き、去って行く夫を見送りながら従業員は部屋の掃除をする為に準備を始めた。
小さなホテルの従業員は忙しい。
受付に掃除に食事の配膳。
常に受付にいるわけでもないので、誰かが出かけても気づかないことがある。
今回もそのせいだろうと従業員は納得し、部屋へと向かった。
夫が泊まっていた部屋を開け、掃除を始めていく。
一ヶ月、掃除をしていなかったとは思えないほど清潔に保たれている部屋の掃除は非常に楽だった。
しかし、寝室に向かったとき従業員は違和感を覚えた。
ベッド近くの床が妙に膨らんでいるのだ。
近づけば、床を乱暴に剥がし、再び、閉じたようだった。
従業員は恐る恐る床に手を伸ばした。
床は適当に固定している為か、手が触れただけでそれは大きな音を立てて開き、中のものを躊躇なく見せた。
そこには同じ髪型。
同じ服装。
同じ年代の女性が隙間なく押し込められていた。
その人数は十人を超えていた。
従業員は声をあげることもなく、座り込んだ。
呆然と押し込められ、歪に身体を歪めた女性達を見つめることしか出来なかった。
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