81.GET READY
これまでたくさんの戦いを繰り広げてきて思ったことがある。
どれだけ強くなったってもっと強い相手がいるんだと。
実際、楽な戦いは少なかった。
『夢遊郷』で鍛えて、たくさんのスキルを得た今になっても、あたしはあたしに自信が持てない。
だけど、だからこそ。
あたしはただ、やるべきことを一生懸命やる。
戦うべき相手と一生懸命戦って。
守りたい人を一生懸命守る。
どんな困難を前にしても、そうやって心折れずに立ち向かい続ければ何かが起こせるかもしれない。
そう信じている。
* * *
魔災が一時間後に発生する。
そう告げられたのは、ルイと配信をしてから数日後の夜9時ごろのことだった。
「すぐ行きます」
アヤさんからの通話を切り、支度をする。
いつものジャージだ。
『次元孔』があれば装備はすぐに切り替えられる。
忘れ物は無いだろうか。
「えーっと……あ、そうだ」
魔災は大量のモンスターが押し寄せる災害。
長期戦は避けられない。
途中で武器が使えなくなったらコトだし、予備を持っていこう。
とはいえ、大したものじゃない。
これまでのダンジョン探索で見つけていた低~中級の武器たちだ。
あとは治療グッズを入れて、よし万全。
玄関でスニーカーを履いて、ふと振り返る。
あたしの家。高校生が一人で使うにしては広すぎる、小奇麗な一室。
お姉ちゃんが帰って来ない家。
魔災は恐ろしい災害だ。
歴史が証明しているように、戦いは数。
雑魚モンスターでも群れを成せば十分な脅威となる。
…………あたしだって生きて帰れるかわからない。
(マスター)
「わかってるよ、シープ。ありがと」
死ぬ気は無い。
誰一人として死なせない。
どんな軍勢だって蹴散らして見せる。
あの時から、あたしの理由は変わっていない。
この力は、誰かを守るためにある。
「よし、行ってきます!」
(行ってらっしゃい、マスター)
「シープも来るでしょうが」
(……えへ。言ってみたかっただけです)
よし、いつもの調子だ。
今回も力の限りがんばるぞ。
* * *
すでに避難勧告は発令され、この地区にはすでに一般人が一人も残っていない。
魔災。
ダンジョンに生息するモンスターの数が限界を超え、こちらの世界へ溢れ出してしまう災害。
基本的には一定期間クリアされず放置されたダンジョンが起こすものの、昨今の探索者の増加や、協会による管理のおかげで発生はほぼゼロになりつつある。
それでも魔災が起こるのは、こうしたイレギュラーな事態があるからだ。
何事にも例外はある。
魔災の予兆が感知できるなら、なぜ感知した時点でそのダンジョンの攻略に当たらないのかと言えば、それは魔災の発生理由が関係している。
魔災の発生源となるダンジョンは、必然的にダンジョン内に大量のモンスターを溜め込んでいる。
そんな場所に潜ったところでろくに探索は進まない。
ひっきりなしに襲ってくるモンスターに阻まれ、最奥部のボス部屋までたどり着くどころか道中で死にかねない。
どれだけ強かろうが物理的に時間がかかってしまうのは間違いないし、最悪探索中に魔災が発生してしまえば、その際に生じる大規模な魔力嵐によって帰らぬ人となってしまう。
もちろんリスクを加味しても魔災を発生前に止める方が良いのではないかという意見もたびたび上がるものの――勝算の少ない賭けに特攻させるわけにはいかないというのが、現代の倫理観に照らし合わせて導き出された結論だそうだ。
「さあ、みなさん頑張りましょう!」
とある学校の校庭。
その中心でぐっと拳を上げると、ブルザークのギルドメンバーたちが『ウオオオオオ』と叫びをあげる。
今回の魔災は『ブルザーク』が主体となって対処に当たり、広範囲に対応するため隊を三つに分ける。
それぞれのリーダーを担当するのは『ブルザーク』の現小隊長である清良アヤさん、浅葱ミミさん。
そして、あたし。
歴の浅いあたしがリーダーなんて、と思ったけど、これまでの戦いで積んだ功績と、アヤさんミミさんの推薦によってあれよあれよという間に押し上げられてしまった。
幸い、メンバーのみんなは快く受け入れてくれた。
「遠慮なくガンガン指示してくれよな、夜渡さん!」
大学生くらいの快活な男性探索者――アヤさんの部下だ――が、人のよさそうな笑顔でそう言ってくれる。
「自信ないけど、頑張ります。皆さん、生存最優先で! ヤバそうならあたしを呼んでください」
今回あたしが担当する隊員のみんなが頷く。
任せられたからには、しっかりしないと。
さて……そろそろ魔災発生予測時間だ。
ごくりと生唾を飲むと、インカムに通話が飛んできた。
『もうすぐだな』
『レムちん、緊張してる?』
「アヤさん、ミミさん」
張り詰めていた気持ちがふっと緩む。
初めての魔災。かなり肩に力が入っていたらしい。
『無理はしないでくれ。もし何かあれば、すぐに私たちを呼んでくれ』
『そうそう。遠慮しないでいーからねっ』
魔災経験者の言葉だ。
頼もしいことこの上ない。
魔災で両親を失った過去を持つミミさんは……ちょっと心配していたけど、平気そう。名古屋魔災にも参加していたようだし、もう乗り越えたんだろう。
「ありがとうございます。頑張りましょう!」
『ああ』
『おけ!』
短くやりとりを終えて通話を切る。
さて――――
「来た」
ぞわり、と空気が波打つような感覚。
現在、三つの隊が魔災発生源を囲むように、ある程度離れた位置で三角形に配置されている。
これによって溢れ出るモンスターを一匹たりとも外に逃がさない計画だ。
鬼が出るか蛇が出るか。
刀の柄に手をかけた瞬間だった。
「は…………っ!?」
空が。
赤く染まった。
「…………異変だ…………!」
魔災。
異変。
交わってはならない現象が、同時に勃発した。
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