80.ここまで
「ごめんレム、そっち抜けた!」
「はいはいっと」
向かってくるやたらデカいウサギのモンスター、『ヒュージラビット』を見上げながら刀を構える。
ウサギ系だけあってかなりのスピードだ。でも、今のあたしには大した速さじゃない。千田さんとかの方がどう考えても速い。
「おりゃ」
鋭い爪をかわしてすれ違いざまに首を狩る。
二つに分かれたウサギの身体はすぐに黒い塵となり、跡形も無く消え去った。
ふう。一息ついて納刀する。コメントは……おお、なかなかの盛況。
「お疲れ、レム! バニーはドロップしなかったね」
「してたまるか」
ウサギ魔物から毎回あんないかがわしい服が落ちてたらダンジョンの風紀がおしまいになるわ。
「そう言えばルイの武器、刀に変えたんだね」
「あ、うん。レムに影響されたんだ。へへ」
ルイが振るっていたのは、何の変哲もない刀。
ダンジョンや探索者ショップで簡単に手に入るような品だ。
ちなみに、刀は数ある武器種の中でも扱いが難しい方だ。
切れ味は良いけど、薄くて折れやすく、刃こぼれしがち。
しなやかで丈夫ではあるものの、限度はやっぱりある。
あたしの妖刀はやたら頑丈だけど。ゴーレムのパンチだってある程度なら真正面から受けられる。異変ドロップさまさまです。
「うーん、やっぱり難しいね、刀。相手の攻撃に対して避けるべきなんだろうけど、まだとっさに受けちゃう」
「結構堂に入ってたと思うけどな。それに刀でC級受かったんでしょ? 充分すごいじゃん」
「…………えへへ。レムに褒められると嬉しい」
頬を緩めながら無言で頭を差し出して来たので撫でてやった。
あたしは末っ子だけど、もし妹が居たらこんな感じだったんだろうか。
最近心がささくれるような出来事が多かったから癒されるなぁ……。
しばらく撫でて、そう言えばここはダンジョンだったということを思い出して(あと配信中だ)手を離す。
ルイは名残惜しそうな顔をしていたけどこればかりは仕方がない。
それにしても…………
「なんだか妙に数が多かったね」
ルイの言葉に頷く。
道中、ぜんぜん敵が出てこないと思ったら、いきなり『ヒュージラビット』が大群でやってきた。
前から思っていたけど、何だかモンスターの出現数が不安定だ。
ネットでも少し話題になっていたような記憶がある。
「今日はさっさとボス倒して帰ろっか」
「えー……」
「そんな顔しない。またいつでも一緒に探索できるし」
「わかったけどぉ……」
不満そうに唇を尖らせるルイ。
見た目通り、わりと子供っぽいところがある。
あたしは彼女を宥めるように手を引き、そのままダンジョンを進んだ。
結局それ以降一切魔物は出ず――あまり強くないボスをさっさと倒して、今日の探索を終えた。
「はーい、じゃあまた近いうちに配信しまーす。予定は未定。じゃーね!」
ばいばーい、とドローンに手を振るルイに釣られてあたしも振る。画角的に見えないけど。
ルイがスマホでドローンを操作して、これで完全に配信は終わりだ。
どっと疲れがのしかかる。探索だけでも結構疲れるのに、配信となるとさらに疲労がマシマシになる。
世のダンジョン配信者はすごいなと思う。
人によっては毎日のように配信してるけど、あたしには無理そうだ。
やるとしても不定期になりそうかな。
でも、悪くなかった。久々に気を抜いて探索が出来たし。
「ありがと、ルイ。今日は楽しかった」
「…………ん。なら良かったんだけど」
空は夕暮れだ。
もう帰ろうか。それともどこかに寄って帰る?
中学の頃はいつもサヨちゃんたちとファミレスに寄っていた。
高校生になって、探索者を始めてからもその習慣は続いたけど、あたしの成長の遅さが露呈し始めてからはだんだん頻度も減って、ついには無くなった。
もしかしたら、あたしの知らないところで三人で集まっていたのかもな、と今では思う。
そんな過去に想いを馳せていると、なにやら元気の無いルイが、ぱっとあたしに顔を向けた。
「あ、あのさ。もしよかったら……なんだけどさ」
「ん?」
「これから、お昼はわたしと食べない?」
なんだ、そんなことか。
「良いよ。じゃあ昼休みは中庭でね」
「いやっ……いや、さ……そうじゃなくて、さ。二人が良いっていうか」
「え?」
もごもごと何か言っているけど、よく聞き取れない。
いつも快活なこの子にしては珍しい。
そう思って近づくと、
「あ、あのさ! あの子……サヨちゃんって、レムのなんなの?」
「サヨちゃん? ああ、うん。前のパーティメンバーで……色々あって」
少し迷ったけど、あたしは話した。
あたしがどういう経緯でそのパーティにいて、どういった経緯で抜けて、今に至るのか。
ただ、彼女たちが悪者になりすぎないようには気を付けた。
その事情に関しては複雑すぎて話せることが少ないからだ。
「そういうわけで、今は普通に友達」
「…………るいよ」
「え?」
また聞き取れなかった。
ダンジョンの中なら、もっと、なんでも感じ取れるのに。
この世界のあたしはただの女子高生で、なんでもできるわけじゃない。
そのことがどうしてか、今はとても歯がゆかった。
「……わたしなら、例えレムがどれだけ弱くたって見離したりしないのにな。何があっても一緒に居たいって、そう思うけどな」
「ルイ……」
「あー……ごめん! なんか変なこと言っちゃった! 今日はもう帰るね。バーイ!」
そう慌てて取り繕い、ルイは走り去っていった。
追いかけようとして、意味がないことに気づいた。
あの子にかける言葉が見つからなかったのだ。
「……あたしも帰ろ」
ゆっくりとした足取りで、あたしは歩き出す。
たくさんの無力感と後悔を胸に帰路を辿り、そして。
日常の終わりはすぐそこまで迫っていた。
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