82.白い魔人
男は驚嘆していた。
「引き気味に戦ってー! 流血・骨折など身体の一部位でも動かせない怪我をした人はすぐに救護班の元へ引いてくださーい! こぼれ球はあたしが拾います! 命を最優先にお願いします!!」
夜渡レムは、男が所属するギルドの新参だった。
とはいえ彼女は加入当初から上澄みと言えるほどの実力を持っていたし、それについて『自分のほうが古参なのに!』などと器の小さいことも思ってはいなかった。
彼女は他の誰より謙虚だったからだ。
どうしてその実力でそんなに自信が無いんだろうと不思議に思いはしたが、真面目で人当たりの良い彼女に、彼含めたメンバーたちは好意的な感情を抱いていた。
だから今回の魔災において彼女が臨時で小隊長のような役目を担うことについて、男には何も異議は無かった。
それは他のメンバーも同じだったことだろう。
レムの能力も人格も、短い付き合いとは言え充分に把握していたからだ。
しかし――これでは。
見くびっていた、と言わざるを得ないかもしれない。
現在押し寄せているのはC~B級モンスターたち。
『ワーウルフ』を筆頭に、『ラミア』や『ハイリザードマン』など厄介なモンスターが群を成している。
『ブルザーク』のメンバーはいずれも粒ぞろい。
最低でもC級、多くはB級に属する実力者たちだが――この数を相手にしていることで、戦況は押され気味だった。
だが、押されきってはいない。
この戦線を支えているのは――たった一人、救護班のもとへ一度も撤退することなく戦い続け、メンバーたちの取りこぼしを狩り尽くしているのが、他ならぬ夜渡レムだった。
鬼気迫る。
その言葉がふさわしい今の彼女は、目の前の敵を薙ぎ倒しながら、仲間の方へも意識を配っている。
仲間の誰かが致命傷を受けそうな瞬間、割って入りその攻撃を放った敵を迎え撃つ――そんな場面も散見される。
『直感』に類するスキルを持っているにしても反応が早すぎる。
おそらく、意識の大半を仲間の戦況へ向けているのだろう。
それは片手間でもB級の群れを相手取ることが出来るという証明でもあった。
彼女がいるならこの魔災、勝てる。
そう確信した。
しかし男は忘れていた。
魔災はただ雑魚モンスターが押し寄せるだけの現象ではない。
群れに混ざって、ときおりボス級モンスターが出現するということを。
「…………なんだ、あれ」
誰かがそんな声を上げた。
男はつられて、その誰かが指す先――空を見上げる。
真っ赤に染まった異様な夜空に、巨大な魔法陣が浮かび上がっている。
ぬるり、とそこから何かが這いだしてきた。
「なんだ、あのモンスター」
思わずそんな疑問が口から出る。
B級探索者の彼は目にしたことの無いモンスターだった。
その外見は、白い魔人。
陶器のような白い肌。ボディビルダーを思わせる鋼の肉体。
頭部が無く、代わりに胴体から筋骨隆々の腕が無数に生えている。
禍々しさと共に、ある種の神々しさを兼ね備えたその魔物の名は――――
* * *
「ヘカトンケイル……!」
多腕の魔人があたしたちの前に降り立った。
衝撃で砂が舞い上がり、煙幕を作り出す。
――――まずい。
あたしはこの魔物を知っている。
相対したことは無いけど、動画などから得た情報として。
そして――『伝聞』で。
『ミキちゃんたちは…………』
彼女たちの最期。
ほとぼりが冷めた後、その一部始終をサヨちゃんが話してくれた。
その中に、ヘカトンケイルの名が出てきたのだ。
微動だにしないまま、一瞬でミキとハスミを……文字通り『叩き潰した』その惨状。
あたしはそのカラクリを知っている。
高ランクボスモンスターで、討伐例はおろか目撃例も少ない。
だけど、その中でも把握できることはある。
「みんな、すぐに退いて! 残った雑魚モンスターは放っておいていいから、今すぐに離れて!!」
ほとんど怒鳴りつけるような勢いで叫ぶ。
しかしメンバーたちは混乱している様子だった。
「まさか夜渡さん……あいつを一人で相手取る気か!?」
「そうだよ! 早くしないと――――」
言い終わる、その前に。
あたしの『未来視』が、一瞬後に訪れる惨状を知らせた。
反射的に足が動く。
三人ほどで固まっていたメンバーの前に滑り込み、『夢遊郷』を展開。
すぐさま
直後。
すさ
まじい
衝撃
が――――――――
「…………かはっ」
……何秒意識が飛んだ?
生きてる。
五体満足だ。
上体を起こすと、数十メートル前に、無傷の仲間たち。
ああ…………あそこで攻撃を防いで、そのままあたしだけ吹っ飛んだのか。
とりあえず守れて良かった。
だけど――――くそっ、かなりの魔力を使ってしまった。
「もう一度……言う。…………早く! みんな退いて!!」
血の味のする声を上げると、今の一撃で敵の恐ろしさを察したのか、メンバー全員が頷き、散開していった。
みんなのおかげで残った雑魚モンスターも少ない、良かった……と思っていたら、タンク役の数人が雑魚を引きつけながら去っていった。
ありがたい。
学校の校庭で、1対1。
「…………」
静かに魔人を見つめていると、不思議な気持ちになる。
『ヘカトンケイル』はミキとハスミの直接の仇だ。
しかし、二人を殺した個体と今目の前にいる個体は間違いなく別。
だから、こいつを倒したところで何が変わるわけでもない。
だけど。
とても個人的な、理屈なんて一切介在しない感情のみで、あたしはこいつを倒したい。
(マスター。無理はしないでくださいね)
「ありがとシープ。心配しないで」
黒刀を鞘から抜く。
切っ先を魔人へ向ける。
「さあ、相手してもらうよ。あたしの勝手な弔い合戦だ」
その宣言とほぼ同時。
戦闘が開始した。
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