第48話 後悔はいつだって本当にマジで先に立たない
次の日。
俺は冒険ギルドに一人で向かい、併設カフェのテーブルに座りながら、優雅に紅茶を飲む。
いつも大賑わいなギルドは、今日はひときわ騒がしかった。
冒険者たちがあちこちで、謎のガスマスク男について語り合っている。
「お前もガスマスク男に襲われたのか⁉」
「ああ、闇夜でな」
「とんでもない手練れなんだろう⁉ よく無事でいたな!」
「無限にも思える戦いだったぜ……奴の剣技は、こう……とんでもなく凄まじく、とんでもなく早く……。あと一歩まで追いつめたんだが、古傷が痛んでな……」
槍使いの男は肩を痛めているような素振りをした。
一手目で決着をつけたような気はするが黙っておこう。
「そして奴は言ったよ、『素晴らしい男だ、君には光の勇者の素質がある」ってな」
槍使いの男はすっかりその気のような顔で言った。
「女遊び派手なお前がねぇ……」
「ふ……英雄色を好むってな」
「……実力ある冒険者の前だけあらわれたみたいだな、ガスマスク男」
「そう、つまりオレは選ばれし者ってーわけだ」
槍使いの男はどこか優越感を覚えているようだった。
他のテーブル席でもガスマスク男の話題で持ちきりだ。
「お前もガスマスク男と戦ったのか⁉」
「いい試合だったぜ。……あとちょっと、ほんのちょっとで勝てたが、奴の剣技が上回っていてな……」
「やっぱり、光の勇者の素質があると言われたのか?」
「おうよ、内に秘めたる巨大な才能を察してしまったらしい……。ふふ、実力のある冒険者の前しか出ないみたいだな? なんか奴のお眼鏡にかなっちゃったみたいだなー!」
大剣使いは超得意げに言った。
一手目で終わった気がするが……まあいいか。
実力ある冒険者しか襲われず、ガスマスク男の技量が圧倒的なものだったからか、襲われた者はある種のステータスを感じているようだった。
ギルド内はガスマスク男だけじゃなく、光の勇者についても盛りあがっていた。
「勇者になったら一生安泰なんだろ?」
「福利厚生しっかりしているってよ! 教会が面倒を見てくれるらしいぜ!」
「神々の寵愛をうけるとか! 冒険に超便利な加護をわんさか授かるらしい!」
「ちょっと礼儀作法にうるさいぐらいで、ほんと些細なこととか!」
「王族貴族の女の子と知り合えるってよ!」
「勇者の責任も、そこまで思っているようなものじゃないらしいぞ!」
俺が襲った冒険者たちが、勇者な自分を想像したのか調子に乗った。
「「「「光の勇者をめざしちゃおうっかなー!」」」」
……。……。ふははははは‼
どーぞどーぞ‼ 光の勇者を目指してください!
多少過大報告や過少報告はしたが、嘘は言ってないぞ!
たとえ勇者になれなくても、いたるところで
しかしホントみんなその気だな。勇者願望あったのかなー。
ぐふふふふー、今夜も目ぼしい冒険者に勝負ふっかけるかなーと考えながら紅茶を飲む。
「――ハルヤ様」
リリィが真顔で側に立っていた。
紅茶が肺にいくらか入って、盛大にむせかけたが俺は必死で冷静さを保つ。
「や、やあ。おはよう、リリィ」
「……おはようございます。今日はいちだんと冒険ギルドが騒がしいですね」
「だねー」
「なんでも? 謎のガスマスク男が? 『君は光の勇者の素質がある』と言いながら襲ってくるそうで? そんな酔狂だけで生きているような人がこの世にいるんですね?」
リリィは『そんな阿呆はこの世でお前しかいないだろう』と確信しかない顔を近づけてきた。
俺はカチャカチャと陶器を恐怖でふるわせながら、とある可能性に賭ける。
「光の勇者候補が増えるかもなー?」
「……ハルヤ様、それは」
「たとえ勇者になれなくてもー、よさげな人材が見つかるんじゃないかなー」
リリィはわずかに目を逸らし、それから俺の前に座った。
「そうでございますね。まったくどこの酔狂ものでしょうか」
そう、さらりと言いのけた。やっぱり教会に利がありと判断したな……。ココノの光に浄化されるの、そういった面じゃなかろうか。
俺が優雅にティータイムをとっていると、彼女が俺の手に視線をやる。
「ハルヤ様、手の甲を少し怪我されていますね?」
「……鍛錬をしすぎてさ」
「治しましょうか」
俺は苦笑しながら手をふる。
「いんや、このままでいい」
「? 小さな傷でも怪我を放置するのは……」
「久々に剣にのめりこめたんだ。勲章みたいなものだからこのままでいい」
「よくわかりませんが、ハルヤ様が少年の顔をしているのはわかりました」
そんな顔をしているのか。
ま、剣だけは自負があるからな。聖術や魔術に頼らない、純粋な武術の達人に会えると嬉しいもんだ。
そういえば、あの達人男、ギルド内にいないかなーと見渡す。
すると、眼鏡のギルド員スイートさんが奥の部屋から男を連れてやってくる。
ん? 昨日の達人男?
なんで奥の部屋から出てきてんの?
スイートさんは達人男の部下みたいにつき従っている。昨夜の男は新しい剣を腰にたずさえながら、冒険者たちの前に姿をあらわした。
「やあ、冒険者諸君」
軽いがよく通る声に、みんなの注目が集まる。
男は少し待ってから親しげに語りかけてきた。
「長期休養にはいった前任者に代わり、グランニュールの冒険ギルド長となった……ダンゲンだ。以後よろしく。……みんな良い顔をしているねぇ、ギルドも活気に満ちている。冒険者を引退した身であるが血が騒ぐよ」
新しい、ギルド長…………?
じょじょーに、じょじょーに、血の気が引いていくのを感じる。
ダンゲンと名乗った男のただならぬ佇まいに、冒険者たちが口々に騒ぐ。
「ダンゲン? おいおい、まさか⁉」
「
「今ギルドで働いていたの⁉ うっわー、あとでサインもらおう!」
「有名な人?」
「バカ! ダンゲンっていやあ――」
…………。俺はこのとき、少年の顔から一気に老けこんだと思う。
どんな難所も、どんな死地でも、まるで散歩するように踏破することから付けられた通り名だ。噂は前世でも耳にしたことがある。古傷から前線をしりぞいて、後方支援に回ったと聞いていたが。
もしかして……ギルド長に喧嘩を売っちゃいましたか……?
うおおおおおおおおおおおおおん………‼
床でのたうち回りたくなるのを懸命にこらえる。
ギルド長がわざわざ挨拶にしてきた理由が心当たりありすぎて、胃がぎゅるんぎゅるんした。
ダンゲンがギルド内を見渡しながら告げる。
「君たちも噂している例のガスマスク男……私も昨晩襲われてね。いやはや歳はとりたくないものだ、コテンパンにしてやられたよ」
お互いの剣が折れただけだし、アンタ余力あったよな⁉
周りの冒険者が「あのダンゲンがコテンパンに⁉」「し、信じられねぇ‼」「ガスマスク男の強さは天井しらずかよ!」と驚いている。ガスマスク男と対等だったと言っていた冒険者たちは、誤魔化すように明後日を見つめていた。
う、嘘ですー! あのオヤジ、嘘ついてまーす‼
「彼ほど剣の腕が立つものは……私は見たことがない。なぜ正体を隠しているのか、なぜ冒険者を襲っては、光の勇者に勧誘しているのか。世界の危機を仄めかしたらしいが……理由は別にあると思う。私は一晩、敗戦の傷を癒しながらじっくりと考えたよ」
……さ、探っている。まちがいなく、周りの反応を探っている。
ガスマスク男は冒険者だと見当をつけたみたいだ。
マ、マズいマズい! 今すぐこの場を去らねばと、俺は自然な感じでこっそりと立ちあがるが、リリィに呼び止められる。
「どこに行かれるのですか? ハルヤ様」
「ん? いやいや、ちょーっとトイレにだね……ひっ⁉」
ダンゲンが眼光を鋭くさせながら俺をものっそい見ていた。俺はなんでしょーみたいな笑顔でいるが、奴は表情を変えない。
そして観察が終わったのか、おもむろに俺まで歩み寄ってくる。
スイートさんに「ダンゲン様?」と呼び止められても、周りの不思議そうな視線なんかも気にせず、俺の前に立ちふさがった。
「お前さん、名前は?」
「へへへへっ……あっしはしがない荷物持ちでありやんす……。旦那様に名乗るような名前は持ち合わせておりやせん……」
俺は変声で、手の甲を隠すように揉み手をしまくった。
ど、どうだ……? あーーー……だめ、むりむりむり、『コイツだ』って顔をしてらっしゃるわ。
う、うぬおおおおおおおおおおおおおおん‼‼‼
「ダンゲン様、彼がハルヤ=アーデン様です」
スイートさんが追いついてきて、そう言った。
「彼が? 例のハルヤ=アーデン?」
「はい、腕は立つのになかなか昇進してくれない、ハルヤ=アーデン様です」
ダンゲンは、汗だらだらの俺を見つめてくる。
真相にまでは至らないと思うが、それでも義務と責任から逃げるためにあんなことやったのはバレたか……?
俺はにちょっとした笑みを浮かべると、ダンゲンは静かに笑う。
「……昨晩、私は負けたしねぇ。本当なら、死人に口なしではあるか」
ひとりごちるなり、俺から離れる。
俺が呆気にとられていると、ダンゲンは冒険者に向かって叫ぶ。
「噂のガスマスク男! この死地往来のダンゲンよりもはるかに強い! もし彼がこの冒険ギルドに、いや! 冒険界で活躍してくれたのなら我々はさらに勢いづく! その先には輝かしい我らの時代が待っているだろうね!」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、ダンゲンは悪戯小僧のように笑った。
それがダンゲンの素なのだろう、すぐに年相応の落ち着いた大人の顔で告げる。
「そこでだ! ガスマスク男を私のもとまで連れてきてくれた者には……ギルドより金一封と特別報酬を与えたいと思う!」
いきなりのサプライズクエスト。しかもギルド長から直々の依頼とあって、ギルド内で歓声がまきおこった。
こ、こ、このオヤジ! 突然なにを言ってくれているわけ⁉⁉⁉
状況がさらにめちゃくちゃになったんだが⁉
あがががががとあいた口が塞がらないでいると、リリィと目が合う。状況を静かに見守っている彼女に、助けを求めるように言う。
「リ、リリィ……あ、あのさ……」
「謎のガスマスク男、いったいどこのお調子者でございましょうね?」
「…………お、女の子にモテモテで、きっと素敵なナイスガイだよ」
リリィはすでに最大効率で美味しいところを得ようとしている瞳だ。
仲間だからこそ仲間ゆえに、あちら側に回ったと俺は一瞬で悟った。
「私は見えている落とし穴に一直線に全力で駆けてくるような人だと思います」
そっかなー??? そうかもしれないけど、そうかなーー!
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