第49話 危険な罠

 あれから四日間、俺は夜な夜な謎のガスマスク男ハルーヤ、または【君は光の勇者だと認定するマン】として、夜の交易都市グランニュールを駆けていた。


 黒衣をまとった俺が路地裏の壁沿いに走っていると、矢が飛んでくる。俺は剣をさらりと抜いて、矢を切り落とした。


 何人もの冒険者が、ランプを片手に俺を指さしてくる。


「いたぞ! ガスマスク男だ!」「今宵もでやがった!」

「今日こそは追いつめるぞ!」「冒険者の威信にかけて‼」


 威信、威信かあ……。遠慮ない攻撃だこと。

 まー、あれぐらいでは牽制にならないのは承知のようで、冒険者たちは散開しながら距離を詰めてくる。


「ランプの光は最小限にしろ!」「また闇に潜られるぞ!」

「あのふざけたガスマスクを絶対に剥いで……うわぁ⁉⁉⁉」


 俺は一気に距離を詰めて、彼らの中心で剣を高速でふるう。

 武器だけを正確に破壊しておいて、ついでにランプも壊しておく、追跡の意思があるものは転ばしておいた。


 負け惜しみの声を背にしながら、俺は再度闇に溶けるように駆ける。


 俺にたいしてまるで危険なモンスター相手にしているかのような立ち回り、ギルド内では『高位魔性なのでは?』と話があがっているぐらいだ。


 わざわざ馬鹿正直に姿をあらわさなければいいが、今契約中なのだ。


 ダンゲンが緊急クエストを発生させたあと、俺は冒険宿に逃げるように戻る。しばらく遠出することも考えたのだが、荷物が届けられた。


 中身は一等級の剣に、高級回復剤に、お金。

 契約書も同封されていて、たしかめたところ『四日間、冒険者から逃げ回ったらすべて不問とする。そのあいだの拘束料と依頼料は同封しておいた』とのこと。


 仕事が……早い……!


 ダンゲン直々のサインもあり、約束をたがえることはないのだろう。

 自分が言えたことじゃないが、なんだってこんなふざけた真似を、なにが目的なのかわかんなすぎて怖えーと思っていたが、時間が経つうちにだんだんとわかってきた。


 それでは! 四日間ダイジェスト!

 ガスマスク男の愛と悲哀にみちた物語のはっじまりだよー!


 一日目。

 手練れの冒険者をあっさりと倒したとはいえ、相手は一人。冒険者側はボーナス気分でうっきうきで俺を狩りにきた。


「でてこーい、ガスマスク男ー」「お兄さんたちと勝負しよー」

「全然怖くないよー。痛い思いもさせないからー」「こっちの水は甘いぞー」


 徒党を組み、たいへん舐めた感じで。

 謎のガスマスク男に、良い感情を抱かなかった人もいたのだと思う。俺だって同じ立場ならふざけているのかと思うし。


「ボーナス! ボーナス! ボーナス!」「エッチなお店でドスケベフィーバ!」「いやあ、今度のギルド長は話のわかる人で……でぇぇ⁉」


 あまりにも余裕綽々でいるものだから、俺は遠慮なくパパッと片づけた。

 闇から奇襲をかけて武器ははねとばし、それでも攻撃の意思があるものは、問答無用で武器破壊しておいた。


 十何人か片づけたところで、一日目が終わる。


 二日目。

 まさか一人相手にけちょんけちょんにやられると思っていなかったか、冒険者側は態度をひきしめる。ギルド内では「虹鋼位の冒険者だと思え!」と奮起し、連携をあげてきて、包囲網をしかけてきた。

 ちなみに虹鋼位は世界に十数人にとかそんなレベルです。


 斥候組が闇夜にまぎれた俺をあぶりだす。

 屋根を逃げていた俺に、魔術が襲いかかってきた。


「痺れるだけじゃすまわないわよ! ライトニング!」


 女魔法使いのアケミが杖をかまえ、雷撃を放つ。

 俺は雷撃より早く剣をふるって、魔術を斬り刻むと、彼女は夢じゃないかと疑うぐらい驚いていた。


「うっそ⁉⁉⁉ 魔術を斬ったぁ⁉」

「魔術師なら常識を疑え」

「ま、魔術を斬るなんて、あ、ありえなさすぎるのよ‼」

「……まあ、よい腕だぞ。いささか、自分の腕を過信しすぎているがな」


 超低い声で言っておいた。


「う、ううっ……ハルヤといい、アンタといい! ムカつく奴ばかり!」


 俺ホントなにしたっけなあ……。


 とまあ遠距離攻撃で片がつくと思ったのだろう、俺は矢や魔術をざくざくと斬り刻んでいくだけで冒険者側の統率が乱れるに乱れて、二日目は終わる。


 三日目。

 ギルド内では情報が錯綜していた。


 矢どころか魔術を斬り刻むなんで人外すぎる、神秘の化身じゃないのか、神々の加護が宿っているんじゃないのとか。

 不確かな情報ばかりではあるが、それでも俺の動きをきちんと研究しながら、どう追いつめるかで冒険者たちは躍起になっていた。


 いろんな情報が飛び交っていたので、俺もここぞとばかりに混ざる。


「奴は女の子相手に動きが遅くなっていたぞ! きっと女の子が弱点なんだ‼ みんなしてビキニアーマーで戦えば勝機があるに違いないぜ!」


 余計な情報は、リリィに都度修正された。


 そして三日目。

 斥候組、魔法使い組、そこに罠が追加される。

 たった一人の男にいいようにやられるわけにはいかないと、なりふりかまわなくなってきた。


 だが俺だってなりふりかまっていられないのだ。


「うわあ⁉ 粘着糸が⁉」「煙幕トラップだと⁉」「し、しびれ罠が⁉」


 超一流には及ばないが、前世のフィリオには鍛えられた。

 探知と気配消し、ついでに罠もそこそこ教えてもらっている。

 勇者パーティーゆえに使うことはそうなかったが、奇襲ありの市街戦だ。バリバリに使わせてもらう。


 もうすぐ契約満了の四日目だ。

 静観を保っていたリリィも動く頃合いだろう、気を引きしねば。


 そうして四日目。


 噂を聞いた冒険者が交易都市グランニュールに集まりはじめているらしい。遠方に稼ぎに行っていたベテラン勢も合流しようとしていた。


 ダンゲンは、このタイミングで捜索打ち切りの話をだした。

 曰く「残念だけどこれだけ騒げば、ガスマスク男もさすがに姿をくらますだろうね。街にも迷惑がかかるし、大怪我する人がでそうだからね」とのこと。


 ダンゲンが俺に設定したのは四日間だ。

 ギルドの仕事に支障がでないギリギリのラインで、尚且つ、俺とグランニュールを拠点にしている冒険者たちの腕前を測るには十分な期間だったと思う。


 このあたりで『あー、そっかー、リリィと同種の人間かー』と察する。


 リリィとちがうのは、ダンゲンは恐らく悪党寄りだ。

 完全な悪党というより、悪戯小僧というニュアンスだが。


 ギルドも審査はするが、それでも問題児が集う冒険界でやっていくには、したたかさがなければいけないのだろう。遊び心がたぶんにある。おそらくだが、今回のクエストはどう転んでもよかったのだろうな、本人的に。


 しかも俺の技量はかなり高く見積もっていたみたいで、それはほぼ正解に迫っていた……。

 うぐぐぐ……誰だよ‼ あの面倒なオヤジに勝負をふっかけたのは!

 俺だよ! わーーーーーーーんっ!


 再度、路地裏。

 冒険者たちもやられっぱなしには終わらないと、魔術やら矢やらをバシバシと飛ばしてくる。俺は疾風のように駆けながらすべて斬り刻み、冒険者たちの武器も無力化していく。


「オレの武器が一瞬でバラバラに⁉」「い、いくらなんでも強すぎるだろ‼」

「マジで何者だ⁉⁉⁉」

「魔王を倒した奴ってアイツじゃねーだろうな⁉」


 やっべーーーー‼ 正解に迫りつつあるし!

 これだけ暴れておいて正体がバレたら、とんでもねーことになるぞ⁉


 うぐぐぐ、だがしかし、このまま逃げに徹していたら無事に契約満了だ!

 いける! いこうぜ! 自由への旅路!


「大砲でも大魔術でも罠でもなんでもかかってこいやーーー‼」 


 ダンゲン! 一等級の剣は俺に渡したのは失敗……とは言わないが、やりすぎたかもな! こちとら剣だけは自信があるんじゃーい!


 ふはははは! 捕まえられるものなら捕まえてみろーーーーー! 

 前世は勇者、そしてハーレム王ハルヤ=アーデン此処にありぞ!


 そう逃げ続けていた俺は、慌てて立ち止まる。信じられない光景を前に、ただただ立ちつくしかなかったのだ。


「バ、バカな! 俺は幻覚でも見ているのか……⁉」


 なにかしらの魔術をかけられた気配はない。

 ならあれは本物なのだろう。


 一冊の本が、ぷかぷかと宙に浮かんでいた。

 それだけでも異様な光景なのだが、本のタイトルが大問題だったのだ。


「伝説のエロ小説! 【】じゃないか‼」


【ハーレム王と三匹のメ〇ブタ(個人出版)】。

 作者が純愛小説家として一般堕ちする際、『えぐいエロ小説を書いていたのがバレて噂されると恥ずかしいし……』と考えて、自主回収されてしまった禁書だ。


 そのエロ禁書が、まるで罠のように、俺の前でぷかぷかと浮かんでいた。


 いや罠しかありえないだろ⁉ 

 誰がひっかかるかよ! バカにしてんのか⁉


 ……けど本当に罠なのだろうか。現物をお見かけしたことがないエロ禁書。

 罠じゃないのかもしれない。罠であってほしくない。よくよく考えたら罠じゃなくてもいいんじゃないか? エロ禁書がぷかぷか浮かんでいるなんて都合のいいこと、人生一度は起こるかもしれない。


 じゃあ、罠じゃないか……。

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