第47話 ネクスト・ハルヤズヒント
交易都市グランニュールは眠らない町と呼ばれている。
さまざまな交通網の中継地として利用され、夜は色町がにぎやかと、いつもどこかがで人が目覚めていた。
とはいっても路地裏は入り組んでおり、夜は暗すぎて誰も近寄らない。
そんな場所を歩くのは酔っ払いか、あるいは自分の腕に自信がある者かだ。
いかにも訳ありそうな黒衣姿のガスマスク男が、路地裏の影にひそんでいる。そう俺だ。【君は光の勇者だと認定するマン】として勇者候補を待っていた。
闇の中で息をひそめていると、足音が聞こえてくる。
槍使いの男が路地裏を闊歩している、色町で遊んできたばかりなのかスッキリした表情だ。見知った顔だな。
「――シルバークロックのシュンだな」
俺が作った声で呼びかけながら影からあらわれると、さすが手練れの冒険者、たいして驚きもせず立ち止まって眉をひそめるだけだ。
「あん? 誰よ、てめぇ」
「我と立ちあってもらおう」
俺はゆっくりと腰の剣をぬき、だらりと構えた。
槍使いの男はじろじろと見つめてきたあと、かったるそうに言う。
「けったいな恰好で立合えときたか、オレのことは知っているようだな」
「貴様の槍は、飛びかう蠅の羽を正確に貫けるそうだな」
「ガスマスクで全身黒づくめのあやしい野郎の心臓も貫けるぜ」
「望むところである」
俺がさあ立合えと圧を放つと、槍使いの男は首をかく。
「……冒険界隈が盛りあがると、こういう勘違い野郎が増えるようだな」
「臆したか?」
「まさか」
「心配するな。怪我をしたら医者に連れていこう」
俺が結果なんてわかりきったように言ったからか、場の空気に亀裂がはしる。
槍使いの男はかったるそうな態度のままだが、戦闘への鼓動を静かに、そして、たしかにあげていくのが伝わってきた。
ほどよい緊張感だ。
「ふーん? てめぇが怪我したら自分で医者にいきなよ……なっ‼」
槍使いの男がわずかに踏みこむと同時だった。
腰の回転と腕のひねりで、動きの起こりがほとんどない。高速の槍が一直線に俺へと伸びてくる。よい腕だ。
俺は前に重心をかたむけ、剣をすべらせるように槍をからめる。
相手の態勢をひっぱるように崩して、槍は壁にはじき飛ばした。槍が壁にガキンッと跳ねかえる音がして、俺は正確に男の首筋に刃を止める。
「は……? な、んだと……? オ、オレの槍が一手目で見切られた? ゆ、夢でも見てんのか……?」
うん、驚いてはいるが瞳に恐怖の色はないな。あっさりと負けたことへの感情が大きいようだ。戦士の資質ありまくりだな。よーしよし。
「よい腕をしている」
「……あっさり負かしておいてよく言うぜ。ふざけた格好でなんだよ、そのでたらめな強さ。それで……オレの首でも川に晒すのかい?」
「そんなことはせぬ」
俺は剣をおさめながら確信を持ったように告げる。
「貴様、光の勇者の素質があるな」
槍使いの男は大口をあけた。
「ゆ、勇者? オ、オレがぁ? 今もエロい店で遊んできた男だぜ⁉」
「ドスケベであることと勇者であることは関係ない。むしろ勇者でもドスケベであるものよ」
「え? 本気で勇者の素質があるって言ってる?」
「我は慧眼の持ち主ぞ。疑うのか?」
「…………そ、そりゃあアンタの腕は見事だったが」
さすが実力社会の冒険界、初手で圧倒的な技量でわからせたら素直になるな。上下関係がハッキリしているともいう。
「ふっ……我が認めた者は例外なく強者となった。その我が、貴様に勇者の素質があると言っているのだぞ」
俺が超期待をこめた感じで言うと、槍使いの男が瞳を輝かせて、その気になったような顔になってきた。
よーーしよし、第一段階クリア‼
さあさあ光の道へ勧誘だー!
「光の勇者はいいぞ。女の子にモテモテだし、王族貴族に顔が効くようなるし、いろんな人から注目浴びまくりな人生を送れるぞ」
「……アンタがならないんで?」
……。
「光の素質がないのだ。ほら、我、全体的に黒いだろう?」
「黒づくめっすね」
「うむ、いかにも深淵の者だろう。だからといって世界の敵対者ではない。闇が世界を覆うかもしれないような気配を感じた気がして、貴様のような素質ある者を探していたのだ。貴様は将来相当な大物になる。ぜひぜひ、光の勇者を目指す感じで何卒宜しくお願い致します」
…………どう、かな?
よーーーしよしよし、目指すのも悪くないかなみたいな顔だ!
俺はガスマスクの裏でほくそ笑みながら踵をかえす。
「若者よ……光にのまれるがよい……」
そう告げて、俺はこの場をそそくさと離れていった。
今ので三人目。
英雄願望があるのか、みんなその気になってくれるな。
いいぞいいぞー、俺に都合がいいぞー。
ぜひぜひ光の勇者を目指してください。大女神教会あたりが血に飢えた狼のように候補者に食いついてくるぞ!
そう! 光は探すものじゃない、創りだすものさ!
ふははは! バラまきますよっ、光の萌芽‼‼‼
あともう何人か目ぼしい奴を光の道に勧誘しておきたいかなー。
というわけで、俺は改めて路地裏に潜伏する。影の中から目を光らせていると、体格のよい男が歩いてきた。
歳は三十後半ぐらいか。
静観な顔つきでよく鍛えていそう。腰に剣をたずさえてはいるが、比較的軽装で分厚い服だ。冒険者にはあまり見えないが。
……見たことない顔だな。
歩き方は強者のものだが、どーするか。
「――私になにか用か? そう見られると気になるのだが」
男は立ち止まり、そう言った。
…………へー? 俺の視線に気づくんだ。
へーーーーーーーーーー?
一気に興味を持った俺は、影からゆっくりと姿をあらわす。
「貴様、何者だ? よく我の視線に気づいたな」
「……ガスマスクに全身黒ずくめの男が、誰だとか聞くかね」
「ガスマスクは流行りのトレンド装備だぞ」
「生憎と流行りは知らなくてねぇ……詳しく教えてくれないか、若造」
男は俺を見定めたように言った。
ほほーーー? 俺の声と体格や佇まいから年齢を察した感じ?
おほほほおほほ‼ 超有力候補っぽい!
ぜったいに逃がしませんよおおおおおおおおおおおお!
ぁ……今リリィの気持ちがちょっぴりわかった……。
「我と立ち会ってもらおう」
「問答無用だねぇ……しかも負ける気がなさそうだ。よほど自信があるんだね」
「それは貴様もだろう」
「もう歳だし……明日に疲れがのこることはしたくないなぁ」
俺は剣をぬいて、だらりと構える。
男も腰の剣をぬき、同じようにだらりと構えた。俺は正体を隠すための普段していない構えだが、あっちは堂が入っている。
戦闘態勢が整っているようなら、と。
「しっ!」
俺はふみこみ、剣を横になぐ。
男は当たり前のように剣を合わせてきて、ガキンッと火花が散った。
俺の剣速を予想した合わせ方だ。
次の一手は、三段階上の速さを想定しているかな。ならここは六段階あげてみよ……っとぅ⁉
「そら」
男は力みのない声と共に、八段階上の剣速で斬りつけてきた。
まじですか???
俺は慌てて飛び退くが、避けそこない、剣先が手の甲をわずかにかすめる。追撃はこなくて、男も驚いているようだった。
「今の避けちゃうんだ。……お前さん、本当に何者だい?」
「…………」
俺は答えずに、かすった手の甲を見つめる。
皮一枚切れた程度で、じんわり血がにじむ。相手の実力は十分わかったし、ここは光の勇者勧誘コースと行くべきだ……だが。
……。…………。
まじかー! 剣で斬られたの久々なんだけどーーー!
「? どうしたんだい?」
俺はワクワクがおさえられないあまり、その場で剣をふるう。
風を斬り、魔を斬り、そして空間すらも切り裂くようにふるう。俺の力量を察したのか、男の表情から余裕が消えた。
すーーーはーーーーー……。
心臓の鼓動と呼吸を馴染ませていく。
存分に斬りあいたいが、あまり騒げない。一手で片をつけよう。相手も意を汲んだようで、ゆったりとした構えで研ぎ澄まされた剣気を放ってくる。
すぅー……はぁー………………俺の呼吸が消える。
重心だけをズラした体移動、動きの起こりを消した一撃をふるう。
再度剣がかち合い、今度は火花を散らすことなく、お互いの刀身がボキリと折れてしまう。
「折れたかー! くううー‼ まじかー‼」
俺はガスマスクの裏でニッコニコになる。
「……こっちは一等級の剣で、お前さんは安物みたいだけどねぇ」
「最初の一撃にしぼった斬りあいだし、剣の出来はあんま関係ないって!」
「………ずいぶんと嬉しそうだね?」
「達人と戦うのは久々だからなー! ははは、マジ楽しかったよ! アンタ何者? どこぞの剣王だったりしちゃう?」
「ふむ……それがお前さんの素かい?」
楽しむあまり素で喜んでいた俺を、男は物静かに観察していた。
ガスマスクはしているからバレないとは思う。だが、ものの数分でまるっとすべて見透かしてきそうな瞳に、汗がだらだらと流れる。
「くくく……貴様、光の勇者の素質があるようだな。ぜひとも目指すがいい」
「光の勇者? お前さんがならないのかい?」
「我は闇属性の身であり――」
「剣筋は素直なもので、邪気は感じなかったけどねぇ……。少なくとも、私は君より強い剣士はみたことがない。なぜ光の勇者に自分がならないんだい? 光の勇者とお前さん、なにか関係あるのか?」
「……ふ、ふははは! また会おう、光の者よ!」
俺は脱兎のごとく駆けだす。
男は追いかけてはこなかったようで、俺は十数分走ったところで、路地裏の壁にもたれかかった。
あ、あっぶねー‼
ボロがボロボロでそうになった!
いやあ俺のしらない達人はいるもんだな。知らない顔だが、どっかの騎士団長が冒険者になったとか? あれだけ腕が立つなら前世で会っていようなものだけど……。まー、なにかの行き違いで会わなかっただけかな。
「ぐふふふ……! 冒険ギルドで会ったら絶対に推してやろー!」
あっというまに超有名冒険者の仲間入りだろう。
光の勇者候補になれば言うことなし、俺に超都合がいい!
ふはははは! 責任とは‼ 分散することで負担が減るものなのさあ‼
――ちょこちょこと、うっすらと伏線はあった。
伏線というか、冒険界隈が大賑わいなこと。冒険ギルドが人手不足過ぎて、求人をずっと募集していること。町の外部から冒険者という名の問題児がまあまあやってくること。
人を見る職業だから、声や体格をばっちりと覚える人だったこと。
とまあ、次なる展開のヒントワードだけを述べておこう。
『新しいギルド長』
次も俺の活躍! ……というか嘆き、というか自業自得、というか慟哭、みたいなものを待っていてくれよな!
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