第4話 君が死んだことを僕は知っている(アレン視点)



 村の広場に、人が集まっていた。

 誰もが沈痛な面持ちで、押し殺すようなすすり泣きが響く。


 その中心に、棺がひとつ――レオンの棺があった。


 僕は言葉を失った。


 冗談だろう?

 なんで、そんなものがここにあるんだ?

 中にいるのは、きっとレオンじゃないはずだ。強くてかっこいい僕の幼馴染が、こんな形で村に帰還するはずがない……。


 そう思いたいのに、足が勝手に動いていく。周囲の人々が何かを言っていたが、耳になんか入らない。

 ただ、棺のそばまで行き、中を覗き込んだ。


「……っ!」


 レオンが、普段なら絶対に着ない綺麗な白い衣装に身を包み、眠るように横たわっていた。


 童話のお姫様みたいーーなのに、決して目を覚まさないなんて、とても思えなかった。


 レオンの体の周りに敷き詰められた花の香りが、信じられない僕を、現実へと引き戻そうとする。



「……レオン?」


 掠れた声で呼びかける。

 応えるはずの声は、どこにもなかった。


 僕の涙がレオンの頬に落ちる。

 それを苦笑いしながら拭うはずの手も、もう動かない。



 ひどいよ、レオン。

 どうして僕を置いて、勝手に一人で死んだの。

 君は、僕の世界だったのに――



「嘘だ」


 喉の奥から、ひび割れた声が漏れる。

 これは何かの間違いだ。冗談だ。夢だ。


 君がいない現実なんて、僕の人生には存在しない。

 認めてしまったら、僕は、僕という輪郭さえ失ってしまう。


 そうでなければ、僕は、僕は――。


「アレン……」


 村長の低い声が、遠くで響いた。


「つらいとは思うが、受け入れねばならん……レオンはな、勇者様を守って――」


「違う!」


 僕は叫んだ。


「レオンは死んでない! こんなの、おかしい……!」


 喉が焼けるほど叫びながら、レオンの肩を揺さぶった。


 起きてよ、レオン。君はそんなに簡単に死んでしまうような人じゃないでしょ?

 努力家で、魔法が村1番上手で、いつもかっこよくて、僕の自慢の幼馴染。


 僕の知らない誰かを守るために命を捨てるなんて、そんなの間違ってる。

 君が守るべきなのは、自分の命だけでよかったのに――


 どうして、どうして、どうして――


「アレン……」


 誰かが肩を掴もうとしたが、振り払った。


 何かが胸の奥で軋む音がした。

 身体の奥底から、熱いものが込み上げてくる。


 これは、怒りだ。


 レオンを殺した魔物への、激しい、燃え盛る憎悪。


 ……許さない。


 絶対に、絶対に、許さない。


「アレン、まさか……!」


 僕の決意を察したのか、村の男たちが慌てて僕の前に立ち塞がる。


「落ち着け、アレン! 戦えないお前が行っても、無駄死にするだけだ!」


「邪魔をしないで」


 僕は低く、静かに言った。


「レオンを殺した奴らを、絶対に許さない」


「アレン!」


 村人たちの叫びを振り切り、僕は駆け出した。



 ◆◆◆



 魔物が巣くう森の奥へ、迷いなく足を踏み入れる。


 自分がどうなろうと構わない。どうせ、僕のすべてはもういないのだから。


 レオンの消えたこの世界に、何の意味があるというの?


 剣を手に、獣の咆哮に向かって突き進む。

 何匹倒しても、次が来る。血が飛ぶ。肉が裂ける。


 それでも足を止めない。息が荒くなり、視界が揺らぐ。


 ――死ぬ前に、レオンを殺した魔物の喉笛を切り裂いてやる。


 そんな執念だけを糧に、僕は剣を振るい続けた。


 だが――


 次の瞬間、全身を引きちぎられるような激痛が走り、視界が暗転する。



 ◆◆◆



 目を開けると、そこは見慣れた村だった。


 懐かしい土の匂いが鼻をくすぐる。朝焼けが差し込み、鳥が鳴いている。


 いつも通りの、平和な朝。


 だが、僕はすぐに違和感に気づいた。


 ――あの時、確かに死んだはずなのに。


「アレン? 微妙な顔して、どうしたんだ? 腹でも壊したのか?」


 目の前には少し幼いレオンがいた。

 なぜ若返っているのかはよくわからないが、レオンが生きて目の前にいる。

 それだけで、よかった。


「お前ほんと変なやつだよな~。誕生祝いに、俺と1日中一緒に過ごしたいなんてさ」


「……誕生、祝い?」


 そうだ。この日は、僕の誕生日プレゼントにレオンを1日独り占めしたいとお願いした日だ。

 川で釣りをして、森で一緒に眠った僕の大切な大切な思い出の日。


 そして、その時悟った。


 僕は五年前に戻ったのだと。




 

「……今度は、絶対に君を守るからね」


 誓いを立てたこの日から、僕は変わった。


 レオンを守る力を手に入れるために、ありとあらゆる手段を尽くした。


 魔法を学び、剣を鍛え、死ぬほどの努力を積み重ねた。


 すべては、レオンを死から遠ざけるために。



 そして、また旅立ちの日が来てしまった。勇者なんかと出会わなければ。ずっとそう願っていたのに。

 レオンの性格上、やはり止めることは叶わなかった。


 僕を振り切って村を出てしまったが――構わない。


 僕は彼のすべてを知っている。


 逃がしはしない。



 ◇◇◇



「お前ら、仲良すぎじゃね?」


 勇者リオが、にやりと笑いながらそう言った。


 レオンは「そういうんじゃないし!」と否定したが、僕はただ微笑んだ。


 ――違うよ、レオン。


 僕にとって、君は世界そのものなんだ。


 勇者パーティに僕まで入ることができたのは、僥倖だった。


 これで、ずっとそばにいられる。


 レオンは気づいていないだろうけど、僕は今、どんな王国の宝よりも価値のあるものを手に入れたんだ。


 けれど。


 それでも、不安は消えなかった。


 レオンはまた、死ぬかもしれない。


 そう考えるだけで、心がひどく冷えていく。


 今度こそ守る。絶対に、絶対に、絶対に。


 何度でも誓う。


 レオンが生きる限り、僕は彼のそばにいる。


 どんな手を使ってでも――。

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