第3話 勇者との合流とアレンの異分子化


 旅立ってから、すでに三日が経っていた。


 俺たちは順調に街道を進み、勇者たちが向かうはずの街へと足を運んでいた。


 ――が。


「レオン、今日はもう休もう?」


「は? いや、まだ昼だし」


「疲れてるでしょ? ね?」


「疲れてねぇよ」


「……そっか。じゃあ、もう少しだけ歩こうか」


 そう言って、アレンは俺の隣をぴったりとキープしたまま歩き続ける。


 ……なんか、距離近くねぇ?


 というか、この三日間、何かにつけて「もう戻ろう」とか「休もう」とか言ってくるんだが。


 これはもしや……足止め工作か?


 そんな疑いを抱きつつ、俺は周囲の様子を窺った。


 と、その時だった。


 森の奥から、カサリと茂みが揺れる音がした。


 ――嫌な予感がする。


「アレン、下がれ」


 俺がそう言いながら杖を構えた瞬間、黒い影が飛び出した。


「グルル……ッ!」


 現れたのは、二メートルほどの大きな狼――【ダークウルフ】だ。


 赤黒い目がギラリと光り、獲物を見つけたように低く唸る。


 この辺りに出るモンスターとしては、まあまあ厄介なやつだ。


「チッ……!」


 俺は即座に詠唱に入った。


 魔法で仕留めれば問題ない。そう思ったのに――


「っ!」


 突然、俺の前にアレンが飛び出した。


「おい! 危ねぇ――」


 叫ぼうとした瞬間、アレンの手がふわりと宙をなぞった。


 すると、次の瞬間。


「――『アイスランス』」


 鋭い氷の槍が生み出され、まっすぐにダークウルフの喉元を貫いた。


「グギャッ……!」


 獣は悲鳴を上げ、そのまま動かなくなる。


 静寂。


 俺は、目を見開いたまま動けなかった。


「……え?」


 今、アレン……魔法使ったよな?


「おい、アレン。お前、魔法……」


「……えへへ」


 俺が指摘すると、アレンは誤魔化すように笑った。


「……えへへ、じゃねぇよ。お前、村人だろ?」


「そうだよ?」


「いや、普通の村人は魔法使えねぇから」


「うーん……そうかもね。でも、僕、少しずつ勉強してたんだ。レオンが冒険に出る前に、追いつけるようにって」


「……は?」


「ひとりにしたくなかったから、ね」


「え?」


 アレンの言葉に、思考が一瞬止まる。


 俺の知らないところで、どれだけの時間をかけて、どれだけの覚悟をして……。


 簡単なことじゃない。魔法は、努力だけでどうにかなるもんじゃないのに。


 それでもアレンは、俺を追って、俺に追いつこうとしていたらしい。俺の背中を、遠くから見ていたはずなのに。


 「守りたかったから」なんて、そんなひと言で済ませていい努力じゃない。


 俺は目を逸らせなかった。


 隣で微笑むアレンの顔に、ほんのかすかに――影が差して見えた気がした。


 そしてふと、胸の奥がざわつく。


 魔法の詠唱はあまりにも完璧で、威力も申し分なかった。村には魔法が使える奴なんていないし、俺が教えたわけでもない。なのに、あの正確な術式とタイミング――


 あれは、“魔法初心者”の動きじゃない。


 この三日間、やけに旅の進行を遅らせようとしたのも、もしかして何か……。


 疑念は静かに膨らんでいく。


「なんで魔法なんか……」


 問い詰めるように口を開きかけた俺に、アレンはふわりと微笑んで言った。


「……レオンを守れるようになりたかったから」


 その声はやさしくて、まっすぐで――けれど、どこか切実だった。


 それだけじゃない。きっと、まだ言っていないことがある。


 けれどアレンは、それ以上なにも言わなかった。ただ、変わらず、俺の隣で微笑んでいた。



 ◇◇◇


「さて、と。お前ら、何者?」


 唐突にかけられた声。


 俺たちは、旅の目的地である街の入り口でついに勇者パーティと遭遇した。


 目の前に立つのは、赤毛をかき上げた青年――この世界の勇者であるリオ・ブライトだった。


「えっと、俺はレオン・エルステッド。魔法使いだ。あんたたちに会うために旅をしてきた」


 俺はそう名乗りを上げると、リオはじっと俺を見つめ――


「……へぇ、お前魔力すげぇな」


 ニヤリと笑った。


「よし、じゃあちょっと実力見せてくれよ」


「望むところだ」


 俺はすぐに杖を構え、魔法を発動した。


「――『フレイムバースト』!」


 瞬間、炎が爆発するように広がり、目の前の訓練用の標的を粉砕する。


 リオが目を見開いた。


「おお……すげぇな」


「俺は、あんたたちと旅がしたい」


 まっすぐにそう告げると、リオは「いいねぇ」と笑った。


「即戦力は大歓迎だ。お前、合格!」


「よっしゃ!」


 これでまた勇者パーティの一員になれる。

 ……けれど、リオはアレンのほうにも目を向けて、じっと観察するような目で呟いた。


「お前も……村人にしちゃ、身のこなしが良すぎねぇか?」


「そうかな?」とアレンは無邪気に笑う。だが、その笑みの奥にある何かを、リオは確かに感じ取ったようだった。


「うん、お前も面白そう」


「……それなら、僕も入りたい」


 アレンが、静かにそう言った。


「……は?」


 俺は思わず聞き返す。


「レオンを隣で守りたいから、僕もパーティに入れて」


 アレンは落ち着いた声で言ったが、俺は驚いた。


「お前、そんなこと一言も――」


「今決めたの」


 さらっと言うアレンに、俺は頭を抱えたくなった。


 そもそもこいつ、職業戦闘職じゃないし、異常に距離近いし、メンバーに迷惑をかけないか心配――


「おいおい、何だぁ? お前ら、さっきからなんか仲良すぎじゃね?」


 リオがニヤニヤしながら口を挟んできた。


「はぁ!? い、いやいや、そういうんじゃないし!」


「ふーん? まあいいや。じゃあ、アレン。試しにちょっとだけその腰の剣振ってみろよ」


 そう言われ、アレンは軽々と剣を構え――予想以上に綺麗な型を決めた。


「……お前、どこでそんな剣の扱いを?」


「ちょっと練習しただけだよ」


「どこでだよ」


 疑問は尽きないが、とにかく俺とアレン、二人とも勇者パーティに加入することになった。


 リオの一言で、軽やかに受け入れられたように見えるこの流れの裏で、何かが静かに動き始めている気がしていた。


 アレンが俺の隣にいること。それが、ただ嬉しい――だけで済ませてはいけない予感。


 背筋に、小さな冷気が走る。


 笑っているアレンの目が、何かを隠しているように見えた。

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