第22話 魚を取るには衝撃波
「交代の時間だ、起きろ」
サミューの声でノルは目を覚ましたが、チラは寝ていたので起こさなかった。ノルがテントの外に出て焚き火のそばに座ると、サミューが懐からノルの掌大の丸い道具を取り出す。
「これは時計という正確な時間が分かる道具だ、お前にこれを預ける。この短いほうの針がここを指したら、見張りを代わるから俺を起こしてくれ。これは貴重な道具だから壊さないようにくれぐれも丁寧に扱ってくれ。何か異変を感じたらすぐに俺を起こせ、わかったな? それでは頼んだぞ」
サミューはそう説明するとテントへ入って行った。それからすぐにサミューは眠ったのか辺りは静寂に包まれる。
──夜は音が少ない。
ノルはしばらく音の静かな世界を楽しんだ。目を閉じると初めはシーンという音が耳元でうっすらと聞こえる。
しばらく耳に意識を向けると焚き火が燃えてパチパチとはぜる音、時折吹く風が木々の間を通り抜ける音やフクロウの鳴き声などがよりはっきりと聞こえた。
それからどれくらい目をつぶっていただろうか、遠くから野生動物か魔物か判断のつかない鳴き声が聞こえてきた。ノルはすぐにランタンの明かりがついていることを確認する。
夜の静けさの中、1人で座るノルの心臓がバクバクと音が聞こえそうなくらい激しく脈打つ。サミューを起こそうか迷っているうちに、声の主は離れて行ったようだった。
ノルがほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、テントから微かに呻き声が聞こえる事に気がした。時計を見ると交代の時間が近づいている。ノルがテントへ向うとやはり気のせいでは無いことが分かった。
サミューの呻き声だ。
額に脂汗を滲ませ、苦悶の表情を浮かべるサミューをノルは揺り起こした。
「……ああ、もうそんな時間なのか」
サミューは額の汗をサッと拭うと何事も無かったかのようにテントから出て行く。ノルはその背中に何があったのかと聞くことができなかった。
♢♦︎♢
「ノ〜ル〜朝ごはんだって」
翌朝ノルはチラに起こされた。チラは肩と頭に尻尾をふさふさとさせたリスを3匹乗せている。そんなチラに促されテントから出るといい匂いがした。サミューが目玉焼きを焼いている。
「おはようサミューさん。あれ? 卵買ったっけ?」
「おはよう。見張りはチラに頼んで、さっき取ってきた」
「すごい! 旅の道中で温かいものが食べられるなんて嬉しいわ」
サミューは照れたようにチーズを敷いたパンの上に目玉焼きを乗せた。
「ああ、ファディックで簡易的な調理道具を買っておいた。これで少しは快適な旅になればいいがな」
用意が整い3人で座ると朝食を食べ始めた。
「この卵ほんのり甘味があって美味しいわ」
感激するノルを見てサミューは少し得意げだ。
「これはユキバトの卵だ、この時期に産卵する珍しい鳥でな……」
「そ、そう……」
ノルは食事中にその生き物の話を聞いてなんとも言えない気持ちになり、思わず話を遮る。ノルの表情で察したのかサミューは話題を変えた。
「卵といえば、ここから少し離れた場所に泉があった。あとで水を汲みに行こう」
「ええ、行きましょう」
「チラも、チラも!」
気がつくとチラに乗っているリスが増えている。肩に乗ったリスに小さくちぎったパンをあげると両手で持って嬉しそうに食べ始めた。
ノルはそんなチラとリスを見てふと思った。チラはシラカシの木の精霊だ。シラカシの木はどんぐりがなる木で、この時期のリスは餌を蓄える習性があったのではないかと。リスには分かるのだろうか?
3人は朝食を食べ終わると荷物をまとめ、泉へ向かった。
「位置的に道なりに進んでから、森の中に入り少し行った場所にあるはずだ」
サミューはノルとチラを気遣ってか森を極力通らない道を案内しているようだ。
ドゴオォォーーーーン!!!
3人がしばらく歩いていると、突然森の中から大きな音が聞こえた。
「泉の方向からだ!」
ノルとチラは走り出す。
「待て! お前達……」
サミューの制止の声も聞かず2人は音のした方へ全速力で走った。木々の間を走り抜け、木の根を飛び越え、藪をかき分け、再び木々の間を通り抜けると泉が見えてくる。
そこにはスラリと背が高く、均整の取れた体つきをした美しい女性が立っていた。まっすぐ腰の辺りまでおろした艶やかな髪は、木々の間から差し込む光に照らされて淡く輝いている。
物音に気がついて振り返った彼女の顔は、目鼻立ちがくっきりとして後ろ姿に引けを取らないくらいとても美しい。服装は男物のような動きやすいものだが、それがまた彼女の凛とした雰囲気に合っていた。
その彼女が見つめていた泉では、気絶した魚がぷかぷかと沢山浮かんでいる。よく見ると彼女の手には何尾か魚が握られていた。そのあまりにミスマッチな光景にノルとチラはあんぐりと口を開けていると美しい女性は言った。
「おお、君たちは……。ゴホンッ、どうしてこんな場所に息を切らせているんだい?」
見た目だけではなく声も美しい女性だ。
「さっき道を歩いていたら、すごく大きな音が聞こえて走って来たの」
「そうだったのか、驚かせたようですまない。魚を取ろうと思ってな、魚を取るには水の中に衝撃波を打ち込むのが1番だろ?」
魚を取るには衝撃波? 常識を語るような彼女にノルはポカンといていると、美しい女性は言った。
「おっと誰か来たようだ、私はこれで失礼する。浮いている魚は君たちで食べてくれ。そのうち意識を取り戻すだろうから早めに取るんだぞ」
未だポカンとするノルの前を彼女は自分たちとは逆の方向、森の奥へ向かって目にも留まらぬ速さで駆け抜けて行く。それから程なくしてサミューが追いついた。服についている草を払いながら、息も絶え絶えにサミューは聞いた。
「ハァ、ハァ……どうしてお前たちはハァ……森の中をそんなに速く走れるんだ……」
チラと目を見合わせるとノルは言った。
「だって森は第2の我が家みたいなものですもの」
呼吸を整えながらサミューが向けた視線は『答えになっていない』とでも言いたげだ。
「今なら魚が取り放題よ」
ノルはフニャリと笑いながら泉に熱い視線を向けた。サミューはその間抜けな顔を見てもう気にしないことにしたようだった。
「さっき朝食を食ったばかりだろ。それにむやみやたらに生き物を取りすぎる事は良くない」
サミューの言葉にチラも頷いている。少し気恥ずかしく思いながら、ノルは食べる分だけ魚を取ろうとしたが、意識を取り戻した魚は泉の中に帰って行った。
「待って〜私の魚〜」
ノルは虚しく泉へ手を伸ばしたが、もちろん魚は戻って来ない。そんなノルを慰めるようにサミューが言う。
「ほらちょうど3匹取れたからこれで昼飯を作ってやる。元気出せ」
しょぼくれるノルを横目にサミューとチラは昼食の準備を始めたのだった。
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