第21話 ストンリッツへ向けて

 宿屋への帰り道チラはこっそりとノルに聞いた。


「あのおじさんのお腰元気になったかなぁ?」


「きっと少しづつ元気になると思うわ。急に良くなることはあのおじさんの体に良く無い事だと思うの。今日の演奏を聴いてもらえたから、オレンジの手入れをして体を動かしていれば少しづつ、いいえすぐに回復するはずよ」


 チラはおじさんとオレンジの木を思い出し頷く。


「そうだね! あの木達はおじさんのことが大好きみたいだったから、きっと力を貸してくれると思うよ」


 ノルとチラが頷いているとサミューが振り返った。


「さっきからお前達は何をコソコソ話しているんだ?」


 ノルとチラは目を見合わせると、声を合わせた。


「「秘密ー!」」



 ♢♦︎♢



 その晩、夕食を食べ終わるとサミューがノル達の部屋へ来た。


「明日の朝この村を出発しようと思うが、お前達いいか?」


「そうね、明日出発しましょう」


「チラもいいよー!」


 2人の返事を聞くと、サミューは机の上に地図を広げた。


「以前も説明したが、明日出発して次に着く街がここストンリッツだ。距離は大人が急いで歩いて3日前後だな。乗り合い馬車の運行は無いから、お前達が歩く速度を加味すると4〜5日掛かると考えておいてくれ」


「えっ、馬車が無いの……分かったわ」


「はーい」


「ストンリッツはルカミ山脈のすぐ近くにある。ファディックからストンリッツの間は大小様々な湖や泉が多いから飲み水の心配は無い。それからあの辺りはこの時期には既に雪が降っている可能性がある。防寒着を持って来ていると思うが、すぐに取り出せるようにしておけよ」


 サミューの言葉にノルはゴソゴソと荷物を探る。


「あったわ!」


 得意気にするノルにサミューは言った。


「明日の朝の出発に備えお前たちはもう寝て体を休めろ。しばらくベッドでは眠れないからな」


「ありがとう、おやすみなさい、サミューさん」

「サミュー、おやすみ!」


「ああ、おやすみ」


 ノルとチラの声にそうサミューは返すと部屋を出た。



 ♢♦︎♢



 翌朝、まだ日が昇る前にノル達の部屋へやって来たサミューは内心驚いていた。ノルはもう着替えを済ませ準備を始めていたし、チラもあくびをしながらカーテンを開けている。


「おはよう、今日は早く起きたんだな」


「おはようサミューさん、もう来てくれる頃だと思っていたわ。そうよ、私たちも早く起きて準備する事にしたの。私お姉ちゃんだからね!」


 胸を張るノルを見てサミューは少し寂しそうな顔をする。


「サミューさん? どうしたの、大丈夫?」


「ああ大丈夫だ。そうだなお前はお姉ちゃんだもんな」


「ええ、サミューさんだけに準備をさせていたら、きっと弟に笑われちゃうわ」


 サミューは寝癖で髪が跳ねているチラを見て首を傾げる。


「そうなのか? では俺はもう少ししたら朝食を買ってこよう」


 旅の準備を終え朝食を食べ終わると、3人は荷物を持ってファディック村を発った。


 村を出るとしばらく畑が続く。収穫したオレンジを積んだ馬車とすれ違ったり、畑を耕す人と会釈したりした。村から離れ、畑を抜けると当たり前だが人が少なくなる。それから更にしばらく歩くと静かな森に沿った道に出た。行商の人の物だろうか、馬車の轍がうっすらと見える。


「昨日見た地図だと、この道は森を迂回するようね。森を突っ切ったほうが早いはずなのに何故かしら?」


 サナリスの森に入り浸っていたノルは不思議に思ったのだ。そんなノルに呆れたようにサミューは答えた。


「森に道を作ると維持管理が大変だ、この先雪に閉ざされれば尚更な。なによりも森は危険だ、無闇に入れば道に迷い、凶暴な生き物に襲われる可能性だってある、常識だろ? それに森には精霊がいるとまことしやかに言われていてな、気に入らない者には容赦無いらしい」


 ノルとチラはビクッと飛び跳ねる。そんな2人を見てサミューは慌てた。


「すまない……。そこまで怖がると思わなかった。まあ精霊の存在は眉唾ものだ心配するな。俺も信じてはいない、だがいるとすれば一目見てみたいものだ」


 サミューの言葉を聞いて、チラは嬉しそうにニコニコと笑いながらサミューに手を差し出す。


「ボク、サミューと手を繋いで歩きたいな」


「しょうがないやつだな」


 サミューはそう言うとチラの手を取り、ゆっくりとチラの歩幅に合わせて歩き始めた。そんな2人を温かく見守るノルだった。



 ♢♦︎♢



 陽が傾いてきたので荷物から"ランタン屋敷"で買った星形のランタンを取り出し蝋燭の火を入れた。


「すぐに暗くなるはずだ。今のうちに今夜テントを張る場所を決めよう」


 森と道を挟んだ空き地にテントを張り、ランタンを近くの木の少し高い場所に掛けた。周辺を色とりどりな光が照らす。


 本当にそれからすぐ暗くなった。ランタンの温かい光が辺りを柔らかく照らして何より2人が側にいたため、ノルは怖さや寂しさは感じなかった。


 サミューはいつの間に集めたのか、小枝で焚き火を作っている。それからファディック村で買ったパンやおじさんから貰ったオレンジ、"仔羊の蹄亭"でもらった干し肉を少し食べた。サミューは荷物からファディックの宿屋にあった物と同じ白いお菓子を取り出し言った。


「そういえばマシュマロのこんな食べ方は知っているか?」


 実はあのとき、サミューは何袋か買ってしまっていた。そのうちの1袋を開け、枝を串に見立てマシュマロを1つ刺す。そして焚き火から少し離してクルクルと回しながらじっくりと炙ると茶色い焦げ目が付き始めた。サミューは串に刺さって少し膨らんだマシュマロをチラに手渡す。


「ありがと!」


 目の前の光景に興味津々だったチラは目を輝かせながら受け取るとパクッと食べた。


「カリトロで美味しいね!」


 チラがとびきりの笑顔で言うので、ノルもサミューからマシュマロを受け取り、枝に刺して焼いてみた。枝に刺したマシュマロを焚き火に近づけるとあっという間に火がついた。


「あっ……真っ黒」


 ノルは慌てて火を吹き消したが、マシュマロは真っ黒焦げだ。


「火に近すぎる、もう少し離して絶えず回しながらじっくり炙れ」


 サミューの指摘に気を取り直してもう一つ焼いた。その横でサミューに再び焼いてもらったマシュマロをチラが頬張っている。


 ノルは火に近づけたり離したり、くるくると回しながらマシュマロを焼く。やっと焼けたマシュマロをひと口かじると、側面がサクっとしていて中はトロトロでシュワシュワだ。宿屋で食べたときと味は同じなのにまるで違う食感だった。だが中心部分はまだトロトロになっていない。


 すっかりマシュマロを焼く楽しさに取り憑かれたノルは、生焼けの部分を再び炙り始めた。クルクルと回しながら炙ると小さかったマシュマロがどんどん丸く膨らんでいく。ちょうどいい焼き色になったので火から離し、2人に綺麗に丸く焼けたマシュマロを見せびらかそうとしたが、みるみるうちにシワシワに萎んでいった。


「ああ〜」


 それもトロトロと元の食感を合わせたようで美味しい。それからマシュマロをもう一つ焼いて食べるとノルはお腹がいっぱいになった。


「サミューさん、あなたの分はマシュマロ焼き職人のこの私が焼かせてもらうわ!」


 その道数分のマシュマロ焼き職人はそう言うと意気揚々とサミューの分のマシュマロを焼き始める。そしてサミューは3個目のマシュマロを食べ終わると、マシュマロを木の枝に刺そうとしているノルに声をかけた。


「もう腹いっぱいだ、勘弁してくれ……。今夜の話だが、何かあったときのためや、あのランタンの火が消えないように夜は交代で見張ろう。まずは俺が見張りをするからお前たちは寝ていてくれ。交代の時間になったら起こす」


「ありがとう。ひとまずおやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 そう挨拶すると、ノルとチラは眠りについた。

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