第39話 身勝手な葬送〈4〉
「兄さん、そろそろ私の魔法の効力も……」
イーサの言葉と共に兄妹たちが俺のことを見つめているのに気がつく。俺はラマスの手をそっと離すと、胸の上で彼の両手を整えて重ねた。そして、顔を上げ、立ち上がった。涙は流れたままだった。
「みな、ここまで俺の身勝手に付き合ってくれてありがとう。待たせてごめん」
兄妹たちが頷くのが見えた。
「仕上げに入ろう……」
俺は声が震えるのを堪えて、はっきりと言った。
「フェリム、頼んでいいか」
俺の言葉に、フェリムが迷いの表情を浮かべた。彼女のそんな顔を俺は初めて見たような気がする。
「……お兄ちゃま、ほんとにいいのだ?」
フェリムの迷いと不安はその声にも表れていた。俺は流れる涙を拭った。
「わらわ、またおかしいのだ。また、しょっぱいのだ……」
俺はフェリムに近づくと頭を撫でながら言った。
「頼む。フェリム。お前にしかできなことなんだ。……俺が決めたルールを、俺が破らせてごめんな」
フェリムもまた流れ落ちる涙を必死に拭った。
「やるのだ。わらわ、初めてルール違反するのだ!」
「俺が許可する。フェリム、頼む。壊すんじゃない、殺すんじゃない。どうか、終わらせてやってくれ」
フェリムが大きく頷いた。
「よっつ。お兄ちゃまとの約束は絶対、なのだ! だけど、お兄ちゃまの言葉も絶対、なのだ!」
フェリムは空へと浮かび上がると、自らを勇気づけるかのようにしっかりとした声で言った。
彼女は両腕を真横に広げると、その手のひらで、何かに触れた。それは洞窟内に漂う空気の全体に触れているかのようで、空間そのものを震わせているかのようだった。
「わらわ、壊さないのだ。でも、──みんな終わらせるのだ」
数百、数千の寝息が空気に溶け始めているのがわかった。ゆっくりと、でも確実に。俺はみなの姿を見渡していた。その最期の表情をこの目に焼き付けるようにして。
フェリムが小さいが精一杯の明るさを込めて言う。
「ばらばら! じゃなくて……おやすみ、なのだ……」
すると、彼らの皮膚が、肉が、骨が、ゆっくりと終わり始めた。小さな裂け目が、次第にその全身に広がり等しく散り始めた。
それから彼女は勢いよく天井まで飛びあがると、岩肌に触れて、今度は大きく屈託のない声で叫んだ。
「ついでに、ばらばら、ばっこーん、なのだ!」
それは一瞬のことだった。その声ともに、分厚い岩肌に音を立てて亀裂が走り、それは次第に勢いよく裂けて、やがて砂粒になると、勢いよく空を穿った。天変地異の如く起きたその出来事は周辺の人々すべての目に映り、後世にまで語られることとなる。フェリムの力は濃霧もかき消して、天まで登っていった。
俺たちの頭上には、青々とした空が広がり溢れんばかりの日光が落ちた。そして、それに照らされた砂粒が、きらきらと煌めきながらゆっくりと降り注いだ。
目の前のラマスの身体もまた、他の命と等しい運命を辿ろうとしていた。俺は終わり始める彼の体に必死に縋り付いていた。
「ごめん、ラマス。俺はこんなことしかできなかった。妹たちにこんなことをさせてしまった。俺は、俺は……」
そんな言葉も届かぬまま、ラマスの身体もまた日だまりの中にわずかな輪郭を残して散った。
「聞こえたぜ、お前の声。またな、アッシュ──」
都合よく響いた声を必死に抱きしめると、俺はまた魔王らしく、醜い声を上げて涙を流した。
膝をついたまま茫然と、視界に残されたラマスの輪郭を見つめ続けていた俺にダーリャが近づく。
「みゃあ、みゃあ!」
噛みついて俺の注意を惹いた。彼女の方に目をやると、「上を見て」と言うように、俺の視線を空へと導いていた。俺はゆっくりと空を見上げる。降り注ぐ日差しと、砂粒とが目に入り、目を見ひらいているのがやっとだった。
しかし、何とか目を凝らすとそこには不思議な光景が見えた。──いくつもの眩く輝く光の結晶が、降り注ぐ煌めきの中を、抗い、遡行するように、ゆらゆらと宙へと浮かび上がり、まるで光の根源である遥かな太陽を目指して、空へと昇ってゆくのが見えた。
俺は立ち上がると、数百、数千の光の結晶をしっかりと見つめなおした。みなが、──アイリッシュももう立ち上がり、イーサに支えられ。ダーリャを頭に乗せた、フェリムも小さな羽を閉じゆっくりと地に足をつけて──そばに歩み寄ると、言葉もなく俺の手を各々の仕方で握り締めていた。俺たちは、各々に空を見上げ、その光の行末をいつまでも時間も忘れて見送っていた。
俺はそのように、ただ、無様な微笑みを湛えて立ち尽くし、見送ることしかできなかった。
すべて、終わったのだ。俺たちが、終わらせたのだ。
そこにはどんな救いも、赦しもなかった。
彼らのどのような声ももう響くことはない。暖かな日だまりと、穏やかに吹きこむ風。そして、ただ空を見上げて、過ぎ去るものたちを見送る、ちっぽけな俺たちだけが、そこにはあった。
非業の魔王様は、ただ残酷に愛したい。〜平凡なお兄ちゃんですが、せっかく生き返ったので最強で可愛い兄妹たちのために何度でも頑張ろうと思います〜 @ymns_1892
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