一弦

 翌日、学校から帰ると、啓祐はいつも通りすぐにギターの練習に入った。

 今日は、帰りに聴いていたスラッシュメタルバンドのギターソロがどうしても弾きたくなり、無茶な速弾きを練習する。


 一時間ほど練習に集中していると、ここで彼の練習は唐突に終わりを告げる。

 1弦22フレットのベンドをしながら激しくオルタネイトピッキングしていると、いよいよそれに耐え切れなくなった弦が切れてしまったのだ。

 これと同時に、啓祐の持っていた異常な集中力も切れた。


 興を削がれた啓祐は、ギターをスタンドに立てかけ、予備の弦を探す。が、前回の張り替え時にストックを失っていたことをすっかり忘れていた。ネットで注文しても届くのは明日以降。今からわざわざ楽器屋まで買いに行く気分でもない。

 しかし、一弦だけを失ったギターを置いておくのはどうも気分が悪い。


 そこで啓祐は思いつく。

 ごくたまにやる行為であまり罪悪感はないのだが、父親のギターの弦のストックを盗もうと考えた。事後報告で構わないだろうと決めつけ、啓祐は父親の部屋に入る。


 最初に目を引くのは、クリーム色のストラトキャスター。この裏面には何故か自動車メーカーのフェラーリのロゴステッカーが貼ってある。

 それから、木目が強調されたサンバーストのレスポール。これは目ん玉が飛び出るほどの値段がするとのことで、啓祐はこれらを一度も弾かせてもらったことはない。



 啓祐は引き出しを漁る。

 その時啓祐は一枚のCDケースに触れた。取り出してみると、それはEric Claptonエリック クラプトンChange The Worldチェンジ ザ ワールドのCD。

 世界三大ギタリストとされるエリック・クラプトンの名は当然知っている。だが、啓祐はあまり多くの曲を知っているわけではなかった。以前、父親がエリック・クラプトンの名曲Laylaレイラを弾いていたのが記憶に残っており、いつか彼の曲をじっくり聴いてみたいとも思っていた。

 いや、むしろロック音楽に触れる者にとっての最低限の教養であるという認識だ。




 啓祐はギターの一弦とCDを手に部屋へ戻る。

 弦の張り替えは後回しにし、まずはパソコンで曲を取り込もうと、CDのケースを開ける。


「あっ」

 ケースの中から、十数枚のカードが飛び出した。

 エリック・クラプトンのCDのおまけにトレーディングカードが入っているとはとても思えないが、この時はまだそこまで疑問に思わず、啓祐は散らばったそれらのカードを拾い集め、机の上に置く。


 それらのカードには、一行だけの造語と、アルファベットが一文字から三文字書かれているだけだ。

 啓祐は、「フェニックスの血 SSS」と書かれた意味不明なカードを一番上に置き、ディスク本体を取り出す。


 無地の真っ黒なディスク。そこには白色の手書きの文字が書かれていた。

 これは明らかに目当てのCDではなさそう。何気なく見つめ、ようやく脳内でそのが処理されると、ここで急激に鳥肌が立ってきたのを感じた。この今の今まで、記憶からさっぱり消えていた独特な


 ディスクには、「パラレルアイランド」と書かれていたのだ。




「なんで親父が……」

 父親がゲームをやっているところなんて見たことがない。ましてやネットやデジタルに疎いあの父親が、パラレルアイランドの名を知っているはずもない。


 しかし手元には物的証拠がある。啓祐は違和感を抱きながら、ディスクの中身を確認しようとパソコンに取り込んだ。



 啓祐はゲームの類には詳しくない。だからこそ、自分の行為の違和感に気づいていない。

 今の時代、パソコンでゲームをする際にディスクを使うことはない。基本的にはソフトをダウンロードする。アプリケーション本体はローカルへ、セーブデータはクラウドで保存される。


 しかも、啓祐の使うパソコンは普通のメーカー製パソコンだ。3Dグラフィックを処理するためのグラフィックボードは搭載されておらず、これではまともにゲームが動くはずがないという思考にも至っていない。


 無知が故に、啓祐は自身のパソコンでこのゲームディスクと思われるものを動かせると疑っていなかった。



 パソコンがディスクを読み取ると、自動的にウィンドウが表示された。

 という文字と、起動までの読み込みのパーセンテージが表示される。



「うっ……」

 それが100%に到達する直前で、啓祐は突然、強烈な頭痛と眩暈に襲われた。目をぎゅっと閉じ、体調不良に耐える。息が詰まり、涙が溢れ出る。

 耐え難い頭痛と眩暈に、もはやゲームどころではない。


 啓祐は椅子から転げ落ちると、机の上に詰んだカード類をぶちまけてしまった。何故かはわからないが、啓祐は朦朧とする意識の中、それらを必死にかき集める。



 ――救急車を呼ばないと。

 そう思ったのを最後に、彼は意識を手放してしまった。

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