第30話 魔王、勇者にドン引きす
勇者が魔王の部屋の押し入れに住み着いてから、一週間ほど経った。
勇者は完全にぬくぬくとしている。
魔王は、教育に失敗した。
教育はスタートが肝心だ。
あの日、魔王が何気なく見ていたギャルゲー原作のアニメを、勇者も見てしまったのである。彼らがいた世界には、あまり娯楽がなかった。その中でも特に禁欲的に生きてきた勇者にとって、それは合成麻薬以上の刺激物だったに違いない。
そこから勇者は、基本的に寝る時以外はアニメを見続けている。食事中も師匠に怒られるまで、ずっと観ていた。
魔王に「臭いから風呂に入れ」と言ったら、「風呂に入ったら、アニメが観れない」と反論し、ガチバトル寸前までいっている。
昨日あたりから、ギャルゲーがやりたい、課金がしたいと言い出している。
魔王は金持ちニートだが、勇者は無一文ニートでしかないので、当然スマホもないし、課金もできない。
正直、勇者にうんざりしていた魔王は、「スマホが欲しかったら、働け」と偉そうに説いた。
何があったか知らないが、自由を探し求めた一週間で、勇者は外の世界をひどく恐れている。このままでは完全に引きこもりになってしまう。そう思った二人は、労働を提案する。
最初は抵抗していたが、ギャルゲーがやりたい、課金したい。その一心で、再び日雇い労働を再開することになった。
それから一ヶ月。朝から晩まで、真面目に働いている勇者を見て、立派になったと目を細める二人。もちろん家に帰った後は、相変わらずアニメ漬けだが、とにかくよく働く。
元々見た目が爽やかなスーパーイケメンなので、真面目に労働をしているだけで、何か偉業を成し遂げたみたいな雰囲気になっている。
そして一ヶ月後、勇者はついにスマホを手に入れた!
頑張った勇者に惜しみなく拍手を送る二人。そして勇者も涙ながらに、自分を立ち直らせてくれた二人に感謝した。
「二人が、僕に本当の『自由』を教えてくれた。そしてその自由が、僕に本当の生きる意味を教えてくれた。僕はこの時のために勇者として生まれ、この世界に転移したんだと思う。本当にありがとう!!」
「余たちは何もしていない、勇者アルデン。全てはお前の頑張りだ。本当に良かったな……」
魔王と師匠の目にも熱いものがこみ上げていた。
そして勇者は、満面の笑みを浮かべ、拳を突き上げ、こう叫んだ。
「僕たちの戦いはこれからだ!!」
勇者は、期せずして不吉なフラグを立てた。
……
彼のピークはそこまでだった……。
彼は、まず仕事を辞めた……。
以降、勇者は睡眠も食事もろくに取らず、ずっとスマホにかじり付いている。
彼はかなり稼いでいた。どういう働き方をしたらそんなことができるか分からないが、日に現場を十カ所掛け持ちしていたらしい。そして一ヶ月でなんと五百万円以上も稼いだ。ただし、それは全て課金のためだった。
本人曰く、最初は働きながら課金をしようと考えていたが、無理だった。
「だって、咲良ちゅわんをプロデュースしないと……。現場は僕がいなくても回るけど、咲良ちゅわんは、僕がいないとダメなんだ……。」
咲良とは、アイドル育成系のソシャゲに登場するツンデレの黒ギャルらしい。かなりお気に入りのようで、魔王が引くほど課金している。しかし三日前までは別のギャルゲーの「リアちゅわん」に熱を上げていた。
しかも勇者はなぜか、その時のお気に入りキャラに「ちゅわん」とつける気持ち悪い性癖がある。
勇者として厳しい修行を重ね、魔族最強の幻惑術を使うサキュバスの誘惑すら平然と耐え切る彼をもってしても、ギャルゲーの誘惑には、全く歯が立たなかったのだ……。
もはや彼にとって労働は、課金という快楽をより美味しくするためのスパイスに過ぎない。
今の勇者にとって課金は、生きる意味そのものであり、課金ができることこそが自由そのものだった。
サービス開始から五周年を迎えたソーシャルゲームにおいて、新参者がガチ勢に肩を並べようとすることは、ドン・キホーテでさえ躊躇うほどの蛮勇である。
しかし彼は勇者である。勇者は敵が強大であればあるほど、その力を発揮するのだ。
勇者はわずか十日足らずで、その偉業を達成した。
しかし、暴走にもついに終わりが来た。課金を始めて三週間が過ぎた頃、資金が尽きたのである。そして、それと同時に彼の体力にも限界がきた……。
二日間眠り続けた後、課金の禁断症状で目覚めた勇者は、まず魔王の金塊を奪おうとし、次に師匠が大事にしているロジータちゃんの限定グッズを売って課金しようと試みた。しかし、寝食を忘れた廃課金ライフによる栄養失調のせいで、どれも失敗に終わった。
それでも往生際の悪い勇者は、何度か再チャレンジを試みたが、師匠の「これ以上そういうことをするなら、出て行ってもらうよ!」という言葉で我に返った。ホームレス生活のトラウマが残っているらしく、「そ、外は怖い……」と震え上がり、土下座して許しを請う。
こうして勇者は、濁った瞳と虚ろな表情のまま、再び日雇い労働へと向かうのだった.......全ては、課金という自由を守るために……。
魔王は、勇者の蛮行に自身を重ね合わせていた。
「……余って、大分まともなんだな……」
魔王は自身の正しさを噛み締めつつ、勇者を見送ると、部屋に戻り、目前に迫った決戦のため、臨戦態勢を整えた。
そう、今日は「転サキュ」3周年アニバーサリーイベント最終日。
正午にロジータちゃんの3周年記念限定衣装のガチャも切り替わる。師匠の厳命により、勇者の前での課金は禁止されていた。
しかも先日、課金カードを買いに行くのが面倒くさかったので、師匠のクレカを再び勝手に使ったのがバレてしまい、一週間の課金禁止令が出ていた。
(以前だったら、100%家から追い出されていただろうが、勇者がクズ過ぎるお陰で、師匠の倫理観が麻痺しつつある……案外、チョロいな!)
そして今は11時である。課金禁止令が解かれるのは11時30分。
魔王にとって、11時30分は決戦の開始時間である。制限時間は30分。魔王は、この30分に全てを賭ける覚悟だった。
しかしまだ時間がある。魔王は気持ちを作るために、「転サキュ」のアニメ第三期で神回の呼び声高い第7話を観ることにした……。
……
テンションが上がりすぎて、オープニングから感極まった魔王。あまりに何回も観過ぎた結果、最早何気ないギャグシーンでも涙してしまう。視聴後、余韻に浸ってしまい、気付いたら11時30分を少し過ぎていた。
しかし後悔はない。おかげで気持ちは完璧に仕上がった。既に当たる予感しかない。自信は確信に変わった。
そして魔王は、一点の曇りのない表情でアプリを起動した……。
そして……
剣(無料ガチャ)折れ、矢(課金カード)尽きて尚、魔王ヴァルナクスは両の脚で立ち上がる。
それは最早魔王と呼ぶには、あまりにも純粋過ぎた……むしろ勇者に等しい勇敢さを示していた。魔王は最後の力(端数で回せる最後の一回)を振り絞り、「回す」ボタンに手を伸ばした……。
「思えば長い道のりだった……」
この世界に転移してからのことが、走馬灯のように駆け抜けていく。そして覚悟を決めると、最後のアタックを仕掛けた!
「この一回に余の全てを賭ける!余の戦いはこれからだ!!うおおおぉぉぉぉー!!!」
プロローグ 完
第一部 ガチャの行方はいかに!?
第一話 魔王、爆死!
「なんでだよぉーーー!!!!」
第一部完
そして物語は、さらにバカバカしい第二部に続く……。
魔王、ニートになる ー現代に転移したら、ソシャゲにどハマりして軍資金を溶かすー おでん @oden-01
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