第2話 上紙折紙

     2 上紙折紙


「あ」


「え?」


 思わずオレが間の抜けた声を上げると、鹿山さんも背後を振り返る。

 だが、その時にはヘリの主は暴挙に及ぶ。


 あろう事か――ヘリの下部に設置されているガトリング砲を乱射してきやがったのだ。


「――って、アホかー!」


 お蔭でオレのアパート兼事務所は、正にハチの巣にされる。


 割れる、窓ガラス。

 撃ち抜かれる、壁と壁と壁。


 無差別攻撃と言えるソレは、オレの狙っているのか鹿山さんを狙っているのか分からない。

 だが、オレには自分の身を守る以上に、依頼人の生命を保護する責任があった。


 故にオレは嫌な予感がした時点で跳躍して、鹿山さんの前に立つ。

 オレと鹿山さんに向けて発せられた弾丸をその手で触れ、オレは自身の能力を発動したのだ。


 オレの両親がオレの能力を予期していたのかは、分からない。

 今となっては、永遠の謎と言える。


 けれど、これだけは確かな事だった。


 上紙折紙は――触れた物体を折紙の様に変える事が出来る。


 今は弾丸を単純に、薄っぺらくして、開いた状態にし、殺傷力を殺ぐ。


 オレの能力を見たヘリの操縦者は、だから一瞬ギョッとした。

 その僅かな間を使い、オレは懐からバイクの折紙を取り出し、ソレを地面に投げる。


 それだけの事で、紙細工だったバイクは本物に変わり、オレはそのバイクに乗り込む。


 前を向きながら、オレは鹿山さんの名を呼んだ。


「鹿山さん! 

 今は、逃げの一手だ! 

 このままじゃ、周囲の人間も巻き込みかねない!」


「――分かりました」


 本当に、彼女は動じるという事を知らない。

 この状況でも普通に返事をして、彼女はバイクに跨る。


 オレはフルスロットルで窓から飛び出し、ヘリに体当たりをしようとした。


「つっ?」


 だが、それより速く、ヘリは高度を上げる。

 地面に着地したオレのバイクは、そのまま道路を走ってヘリの追跡から逃れ様とする。


 しかし、ここでもバカげた事が起きた。


 あろう事か――ヘリの主は発砲してきたのだ。


 まだ民家がある住宅街だというのに――やつ等のガトリング砲の勢いは止まらない。


「……何を考えてやがるっ? 

 どういうつもりか知らねえが、完全にイカれていやがるぞ、こいつ等!」


 漸く住宅街を抜けて、大通りに出る。

 とにかく全速力でバイクを走らせ、ヘリが放つ銃弾を掻い潜る。


 オレが運転するバイクはそのまま大通りを突っ切り、人気が無い廃工場に行き付く。

 バイクに乗ったままオレ達は廃工場に入り、廃工場を盾がわりしようとしたが、無駄だった。


 連中が乱射する弾は容易に廃工場の屋根を突きぬけ、オレ達を蜂の巣にしようとする。

 確かに廃工場の屋根がオレ達の姿を隠して、狙い撃ちは出来ない状態だ。


 しかし、やつ等にとっては、そんな事は関係が無い。

 

 とにかく銃を撃ちまくり、廃工場内全体を標的にして、オレ達を葬ろうとする。

 実際、やつ等が放った弾丸の雨は、オレ達の二メートル先まで迫った。


「……ちっ!」


 つまり、此方も余裕等ないと言う事。

 オレは、廃工場の端へとバイクを走らせる。


 だが、その動きは、恐らく敵に読まれている。

 廃工場内のど真ん中に居るより、端に居る方が弾の命中率は低くなるからだ。


 敵も当然その事には気付いていて、だから敵は廃工場の隅に弾丸を浴びせてくるだろう。

 現にオレはバイクを走らせ、廃工場の隅に逃げ込んだではないか。


 ――否。


 逃げる?


 この余裕がない状況で、逃げるしかないと言うのか?


 それは、違う。

 何もかも、間違いだ。

 

 オレは――やつ等に攻撃をする為にここまで来たのだから。


 多分ソレは、敵にとって目を疑う光景だっただろう。

 何しろ、一瞬にして例の廃工場は消えたのだから。


 何と言う事は無い。

 上紙折紙は、件の廃工場に手を触れ、その廃工場を折紙に変えたのだ。


 全長十センチ程になるまで折り重ねて、ソレを握りしめる。


「……何だ? 

 何が、起っている――?」


 その時、ヘリの操縦席からそんな声が聞こえた気がした。

 オレはそれでも躊躇なく、その折紙を天に向けて放り投げる。


 瞬間、折紙だったソレは、元の廃工場に戻って、やつ等のヘリに迫った。


 オレのアパート以上に巨大な弾丸が――やつ等のヘリに放たれる。


「――なぁっ? 

 はぁ――っ?」


 ならば、間違いなくやつ等は終わった。

 あの廃工場に押し潰されて、彼等は全滅する。


 それは何者にも変えがたい事実であり、最早止める事が出来ない現実だ。

 

 これでオレも殺人犯かと、或る種の後悔が胸を埋める。

 正当防衛とはいえ、殺人を犯してしまう自分を、オレは大いに恥じた。


 だが、その時――その声は響いたのだ。


「いえ。

 あなたが泥を被る必要はありませんよ――折紙さん」


「へ――?」


「ここは――私が決着をつけますから」


 故に、その韻は流麗に流れたのだ。


「〝あなた〟の〝得物〟は――〝相手〟に〝当たらない〟」


 今度は、オレが我が目を疑う。


 確実に敵のヘリを押し潰す筈だった件の廃工場が、軌道を逸らしたのだから。


 廃工場はヘリに当たらず、地面に激突する。


 その強すぎる衝撃が、オレ達の体に殺到した。


 いや。

 その間に彼女はバイクを降りて――ヘリの前に立つ。

 

 オレの攻撃が不発に終わり、息を吹き返した敵は、銃の乱射を再開する。


「――って、ちょっと――っ!」


 オレがそう叫んだ時には――敵の銃弾は鹿山さんに迫っていた。


 しかし、ここでも異変は起る。


「〝相手〟の〝得物〟も――〝あたし達〟に〝当たらない〟」


 銃弾はまるでありえない方向へと屈折して、決して鹿山さんやオレには着弾しない。


 敵が何百発発砲し様がそれは変わらず、彼女は続けてこう謳った。


「〝あたし〟は〝得物〟を――〝得る〟」


 途端、彼女が掲げた左手には一丁の銃が出現する。

 彼女はソレをヘリにつき付け、ただこう詠唱する。


「〝あたし〟の〝得物〟は――〝相手〟の〝エンジン〟に〝当たる〟」


 同時に――引き金を六回引く彼女。


 ヘリの操縦者達にとっての悪夢は、この時、起きた。


「な――にッッッ?」


 発砲された拳銃の弾はまるで吸い込まれる様に、ヘリのエンジンに命中する。

 ヘリは力なく中空を彷徨い、操縦不能と見なした彼等は咄嗟に脱出装置のレバーを引く。


 彼女は、鹿山多知は――最後にこう告げた。


「〝アソコ〟に――〝落ちる〟」


 鹿山さんの宣言通りヘリは人気の無い場所に落下して――その身を紅蓮の炎で包んだ。


     ◇


「――まさ、かっ」


 ヘリの操縦者は、無事だ。

 

 脱出した彼等は遠方に飛ばされながらも、中空でパラシュートを開き、徐々に落下している。


 オレは彼等を殺すしかないと思っていたが、鹿山多知は見事にその考えを覆した。

 彼女はその能力を使って、ヘリだけを無力化したのだ。


「それが、きみの能力、か――っ?」


 超能力を見るのは慣れている筈なのに、オレは思わず呼吸を乱す。

 それ程までに鹿山さんの手腕は、流麗かつ辛辣だったから。


「ええ。

 戦闘はこれが初めてですが、どうやら私でも折紙さんのお役にたてたみたいです」


「………」


 けれど、此方を振り返った彼女は、やはりニコリともしない。

 ただ事実だけを述べて、オレを唖然とさせる。


 でも、そうなのだ。


 オレは鹿山さんのお蔭で、人殺しにならずに済んだ。

 恐らく正当防衛が成立するので、親玉に処罰される事はなかっただろう。


 それでも、人殺しは気が滅入る。

 他人の命を罪として背負うというのは、気分がよく無い。


 鹿山さんはそんなオレを――すんでの所で助けてくれたのだ。


「……本当にこれじゃあ、どっちが依頼人か分からねえな」


 まさか、依頼人に救われるとは。

 鹿山さんが超能力者である事は知っていたが、アレはある種の魔法と言って良い。


 それ程までに、彼女の能力は訳が分からない。


 よもや彼女は、言った事を全て実現出来るとでも言うのか――?


 オレとしてはそうとしか思えないが、鹿山さんは否定する。


「いえ。

 まさか。

 私の能力は、そこまで強力ではありません。

 少なくとも――今の所は」


「……今の所は? 

 それって、どういう意味?」


 が、これは愚問である。

 超能力者は、自身の能力を秘匿するのが常識だから。


 万が一にも鹿山さんがオレと戦う可能性がある以上、彼女は自分の能力を説明しない。

 オレがそう確信していると、鹿山さんはこう提案した。


「それより、今はあのヘリの操縦者から事情を聴くのが先かと。

 黙秘さえしなければ、何らかの情報は引き出せる筈です」


「と、そうか。

 素直に本当の事を言うかは疑問だけど、やつ等を捕まえる必要はあるな」


 何せ、街中でも平気で発砲してくる様な危険人物である。

 野放しにはしておけないし、やつ等の目的も知る必要がある。


 果たしてやつ等は、オレと鹿山さんのどちらを狙った? 

 その答え次第では、状況はかなり変わってくる。


 仮に後者だとすれば〝鹿山さんには敵が居る〟という事。

 しかも、ソレはかなり精神的にブッとんだ連中だ。


 鹿山さんの依頼を受けた以上、オレはそんなのと戦わなければならない。


 どうやら――オレの見込みは大甘だった様だ。


 未だに依頼人の素性は分からず、その人間関係さえ掴んでいない。

 これが全て鹿山さんがらみの事件だとすれば、それこそオレは命を懸けなければならない。


 やはり超能力者が依頼主だとロクな事が無いなと、オレは思わず苦笑した。


「………」


 しかし、それでも、オレはもう鹿山多知の依頼を受けてしまった。

 断ったなら、彼女を見放す事も出来る。


 だが、一度仕事を受けた以上、オレには彼女を守る責任がある。

 たった二年のキャリアだが、プロを自称するなら、ソレは当然の事だと言えた。


「………」


 いや。

 ちょっと待て。

 そういえば、この依頼の報酬ってどうなるのだろう? 


 鹿山さんは今の所、記憶を失っている。家の場所も知らないと、自己申告していた。

 

 ……そんな人が、依頼料を払えるのか? 

 彼女は今……お金を持っている? 


 少なくとも十万円位は貰わないと、割に合わない仕事だぞ、コレ。


 オレはその事を確認する為、鹿山さんを呼び止めようとする。

 いや。

 それよりアパートの修繕費を獲得する為にも、今はヘリの操縦者を捕えるのが先?


 オレがそう悩んでいると――もう一度事態が動く。


「あら――やはり超能力者がらみの戦闘があった様ね」


「つ――?」


 唐突にそんな声が聞こえてきて――振り返ってみれば其処には見知らぬ少女が居た。

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