〝あ行〟の人
マカロニサラダ
第1話 鹿山多知
序章
これは地球とは異なる、別の星で起きた物語。
その国には――五十音に及ぶ言葉がある。
それは〝あ〟で始まり〝ん〟で終わる、音節の羅列。
その文字の組み合わせが言葉となり、人と人の間に何らかの意味をもたらす。
それがこの国の言語の仕組みであり、二千年以上にわたって築かれた文化だ。
『神』がソレを面白がったのはほんの気まぐれで、だから彼等はその犠牲者と言って良い。
彼等は今〝言葉を極める為〟に――ささやかな争いを始めようとしていた。
1 鹿山多知
この世界には――少なからず超能力者というものが存在している。
かく言うオレもその一人で、オレが〝何でも屋〟なんて物を始めたのもその為だ。
人捜しから迷い猫の捜索に、引っ越しの手伝いなんて事もこなしてきた。
偶に殺人事件の調査なんて事もやっているが、探偵と言えるほど大した仕事はしていない。
いや、それより厄介なのは――やはり超能力者が関与している事件だろう。
この星の原則として、超能力者が率先して一般人を殺害する事はない。
それがこの星のルールであり、何者も破る事が出来ない決まりである。
何でそんな事になっているかと言えば、超能力者達の親玉がそう決めたかららしい。
オレも自身の能力に目覚めた時、脳内にそんなルールがインストールされてきた。
彼女達に言わせれば超能力者が一般人を殺めるのは、大人が乳飲み子を虐待死させる様な物とか。
つまりは一方的な殺戮であり、ゲロッ気を催す行為その物だと言う。
確かにオレも、大の大人が乳飲み子を虐待する様は、見ていて気持ちがいい物ではない。
いや。
今は冷静ぶっているが、実際にその光景を見たら、或いは殺意が湧くかも。
よって超能力者は、自衛の時にのみその力を使う。
一般人に害されそうになった時、彼等は己が身を守る為、超常なる力を使用するのだ。
その辺りは、一般人のルールと変わらない。
正当防衛や緊急避難的な理由さえあれば、一般人も他人を害する事があるから。
しかし、そこには大いなる陥穽があった。
オレにとっては、はた迷惑とも言えるルールも存在しているのだ。
あろう事か、この星の親玉は――超能力者同士の戦いは禁止していないのである。
昔はルールがあったらしいのだが、今は綺麗に撤廃されている。
超能力同士なら殺し合いもアリで、一般人さえ巻き添えにしなければ良いらしい。
いや。
当事者の一方が親玉に泣きついて保護される事もある。
だが、理不尽な事に、ソレは超能力の放棄を意味している。
戦意がない超能力者は超能力を持つ意味がないと見なされ、その力を親玉に封印されるのだ。
一般人と変わらない存在と化したその人物は――だから超能力者に害される事は無くなる。
こういったトラブルを避ける為に、超能力者は自身が超能力者である事を隠す。
超能力者に超能力者である事が知られたら、何が起るか分からない為だ。
親玉が超能力者同士の殺し合いを禁止していない以上、それは必要不可欠な事。
自身が不利益を被らない為の、当然の行為と言える。
つまりは、そういう事だ。
そう言った事情もあり――オレの〝何でも屋〟には物騒な依頼がある時がある。
何せ親玉を頼るという事は、能力を失うというデメリットがあるから。
だが、自分と同じ超能力者を頼るなら、話は別だ。
オレの様な職種の人間に加勢を頼めば、依頼主の立場は俄然有利になる。
要するにオレも、超能力者同士の殺し合いに巻き込まれるという事。
時と場合によっては、何の恨みも無い超能力者と戦う羽目になる。
オレが厄介だと言っているのはそういう意味で――この仕事は或る意味命懸けなのだ。
その為、オレは滅多にその手の仕事は受けない。
適当な理由をつけて、大体断っている。
そのヤル気のなさは噂となって大分広まっている筈なのだが、その日は別だった。
オレはその人物を見て――まず目を疑う。
「………」
「――鹿山多知といいます。
――宜しくお願いします」
――美少女だった。
誰がどう見ても――美少女様だった。
オレもこの仕事を始めて二年になるが、こんな美少女様が客として来た事は無い。
オレはある種の感動を覚えながら、対面のパイプ椅子に座る彼女に確認する。
「……え?
マジで?
きみも――オレと同じ超能力者?」
それは正に、今どきの女子高生だ。
長い髪を背中に流し、セーラー服を着た彼女は、スカートが短い。
そのくせ折り目正しく黒のハイソックスを履いていて、もう存在その物がエロい。
生きたエロ本とすら言えるその人物は――ある意味最強と言えた。
しかもその髪の色は水色である。
浮世離れしたその髪の色が、また彼女を際立たせている。
気になる点があるとすれば、彼女がニコリともしない事だろう。
オレはこの時点で、鹿山多知さんを、クールビューティーだと決めつけた。
え?
どうでもいい情報を、ありがとうございます?
いえ、いえ、お礼なんてそんな。
「えっと。
どうかなさいましたか?」
オレの様子がそれほど不審だったのか、鹿山さんは首を傾げる。
未だに動揺を隠せないオレは、手を振って何とか誤魔化す。
「……いや、何でもないんだ。
そう。
何でも無い。
何かがある訳が、無いんだ」
「………」
否。
誤魔化し切れなかった。
逆に、更なる不信感を招いただけだった。
切れ長の目をした彼女は、まるで表情が欠落した猫の様な視線をオレに向けてくる。
「そうですか。
何でもないなら、よいのです。
で、依頼内容なのですが、お話しても構いませんか?」
「………」
え?
もしかして、今ので誤魔化せた?
彼女はオレの邪な気持ちに、気づいていない?
だとしたら、実に無防備な少女と言える。
この人、他人が自分の事をどういう目で見ているのか、分かっていないのだろうか?
「……ええ。
結構です。
話を聴くだけならタダなので、話すだけ話してみて」
オレがつい本音を漏らすと、鹿山さんはキョトンとしてから、頷く。
「実は――私がある人物に奪われたある物を取り返して欲しいのです」
「ある人物に奪われた物を……取り返す?」
言っている意味は分かるが、要領は得ない。
超能力者がらみの事件では、よくある事である。
「はい。
端的に言うと、私もそれが何であるか分かりません。
ただ私にとっては重要で――他人様にとっては酷く危険な物の様なのです」
「………」
血なまぐさい臭いがしてきた。
要領どころか、今度は言っている意味が分からない。
「……えっと。
それはつまり、鹿山さんは記憶喪失という事?
記憶の一部を失っているって言っている?」
分からないなりに、オレはそう解釈する。
鹿山さんは、普通に首肯した。
「ええ。
実は私――自分の名前と能力以外なにも分からないんです。
自分の家や、どこの高校に通っているかさえ、知りません」
「………」
これは、中々の難物がやって来た。
名前と能力以外、何も分からない?
この場合、まず警察に行って、身元を確認する方が先なのではあるまいか?
「というか、そんな人がなぜオレの所に?
オレの事務所なんて、ホームページで宣伝している位なんだけど?」
お蔭で仕事の依頼は、一日に一件あるかないか位である。
それでも世間の噂とは怖い物で、オレが超能力者関係の仕事も受けていると知られている。
いや。
前述通り、ある事情があって滅多に受けないんだけど。
「はい。
それは私のポケットに、こんな物が入っていたからです」
鹿山さんがスカートのポケットに手を入れ、〝こんな物〟とやらを取り出す。
彼女が手渡してきたソレを見て、オレは眉をひそめた。
「はぁ。
これは、オレの事務所の住所と電話番号が書かれたメモだね。
つまり鹿山さんはコレを頼りにして、ここまでやって来た?」
後、字が汚い。
大量のアルコールを摂取した人間が、書いた文字としか思えない。
「実にその通りです。
多分、私が書いた物ですが、残念ながら書いた記憶も無いんです」
「………」
こんな綺麗な子が、こんな汚い文字を書くのか?
それは或る意味、生ゴミに添えられた一輪のバラを連想させる現象だ。
意外性が、ありすぎだろう。
「で、記憶が一切ない私としては、御社を頼る他なかったと言う訳です。
ご迷惑だったでしょうか?」
そうは口にしながらも、鹿山さんに悪びれた様子は見られない。
飽くまでクールに、どこまでも礼儀正しく、彼女は問い掛けてくる。
オレは腕を組んでから一考し、こう返答した。
「いや。
迷惑というか、ちょっと意味が分からない。
解釈によっては、オレをハメる為の罠としか思えないのだけど、その辺りはどうなのさ?」
「………」
これでも、超能力者の事件に首を突っ込んでいるのが、オレである。
超能力者の誰かに恨みを買っていても、おかしくはない。
その誰かが、オレを訳の分からない事件に巻き込もうとしている。
この場合、そう考える方が正しいのでは?
オレはそう確信して、鹿山さんもやはり真顔で頷く。
「……成る程。
確かに、そう判断する事も出来ますね。
即ち、敵は私を囮に使ってあなたを誘い出し、亡き者にしようとしている?」
「………」
どうでもいいけど、この人、本当に他人事の様な口調だな。
〝他人にとっては酷く危険〟という話も、まるで感情がこもっていなかったし。
「分かりました。
では、仕方がありません。
私は、お暇させていただきますね」
オレの言い分を鵜呑みにしたのか、鹿山さんは平然と立ち上がり、この場を去ろうとする。
……てか、エロい!
座っていてもエロいのに、立ち上がると余計エロい!
身長百六十センチ程の彼女の足は長く、その太モモは余りに眩しい。
その上、巨乳という圧倒的事実。
このエロ過ぎる服が正装で、葬式にも出られるというのだから、驚きである。
「……いや。
ちょっと待とう、鹿山さん。
ここは……冷静になる事が先決じゃないかな?」
今一番冷静では無い人間が、他人様に冷静さの重要性を説く。
女子高生に圧倒さえつつも、オレは何とか平常心を保とうと頑張った。
「確かにこの構図は罠の臭いがプンプンするけど、決めつけるのは早いと思う。
そう結論するのはオレ達が一緒にこの事務所を出て、狙撃された後でも遅くない筈だ」
いや、遅いけど。
普通の人間では、その時点でバッドエンド間違いなしである。
だが、ここで全てを投げ出せば――オレと鹿山さんの接点は無くなる。
このエロ女子高生(?)は頼る人間が居なくなり、あらぬ行動に出るかもしれない。
ソレを避ける事が出来るのは――今の所オレだけなのだ。
余りにアホすぎる理由だが、間違った事は言っていない筈。
オレは人として、色んな意味で正しい筈なのだ。
「えっと、それはつまり私の依頼を受けて下さるという意味?」
やはりキョトンとしながら、鹿山さんは訊いてくる。
本当に危機感が無い人だなと思いながら、オレは胸を張った。
「そうだね。
先ずはオレの知人に、連絡してみよう。
ヤツなら鹿山さんの身元を、割り出せる筈だから」
然り。
最初にするべき事は、鹿山さんが誰なのか特定すること。
鹿山さんの身内を捜し出して、彼女を保護してもらう事が先決である。
そう確信するしかないオレは――当然の様に赤衣与一に連絡した。
◇
どうやら、オレは自分で思っていた以上に親切だった様だ。
普通なら間違いなく不審に思うであろう鹿山さんの依頼を、受けたのだから。
いや。
自分の名前と能力しか分からない彼女を、このまま放り出す訳にはいかない。
しかも、オレには鹿山さんの身元を特定する方法がある。
ならば、オレはこの方法に縋る以外なく、この手段に賭けるしかない。
こういうのを他力本願と言うのだろうが、今は仕方が無いと割り切るしかないだろう。
「と――その前にお名前をお訪ねしても宜しいでしょうか?」
肝心な事を訊き忘れていたとばかりに、鹿山さんが手を上げる。
オレは、普通に返答した。
「オレ?
そういえば、まだ自己紹介もまだだっけ。
オレは――上紙折紙。
変わった名前でしょう?」
「うわがみ、おりがみさんですか。
……それは運がいいというか、何と言うか」
ボソリと、鹿山さんが何かを呟く。
よく聞き取れなかったオレは、そのまま携帯で与一に連絡を入れる。
返事は直ぐにあって、ヤツは相変わらず気怠そうな声を上げた。
『何すか、折紙先輩?
つーか、今、授業中なんですけど。
もしかして、先輩、俺に喧嘩売っています?』
「まさか。
オレがオマエに喧嘩を売って、何の得がある?
オレは何時もの通り、オマエにお願いしているんだ。
大事な依頼人の、身元を調べてくれって」
『依頼人?
先輩、仕事が入ったんですか?
それも全て俺がつくったホームページのお蔭だって、本当に分かっています?』
何時もの様に憎まれ口を叩きながら、与一は鼻で笑う。
オレはヤツを黙らせる為に、奥の手を使った。
「と、鹿山さん、悪いけどきみの写真を撮って知人に送って良いかな?
その方が、話が早く纏まりそうなんだ」
「ええ、構いません」
「………」
即答だった。
やはり、危機感の欠片も無かった。
そうは思いつつも、パイプ椅子に座りなおした鹿山さんを、オレは携帯で撮影する。
それを与一の携帯に送ると、ヤツは想定通りの反応を見せた。
『――はっ?
何すか――この美人さんっ?
先輩の依頼主って、この美人さんなんですか――っ?』
「そういう事だ。
困った事に、その美人さんは自分の名前しか覚えていないらしい。
つまり身元を特定して欲しいって事だが、出来そうか?
因みに名字は、鹿に山と書いて、鹿山。
名前は、多いに知識の知と書いて多知。
写真の通り、恐らく学生だと思う」
『……それは出来ますけど、その代り――この美人さんと握手させてください!』
「………」
生き生きとバカげた事をほざく、与一。
お蔭で、今度はオレが鼻で笑う。
「却下だ。
いいから、さっさと仕事に移れ。
オマエは精々その写真を使って、自家発電に励むが良い」
『……えー。
別にオデコを舐めさせてくださいって言っている訳じゃないんだから、良いじゃないですか』
「……フザケルナ。
つーか、アホか?
クズか?
変態か?
それが、まだ会った事さえない女子に対する要求か?
いい加減、ブチ殺すぞ」
超能力者でも、超能力さえ使わなければ、一般人も殺せるしね。
赤衣与一はそろそろ、この世から追放した方がいいのかもしれない。
いや。
そうなると親玉ではなく、警察に目をつけられて投獄される恐れがあるのだが。
『というか、今のは軽いジョークなんですから、本人には絶対言わないでくださいよ?』
「相変わらずオマエの冗談のセンスは、最悪だな。
普通に気持ち悪いって、分かって言っているか?」
軽口を叩き合う間も、与一はノートパソコンを使って仕事をしている(と思われる)。
ただ授業中だと豪語しながら、ヤツがどうやって仕事をしているかは、謎だった。
『ん? アレ?』
その与一が、何やら疑問符を投げかける。
ヤツは何時もの調子で、とんでもない事をぬかした。
『いま文部科学省のスパコンをハッキングしたんですけど、高校生では該当者は居ませんね。
同姓同名は十人居ますけど、みな字が違います』
「………」
オレとしては先ず、政府の情報機関にハッキングしている事を問題視したい。
けれど、それは毎度の事なので、今は気にしないでおく。
問題は――鹿山多知と言う名の女子高生はこの世に存在しないという事だ。
『……と言う事は、彼女のセーラー服はコスプレ?
実は高校生では無い、謎の人という事?』
尚もパソコンを弄りながら、与一は独り言の様な問いかけをする。
いや。
ヤツはその疑問を自答していた。
『……って、今度は総務省のスパコンにハッキングしたんですけど、やはり該当者は零。
現在マイナンバーカードを取得した人間の中に、鹿山多知という女の子は居ません』
「……そうか。
分かった。
ご苦労だったな。
じゃあ、謝礼は鹿山さんの写真と言う事で」
『そっちこそ、舐めているんですか?
これは、アレですよ。
彼女が穿いたブルマぐらい貰わないと、割に合わない仕事です』
「………」
この男は、本気で言っているから頭が悪い。
いや。
ある意味天才の筈なのだが、コイツはオレの目から見ても普通に気持ちが悪い。
「はぁ。
結局身元を特定出来なかったのに、それだけデカイ態度をとれるのも、或る種の才能だな。
いいから、写真で満足しておけ。
もしオマエに運があれば、そのうち実物に会えるかもしれないしな」
これ以上会話をしていても時間の無駄だと判断して、オレは通話を切る。
オレはパイプ椅子の背もたれに寄りかかりながら、嘆息した。
「いや。
悪い、鹿山さん。
アレだけ大口を叩きながら、成果は無しだ。
どうやらきみは、オレが思っている以上に、謎の人らしい」
オレは鹿山さんに、与一の調査結果を説明する。
が、鹿山さんは首を横に振った。
「いえ。
成果ならありますよ。
成果が零というのが、成果です。
少なくとも、私はどの高校にも在籍していない事は分かりました。
そして、マイナンバーカードの取得者にも該当者は居ない。
なら、まだマイナンバーカードを取得していない人間を、調査すればいいのでは?」
「……成る程」
現在、マイナンバーカードの普及率は五割ほどらしい。
つまり、マイナンバーカードを申請していない五割の方に、鹿山さんが属している線は濃厚だ。
普通に考えれば、鹿山さんの発想は極自然な事だと言えた。
どうやらオレは、与一との通話を切るのが早かった様だ。
よって、今度はその辺りを与一に調査させる為、また携帯で連絡を入れ様とする。
その時――事態は思わぬ方向に進む。
見れば何かの轟音が響いていて、ソレが此方に近づいて来る。
何だろうと思った時には――軍事用のヘリがオレのアパートに隣接していた。
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