第3話 紫雨華南

     3 紫雨華南


 超能力者がらみの――戦闘。


 少女の口からそんな言葉が漏れた事で、オレは速やかに臨戦態勢をとる。

 少女の存在に気付いた鹿山さんも、眉間に眉根を寄せて気難しそうな顔をしていた。


 それも、当然か。


 世間に対しては秘匿対象にされている超能力者の存在を、少女は平然と認めたのだから。

 それはこの少女も超能力者である事を、雄弁に物語っている。


 ならば、オレや鹿山さんがこの少女を警戒するのは、極自然な事だ。

 

 それは癖のある茜色の髪を、サイドアップにした、十七歳位の少女である。


 勝気そうなその表情は躍動感に満ちていて、物静かな鹿山さんとは対照的だ。


 黒の短パンにニーソを履いた彼女は、燈色のジャケットを纏っている。


 どこか挑発的な彼女は、当然の様に余裕に満ちた笑みを浮かべた。


「でも、野次馬に来たのは迂闊だったかも。

 仮にあなたと其処の彼女も能力者なら、私はあなた達に敵視された時点で終わりだもの」


「………」


 表情とは裏腹に、ずいぶん殊勝な事を言う。

 けれど、まともに考えるなら、そうなのだ。


 オレにはまだ切り札があって、鹿山さんの能力も底知れない。

 あの少女が真っ当なら、そんなオレ達を同時に相手にする事は無いだろう。


 そうは思いながらも、オレは尚も警戒を強める。


 理由は単純で――あの少女が一人だとは限らないから。


 実は少女の仲間が何処かに潜んでいて、奇襲の機会を窺っている可能性もある。

 その人数が三人以上だと、或いは不味いかもしれない。


「しかも、どうやらそっちのあなたはプロみたいね。

 既に、私に仲間が居る可能性も考慮している」


「………」


 オレを一瞥しただけで、少女は此方の思惑を看破する。

 洞察力が優れている少女は、当然の様に、オレを混乱させた。


「そうね。

 私はこの場に超能力者が何人居るか分からないのだから、私が一人で来る筈がない。

 伏兵は戦術の基本だから、私が仲間を何処かに配置していても、おかしくない」


「………」


 つまり、少女にはオレ達と戦う意思があるという事? 

 ならば、ここは先手をとって、少女を強襲するべきか?


 いや。

 それ以前に彼女は何故こうも好戦的なのか? 

 例え少女が能力者だとしても、オレ達と少女が戦う理由などある?


「そうですね。

 先ずは、その辺りをハッキリさせましょう。

 あなたは――私達の敵ですか?」


「………」


 今まで黙っていた鹿山さんが、正面から切り込む。

 その率直すぎる質問を前にして、少女は一笑した。


「いえ。

 実は途中から観ていたのだけど、あなた――〝あ行使い〟よね?」


「……〝あ行使い〟?」


 オレが眉をひそめると、少女は肩を竦める。


「どうやらそっちの人は、まだあなたの正体を知らないみたい。

 それで協力関係を結んでいると、言えるかしら? 

 それとも、ただ惚けているだけ?」


 が、鹿山さんはその質問には答えず、別の問いかけをする。


「そういうあなたは――私と同種の能力者ですね? 

 何を使うかは分かりませんが、私が何者か知っている以上、そういう事になる」


 少女は、嬉々として頷いた。


「――正解。

 私もあなたの、同業者みたいな物ね。

 いえ。

 これ以上からかうと変な誤解をされそうだから、そろそろ本題に入るわ。

 私の名前は――紫雨華南。

 あなた――私と手を組まない?」


「あなたと、手を組む?」


「そう。

 恐らく私達が力を合わせれば、更に複雑な術式が組めるわ。

 私も同業者と会うのは初めてだから、保証は出来ないけど、多分そう。

 この戦いを勝ち抜くには、それも手だと思えるのだけど、どうかしら?」


「………」


 あの少女と、手を組む。

 思わぬ申し出を受け、オレはやはり判断に迷う。


 オレにはあの少女が事実を言っているのか、それとも何か企みがあるのか、分からないから。


 オレが一手判断を誤るだけで、雇主である鹿山さんに危険が迫る。

 そう考えると、オレは更に少女と会話を重ね、少女の本心を見極める必要がある。


 オレがそう思っていた時――鹿山さんが駒を進めた。


「では、この条件でも同じ事を言えますか? 

〝あなた〟は――〝嘘〟を〝言えない〟」


「―――」


 途端、少女はキョトンとする。


 それから歯を食いしばって口角を上げ――堂々と喜悦した。


「フフフ、ハハハハハ! 

 やはり、そうきた、か。

 どうやら、頭の回転は悪くなさそうね。

 いえ。

 やはり〝あ行使い〟は――厄介だわ」


 それが――戦闘の幕開けになる。


 少女、紫雨華南は――思わぬ事を告げたのだ。


     ◇


「〝真空遮断〟」


「―――」


「〝水素爆発〟」


「つっ! 

 ――〝落とし穴〟に〝落ちる〟」


 二人の少女が、同時に能力を発動する。


 結果――確かに多知達が居た場所で水素爆発が起きる。

 

 爆炎が中空の酸素を燃やし尽くし――あらゆる物を焼却する。

 

 少なくとも――ビル位は粉々に出来る規模の爆発。

 

 しかし――あろう事かソレを多知達は避ける。


 多知は咄嗟に、自分達の下に〝落とし穴〟を作って落下したのだ。

 

 爆発は通常、四方と上にエネルギーが向く。

 よって、下へと落ちた多知達は、ノーダメージで〝水素爆発〟をやり過ごす。


 けれど、紫雨華南の攻撃は続く。

 彼女は躊躇なく、こう詠唱した。


「〝指向性爆発〟」


「―――」


 結果、その爆発のエネルギーは――物理法則を無視して下へと向かう。

〝落とし穴〟に〝落ち〟――逃げ場を失った多知と折紙に爆炎が迫る。


 正に、必殺の一撃。


 最早、避ける事が出来ない、死神のカマ。

 

 だが――鹿山多知は飽くまで冷静だ。


「〝穴〟を〝移動〟。

〝淡い明かり〟」


 多知がそう唱えた途端、右方に新たな穴が出来て、多知は折紙の手を引いて其方に逃れる。


 いや。

〝淡い明かり〟に照らされた多知は、更に詠唱を重ねる。


「〝穴〟は〝あらゆる所〟に〝ある〟」


 彼女は地下に迷路をつくり出し、その中を自在に移動する。

 今はその後を追うしかない折紙は、一つの疑問を多知に投げかけた。


「――って、やっぱりあいつはオレ達の敵って事か? 

 まさかあのヘリの雇主も、あの女?」


「それは、私にも分かりません。

 ただ――彼女の攻撃はこんな物ではないでしょう」


「へ?」


 いや。

 それはおかしい。

 恐らく、紫雨華南は、地下に潜伏した多知達を見失った筈。


 姿が見えない以上、紫雨華南に多知達を攻撃する術は無いだろう。


 仮にあっても、自分達は今地下と言う防御壁に囲まれているのだ。

 紫雨華南の攻撃を防御するのは、容易いと言えた。


 が、その折紙の確信を――紫雨華南は容易に打ち破る。


「〝そいつ等〟の〝心臓〟に――〝ソレ〟が〝刺さる〟」


 地下に居る折紙達は、紫雨華南がそう唱えた事を知らない。


 よって、自分達に向かって無数のナイフが飛んできたのを見て、折紙は素直に驚く。


「……誘導系の能力っ? 

 このナイフは――自動追尾でオレ達を追っているのか!」


 いや。

 それ処か――件のナイフは標的の心臓に刺さるまで追跡を止めない。

 それだけの意味が件のナイフには込められており――正に必中の業と言える。


 その事を知らない折紙はナイフを叩き落そうとして、その前に多知は詠唱した。


「〝あなた〟の〝得物〟は――〝あたし達〟に〝当たらない〟」


 結果、紫雨華南のナイフは標的を見失い、遥か後方へと飛んでいく。


 その事を察知した紫雨華南は、また一笑した。


「やはり、手強い。

〝そいつ等〟の〝心臓〟に――〝ソレ〟は〝刺さる〟」


 同じ攻撃を繰り返す、紫雨華南。

 鹿山多知も同様の防御を為して、敵の攻撃を防ぐ。


「不味い、ですね。

 こうなると、消耗戦になる一方です。

 敵は誘導兵器を使って私達を攻め、私はソレを防御するしかない。

 いえ、敵がアレを使う前に、なんとしても仕留めないと」


 十二度目の攻撃を避ける、多知達。

 折紙は、多知に質問を重ねる。


「なら、この穴から出て、奇襲をしかけるか? 

 背後から攻めれば、或いはいけるんじゃ?」


「どうでしょう? 

 敵には〝水素爆発〟がありますから、この穴から出た瞬間、返り討ちにあうかも」


 しかし、多知には迷っている暇はない。

 彼女の様子を見て、折紙もそう悟る。


「だったら――ここは二人である事を有効に使うべきだ」


「―――」


 上紙折紙はそう提案して――鹿山多知は眼を開いた。


     ◇


 決着の時は――早くも訪れた。


 その瞬間、多知はこう唱えたのだ。


「〝あたし〟は――〝相手〟の〝居場所〟を〝窺う〟」


 次に、彼女はこう詠唱する。


「〝穴〟が〝空き〟――〝あなた〟は〝上〟に〝上がる〟」


 途端、紫雨華南は息を呑む。


「な、にっ?」


 自分の眼下に穴が開き、そこから上紙折紙が〝上がってきた〟から。

 折紙はその勢いに乗って、紫雨華南にアッパーを入れようとする。


 ソレを紙一重で躱しながら、彼女は敵の狙いを知る。

 紫雨華南は、上紙折紙の役割は、陽動だと理解する。


 事実――それは起きた。


「〝そいつ等〟の〝心臓〟に〝ソレ〟が〝刺さる〟」


「〝あなた〟の〝腕〟は――〝上がらない〟」


「つっ!」


 よって、紫雨華南の腕は上がらず、ナイフを投擲出来ない。

 その僅かな隙をついて、多知はその韻を謳う。


「〝あなた〟に――この〝得物〟は〝当たる〟」


「ちっ!」


 それは――紫雨華南と同種の業だ。

 紫雨華南のナイフを一本所持した多知は、彼女に向け、そのナイフを投擲する。


 ナイフは紫雨華南の背後に空いた穴から発射され、彼女の右肩を抉る。


 その痛みを受け、意識を点滅させる紫雨華南は、大きく息を吐いた。


「……やはり、二対一では勝負にならない、か。

 でも、いいわ。

 今日の所は、私一人でどこまで出来るか試しただけだから。

 でも悔しいのは確かだから――私も置き土産位は残さないと」


「―――」


 自身の劣勢を知りながらも、紫雨華南の余裕は崩れない。


 その瞬間、上紙折紙は鹿山多知の忠告を思い出す。


〝いいですか。

 敵の気を引いたなら、その時点で折紙さんは身を隠してください。

 また穴に潜って、敵の視界から逃れて〟


 が、紫雨華南の傷は浅い。

 このままでは同じ事の繰り返しになるのではと思い、折紙の反応は一瞬遅れる。


 その間に――紫雨華南の最大奥義が炸裂した。


「――〝紫雨〟は〝そいつ〟を〝始末する〟――」


「……な、は……っ?」


 紫雨華南は上紙折紙を見て、指をさし――その詠唱を唱える。


 結果――ソレは事実となって折紙の意識に浸透した。


「がはァ―――っ!」


「――折紙さんっ!」


 あの冷静沈着な鹿山多知が――初めて焦燥の声を上げる。


 だが、全てはもう手遅れで――この時点で上紙折紙の心拍は完全に停止した――。

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