第二十一話【言葉を喰む辞典】

 言葉とは、奇妙なものです。

 定義され、分類され、記号として我々の中に刻まれていく。

 けれど──本当に、私たちは“それ”を理解して使っているのでしょうか?


 名づけるという行為には、“支配”と“召喚”という、相反する力が含まれています。

 意味を与えた瞬間、私たちはそれを記憶に宿すと同時に、心のどこかに“置いてしまう”のです。

 言葉を知るということは、時に“それ”に気づかれるということでもある。


 さて。語らせてもらいましょうか。

 これは、ある辞典にまつわる話です。




 その辞典は、しじま堂の入口の足元に置かれていた。

 夜明け前、まだ灯りをつけていなかったはずの帳場に、妙に重たげな気配を感じて顔を上げたとき──既にそこに“あった”。


 漆黒の革装丁。厚みは十センチ以上、辞書というより封印された記録媒体のような威圧感がある。

 表紙の中央には銀の文字でタイトルが刻まれていたが、それが何と書かれているのかは、読めなかった。


 いや、「読めなかった」ではない。

 見えてはいるのに、認識できないのだ。

 文字の形は確かにそこにあるのに、脳が言葉として理解するのを拒んでいる。

 声に出そうとすれば舌がもつれ、じっと見つめればまぶたが痙攣するような不快感に襲われる。


 藤堂は革手袋越しに辞典を持ち上げ、帳場へと運んだ。

 表紙に触れても熱や冷たさは感じられず、ただじんわりと指先が痺れるような感覚だけが残る。


 辞典を開くと、ぎっしりと詰め込まれた罫線と小さな文字。

 AからZまでのインデックスは一応存在していたが、ところどころ並び順が狂っている。

 Bの次がR、その隣にF、X、そしてまたB──まるで誰かの記憶を無理やりページに押し込んだような配置だった。


 藤堂はランダムな一頁を開いた。


【ソネンガ】

意味:夜間、背後に現れる模造された名前。

用法:「昨日、ソネンガに呼ばれた気がして振り返った」

備考:正しい呼称を失った個体に、ソネンガは強く反応する。


 意味があるようで、ない。

 造語だ。けれど、なぜか既視感がある。

 たとえば夢の中で聞いたような、子供の頃に聞かされた呪いの遊び歌の一節のような……そんな、記憶の奥にこびりついた音に似ていた。


 試しにもう一つページをめくる。


【ヤルヴ】

意味:物の名を失った者が最初に見る形。

用法:「彼は、ヤルヴを見てから戻ってこなかった」

備考:視認した時点で名づけが解除される。


 また、意味のわからない単語だ。

 だが、意味は……なんとなく、わかる。

 読んでいくうちに、まるでその言葉がもともと自分の中にあったもののように馴染んでくる。

 妙な心地よさと同時に、嫌なことに気づく。


「……あれ。これ……なんて名前だったっけ?」


 目の前の湯呑み。いつも使っている、朱の縁が入った磁器の器。

 その名前が、どうしても思い出せない。

 湯呑み……いや、もっと馴染み深い呼び方があったはずだ。

 何十年と呼び続けてきた、ごく自然な言葉。舌の先まで来ているのに、出てこない。


 その瞬間、藤堂はようやく異変の本質を悟った。


 この辞典は、言葉を“覚えさせている”のではない。

 その代わりに、別の言葉を“喰らっている”。


 ページの隅に、小さな赤黒い文字が滲んでいた。


「これは“記憶の再配列”ではありません。

 これは“語の喰替え”です。」


 翌朝、藤堂は目覚めてすぐ、違和感に気づいた。

 空間は見知ったしじま堂のはずなのに、目に入るものに「名前」が結びつかない。


 あれは……棚? 違う。もっと正確な呼び方があるはずだ。

 これは机? いや……箱? 違う、違う。

 口の中に言葉が浮かびかけては、泡のように弾けて消えていく。


 日常の世界が、言葉の輪郭を失い始めていた。


 思い直したように、昨夜の辞典を開く。

 最初の数ページは確かに読んだ覚えがある。だが、そこに書かれていたはずの単語は空白になっていた。

 文字が滲み、消えかけた墨跡だけが残る。


 代わりに、別のページに新しい単語が追加されているのに気づく。

 どれも見覚えのない、けれどどこか懐かしい……いや、元から知っていたような感覚を伴う語ばかり。


【グルオム】

意味:言葉を失った空間に現れる反射。

用法:「彼の目の前に、グルオムが現れた」

備考:目を合わせた瞬間、記憶の最も深い“定義”が書き換えられる。


 そして──最後のページに、藤堂の名前が書かれていた。


【とうどう・しんま】

定義:古書を通じ、言葉の代償を支払う者。

状態:侵食中(残語数:11)

補記:「次に開いた者へ“語”が継承される」


 藤堂は、息を止めた。

 自分の“語彙”が、辞典の中で管理されている──そういう理解が、否応なく脳内に刻まれる。


 その瞬間、後ろの棚で何かが軋んだ。

 何者かがいる。

 ……いや、“ある”。


 名前のないもの。言葉を持たないもの。

 だが、“こちら”には気づいている。


 その気配が近づくたび、思考がうまくまとまらなくなる。

 「本」、「灯り」、「机」、「椅子」──知っていたはずのすべてが、溶けていく。


 まるで言葉が奪われるごとに、現実そのものが解体されていくかのようだった。



藤堂は、震える手で辞典を閉じた。

ぴたり、と気配が遠のく。

しかし、それは逃げていったのではない

──名前を得る機会を、じっと待ち伏せているだけだ。







 言葉とは、便利で恐ろしい道具です。

 名前を与えることで、私たちは世界を切り分け、理解した“つもり”になります。

 ですが、それは同時に──名前を失えば、存在さえ曖昧になるということ。


 辞典とは、言葉を記録し、定義し、縛るための本。

 けれどこの一冊には、逆の意志が宿っていました。

 定義ではなく“侵食”を、記録ではなく“喰らう”ことを目的とした書。


 語を奪われることは、記憶を剥がされることに等しい。

 そして、記憶が失われれば、私たちは“何者でもない存在”になっていく。


 ……今夜の辞典には、まだ幾つかの空白ページが残されていました。

 そこに何が記されるかは、わかりません。

 けれど、私はその言葉たちを、忘れないように語り続けるのです。

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