第7話 産み出された虚像
「……どうして制度の外で、そんな“再現”を許したんですか」
真帆の声は震えていた。怒りではなかった。
それは、自分の中の“倫理”が揺らぎはじめていることへの恐れだった。
都庁内、非公開の内部通報室。
真帆は制度監査室の担当官と向き合っていた。
響が擬似死プログラムに参加した直後に、彼女は京子の行動を“制度の逸脱”として報告した。
だが、返ってきたのは、冷ややかな事務的回答だった。
「佐伯氏の行動は、現行法上は違法ではありません。擬似死体験施設での“カスタム演出”は本人同意のもと実施されていますし、死には至っていない。
代理自殺制度と直接の関係性は認定できません」
「彼女は“死の直前に苦しみを与えろ”と要求していたんです。
復讐です。制度を利用した悪質な行為です!」
担当官は小さくため息をついた。
「日向さん、気持ちは分かります。
でも、制度が“死の自由”を認めた以上、その死の意味づけをどこまで制限できるかは……極めてグレーです」
制度は中立ではない。
制度は「人間の感情」を内包する限り、常に誰かに利用される。
真帆はそれを知っていた。
知っていて、ここにいる。
けれど。
「彼は……岸本響は……妹に、似てるんです」
その一言が、不意に口をついた。
「茜に。……最期の表情も、声も、すごく……」
そこで、言葉が詰まる。
涙は出なかった。ただ、内臓のどこかが“へし折れる”ような感覚だけが残った。
そして――その夜。
響は目を覚ました。
***
最初に気づいたのは、指先の痛みだった。
次に、喉の奥の乾き。
薄暗い部屋。白い天井。見知らぬベッド。
彼は、ゆっくりと起き上がった。
体は軽い。意識ははっきりしている。
だが、記憶が断片的だった。
自分が誰なのか。
どうしてここにいるのか。
それは分かっていた。“岸本響”だからだ。
けれど――どこかで“誰か”が、もう一人、自分の中にいたような気がする。
ベッドサイドには、一枚の手紙が置かれていた。
「ようこそ、“終わり”の部屋へ。
あなたは贖罪を受け入れ、証明しました。
次にあなたがすべきことは、“理解者の前で沈黙する”ことです。」
意味の分からない言葉だった。
だが、彼の中の“何か”が、その一文を“正しい命令”として受け入れた。
***
真帆は翌日、響と直接の再面談を許可された。
都内の簡易寮に移された彼は、整った身なりで待っていた。
「こんにちは、響くん。体調はどう?」
「……はい。大丈夫です」
その声は確かに、響の声だった。
だが、違和感があった。微細な所作が、変わっていた。
いつも少し歪んでいた笑みが、完璧な左右対称になっていた。
まるで、誰かの演技を見ているような感覚。
「……君は、君自身よね?」
真帆が問いかけると、響はゆっくり首を傾げた。
「僕は、“僕であるように”育てられたものです。
日向さん。あなたの妹さんも、きっと“そうだった”んですよね」
その言葉に、背筋が凍る。
「どうして……そのことを……」
「夢を見たんです。
“誰かが誰かを作っていた”夢。
名前のない子供が、誰かの罪を背負うように調教される夢。
それはたぶん――僕の記憶です」
響の目が、真帆をまっすぐに見ていた。
その瞳の奥には、“他人の言葉をしゃべる子供の魂”が確かにあった。
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