第3話 さいご
朔夜はゆうべ来た道を反対に歩きながら、花澄のことを考えた。
「そっか…。なら最後くらい、わがまま言ってもいいのかな。」
彼女の言うわがままとは何なのか。最後とは何の最後なのか…。川辺を過ぎて、墓地の前に差し掛かったそのときだった。
(最後って、最期か…!)
気づいた瞬間にはもう、朔夜は走り出していた。あの人が人間なら死ぬ時なんてわからない。患っていたとしても、いつが最後になるかなんてわからない。ならあの人は、自殺を迫られているんじゃないか?それなら自分が助けてあげたい、上手くいかなくても、せめて気持ちだけでも伝えられたら…!
ついさっき、花澄と別れた場所まで来た。彼女の姿はない。
「花澄さん…!」
名前を呼んでも、返って来ない。
(こっちの方へ歩いて行ったはず…)
「花澄さん!!」
さっきの場所からだいぶ離れたところまで来てしまった。しかし、花澄は見つからない。もうどこか遠くへ行ってしまったのだろうか。
走って疲れて立ち止まる朔夜の前を、一枚の花びらが横切った。
彼ははっとした。花びらが普通、そんな動きをするわけがない。それを目で追いかけると、花びらの向かった先には花澄がいた。彼女は驚いていた。
「どうして…」
「ねぇ花澄さん、最後って最期、つまり人生の最後ってことでしょ?俺一人じゃなにも助けにならないかもしれないけど…力になれないかな?」
朔夜は自分の気持ちを全部、言葉にした。花澄に伝わるように、全部言った。
「朔夜くん…」
驚いて言葉を返した花澄の目には、涙が溢れていた。
「私ね、…実は…実は、桜の木に取り憑いた幽霊なの……ずっと前、朔夜くんみたいに私の姿を見て、地縛霊になってたのを助けてくれた人にどうしても恩返ししたくて、丁度近くにあった桜の木に取り憑いて…ちゃんと恩返しはできたよ、だけどね?取り憑いてたらこの暮らしが楽しくなっちゃって、力尽きるまでこのままでいようって思ってたの…」
彼女の目から溢れる涙は、とても綺麗だった。
「それでね、…もう今日のこの朝で、きっと消えちゃうと思ったからゆうべ、最後って言ったの…」
話し終わるころ、すでに花澄の足は透き通っていた。
朔夜は衝撃を受けた。
「幽…霊…?」
予想だにしていなかった事実に、圧倒されてしまった。しかし、花澄の足が消えかかっているのを見てなんとなく悟った。
「そうだったんだね…君は…人間じゃなかったんだね…」
「ごめんなさい…嫌だよね、こんな…」
「どおりで綺麗な人だと思った…。」
「え…?」
「俺は嫌じゃない。花澄さんと出会えてよかったと思ってるよ。」
「朔夜くん…」
「最期のわがまま、聞かせてよ。花澄さんが消えてしまう、最期のわがまま。」
「…大好きな桜吹雪のなか、大好きな人と歩きたい…朔夜くんと…」
「じゃ、行こうか!」
朔夜は花澄の透き通った白い手を取り、歩き出した。桜の花を散らす風も吹いてきた。
花澄の幸せそうな笑い声とともに、花びらが舞う。桜色に輝く髪が、川の流れのように靡く。彼女の流すダイヤモンドのような涙が、零れては消え、零れては消える。空を朱く染めながら出てきた太陽が輝きを増すと、花澄は笑って言った。
「朔夜くん、本当にありがとう。」
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