ゴミと化け猫を見間違えた武士の話

 江戸時代は天保の頃、⚫︎藩での話である。


 藩士の佐川清右衛門という男が帰り道で奇妙なものを見た。黒く柔らかそうなそれは人の頭ほどの大きさで、風に靡いて蠢いている。


 その謎の黒いものは、ザァザァガサガサと奇妙な音を立てながら徐々に清右衛門に近づいていった。


 そういえば最近、この辺りで化け猫を見るという噂があった。清右衛門は屋敷の下男の言っていたことをふと思い出し、冷や汗をかく。


 本当に化け猫なら恐ろしいが、逃げたとあっては武士が廃る。清右衛門が内心怯えながらも刀に手をかけた──その時、ヒュウっと風が吹いて黒いものが一気に近づく。


 わぁ!と声をあげそうになった清右衛門だったが、その正体を見て呆れてしまった。それは、ただの黒いレジ袋だったのだ。ゆるい結び目からは、コーラのペットボトルがのぞいていた。


 なんだ、ただのポイ捨てか。


 恥ずかしいやら安心したやらでことさらに大きく笑った後、清右衛門はその場を後にした。


 家にたどり着いた清右衛門は、下男にその話をした。だから、化け猫などいないのだと。


 しかし下男は、むしろ何か恐ろしいものを聞いたような顔をする。清右衛門が訝しむと、下男は言った。


「佐川様、そいつはおかしな話ですぜ」


「何がおかしいのだ。ただの笑い話ではないか」


「いえいえ、だって佐川様……江戸時代に、レジ袋やペットボトルがあるはずないじゃぁありやせんか……大体なんで佐川様は、それらを知ってるんでごぜぇますか?」


 その言葉に、清右衛門は一気に血の気が引くのを感じた。確かに江戸時代にレジ袋やペットボトルがあるわけがない。


「何より、江戸時代の侍である自分が、それをレジ袋やペットボトルだと識別できるはずがないではないか……」


 清右衛門は愕然とした。


 以来、清右衛門は道に何が落ちていても見ないふりをするようになった。


(「口端風説録」「清流雑記」より」

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