第4話 白蛇
翌日、Lotus Flowerに行くと、すでに悠と愛梨が待っていた。
来る前に少し調べ物をしていたせいで、約束の時間を少し過ぎてしまっていた。
「遅くなってごめんね…!」
走ってきたせいで上がった息を整えながら謝ると、二人は笑顔で首を振る。
「ううん。仕事帰りにわざわざ来てくれてありがとね」
「じゃ、行こっか」
3人で、例の強盗事件が起きたコンビニへ向かった。
*
「タケルさん、こんばんは」
店に入ると、頭に包帯を巻いた男性が出迎えてくれた。
「愛梨ちゃん〜。わざわざ来てもらって悪いね」
「そんなの気にしないで。それより、怪我は大丈夫なの〜?」
タケルさんと愛梨が話している間、私はぐるりと店内を見回す。
カメラの映像である程度は見ていたけれど、やっぱり実際に見ると酷い。棚は倒れ、商品の一部は散乱している。
「見た目ほど痛みはないよ。でも店はぐちゃぐちゃ、金も取られた。くそっ、あのガキども……」
タケルさんが悔しそうに顔を歪めた。
「酷いね……警察には言ったの?」
「言ったさ。でも、この街じゃまともに取り扱ってくれねぇ」
──灰狼町らしい、としか言えない。
「犯人たちの特徴、何かわかった? タケルさんはブレティラの仕業だって言ってたよね」
「ああ。単車で、白い特攻服着てたからな。この辺でそんな格好で走ってる奴らって言やあ……」
白い特攻服の暴走族──
「……白蛇、だね」
私がそう呟くと、悠が驚いたようにこちらを見る。
「美咲、知ってるの?」
「あ、うん……よくバイクで走ってるの見かけるから」
私の返答を聞いた愛梨が、のんびりと首を傾ける。
「じゃあ、そいつらのとこ行って、この店に与えた損害……取り返してこようかな」
にこにこと微笑みながら、さらっと物騒なことを言う。
その穏やかな表情とのギャップに、思わず背筋がゾワリとした。
私は悠にそっと小声で話しかける。
「ねぇ悠……」
「ん?」
「愛梨、この服装で白蛇のとこ行くの?」
お腹と肩が大胆に露出した黒のトップスに、ぴったりした白のジーパン。
白蛇はイカつい男ばかりの暴走族だ。そんな格好で行って大丈夫なの?
私の不安をよそに、悠は屈託なく笑った。
「愛梨はいつもこんな感じだよ」
「そ、そうなんだ…」
「気まぐれだけど、頼りになるから。大丈夫だよ」
「え、え〜〜……」
──ほんとに、大丈夫なのかな…。
*
「す、すごい……」
目の前の光景に、思わず声が漏れた。
「ほら、大丈夫って言ったろ?」
悠が苦笑する。
白蛇のアジト――寂れた廃ビルの中には、白い特攻服を着た男たちが数人、床に倒れている。
その中心で、愛梨が最後に気絶させた男をポイッと放り投げた。
「疲れたぁ〜」
「あ、愛梨……」
「あ、しまった。タケルさんの店から盗った金、返してもらうの忘れたじゃん」
のんきな声でそう言うと、倒れている男の中で一番背の高い者の懐をまさぐり、財布を取り出す。
「立桐高校1年、早川裕貴。……ふーん。請求書、送っとこ。……悠くん」
財布を放ると、悠がそれをキャッチした。
「やっとくよ」
「ありがと〜」
返り血のついたほっぺで「えへへ」と笑う愛梨が、正直ちょっと怖い。
ブレティラ相手に備えて私も一応装備してきたけれど、結局、出番はまったくなかった。
愛梨って……ニンファーって、本当にめちゃくちゃ強いんだ。
そのとき――
「……おーい、お嬢ちゃんたち。ウチのシマで何やってくれてんの〜?」
油断していた背後から声がした。入り口の方を振り返ると、愛梨の表情がさっと険しくなる。
倒れている男たちとは違う、丈の長い白い特攻服。
金髪の男が、目の前の光景に「ありゃりゃ」と目を丸くした。
「なんじゃこりゃ」
「あれ……菊池博之だ」
小声でつぶやく私に、愛梨と悠が視線を向ける。
「菊池?」
「白蛇の副総長だよ」
「ふーん……」
愛梨は目を細めた。
「菊池くん? うちらのとこに手ぇ出してきたってことは、ニンファーに喧嘩売ったってことでいいのかな?」
「……話が見えねぇんだけど。ニンファー? あんたが?」
「そうだよ? この子たちが私の知り合いの店をぐちゃぐちゃにしたんだよね。あんた、知らないの?」
「そいつら、最近入った一年だからな……あんま顔覚えてねぇ。だけど、そりゃ悪かったな」
「……わかってくれればいいんだけど。私は、盗られたものを返してもらいに来ただけだから。次はないからね?」
そう言って、愛梨は菊池がいる出口へと歩き出す。私と悠も続く。
このまま帰れる……そう思った瞬間――
「悠!!」
左後ろから気配を感じて、とっさに叫んだ。隣にいた悠が驚いて振り向く。
「死ねやコラッ!!!」
後ろから白蛇の男が鉄パイプを振りかぶっていた。
悠はなんとか避けたものの、足元の廃材につまずいて尻もちをついてしまう。
私はすぐに悠の前に立ちふさがった。
男が振りかざす鉄パイプを見て、足元を狙い、思い切りローキックを入れる。
ガンッ!
男が体勢を崩し、手から鉄パイプがこぼれ落ちる。
すかさず私は低く構え、息を整える。
「どけぇっ!」
男が怒鳴って突っ込んでくる。私は一歩引いて体をひねり、軸足で回し蹴りを放った。
顔面に直撃した蹴りで、男の動きが一瞬止まる。
私は間髪入れずに距離を詰め、拳をひねりながら、男のみぞおちへと叩き込んだ。
「ぐっ……!」
男が白目をむいて倒れる――そのとき。
「なんだよ、だっせぇ。お前、女に守ってもらってんのかよ」
その声に振り向くと、菊池が悠に馬乗りになっていた。
「ゆ、悠……!」
なんで、愛梨は……!?
菊池の背後に立つ愛梨を見ると、棒立ちで悔しそうに唇を噛んでいる。
よく見ると、悠の首元に――刃物。
「ニンファーのシマで下のやつらが暴れたって、ボスに知られたらヤベぇけどよ。こっちも仲間やられて“はいごめんなさい”って引き下がるわけにはいかねぇんだわ」
「ちょ、ちょっと……! あんた、悠に何する気!?」
まさか刃物を出してくるとは思わず、青ざめて声を上げる。
「女には手ぇ出せねぇ主義でな。こいつ、ボスのとこに差し出してチャラにしてもらうわ」
「ふざけないで! 悠くんを離して!」
「なんでだよ? ニンファーって女だけのチームだろ? こいつがお前の男かなんかは知らねぇけど、こんな弱っちいのいなくても困んねぇだろ」
その瞬間、愛梨の顔に怒りが宿る。
悠は、菊池に押さえつけられたまま黙っていた。
その表情からは、何も読み取れなかった。
「菊池博之くん、あのさ」
愛梨も悠も動けない。その状況で、私は静かに口を開いた。
「は?」
鬱陶しそうにこちらを見る菊池に、私は微笑みながら問いかける。
「お母さん、まだリファリーのネックレスつけてるの?」
「……っ」
悠の体から菊池が離れる。そして次の瞬間、ナイフの刃先が私の首元に当てられていた。
「美咲!」
愛梨が駆け寄ろうとするのを、目だけで制する。悠は――怪我はなさそう。よかった。
「……なんでお前がそれを」
菊池の手が震えている。刃の冷たさが喉元にじわりと伝わってきた。ほんの少しでも力が入れば、切れてしまう距離。
「さあね。でもいいの? その話、ばらされても。
あんたのお母さん、万引きで捕まったこと、知られたくないでしょ?
ひとりであんたを育ててくれた大事なお母さんが、世間からどんな目で見られるか……。今の仕事も、続けられないかもしれないよ」
声は小さく。愛梨たちに聞かれないように、そっと。
「てめぇ……殺すぞ」
「私が死んだら、その情報はすぐに拡散されるよ。
あんたが過去にやったこと、全部まとめて記録してある。
……それ、知ったら、お母さんどう思うかな」
「……っ」
ぐっと、菊池の手に力がこもった。けれど――やがて彼は、悔しそうにナイフを下ろした。
私はほんの少し、微笑む。
「私はニンファーの美咲。よろしくね、菊池くん」
「……」
差し出した手を、彼はギリギリと歯を食いしばりながら、握り返した。
*
「悠くんはね、私たちよりずっと強かったんだよ。
中高、柔道部で全国大会まで行ったんだって」
帰り道。
悠は用事があると言って先に帰り、私は愛梨と一緒にlotus flowerへ戻っていた。
「でも、大学入ってすぐに体壊して、お医者さんから柔道を止められちゃって……。
体を動かせないのが、一番辛いのは悠くんだよ」
「そう、だったんだね……」
菊池に押さえつけられていたときの悠の顔を思い出す。
悔しさも、無力感も、きっと全部飲み込んで――耐えてたんだ。
「でもさ、美咲すごかったよ! あの菊池ってやつに、何言ったの?
最後、なんか仲良くなってなかった?」
「え、うん……ちょっとね。
実は、偶然だけど彼の弱みを知ってて。
あんまり知られたくないことっぽいから、詳しくは言えないけど……」
「へえ……」
愛梨は目を丸くして、少し沈黙する。
……やっぱり不審がられたかな?
「美咲って、白蛇のことも詳しかったし、
いろんなこと知ってるんだね」
「うん。私、調べ物とか噂とか、集めるの好きなんだ。
愛梨も、何か気になることがあったら、いつでも聞いてね?」
「ふーん……」
そのまま、愛梨は黙り込む。
私は少し不安になって横目で彼女を見る。
すると、急に真剣な顔になって、こっちを見つめてきた。
「ね、ねぇ美咲……」
「う、うん?」
目がうるうるしてる。切羽詰まったような顔で、口をもごもごさせて――
「ブレティラの副トップの……宮瀬くんって、今彼女いるのかな!?」
「………………え?」
その質問の方向があまりに予想外すぎて、
私はただ、ぽかんと口を開けた。
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