修学旅行の班決め

早朝の静かな道を歩いた。


ひんやりした空気が肌に纏う。


見えてきた高いネット。

部室棟や本部事務所の屋根。


茶色の土。


熱気のない静かなグラウンド。

足型は一つもなく、トンボの筋が何かの模様を描いているみたいに綺麗。



「かな」


「え、山下さん!」


部室の2階から顔を出したのは山下さんだった。


「早いですね」

「親の仕事行くのに乗せてもらった」

「あぁ」

散らかった部室の窓際のテーブル。

ギィっと音のなるパイプ椅子に座ると、山下さんはコロッケパンを半分に割った。

「やった」

「朝ご飯は?」

「食べてないです」


送ると言う先生を無理やり振り切った。

そんな感じで出てきてしまった。

一緒にいるのが居た堪れなかった。


「監督どう?担任」

「やっとむず痒くなくなった」

「なんだそれ」

「笑っちゃうんだもん

 授業してるのとかホームルームとか」

「それは確かに」

「でもホームルーム一瞬で終わります」

ハハハ

「食わないのか?」

「食べます」


「なんかあった?」


山下さんはわかってたんだ、私が泣きたいのを。


「黙っててやるよ」


窓の外に目線を外し、私は我慢できなかった涙を山下さんがくれたタオルで隠した。


山下さんは何も言わず、ただそこにいてくれた。


私が泣き止むまで。




「ありがと…」



「どういたしまして」




フッと笑い、親指が私の目の下をなぞった。

窓の外に何かを見つけ、山下さんは部室を出ていく。


「部屋戻れ」

「うん」


階下からガヤガヤとみんなの声が聞こえてきた。




泣いたら少しスッキリした。


「隆二!遅い!足もつれてない?!」

「はぁ?!うっっせ!」

「エラー禁止だからね!」

「鬼ーーーー!」


張り切って朝練をして、何事もなかったかのように登校できた。

私の心のオアシス山下さん、ありがとう。

「なんだよその顔

 変な顔でこっち見んな」

「八代さんのことは見てない」

「あ?」

「じゃ、また放課後〜」

「かなちゃん居眠りこくなよ!」

「新見さんもね!」


登校時間のピーク。

各地からのスクールバスが到着しまくる時間。

校庭や下足室は生徒で溢れかえる。

1人に1つの靴棚は、上の段は上履きで下の段は外履きを置く決まりになっている。

私は先に上履きを出す派。

先に外履きをしまう派もいるけど、靴下汚れちゃう。

「1時間目なんだっけ」

「古文」

「だるい」

そんな日常の流れの中、手をかけた上靴の中に何か入ってるのが見え、それを取って上靴を板の上に置いた。

「5組は1時間目生物〜」

「生物でドヤるな」

水色の小さな紙だった。

折られたそれを広げ、ドクっと心臓が打つのと同時に反射的に手のひらに隠した。


『うざい』


ドクドクする心臓が飛び出してきそうだった。


「なぁかな」

「え…」

「どした?」

「や!なんでもない!トイレ!」


みんなと離れてトイレに駆け込んだ。

もう一度紙を広げてちゃんと見ると、やっぱりそこには一言だけ。

うざいと書いてあった。


綺麗な色の水色。


何がうざいんだろう。

それがわからないからダメなんだよね。

どうすればうざくない?

どうすれば嫌われない?


どうすれば



教室で息ができる?



予鈴がなり教室へ向かった。


「おう、廊下走るな」

ちょうど監督が教室の前に来たとこだった。

「どうかしたか?」

「や…ちょっとトイレ」

「腹でも痛い?」

って言いながら私の額に手を当てた。

「だ…大丈夫」

その手を振り払って教室に入った。


もう席に着いていた教室。

少し遅れて入った私をみんなじろっと見た。

それに一瞬立ち止まってしまう。

私のすぐ後ろから続けて入ってきた監督が笑う。

「早よ座れ」

「う…うん」

席に着くと涼太が「大丈夫か」小声で言い、「一年からグミ巻き上げるからだろ」後藤が笑った。

監督が呆れ顔で笑ってホームルームを始めた。



「修学旅行の班決めるぞ〜」



え?


盛り上がる教室。


「誰、古文って言ったの」

「涼太」


修学旅行か。

休みたい行きたくない。

班決めとか何の拷問。

試合と日程被ればいいのにな。

ちょうどABC杯の頃だもん。

でも無理か。夏の大会ならまだしもABC杯じゃ休めないね。


「部屋割りは名簿順で4人な〜」

「「「「えーーー!」」」」ザワザワ

そんな決め方?

「行動班はご自由に〜

 2人以上ならなんでもどうぞ」

「「「「え!!」」」」

「嶺せん男女混合ありですかーー」

「いい」

ウッヒョーーー!

すごい盛り上がり。

「夕飯も飛行機もそれでいいな」

イイデーーーーース!

「決まったら班で別れて座れ〜」



ハァ…行きたくない


クラスの盛り上がりを背中で聞きながら、窓の外の体育を眺める。

色んな憂鬱がずっしりと私を押しつぶそうとしているみたい。

先生とみさき先生のこと、水色のお手紙のこと、修学旅行。


何も考えたくない。



「栗原さん」



え?



声の方に振り向くと女子が2人。


「行動班、一緒にしない?」

「私たち2人だから寂しいし」


なんで…名前も知らないのに。

きっと些細な挨拶さえしたことない。


「どこか行きたいとこある?」

「私たちねオシャレなとこ見つけたの」

「えっと…」



「あ、そうだ!

 男女混合でいいんだし水木くんと後藤くんも!」

「いいね!」



あ、なんだそういうことか。

私を誘えば2人が付いてくると思ったんだ。


「俺、札高見に行きてぇ〜」

「え、なになに〜そこ楽しいの?」キャハ

「札高ってそんなノリで行っていいのか?」

「知らんけど」

「かなは北大の練習見に行きたいんだよな」


「あ、じゃあ栗原さんはそれ見に行ったらいいよ」


邪魔だと露骨に書いてある。

どうせどこかに所属しなきゃいけないからまぁいいや。

逸れたフリしてどっか行こう。

一人で北大見に行ってもいいし。



「部屋、かなと一緒なの?」

涼太が急にそんなことを聞く。

「ううん、部屋は違うよ」

「むしろうちらも離れるしね〜」

「そうそう、そこは不満〜」


「じゃあよかった」

「うんよかった」


「寂しいなら他のやつ当たって」


「え…だって私たち栗原さんと」

「そうそう、入れてあげるしうちらの班に」



「かなは俺たちと班だから」

「知らん人と組んでも気ぃ使うし俺ら3人がいいから」




どうしよう

泣きそう




「かな、机こっち向けろ」

「班作るぞ」

「うん!」


前後の私と涼太の机をくっつけ、後藤は椅子だけ持ってきて、班の行動計画表を書いた。


教室のあちこちで計画を立てる中を監督が見て回って歩く。

各班で笑いながら何か話して。


そして私たちの班にも来た。


「な…なんだこの計画」

「え、ダメなの?」

「書き直せと言われても無理ゲーっす」

「俺も同行しようかな、これ行きてぇな」

「ねぇ札幌ドームから北大って気軽に行けるの?」

「地図を見ろ」

「後でパソコンで調べる」

「てか観光地も一個くらい入れろ」

「ラベンダー畑!」

「「却下」」

「あ、ボールとバットとグラブな」

「「「は?」」」

「旅館の裏に小さなグラウンドあるらしいから」

「え、練習すんの?」

「そりゃバットくらい持ってこうとは思ってたけど」

「4泊もボール投げなかったらどうすんだよ」

「確かに」

「夕飯の後と朝飯前ね」

「遠征かな?」

「それな」



「かな、寝るときだけ我慢できるか?」コソコソ



面倒臭がった顔で言い方で、男女混合の適当ぶった班割りにして、部屋は問答無用の名簿順。


私が困らないように、友達がいないから、涼太と後藤と離れないでいいようにしてくれたんだ。




泣きそうになった。




「あーー楽しみだな!」


書き上げた計画表を掲げ、後藤が満足そうに笑う。


「だな」


涼太も笑う。



「うん!楽しみ!」




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