友達

「え、これオッケー出たの?」

私たちの行動計画表を見ながら、ちはちゃんが変な顔でマスカラを塗る放課後の教室。

「ちはちゃんどこ行くの?」

「そりゃ時計台とか」

「時計見てなにが楽しいんだ」

「後藤はなんでいるの、早よ練習行けし」


「てか千春なんで化粧?デート?

 あの愛和のやつ?」

「後藤、一応教師だからあの人」

「バスケ部で遊び行くだけ」

「たっちゅん元気?」

「練習忙しそう」

「かなは紫藤先生は?会ってなくね?」


会ってないどころか連絡も取ってない。


「なんかあった?」


「ねぇ」

「「うん」」


「元カノ…とかって」


「「元カノ?!」」


そんな食いつく?


「いつの間に元カノ登場してんの!」

「どんなどんな?!

 紫藤先生の元カノとかレベル高そ!」

「あんた何言ってんの、かなに失礼

 こんなに可愛いのに」

「や、てか何を悩む必要あるか?

 あの紫藤先生に元カノがいないわけない」

「や…」

「元カノなんか問題ないでしょ

 どう見てもかなオンリーじゃん紫藤先生は」

「それな」

「そうかもだけど…」

「なんか言われたの?その元カノに。

 こんな童顔の田舎娘に渡さないわ!とか」

「ちはちゃん私のことそんな風に思ってたの?!」

「事実でしょ

 で?何を悩むの?元カノ出てきたくらいで」

「なんか…」ハァ

「だーー!うだうだ悩むなら紫藤先生に聞け!

 なにを聞きたいか知らんけど聞け!

 勝手に悩むな!」


聞いて事実を知って、私はどうするんだろう。


まだそうと決まったわけじゃない。

だけどそうだった時、私はどうしたいの?


相手がみさき先生かもしれないなんて言えなかった。

元カノ問題なんて大したことないのかもしれない。

2人の言い方はそうとれる。

確かにそうだと思う。


だけどきっとそうじゃない。




「俺走る!」

「走れ走れ」

「てかなんで後藤は一緒に駄弁ってたの」

下足室からダッシュでグラウンドに行く後藤。

靴箱が向こう側なちはちゃんは声だけ。

「あーー日焼け止め塗ったがよかったかな」

「結構日差しあるね」

「かな年中塗ってるよね」

「ずっと外にいるしね」

外履きを手にしたとき、靴底でカサッと動いた水色の紙。


ドキッと心臓が跳ねる。


「あ!バスやばい!」

靴を履き替えたちはちゃんが棚の端から顔を出す。

「かな!先に行くね!」

「うん」

ちはちゃんは走って行く。


握りしめていた紙を開いた。




『野球部やめて』




息が奪われる。




「何よこれ」


手の中から消えた紙。


振り返るとみさき先生がいた。




「これどうしたの?」

「え…」

「かなちゃん?」


息が上がる。


「ちょっと…大丈夫?」

「なんでも…ない」

「これ初めて?」

「それは…」

「嶺先生は知ってるの?」

「ダメ…!」

「かなちゃん他には?何かされてない?」

「監督には言わないでお願い…!」


これ以上心配かけたくない。

迷惑かけたくない。


「わかった…でも約束して。

 もっと酷いことされたら絶対私に言って、いい?」


でも…



「私は絶対かなちゃんの味方だからね

 生徒とかの前に

 かなちゃんはもう友達なんだもん」



だからなんだ。


先生を疑ったりなんて少しもないのにこんなに辛いのは。



「やだ、大丈夫?泣きな泣きな」



泣くのを我慢できなくなった私の頭を撫で、背中をさすり、涙を拭いてくれたハンカチから



ルームスプレーのいい匂いがした。




『友達だもん』



初めて会ったあの時から、みさき先生のこと好きだった。



みさき先生じゃなかったら

みさき先生が知らない人だったら

私は何も考えずに「だれ?」って簡単に聞けたのかもしれない。




それからすぐにゴールデンウイークの連休に入り、みさき先生とはしばらく会わなかった。



「監督、新星高校来たよ!」

「うぇーい」

お正月にあった研修で一緒だった沖縄の新星高校が練習試合に来てくれた。

今日はうちでやって、明日は大分に行くとか。

そして午後からは名古屋の強豪、市立朝日高校が来る。

強豪校はこうやって連休には道場破りに出かけているみたいだけど、うちは相手高を迎えることがほとんど。遠征はしない。

専用球場があって広い駐車場があって、控え場所にできるスペースもある。

そしてなんと言っても監督が遠征するのを面倒がる。


「お疲れ様でした、お待ちしてました!」


「いやいやいや〜お世話になります」


うん、こんな感じの部長さんだった。

↑覚えてない


「これお土産、ちんすこう」

「わ、やった〜」

「三塁側いいのかな?」

「はい、ご案内しますね」

来てもらう立場だから私は忙しい。

「監督、バッティング撤収させて」

「はーい」

猫の手も借りたい。

「こちらです

 給湯室はここ使ってもらって」ナンチャラカンチャラ


朝から晩まで忙しいから、考え込む暇がなかった。



ブーブーブー

『今日の夜会える?

 18時には戻る予定』


連休3日目に先生から届いたメール。

大道は連泊で遠征に行っていた。


「かな、弁当これ出していい?」

「うん!やるよ」


『ごめんなさい、今日は無理っぽい』送信


先生に会えると喜ぶ感情は湧かなかった。

心の中が一瞬困り、何に対してなのか、罪悪感のようなものが膨れ上がった。



連休中、大道と試合の約束はしてなかったから、会うことはなかった。


先生から会いたいとメールが来ることも、それきりなかった。




「あーーーやっと連休終わった!」

「連休とは一体」

「明日から学校か〜…」

連日の試合をやり抜いた達成感と、明日からまたいつもの学校が始まるだるさ。


「でもかなはそのまま休みだろ〜」

「いいな〜」

「明日は学校だよ」

「1日だけだろ!」


連休明けの最初の週末、早速始まるABC杯。

私は連日係だから学校には行かないことになる。


「かな」

後藤が横に来てこそっと言う。

バス停に向かう団体から少しだけ距離をとって。


「紫藤先生聞いたのか?元カノの話」

「聞いてない」

「なーんも悩む必要ないと思うけど

 何か気になるなら聞けよ。

 連休中会ってないだろ?」

「うん」

「てか元カノくらいでショックか?」

「ショックだと思う…」

真実を聞いてしまったら、私はどうするんだろう。

「知らない方がいいことって…」

「知ってしまうということは知った方がいいってこと」


そっか

そうかもしれない。

知った方がいい理由があるのかもしれない。


知るべきだからこうなるんだよね。



「うん、聞いてみる!」



「そんで結局泣く結果なら言え」



「うん、ありがとう後藤」










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