催促のいちご味

「え!かなさん一緒に帰んないの?!」


練習に参加出来なかった一年生たちは、それでも帰らず、みんな最後まで見学していた。


「ちょっと寄るとこあるの」

「お前に寄るとこなんてあんの?」

隆二はホントうるさい。


今日先生は、青藍のグラウンドから下った所のローソンに迎えに来てくれる約束になっている。


「さ!皆のものけぇるぞ!」


後藤が勢いよく立ち上がる。

「じゃあな、気を付けて行けよ」

私にそう言うと、うだうだ言ってたみんなを引き連れて帰って行った。



ローソンに向かうと、先生の車はもう停まっていた。

だけど明明とした店内に先生の姿は見えず、運転席に人影が見えた。


コンコン

ガラスをノックすると先生が顔を上げ、車に乗ろうと助手席側に回ると、先生はドアを開け車を降りた。

コンビニに寄るのかなと思ったら、先生は助手席のドアを開けに来ただけだった。

「お疲れ様」

「いいのに」

「え、何が?」

ドアを開けに降りてくるのは、先生的に普通なのか。

「行こっか」

「うん」

今日は先生の家に行く約束をしていた。

甲子園のお土産を持って。


車はコンビニを出て走り出す。

道はよくわからないけど、あまり通ったことのない道。

「国道混んでるからこっちの方が早い」だそうで、住宅街や山道を走った。

「練習どう?センバツ後、調子戻った?」

「うん…あ!そうだ今日ね!」

アハハハ

身を乗り出した私を先生が笑う。

「急に大声」

「だって今日ね!新入生が見学に来たんだけど

 誰がいたと思う?!」

「え、誰?驚く人?」

「ミニ!」

「ん?ミニ?」

「ミニ田沢が来たの!」

「どういうこと」アハハ

「田沢さんの弟だよ!

 ビックリするくらい田沢さんと違って可愛いの!」

「田沢くんの弟ってたしか

 全国選抜かなんかだったよね」

「そうなの?」

「で、ミニって何?」

「ミニチュアな田沢さん」

アハハハ

そんな話をしながら先生のご実家に到着。

ワンワンワワワン!!

「らんちゃん!」

最初に歓迎してくれるのはお庭かららんちゃん。

「キャーー!」

押し倒され、ベロベロされる私。

そんな騒動を聞きつけてか、玄関からお父さんが出てくる。


「かなちゃんいらっしゃい」


「こんばんわ!」

「大貴、洗面所に

 かなちゃん顔洗っといで」

ヨダレでベロベロの顔を洗いリビングへ。

「あ、かなちゃ~ん」

「美佳子さん!」

何故か抱きついてしまった。

笑いながらよしよしと背中を撫でて、美佳子さんは言った。


「私ね、お父さんに似てるの

 ありがとう、かなちゃん」


先生、話したのかな。


「さ、かなちゃんこっち座って」

「シュークリームあるのよ、食べる?」

「お兄ちゃん夕飯食べてかないの?」

「母さんシュークリームはもらって行くから

 今食べたら夕飯食べれなくなる」

「食べて行っていいのに」

あ、夕飯は食べないんだ。

てっきりご馳走になるんだと思ってた。

「お土産持って来ただけだから」

先生は紙袋を渡す。

だから私もお土産の袋を渡した。

「大貴、佐賀の分は?」

「2箱入ってる」

「あ、ほんとだ

 送っておくわね」


本当にお土産を渡しただけだった。

シュークリームは食べずにもらって、先生はすぐに家を出た。


「用事でもあるの?

 見たいテレビとか?」

「え?あー…」

最初の信号に停まったときに聞いてみたら、先生はちょっと困った。

「あ、ううん別にいいんだけどさ

 なんか先生急いでるのかなって思ったから」

「あ…いや」

車の中の色がパッと青色に変わる。

先生はまた前を向き車は進み始めた。

「ご飯食べたりゆっくりしちゃうと遅くなるでしょ」

「今日は遅くなるって言ってあるよ」

「じゃなくて…」

「じゃあ何?」


「二人でゆっくりできないなって思ったから…」


え…ええぇ!


困った顔の照れ笑いがこっちを見る。

そして私の顔と耳から火が噴いた。


「お弁当でも買って帰ろう?」

「う…うん!」





久しぶりの先生のマンション。

「飲み物あったっけな」

ガチャガチャと先生が鍵を開ける。

「水筒まだ入ってるから平気」

ドアが開くとあふれ出る先生の匂い。

これがたまらなく好き。


リビングの電気をつけ、お弁当の袋をテーブルに置くと、先生はカーテンをしめた。

上着を掛けて私を呼ぶ。

「手、洗おっか」

「うん」

一緒に洗面所へ。

泡のソープが手の平に落とされ、先生は泡もこもこで私の手を洗ってくれた。

ニタァァァァ

「よし、ご飯にしようか」

「うん!お腹空いたね」


高菜弁当と唐揚げ弁当。

「美味~~」

「かなちゃん唐揚げは?」

「いる」

「高菜ちょっとちょうだい」

「うん」

「高菜久々に食べた」

「先生、ご飯ハーフで足りるの?」

って心配するまでもなく、私が半分残した高菜弁当のご飯を先生が食べてジャストだった。


「お腹いっぱい~」ゴロン

「かなちゃん、あっちに大きな包があるから持ってきて」

お弁当を片付けながら、先生が寝室を指す。

「うん」

そこには白い紙に巻かれた何かがあった。

「これ~?」

「開けてみて」

大きさの割に軽かった。

ビリビリビリ


「え!!」


出てきたのは


「ピンクの亀だ~!」


大阪の水族館で持ち帰るのを断念したピンクの亀のぬいぐるみ。


「かなちゃん好きだろうなって、お土産。

 同じとこ行ったけど」

「しかもこれ一番大きいやつ!

 先生これどうやって持って帰ってきたの?

 抱っこして?」

「まさか…送ってもらった」

「その手があった!」


私の両腕が回らないくらい大きな亀。

甲羅の模様はカラフルな水玉。

「可愛い~」

可愛くて欲しかったから嬉しいのももちろんある。

だけどこれは、先生が旅先で可愛い物を見た時に、私のことを思い出してくれるっていうのが嬉しいの。

「嬉しい?」

「嬉しい~」

抱っこしてゴロゴロしていたら、片付けが終わったらしい先生が横に座る。


「先生、明日から学校だね」

「心配?」

「たぶんちはちゃんとは同じクラスじゃないんだよ」

「淳一が言ったの?」

「同じだったらさ、絶対言うなよとか言いながら

 教えてくれたと思うんだよね」

「そっか」

「先生は?次は何年何組?」

「1年2組」

「1年生なんだ~

 いいな先生のクラス

 私も先生のクラスになりたい」

「え、絶対嫌だな…」

「なんで!毎日会えてハッピーじゃん!」

「かなちゃんが生徒だったら…無理」

「は?無理って何!」

「だって生徒だとこんな風に可愛がれない」


亀がパッと取り上げられる。


「おいで」


ずいっと引っ張られ、先生の腕の中。


「じゃあ生徒じゃなくていいや」

いい匂いがする。先生の匂い。空気。


撫でてくれる手。


「生徒じゃなくていいけど

 先生してる先生を教室の後ろで眺めたい」

「それは嫌だな…授業参観みたい」


「ねぇ先生」


「ん?」



「またキスして

 この前はビックリしちゃって」



「うん」



この前は何が何だかで、味なんてわからなかったけど



うん、これは甘い甘いイチゴだ。



「もう一回」



チュッと重なる唇も

撫でてくれる手も



「可愛い」



言葉も声も


全部が甘い。



「先生」

「ん?」



「帰らなきゃ駄目?泊まりたい

 もっといっぱいくっつきたい」



「……」



甘かった空気が一転して、困ったような、若干呆れられたような。



「さ、送るね…」



キスもハグもそれきりで、送り届けられてしまった。

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