新学期、始業式

始業式の当日。

生徒玄関前には、合格発表みたいに掲示板が立てられる。

そこには合否にも似た、今後の学校生活を左右する結果が張り出されているのだ。



「かな、行くぞ」

玄関前の段に座っていた私に、涼太の手が差し出された。

「一緒?」

「後藤も」

「3人?」


「千春は違った」


やっぱり。


涼太の視線の先を見ると、ちはちゃんが走ってくるのが見えた。

「かなーー」泣

「ちはちゃん」

心配かけちゃダメだ!

「何泣いてんの〜

 私がいないからって泣かない」ヨシヨシ

「涼太!」

なんかスルーされた。

「頼むよ!ちゃんと面倒見てよ!

 見た限りこの子が喋れるような女子いなかったから!」

「わかってます」

クラス違うのに、私のとこ見てくれたの?

涙ちょちょぎれるわ。

「なんかあったらすぐ言いなよ!」


そしてちはちゃんが言った通り、私がお喋りして連めるような女子はいなかった。

なんというか、強そうなイメージの子が多い。


席は教室の奥、窓際の一番前だった。

後は後藤で、後藤の横は涼太。

隣の男子はなんか知らない人。

教室の中は賑やかだった。

新しい友達を見つけて、これから1年間を楽しみにしているような声があふれるその中で、私だけポツンと目立っている気がした。

私だけ日を当てないでくれたら暗闇の中に隠れられるのに、朝の教室は明るく、みんなに平等に光が差している。


ここにいる人はみんな、私のこと嫌いかもしれない。


きっと睨まれる。

嫌なことを言われる。

気にしすぎで、自意識過剰なのかもしれない。

ちはちゃんや野球部たちと関わる時みたいに、いつもの私でいればいいのはわかってて、何度も何度も頭の中でイメージしたのに、現実にこの場所にいると出来ない。


教室の中を見るのも怖かった。


「かな」

「ん〜?」

「外なんかあんの?ずっと見てるけど」

「桜散ったなって」

「さっき散った花びらの残骸見て

 ルマンドみたーいって喜んでたじゃん」

「自分だって美味そ〜って喜んでたじゃん」

涼太が笑って「ひと口」と、私のお茶を開けて飲んだ。

「自分のは?」

「忘れた」

涼太と後藤がいるからどうにかなるかな。


「水木くんと後藤くん一緒だったんだ〜」

「嬉しい!」

なんか女子が来て、私はまた窓の外に顔を背けた。


友達って、どうやって作るんだっけ。




「かな〜さっきのチョコのやつくれ〜」

「え、後藤くんチョコ好きなの?」

「意外〜可愛いね」

キャピキャピ

雑食ですよ、その人たち。

「私アメなら持ってるよ〜」

「水木くんも食べない?」

早くホームルーム始まらないかな。


そう思った時ちょうどチャイムが鳴り、廊下に足音が聞こえてドアが開く。



ガラッ



「「「え」」」



「ほら〜鳴っただろ、席つけ〜」



ナンデ?



「おう

 なんだお前ら口あけて」



ナンデカントクガココニクルノ?



「何してんの?」

「何してるように見える?」

「ホームルーム?」

「正解」


「ってことは…?」


「担任俺様」


ズコーーーーー


3人で心の底からずっこけた。

想像もしなかった。監督が担任になるなんて。

私たち的に、監督は監督であって教師ではない。

いや教師なんだけど。


「この後始業式な

 そんで今日中に委員会と一役決め」

なんか担任っぽく今日の予定を話す。

ちらっと目が合うと思わず逸らしてしまった。

余計な話はしないで、淡々と要件だけ伝えられるホームルームが終わると体育館に移動。


「まさか過ぎねえ?」

「びっくり」

後藤と涼太と、人の波に乗って廊下を行く。

この二人がいなかったら私ぼっちだったな、完全に。恐ろし。

「かな何も聞いてなかったのか?」

「うん」

「あの人、教師だったんだな」


「なんだと?」


すぐ後ろにいた。

「何で教えてくれなかったの?」

「教えちゃダメな決まりなんで」

「監督って担任とか出来るポジションなんすか?」

「どういう意味だ」

「意外だった」


「嫌そうだなお前」


呆れたような半笑いで私の頭をつつく。

「嫌とかじゃないけど」


なんだか不安だった。

監督までいたら、私は本当に友達を作ることをしない気がする。

涼太に後藤、それに監督がいるのに、大きな勇気のいる崖から飛び降りるようなことしないと思う。

女の子の友達とつるんでないと、青春真っ只中の学生としてダメな気がする。

なのにしたくない。楽な方へ向いてしまう。


ますます孤立してしまう。



「俺は嬉しかったけど、名簿もらった時」



「「「え?」」」


「野球部いなかったら、俺ぼっちじゃん」


「何言ってんの」

「担任なんてぼっちだろ、教室の中で」

「そういうのを教師いじめって言うんだろ」

「生徒と並ぼうとしないで」

そんなこんなで4人で階段をおり、渡り廊下を通過して体育館へと到着。

体育館の入り口にはほかにも教師がいて、監督はしれっとそっちに混じって行った。


「ま、でも監督が担任ってちょい楽しいかも」

「だな、気楽」

体育館では、各クラス1列。

前に女子で男子が後ろって並び方に決まっていて、私は女子の最後尾へ、涼太と後藤は男子の最前列へ。

離れた所に見えたちはちゃんは、みきとバスケ部のお友達と並んでいた。


校長の長い話に、生活指導の話。

それから生徒会長の話やらなんやら、聞き流しつつ目を開けたまま爆睡。


「お、美人〜」


後藤の声で意識が戻った。

ステージ上には知らない人が数人並んでいる。


「あ」


『次は相川みさき先生です』

うちの教師だったんだ。

『相川みさきです

 家庭科を担当します』

やっぱ可愛い

「かな?どした?」

「前に会ったの」

確か監督のこと知ってた。

淳一くん呼びだったし。

チラッと教師の並びに目をやると目が合った。

そしてプイッと逸らされた。

「何かあるのかな」ボソッ

「ん?かな何て?」

「何でもない」

家庭科か。

「2年って家庭科あるんだっけ?」

「知らねぇ」


着任式が終わるとやっと解放され、大勢の生徒たちが体育館の入り口から放出される。

私たちもその流れに乗って体育館を出た。

「お腹空いた」

「ほんとそれ」

「さっきおにぎり食べたのに」

「教室にしゃりもにグミある」

「しょっぱいのがいい」

始業式や終業式の空腹感は異常。

お腹をさすりながら廊下を歩いていると


「かなちゃん!」


呼び止められた。


嬉しそうに駆け寄ってきたのは、さっき壇上にいた相川先生。


ふわっといい匂いが広がる。

何の匂いなんだろう。香水?シャンプー?


「やっと会えた〜!」

「先生だったんですね!」

「そうなの~!

 あの時言いたかったんだけど言えなかったの~」

「そうだ!あの時はバス代ありがとうございました!」

「いいのいいの

 よかった会えて~」

「相川先生…でしたよね!」

「やだ~名前で呼んでよ

 二度目の再会はもう友達だよ~」

「じゃあみさき先生!」

私に会えたことが本当に嬉しそうに、みさき先生は抱きついて撫でて手を握って。

お友達に会った時みたいにそうした。

それはとんでもなく嬉しかった。





「自己紹介とか…いる?」

担任はホームルの第一声でそんなことを言った。

「ドラマみたいに黒板に名前書けば?」

後藤が言うとみんな笑った。

「俺の名前知らない不届き者手を上げろ~

 いたら自己紹介してやる」

「はい!」

後藤が手を上げ、また教室は笑う。

そうしながら監督は配り物を始める。

のかと思ったら

「かな」

私にプリントの束を。

「は?」

「配れ」

何でよ。

「欠席の連絡はメールでな

 親のメアド登録するように」

連絡事項を言いながら、監督は明日の予定や持ち物を黒板に書く。

仕方なく私がプリントを配った。


「で次~、学級委員と係決めな

 クジでいい?」

「「「いいで~す」」」

適当すぎる。

でもそんなとこは生徒受けいいのかもしれない。

クラスみんな楽しそうだもん。誰もダルそうにしてない。

「かな、クジ作れ」

「は?」

「あ、今から作ってたら時間ねぇな

 係決めは明日のホームルームでやる」


こうして始業式の日は終わった。




「かな、先行くぞ」

「うん、歩いて行く」

涼太と後藤はグラウンドへ。

何故かみんな走って行くから、大体一緒には行かない。


ゆっくり日焼け止めをぬりたくって、グミを口に入れ、教室を出た。


下足室でつい1年生の棚に足が向かい、踵を返す。

2年生は真ん中の列だ。


「ん?」



靴の中に紙が入っていた。


水色の綺麗な紙。




『うざ』




心臓が嫌な感じに跳ね上がった。



「あいつが学級委員やればいいのにね」

「でもそしたらますます調子こくじゃん」

「確かに」

クスクスクスクス


棚の向こうから声がしたけど、私は走って下足室を出た。

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