煌めく未来へ

AYANA

第1話

「二人の男性が見えます。」

「えっ・・・?」

「あなたはこれから二人の男性の間で揺れ動くでしょう・・・。」

「えっ・・・ちょっと待って・・・あの私、裕也・・・彼と結婚できるかって質問したんですけど・・・」

「・・・今お付き合いされている彼と・・・もう一人現れる。占いではそう出ています。」

「・・・嘘・・・。そんな事・・・ないです。私・・・裕也以外考えられないもん。」

「・・・今の彼とはとても相性がいいと出ていますが、結婚後もめ事が多い相性でしょう。その点もう一人の彼はあなたにとってとてもいいパートナーになるでしょう。」

「・・・私・・・帰ります。ありがとうございました。」

私は占い師さんにペコっとお辞儀をすると、足早に店を出た。

・・・・こんな結果聞きたくて占いに来たわけじゃないのに・・・。裕也と結婚したら・・・もめ事が多くなるって・・・。

絶対にそんなことない・・・。



「どうだった?」

待ち合わせの居酒屋に入ると、理沙はのんびりとお酒をのみながらこっちに手を振った。


「・・・なんか・・・思っていたのと違った。」

「えっ・・・?結婚しない方がいいって?」

「・・・なんかね、もう一人現れるって・・・。そんでそっちの人が結婚に向いているって・・・。」

「えっ・・・マジで・・・?だって裕也君、芽衣子にプロポーズしてくれたんでしょ?」

「うん・・・。私も裕也が大好きだから、きっと当たらないよ。私もう裕也と結婚するって決めているし♪」

「・・・まぁそうだね。所詮占いだしね。気にする事ないよ♪それより今日は飲もうよ~♪」

「うん♪そうだね。すみませ~ん♪生ビール下さい♪」


その日私と理沙は明け方まで楽しく飲み明かした。

見えない未来を、占いに頼ってしまった自分に少しだけ反省し、理沙と未来は切り開くものだという結論に達し、飲み過ぎた私は、気がつけば、眠りについていた。

そして、占い師さんの助言など頭の片隅に残らないまま、大好きな裕也とのデートに出かけて行った。



「裕也♪おまたせ♪」

「おう♪芽衣子♪」

「行こうか♪」

「おう♪」

待ち合わせ場所の後楽園の駅は人が賑やかで、皆楽しそうに休日を謳歌していた。

私もずっと楽しみにしていた、裕也とのデート。

今日は一緒に野球観戦だ。


「ほらっ♪」

私達は歩き出すのと同時に手を繋いだ。

少しだけ汗ばむ季節だけど、そんな事は関係なくて、裕也の温もりを感じると心が満たされていった。




「俺と結婚して下さい。」

裕也がその言葉をくれたのは、つい数ヶ月前の事だった。

二人が付き合ったのと同じ夜景を見ながら、裕也は優しい瞳で私を見つめた。

付き合ってから丸3年。

喧嘩をしながらも、私達は順調に愛を育んだ。裕也と過ごす週末はいつだって、楽しみで幸せだった。

こんなにも人を好きになれるんだ・・・。

本当にそう思った。

裕也のそばにいたい。これから先もずっと。



「そういえば、お盆休み、芽衣子の両親に挨拶しにいこうと思うんだけど、都合どう?」

「うん♪そうだね。大丈夫だと思うよ♪一応聞いてみるね♪」

「おう♪芽衣子の地元・・・奄美大島に行くの初めてだから楽しみだな♪」

「そうだね~♪自然豊かでいいところだよ♪」

「じゃあ連休は挨拶がてらのんびりしよう♪」

「うん♪」

まだ来てない夏の計画は私の心をわくわくされてくれた。

裕也が両親に挨拶をして・・・

一緒に住む家を決めたら・・・すぐに入籍して、そのうちに結婚式をして・・・。

あぁ・・・早く裕也と一緒になりたい。

私をそう思うと、裕也の手を強く強く握りしめた。



「本日のゲームは・・・・」

野球観戦を終えると私達は手を繋いで席から立ち上がった。

「いやぁ~。興奮した。やっぱ勝ち試合は最高だわ♪」

裕也は応援していたチームが勝った事で興奮していた。

「そうだね~♪私も楽しかった♪」

「やっぱ内藤は最高だよ。ホームラン打っちゃうんだもんな♪」

野球観戦が大好きな裕也と何回試合を見に来ただろう。

好きな事について話す裕也の瞳がキラキラと輝いて、それを見ているだけで私まで幸せな気持ちになった。


「そういえば、今日は・・・家に泊まってく?」

「うん♪」

「じゃあいつものお店に行こう。」

夏の始まりの空気が新鮮で、心地よい風が頬を掠めた。

大好きな人と過ごす夏の日は、ただそれだけで幸せに満たされて・・・。

東京の煌めく夜景に包まれながら、私達は家路へと向かって歩き出した。




「乾杯♪」

「乾杯~♪」

行きつけの居酒屋で、私と裕也は今日の試合の祝賀会をした。


「うまぁ~♪」

「美味しい~♪」

夏のビールはどうしてこんなにも美味しいのだろう?

冷えたビールが体中に染み渡っていく。


「裕也はさ♪やっぱり子供に野球やらせたいの?」

「そりゃもちろん。キャッチボールとか憧れる♪」

「裕也はいいパパになるよ♪」

「そうかなぁ。」

「うん♪絶対に♪」


何度こんな夜を過ごしてきたのだろう。

裕也と居る時間が何よりも大切だった。

そして私を大切にしてくれている裕也の気持ちが何よりも嬉しかった。




「芽衣子・・・」

「裕也・・・大好きだよ・・・。」

私達はほろ酔い気分で家に戻るとそのまま、裕也のベッドで一つになった。

少しだけ蒸し暑い部屋に涼しいクーラーの風がひんやりと心地よくて・・・。

何度こうして肌を重ねてきたのだろう?

そして何度しても足りないほどに、裕也への愛は募っていく一方だった。


「幸せだなぁ・・・。」

私は天井を見つめながらそう呟いた。

「俺も♪」

裕也はたばこに火をつけると、私を見て笑った。

こんなにも幸福な時間・・・。

恋の始まりも素敵だったけど・・・こうして同じ時間を積み重ねていく幸せも・・・きっとあるんだろうなぁ。

「裕也♪今日はありがとうね♪」

「うん♪明日は水族館にでも行こうか♪」

裕也は可愛い笑顔でそう言った。


人を好きになるのは初めてじゃないけれど、この恋には、初めてがたくさんあった。

初めての喧嘩。

初めてのキス。

そして初めての・・・。

このまま裕也と結婚して、幸せになれる。心からそう信じていたのにね・・・。



「じゃあね♪」

「また来週なぁ♪」

自宅のある駅に着くと、私はこの2日間の事を思い出していた。

今週は喧嘩もなく、本当に楽しい週末を過ごす事が出来た。

そしてお盆には裕也と一緒に故郷へと帰る。

楽しみな事ばっかりだな・・・。


見慣れた駅が夏の夕暮れに染められキラキラと輝いていた。

さぁて・・・夢へと向かって頑張るぞ!


私は気持ちを切り替えると、夕日に照らされた商店街で買い物をして足早に家路へと着いた。


「よしっ・・・!」

買ってきたものを冷蔵庫へと詰めると、すぐさまパソコンの前で気合を入れた。

土曜日の昼間・・・書き途中だった小説をもう一度読み直して・・・。

そして後数ページ・・・今日中に仕上げよう。週末遊んだ分、ここで少しでも取り戻そう。



大好きな奄美大島から大学へ通うために上京したのは19歳の時だった。

小さい頃から「書く事」が好きだった私は小説家になると決めたのはいつだったかな?

その夢を実現させるために、文学を専攻し、色々な事を勉強した。

・・・・けれど今も夢は夢のままだった。

平日は事務のアルバイトをしながら、時間さえあれば書く事に集中して・・・。

けれどなかなか成果を上げられない自分に時々不甲斐なさを感じる時もあった。

それでも私は夢を信じて今日まで歩いてきた。





「この度は堀川出版新人文学賞にご応募いただいてありがとうございました。残念ながら選外とさせて頂きました。またの応募をお待ちしております。」

・・・・またかぁ・・・。

私は郵便受けの前で落胆した。

・・・また落ちた・・・。

けっこう自信のあった作品・・・だったのになぁ・・・。

封を開けた手紙を抱えたまま自分の部屋に着くとすぐにクーラーのスイッチを入れてベッドに横たわった。

「・・・私このまま続けて報われる日くるのかなぁ・・・。」

何度も何度も同じような日々を繰り返してきた。

「はぁ・・・。」

天井を眺めると不安がどんどん押し寄せてくる。

・・・このまま結婚して、その後私はどうやって生きていくんだろう?

いつまでも夢を追いかけられる年齢じゃないし・・・。

もう諦めたほうがいいのかなぁ・・・。

やっぱり才能・・・ないのかなぁ・・・。


頭の中にだんだんとネガティブな言葉が浮かんできた私は、その考えを取っ払うかのようにすぐに携帯電話を片手に電話をかけた。

「・・・あっ♪理沙?今日暇?飲み行かない?」

私は苦しさから逃れるために考えるのをやめて親友の理沙を誘って飲みに行く事にした。

考えたって無駄・・・。

もう何度もそうしてきたのだから・・・。

そう開き直るとベッドから立ちあがって、洋服をよそ行きへと着替えた。



「お待たせ♪」

「お疲れ~♪」

夕方の駅前には人がわいわいと楽しそうにしてた。

夏の金曜日。いつもよりも皆笑顔で幸せそうに感じた。

「じゃあ行きますか♪」

「オッケー♪」

私達は人波をかき分けて少し路地に入った所にある居酒屋へと歩いて行った。



その日・・・ただ家に居たくなかった。一人で将来と向き合うのはいつだって不安に襲われるから。

逃げていただけかもしれない・・・。

でも外に行けば楽しい事や、わくわくする事を見つけられる。

そしてまたがんばろう。

そう思う原動力にも出会う事が出来るから。

大好きなものはいつだって私にパワーをくれる。

けどね・・・本当にたまたま選んだあの店で、まさか君に出会う事にあるなんて・・・その時の私はまだ知らなかったね・・・。



「乾杯♪」

「乾杯♪」

私と理沙はもちろん生ビールを注文すると冷えたグラスを持ちながら乾杯した。

「うまいなぁ~♪」

「めっちゃうまい♪」

ゆっくりと流れる音楽に身を預けながら、生ビールを飲んだ瞬間何もかも忘れて、ただただ幸せに包まれた。

「やっぱりこのお店落ち着く♪」

「昭和の居酒屋って感じが最高だよね♪」

「うん♪」

金曜日の店内はいつもより若者が多く賑わっていた。

誰も見ていない小さいテレビには大好きなナイターもやっていた。

お店の店主だけが真剣に中継を眺めていた。

「そういえば、私ね、調理師の免許とろうと思うの♪」

「えっ・・・?」

「うん。資格取れたら転職しようと思って♪」

「・・・今から?」

「そう♪今から♪」

理沙は見た事もない嬉しそうな表情を浮かべながら言った。

「なんかさ・・・いつも夢に向かっている芽衣子見ていたら私も自分のやりたい事・・・仕事にしたいなぁと思って♪」

「・・・理沙・・・。」

「だからどっちが先に夢叶えられるか競争だよ♪」

「・・・うん。」

理沙の言葉に涙が出そうになった。

今日迷っていた自分が恥ずかしくなった。

そして自分の頑張りが・・・誰かの心に響いたのなら・・・これほど嬉しい事はないよ。

「私芽衣子がずっと羨ましかった。夢に向かって真っすぐでぶれなくて・・・。私もそんなに熱くなれるもの見つけたいってずっと思っていたから。」

「・・・見つかって良かったね♪」

「うん。本当に嬉しくてね、毎日がキラキラ輝き出したの。」

「うん。分かる♪」

「芽衣子のおかげだよ。」

「うん。ありがとう。」

・・・夢を打ち明けてくれた理沙の顔はいつも以上にキラキラしていた。

理沙はきっと素敵な調理師になるだろう。

そして・・・私も・・・夢を目指し始めた時のただ単純に「好きだから」

大切なその気持ちに気づく事が出来た。

・・・そっか・・・結果にこだわり過ぎていたのは私だったのか・・・。

そうだよね・・・。結果どうこうよりも今の自分が後悔しない様に出来る事を精一杯すればいいんだ・・・。

・・・良かった。今日理沙を誘って♪


私は自分の気持ちが整理出来ると、急に気が楽になった。

またがんばれる。

そして今度は一人じゃなくて・・・励まし合える友達も居るから・・・。


「じゃあ今日は理沙の門出に乾杯♪奢るからいっぱい飲もう♪」

私は上機嫌でそう言うと理沙も満面の笑みを見せてくれた。


「やっぱり星川は最高♪」

私はいい具合にお酒が入ってくると、横目で野球中継を見始めた。

「芽衣子の巨人好きは裕也君の影響?」

「うん♪なんか観戦に行くうちに楽しくなってきちゃって♪勝ち試合なんて最高だよ♪応援している皆と喜びを分かち合えるから♪」

「楽しそうだね♪」

「理沙も今度行こうね♪・・・あっまた打った~♪」

今日も大好きな巨人が好調に点を稼ぐ。

さっきまでどん底に落ち込んでいたのが嘘みたい。

大好きな親友とビールと野球・・・それだけで元気と幸せで満ち溢れるの・・・。


「なんやねん!巨人・・・はよ交代せいや」

「ん・・・?」

「よっしゃ~♪3アウトや♪やっぱり阪神は最高やな♪」

頭の後ろ辺りから巨人に対する罵声と対阪神への熱い応援が聞こえてくる。


「今日は阪神の勝ちやなぁ♪」

だんだんと大きくなるその声でだんだんと腹が立ってきた。

「打ちましたぁ~♪阪神、高橋ホームランです!」

一瞬の隙に阪神のスリーランホームラン。巨人が逆転されてしまった。

「えっ~・・・・。」

「ほら見てみぃ♪阪神は最高や♪」

大阪弁の男は上機嫌に、阪神に夢中だった。

「芽衣子・・・あの人すごいね・・・。」

理沙は小声でそう言うと、私も激しく同意した。

「我慢ならない・・・。」

少し酔っ払っている私は、後ろを振り返ると男に向かって、

「ちょっと!巨人ファンもいるんだからもう少し声の音量下げて下さい!」

「あっ・・・?」

「だから・・・」

「おっと~!阪神またもヒットです。今日は後半絶好調です!」

「おぉ~♪今日は阪神の勝ちやなぁ♪」

男はニコニコと私の顔を見ると、肩をポンポンと叩いた。

・・・こいつ~・・・。

「まぁ巨人も頑張ったな♪」

「・・・くっ~・・・。」

私はとぼとぼと席に戻った。気づけば点差は3点差。

逆転は難しい展開だ・・・。


「芽衣子・・・勇気あるね・・・」

理沙も少し呆れていた。

だって・・・大好きな巨人を侮辱されるのは耐えられない。


そのまま試合は動かずに、男の言った通り阪神が逆転勝利した。


「あぁ~・・・負けたぁ・・・親父さん生ビール・・・」

私と同じく巨人を応援していた親父さんも肩を落としながら私の生ビールを運んできてくれた。

「ありがとう・・・。」

「まぁまぁ♪そんなに落ち込まないで♪」

「そうやで♪」

「はっ・・・?」

男は急に現れると、さらっと私達の席に座った。

「今日は阪神が勝ったから奢ったるわ♪」

「えっ・・・?」

私はその言葉を聞いた瞬間、恥ずかしながらテンションが上がってしまった。

「いいんですか?」

「おう♪ええよ♪そのかわり俺らにちょっとだけ付き合ってや♪」

男はそう言うと、友達を手招きした。

「・・・芽衣子・・・」

理沙は不穏そうな顔をして私を見つめた。

「・・・まぁ大丈夫でしょ♪ここで飲むだけだよ♪せっかくだから楽しもう♪」

「・・・そうだね。」

「じゃあ阪神の勝利に乾杯~♪」

「・・・そんなの気分乗りません~」

「・・・じゃあ今日の一期一会に乾杯♪」

男はそう言い直すと幸せそうな笑顔をした。

「・・・あぁ~うまい♪勝利の後は特に♪」

「・・・。」

「あっ・・・巨人ファンがおったんや♪ごめん♪ごめん」

男はおちゃらけると、楽しそうに笑った。



「じゃあ皆同級生なんや♪」

軽く自己紹介をすると、皆同い年だという事が分かった。

それにしても大阪弁・・・。

大坂の人なのかな・・・?

「えっと・・・隆太・・・さんは出身は大坂?」

「隆ちゃんとか隆太でええよ。同い年なんやし♪そうやで♪生まれ切っての阪神ファン。俳優目指して上京してきてん♪」

「そうなんだ・・・。」

「まぁまだまだ駆け出して、アルバイトで生活しとるけどな♪」

・・・私と一緒だ・・・・。

「まぁ♪けっこう楽しいよ♪いつか一流の俳優になったるねん。大坂の奴ら見返したるねん♪」

大きい夢を語る隆ちゃんの瞳はキラキラと輝いていた。

「お前らもちゃんと夢持っているか?夢があるとな、楽しいぞ~♪」

隆ちゃんは先生みたいにそう言うと、笑いながら生ビールを飲み干した。

「なんか初対面なのに、面白いね♪」

理沙はこっそりと私に耳打ちをした。

そして私も同じような事を思っていたので、こっくりと頷いた。


その後も私達は楽しく会話が弾んで、二次会のカラオケにまで行ってしまったよね。

お店を出ると雨上がりの空気が新鮮で、家に帰る頃には、すっかり酔いも冷めていた。

また遊びたいって思うくらい楽しい夜が過ごせたのはきっとあなたが居たからだね・・・・。


神様・・・この出会いは仕組まれていたの?

今はそんな風にしか思えない・・・。

だってこの出会いで私の人生は大きく変わってしまったから・・・。



「今日も勝ったね~♪」

私と裕也は東京ドームから出ると、手を繋いだまま、いつもの家路へと向かって歩きだした。

「そうそう♪先週ね、変な阪神ファンの人に出会ったよ♪」

「・・・変な?」

「そうなの♪理沙と一緒に飲んでたら、野球中継に野次飛ばす客が居てさ~面白かったよ♪」

「阪神ファンって熱いからなぁ・・・」

「そうなの♪」

「まぁ・・・巨人が一番だけどな。」

「間違いない♪」

私達は頬笑み会うと、キラキラ光る橋を渡った。

・・・なんて素敵な夜なのだろう・・・。

こんな時間が永遠に続くといいのに・・・。

裕也の横顔を見つめながらぼんやりそんな事を思っていた。


初めて会った時も裕也は笑っていた。

私が今のアルバイトの前に勤めていたコーヒー屋さんのお客さんだった裕也は、店員の私にとんでもなく優しい笑顔で、

「ありがとう」と言ってくれた。

最初に好きになったのは、きっと私だ・・・。もしかしたら一目ぼれだったのかもしれない。

でも裕也はいつもきちんとしたスーツを着て、コーヒーを飲みながらくつろぐ姿はとても優雅に見えた。

その点私は奄美から上京してきたばかりの小娘で、こっちの生活になれるのに必死だった。

そんな余裕のない私に裕也はいつも温かく接してくれた。


そして、出会って3ヶ月が過ぎた寒い冬の日に裕也は私に告白をしてくれた。

裕也はありのままの私を好きだと言ってくれた。

大手企業の営業マンとして頑張る裕也は、いつだって頑張っていた。

そして、私は夢を追いかけながら今日も裕也の隣で笑っている。

一人できた東京で見つけた一番大切な人は、いつも私の事を大切にしてくれていた・・・。

いくつもの季節を乗り越えて・・・

裕也と結婚という幸せな舞台に立てる日がもうすぐだと思うと、自然と顔がにやけてしまう。

神様・・・こんなに素敵な人と出会えた私は最高に幸せ者ですね。



「あっ・・・!」

裕也と手を繋いだまま行きつけの居酒屋ののれんをくぐると先日一緒に飲んだ隆ちゃんを見つけた。

「知り合い?」

裕也はきょとんとした顔で私を見つめると私はコクンと頷いた。

「さっき言ってた阪神ファン♪」

「・・・あぁ♪」

今日も熱心に阪神を応援していたに違いない。確か今日は阪神も勝ったんだっけ・・・?

「いやぁ♪やっぱり勝ち試合は最高やな♪」

隆ちゃんは相変わらず大きい声で喜んでいた。

そして上機嫌な隆ちゃんは私の存在には気付かずに楽しそうに飲んでいた。

「巨人ファンには絡むから、気付かれないように飲もう。」

私は裕也に耳打ちすると隆ちゃんから一番遠い席に着いた。


「じゃあ♪乾杯♪」

私達はいつもみたいに生ビールで乾杯した。待ちに待った週末のデートはいつだって幸せだった。

「美味しい~♪」

「やっぱり週末は最高!」

「・・・仕事はどう?」

「・・・うん。」

「・・・そっか・・・。」

最近裕也は平日働きっぱなしで、帰ってくるのはいつだって終電だった。

野球を見て、楽しそうにはしているけれど、最近は心なしか疲れが見える。

「やっぱり・・・俺営業向いてないのかなぁ・・・。」

「・・・そんな事ないよ・・・って言っても仕事の事は良く分からないけど・・・。」

「なんか・・・出世とかもそんなに興味なくて・・・そもそも今の会社、名前だけで選んだようなものだからさ・・・。」

「・・・。」

「芽衣子はいいよなぁ~・・・女の子は一生働くわけじゃないから・・・。」

「・・・」

「俺も女に生まれたかったよ」

裕也はそう言うと生ビールをぐいっと一気に飲んだ。


「裕也・・・ちょっと疲れているんだよ・・・。」

「・・・うん・・・。」

裕也は小さくそう言うと、親父さんに生ビールを注文した。


今思うとこの頃から裕也はどんどんと変わり始めてしまった。

社会人になって、後輩も出来て、仕事に慣れていく一方でどんどん余裕がなくなっていくような気がした。

もともと頑張り屋の裕也は、社会に揉まれていくうちに、本当に大切なものを見失い始めてしまったのかもしれない・・・。



「あれっ・・・?芽衣ちゃん♪」

トイレで順番待ちをしていると、出てきたのは隆ちゃんだった。

「あっ・・・見つかっちゃった・・・。」

「なんやねんそれ♪今日は?誰とおるの?」

「今日は彼氏♪」

「えっ~・・・芽衣ちゃん彼氏おったん・・・。めっちゃショックやぁ・・・。」

隆ちゃんは軽くそう言うと、頭をぽんぽんと叩いて、

「ほなら、また彼氏のおらん時に♪」

そう言って行ってしまった。

・・・まったく軽いんだから・・・

私はそう思いながらも、隆ちゃんの明るい笑顔を見たら、何となく元気が出てきた。



「じゃあっそろそろ行こうか♪」

だいぶ酔っ払った裕也に声をかけると裕也は黙ったまま頷いた。

そういえば・・・最近裕也のお酒の量増えた気がするなぁ・・・。

大丈夫かなぁ・・・。

前まではそんなに酔っ払わないで帰れていたのに・・・。

私は酔っ払った裕也を抱えるように店を出た。

涼しかった店内に比べると、生温かい空気が私達を包み込んだ。

むわっとした湿気が夏を感じされてくれて、私は星を見上げた。

「芽衣子♪チューしよ♪」

酔っ払ってる裕也は大通りにも関わらずそんな事を言っている。

「・・・家に帰ったらね・・・。」

「なんだよ~・・・俺の事好きじゃないのかよ~・・・。」

「・・・酔っ払いすぎ~」

「いいじゃん。土曜日くらい~・・・。」

「・・・とにかく帰ろう・・・。」

私はフラフラの裕也と一緒に家路を急いだ。

まぁ・・・働いていたら色々あるよね。

私と居る時くらい、ありのままで居させてあげたい。

私は愛おしい人に対してそんな思いが募るばかりだった。

裕也が誰よりも頑張っているのを知っていたから・・・。

だけど・・・

夏の始まり・・・

私は裕也の本当の気持ちを分からずに、ただ自分だけが幸せを感じていた。




「よっし♪」

今度こそ・・・夢を叶えるために・・・

私は出来上がった作品を満足げに眺めていた。

これを郵送して・・・

この作業が一番好き・・・。

自分にご褒美を上げたいくらい。

自分の作品がきちんと完成した事がとても嬉しかった。

さぁて・・・今週は少し気が楽になった♪

封筒に宛名を書くと、仕事の前にポストに投函した。

どうか・・・どうか・・・

審査員の人の目に止まりますように・・・。

私は一人ポストの前で手を組んでお願いをすると、満足げに仕事場へと歩き出した。

・・・いつか自分の好きな事で食べていきたい。

そして隣には大好きな人がいて・・・

子供を育てながらも、書く事だけは続けていく。

自分の好きな事にキラキラした・・・

そんな奥さんになる事が今の私の夢・・・。


眩しい太陽に照らされながら、私は心地よい風を感じながら歩き続けた。

きっと、きっと・・・

夢は叶う・・・

背筋を伸ばして、姿勢良く歩くと気持ちまで前向きになれる気がした。

これまでも、何度も諦めようとした夢を・・・今も追いかけているのは、その事が好きで仕方ないから・・・。

書くことをしない方が辛いから・・・。

ただ好きだから・・・

大切にしたいこの思い・・・。

書く事があるから・・・私は自信を持って生きていける・・・。




「おーい♪」

ふと聞きなれた声がしたので、振り返ってみるとそこには、いつもと違う隆ちゃんが笑顔でこっちに寄ってきた。

「えっ・・・隆ちゃん・・・?」

「そうやで♪」

「なんでこんな所にいるの?てかその格好は?」

「ほらっ見えるやろ♪あのドラマのエキストラやってたんや♪」

「あぁ・・・だから・・・。」

いつものお店で会う隆ちゃんとは比べ物にならないくらいにしゃんとして、すらっとしたスーツ姿がとても凛凛しく見えた。

「お芝居がんばっているんだね♪」

「んまぁエキストラやけど♪」

「芽衣ちゃんは?散歩?」

隆ちゃんはふいにそう言った事で、自分が仕事に行く途中だった事を思い出した。

そして時計を見ると、ビックリするくらいに時計の針が進んでいた。

「あっ・・・!私これから、仕事!忘れてた~!じゃあもう行くね!バイバイ!」

私はバタバタとその場から離れると、一目散に走り出した。

隆ちゃんは、そんな私に笑顔で手を振って、

「またなぁ~♪」

大きい声でそう言ってくれた。


隆ちゃんの夢・・・

大きくて、キラキラ眩しくて・・・

いつかあの俳優さんのようになりたい。

そう願っている心の声が聞こえた。

隆ちゃんの瞳には迷いがなく、いつだってありのままだった。

自然のままに、やりたい事をして・・・。

その隆ちゃんの存在は、私の生き方を肯定してくるかのように、優しく温かいものだった。

体全体で無理しなくていいんだよ。

そう言ってくれているかのようだった。



「じゃあ今から行くね♪」

私は裕也に電話をすると、裕也の家まで急いだ。

今日は裕也の希望でお家まったりデート。

一緒に晩御飯を作ろうと言う事になった。

私は電車に揺られながら、裕也の事を考えていた。

最近また、調子の悪い裕也は少しだけピリッとしていた。

いつも能天気な私が、うまく会話を理解出来ないとすぐに怒ったり、黙ったりする。

そんな裕也を私は、受け止めようと思っていた。

ここが愛のすごい所で・・・。

恋は盲目なんてよく言ったもんだなぁ・・・。


「おじゃまします。」

裕也の部屋に入ると、先週よりもごちゃごちゃとして、忙しい様子が覗えた。

「ごめんなぁ・・・今日は何もする気が起きなくてさぁ・・・。」

裕也は申し訳なさそうにそう言うと、私の事をリビングに招いた。


「そういえば、一昨日かな?表参道でドラマの撮影がやっていてね、俳優の藤沢さんがいたの♪めちゃくちゃカッコ良かったよ~♪」

私は、裕也の元気が出るように、明るい口調で話を始めた。

「へぇ~・・・」

「なんかねキラキラしてた♪演技も上手かったよ~♪」

「そっか~・・・」

全然会話に食いついてこない裕也。

今日も疲れてるんだ・・・。


私は会話を終わらすと、ぼんやりとテレビを見始めた。

せっかくのデートだけど、今日は何だか盛り上がらない。

私達は無言のまま、ただ空しくテレビの音だけが部屋中に響き渡っていた。



「夕飯の買い物でも行く?」

窓の外から西日が差し込むと私は裕也に話しかけた。

「ん・・・そだね・・・。」

裕也は重い腰を上げると、帽子をかぶり、ジーンズに履き替えた。


「今日は何にしようかぁ?」

「ん・・・何がいっかぁ・・・。」

手を繋いだままスーパーに着くと、全然乗り気じゃない裕也を諦めて、私は一人カレーの材料を集め始めた。

カレーは裕也の大好物。

今日は時間があるから、インド風のバターチキンカレーにしようかなぁ♪

暑いし。


「ありがとうございました。」

買物を終えると、私達はまた家路へと向かって歩き出した。

遠くで夕日が真っ赤に染まっている。

そして、暑さが緩くなると、心地よい風が吹いた。

「風気持ちいいね♪」

「そうだね~・・・」

「・・・また会社で何かあったの?」

私は思いきって聞いてみた。

「・・・いや別に・・・。」

裕也はそう言うと、スーパーの袋から缶ビールを取り出すと、歩きながらビールを飲み始めた。


何だか・・・二人でいるのに、一人でいるみたいな・・・。

そんな空しい気持ちが心の中に広がっていく。

せっかくの週末も・・・

今日は何だか楽しくない・・・。

私は、ビールを飲みながら歩く裕也をぼんやりと見つめてそんな事を考えていた。

そしてそんな私をきっと君は見抜いていたんだろうね・・・。



「芽衣子さぁ・・・」

「うん?なに?」

私はエプロンに着替えて、レシピを見ながらカレーを煮込んでいる最中だった。

「まだ・・・あれ・・・書いてるの?」

「うん?あれって・・・小説?もちろん書いてるよ♪」

私は裕也の方も見ずにさらっと答えた。

「・・・まだ叶うと思ってるの?」

「・・・えっ・・・?」

私は裕也から信じられない言葉が飛び出してきたので、思わず後ろを振り返った。

裕也は三本目のビールを飲みながら、目は輝きを失っていた。

「俺さ、ずっと思ってたんだけど・・・」

「・・・うん。」

「夢叶うって・・・俺も応援してきたけど・・・あれ・・・本音じゃないんだ。」

「・・・裕也?」

「芽衣子は夢見過ぎなんだよ。本気で叶うと思ってる?そんなの一握りのラッキーな奴だけだよ。」

「・・・。」

「そうだろ?だから今でも夢は夢のままなんだよ。」

「・・・・。」

裕也の言葉に涙が溢れそうだった。

「結婚したら、芽衣子には家を守ってほしい。俺や家族を一番に考えて欲しい。だから・・・夢とかじゃなくて・・・現実を見てほしいんだ・・・。」

「・・・なんで?」

「えっ・・・?」

「裕也には分からないよ。夢を追いかけて上京してきた私の気持ちを・・・裕也みたいに・・・」

親の決めたレールを歩んでいるわけじゃない・・・。

思わず口から出そうになったひどい言葉。

「・・・裕也みたいに?なに?」

冷静に私を見つめる裕也がいた。

私は一瞬にして怖くなった。

「・・・ちゃんとした会社で・・・一生懸命働く事が出来ないから・・・」

「・・・。」

「ごめん・・・。」

話し合いは一瞬にして気まずい雰囲気になった。

さっきまでの勢いはどこかへ行ってしまって。次の言葉を探していた。

そんな沈黙を破るかのように裕也がゆっくりと口を開いた。


「芽衣子の気持ちは分かったけど・・・俺も結婚に対する考えを変える事は出来ない。結婚するならきっぱり・・・書く事は辞めて欲しい。」

「・・・。」

「それが出来ないなら・・・」

「出来ないなら・・・?」

「・・・。」

私は裕也のその言葉を聞いた瞬間に、悲しみと怒りで、涙が溢れそうになってきた。

そしてゆっくりとカレーの火を消すと、自分のかばんを持って裕也の部屋を出た。

裕也本当の気持ち・・・。

マンションを出ると、我慢していた涙が次から次へと溢れ出してきた。

今までの・・・私達の絆は・・・一体なんだったのだろう・・・。

急に空しさはこみ上げて来て、私は涙を流しながら途方に暮れていた。

私の夢・・・叶わないと言われた事も悲しいけれど・・・。

それよりも・・・夢を諦めないのなら、

「別れる」

その裕也の決断があまりにも淋しかった。

こんな事を思いたくないけれど・・・

裕也が大事なのは・・・

私じゃなくて・・・自分なの?


サラサラと流れる風に身をまかせながら、私はひたすらに歩き続けた。


今日・・・いやっ・・・最近裕也の様子がおかしいのは分かっていたけど・・・。

その全てを受け止めようと思ったけど・・・。

もしかしたら・・・ダメ・・・かもしれない。

私はそんな事が頭をよぎると、悲しみのあまり、どんどんと涙が溢れてきた。


気付けば、夜なのにキラキラと輝いている大きい通りに出た。

もう・・・このまま電車に乗って家まで帰ろう。

私は涙を拭いながら地下鉄を探していると、後ろから聞きなれた声がした。

「芽衣ちゃん・・・?」

「・・・えっ・・・?」

私は、恐る恐る後ろを振り返ると、声の主はやっぱり隆ちゃんだった。

そして隆ちゃんは私の顔を見るなり、急に悲しい表情になった。

「・・・大丈夫?」

「・・・・」

私は真っ赤に腫れた目に、真っ赤な鼻を隠しながら目をつぶっていた。

・・・こんな顔・・・見られたくなった・・・。

「・・・なんか、変なタイミングでおうてもうたな・・・。」

隆ちゃんはそう言いながら頭をかいた。

「・・・芽衣ちゃん・・・これから時間ある?」

隆ちゃんは急に明るい声でそう言った。

「・・・えっ?」

「・・・まぁ・・・ここで会ったのも何かの縁やし、ちょっと俺に付き合ってや♪」

隆ちゃんはそう言うと私の返事を待たずに私の手を取った。

・・・もうどうでもいいや・・・。

私は腕を掴まれたまま、隆ちゃんの車に乗せられ、気付いた時には首都高を走っていた。



「・・・今日は休みなんや?」

「・・・・うん。」

「・・・彼氏と喧嘩でもしたん?」

「・・・・」

「そっか・・・・まぁ・・・もし話したくなったら話や。」

隆ちゃんはさらっとそう言うと、真っすぐ前を見て運転に集中した。



・・・大好きな裕也が私の事を・・・そんな風に思っていたなんて・・・。

夢は叶わない・・・そんな言葉裕也から出てくると思わなかった・・・。

・・・けど・・・このまま結婚して、子供を産んで・・・それで・・・?

私の夢を置いてきぼりにしたまま・・・幸せになんてなれるのかな・・・?

・・・それとも私が甘い考えだったのかな・・・?

私はぼんやりと首都高から見える夜景を見ながらそんな事を考えていた。

隣にいる隆ちゃんの事なんて・・・これっぽっちも考える余裕もないほどに・・・。



「着いたで♪」

隆ちゃんに起こされると辺りはいつの間にか真っ暗だった。

「・・・えっ・・・私・・・寝ちゃったの?」

「おう♪めっちゃいびきかいてたで♪」

隆ちゃんは嬉しそうに言った。

「もう!意地悪!」

「なんやグーグー寝たら元気出たみたいやな♪」

隆ちゃんは優しい瞳でそう言った。

・・・そういえば・・・裕也の事で頭がいっぱいだったけど・・・

私は一体どこにいるんだろう・・・?

眠気が覚めると、急に現実感が襲ってきた。

「・・・隆ちゃんここどこ?」

「知りたい?ほな♪一緒に外に出ようや♪」

隆ちゃんはそう言うと、車から降りて一人景色を眺めながら伸びをした。

「・・・ここ・・・」

「真っ暗やけど、見える?海やで♪」

「・・・海・・・。」

耳を澄ますと、だんだんと波の押し寄せる音がはっきりと聞こえてきた。

そして息を吸い込むと、懐かしい潮の香りが体中に広がっていった。

「・・・隆ちゃん・・・。」

「まぁ・・・ベタやけど?やっぱり海は最高やろ♪」

隆ちゃんは恥ずかしそうにそう言うと、私の事を優しく見つめた。

「・・・嬉しい。私も海・・・大好き♪」

「そっか♪良かったわ♪」

「ねぇ♪花火しようよ♪」

「えっ・・・?」

「だって♪海といえば花火でしょ?」

私は潮の香りを全身に感じると急に元気が湧いてきた。

夏の夜の海・・・。

素敵過ぎて・・・・なんだか夢を見ているみたい。

「・・・芽衣ちゃんらしいわ♪ほなら買いに行こうか♪」

「うん♪」

隆ちゃんは呆れた顔の裏に優しさが溢れていた。

そして私も、さっきまでの涙が嘘みたいに、幸せを感じていた。


海から少し歩いた所にあるコンビニには、夏休み真っ最中の若者がたむろしていた。

皆楽しそうにわいわいとビールを飲んだり、カップラーメンを食べたりしていた。


「やっぱり夏の湘南は若者がいっぱいやな♪」

「そうだね~♪なんか懐かしい♪私も高校生の時はしょっちゅう海来てた♪」

「出会い目的やろ♪」

「違います~♪だって地元の男子も一緒だったもん♪ほら私の地元奄美大島だから♪」

「へぇ~そうなんや♪」

「うん♪最高だったなぁ♪皆でわいわい花火して、その辺の海岸でオールするの♪そんで朝また泳いでさ♪なんか青春って感じ♪」

「めっちゃ楽しそうやなぁ♪」

「うん♪隆ちゃんは?夏の思い出♪」

「俺らは、そうやなぁ♪まぁ真面目やったかな♪」

「絶対嘘♪」

「ばれたか♪」

私達はそんな会話を交わしながら、一番小さい花火とビールを買ってもう一度海岸に戻った。



「・・・真っ暗でも感じるね♪」

「せやな・・・。」

押しては返すだけの波音が、星空のもとに響き渡っていた。

いつか見た海外での場面みたいに・・・切なくて懐かしい。

そして心地よい風がいつでも私に幸せを運んでくれた。

「あっ♪見て♪」

少し先に海岸で私達と同じように花火を楽しむ人たちの打ち上げ花火。

星空に届きそうなほどキラキラと輝いては、一瞬で消えてしまう。

「・・・やっぱり夏は最高やわ♪」

暗闇の中でも隆ちゃんが笑顔で笑ったのが分かった。

「じゃあ私達も♪」

花火に火をつけると、さっきまでの暗闇が信じられないほどに明るく光り輝いた。

そして懐かしい火炎の匂いが幼い頃の思い出を蘇らせる。

よくこうやって・・・兄弟達とはしゃいだなぁ・・・。

「綺麗やんな♪」

「ほんとだね♪」

一本一本大切に火をつけて、私達は煙に包まれながらも、光輝く花火を楽しんだ。



「ほらっ♪」

隆ちゃんは最後の線香花火を手渡すとその場にしゃがんで火をつけた。

「私、線香花火が一番好き。」

「・・・俺も。」

小さい火種がパチパチと音を立ては、綺麗に花を咲かせているようだった。

「なんか・・・今日ここにいる事が不思議・・・。」

「・・・そうやな~。」

「・・・私ね・・・今日彼ともめちゃって・・・。」

「・・・そうだったんや・・・。」

「・・・私ね、作家になるのが夢・・・だったの・・・。」

「・・・?過去形?」

「・・・うん。彼にね、その夢諦めてほしいって言われて・・・。」

「うん?なんで?」

「・・・もうずっと長い事がんばってきたんだけど、なかなか実を結ばなくて・・・。」

「・・・そっか・・・。」

「家庭に入ったら、家庭を守ってほしいって。」

「・・・。」

「私ね、裕也の気持ちも分かるんだけど、どうしても自分の中でまだ諦められない気持ちがあって、急だったからそれで喧嘩しちゃったんだよね。」

「・・・そっか。」

切ないくらいに線香花火だけの光に包まれて、何となく淋しい気持ちが広がっていった。

・・・夢を諦める・・・。

そして・・・家庭に入って・・・?

「・・・芽衣ちゃんはどうしたいの?」

「・・・えっ・・・?」

「彼の気持ちは分かったけど、芽衣ちゃんはどうなりたいん?それが一番大切なんちゃうん?」

「・・・。」

「・・・俺も何度も夢手放そうとしてきたから、分かんねん。」

「・・・。」

「そんな簡単ちゃうよな。芽衣ちゃんだって信じてきたから何年も頑張ってきたんちゃうの?」

「・・・そうだけど・・・。」

「まぁ・・・そんな簡単に諦められる夢ならその程度ってことかもな。」

「・・・・。」

私は隆ちゃんの言葉に、自分の中の情熱が湧きあがってくるのを感じていた。

その程度・・・?その程度で毎日書ける訳ないじゃない・・・。

就職もしないで、ずっと頑張ってきた日々を・・・。私だけは知っている・・・。

「・・・違う・・・。」

「・・・えっ・・・?」

「そんな簡単じゃない。・・・私に出来る事必死で探して・・・迷って、何度も何度も挫折して・・・それでも信じてきたの。」

「・・・・。」

「私だって嫌だよ。こんな中途半端なまま・・・結婚して?子供産んで・・・?それで・・・?私の描いてた未来は・・・」

・・・裕也の描く未来と・・・違う。

私は言葉を発しながら、自分と裕也の分岐点に気がついてしまった。

・・・あぁ・・・そうか・・・。

私と裕也は・・・違う未来を描いてる。

「・・・未来は?」

「・・・違った・・・。」

「えっ・・・?」

「・・・裕也と・・・もう一緒にいられないかもしれない・・・。」

「・・・芽衣ちゃん・・・。」

「・・・私、裕也の為にこの夢を捨てらない。だって裕也と出会うずっと前から描いてた夢だから・・・。」

私は言葉を発しながら頬に温かいぬくもりがつたっていくのを感じていた。



「彼とは結婚後もめ事が絶えないでしょう。」

いつかの夜占い師さんに言われた言葉が私の脳裏をかすめていった。

・・・当たっちゃったんだ・・・。

あぁ・・・こんなにも好きなのにね・・・。


「・・・。」

私はそのままうずくまり、波音に包まれながら涙を流した。

ただの喧嘩じゃない・・・。

二人が別々の道を歩む為のきっかけ・・・。

これ以上・・・どうにもならないのかもしれない。


そんな私のそばに隆ちゃんは静かにそっといてくれた。

何も言葉を発する事もなく、私が泣きやむまで。



「今日はありがとうね。」

夜の首都高はガラガラであっという間に東京に着いた。

「・・・うん。あのさ、俺も夢諦めんと絶対に頑張るから、芽衣ちゃんも諦めんなよ!」

「・・・隆ちゃん・・・。」

「まぁ・・・いつかすべてがうまく行く日が来るから♪」

隆ちゃんは優しい表情でそう言うと、煌めく夜へと消えていった。

・・・いつかすべてがうまくいく・・・。

・・・そうだよね・・・。

私もそう信じてここまで来たんだし・・・。

・・・もう迷わない。

自分が納得出来るまでやってみよう。

・・・大切な人を失ってしまっても・・・。



隆ちゃん・・・。

あの日君がわざと意地悪を言ってくれたおかげでね・・・自分の気持ちに気付けたの。

そんなに簡単な思いじゃないと気付いた時に、君が私に、新しい方位磁石をくれたんだよ。

・・・悲しいけれど・・・私は新しい指針を信じて歩いて行きます・・・。



「・・・芽衣子?」

「・・・はい。」

家に帰るとそのタイミングを見計らっていたみたいに裕也から電話がきた。

「・・・今日はごめんな・・・。」

「・・・ううん。」

「・・・それで・・・俺も考えたんだけど・・・。」

「・・・別れよう。」

「えっ・・・?」

「・・・ごめんなさい。」

「・・・俺の言葉のせい?」

「・・・ううん。違うの。あれから色々考えたの。あのね・・・。」

私が言葉に詰まると涙が溢れ出してきた。

・・・まだ・・・こんなにも好きなのにね・・・。

・・・別れなきゃ・・・ダメなの?

本当に・・・?

そんな迷いと戦いながら・・・それでもどう考えても二人の未来が見えなかった。

私のせいでも、裕也のせいでもない・・・。

ただ・・・二人の未来が交差しなくなってしまっただけ・・・。

「・・・裕也と描いてる未来が違う事に気がついたの・・・。私は裕也の理想の奥さんになれない。そして裕也も私の理想のパートナーに・・・なれないの・・・。」

「・・・なんで?今までうまくやってきたじゃん。こんなのただの喧嘩じゃないの?」

「・・・違うの。幸せだけが結婚じゃない事も知っている。作り上げていくものかもしれない。でも・・・元々違いすぎる二人が・・・努力しても限界がくると思うの。」

「・・・なんだよ。それ。なんで始めてもいないうちから諦めんだよ・・・。」

裕也は呆れた様子でそう言った。

そして裕也の言葉をもっともだと思った。

「・・・ごめんなさい。」

「・・・他に好きな奴でもいるの?」

「えっ・・・?」

「だって、急に可笑しいじゃん。今までだってこんな事あったのに・・・。」

・・・・他に好きな人・・・?

私は裕也の言葉に心臓が飛び跳ねそうだった。

「・・・いないよ・・・。」

「・・・まぁ芽衣子の気持ちは分かったけど、少し冷静になったらもう一度話し合おう。婚約までしたのに電話一本で別れ話はないでしょ。また連絡する。」

裕也は冷静にそう言うと私の返事を待たずに電話を切った。


・・・そうだね・・・。そんな簡単じゃないよね・・・。

私も簡単に諦め過ぎたのかな・・・?

もう一度頭冷やしてから、ちゃんと裕也と向き合おう・・・。

・・・でももしもう一度無理だと感じたら、その時は・・・。

私の頭の中はぐちゃぐちゃだった。

けれど、結婚という人生にとって大切な事。やっぱり簡単には決められないから・・・。

今を乗り越えなきゃ・・・。

私はそんな事を考えながら眠りについた。




「そっか・・・。大変だったね。」

翌日タイミング良く理沙から連絡が来たので相談に乗ってもらう事になった。

行きつけの大好きなお店にきても今日は気分が晴れなかった。

「そうなの・・・。もうどうしたらいいか分からなくて・・・。」

「芽衣子は裕也君の為に夢を諦められないの?」

「・・・うん。てかねどうしてどちらかを選ばなくちゃいけないのか分からなくて・・・。」

「・・・確かに。」

「裕也の事大好きだから、幸せにしたい。けど私じゃそれをしてあげらないかもしれない。」

「どうして・・・?」

「・・・結局ね自分が可愛いの・・・。自分を犠牲にしてまで裕也に尽くせるか分からない・・・。もしも出来たとしても後で必ず後悔するような気がする・・・。」

「・・・そっか・・・。」

「理沙だったらどうする?」

「・・・そうだなぁ・・・。うん。やっぱり夢も結婚も諦めたくないな・・・。」

「そうだよね・・・。」

「でも裕也君なら芽衣子の事理解してくれるんじゃないの?」

「・・・分からない。説得して分かってくれても本心は違うと思う。その事で今後ももめてしまうかも・・・。」

「・・・確かに・・・。」

「やっぱり別れるしかないのかなぁ・・・。」

「・・・でも何か芽衣子変わったね。」

「えっ・・・?」

「少し前の芽衣子ならどんな形でも裕也君と結婚してたと思う。」

「えっ・・・?」

「・・・なんか余裕があるように見える。・・・他に好きな人でもいるの?」

「・・・また?」

「えっ・・・?」

「昨日裕也にも言われたの。・・・皆どうしてそう思うのかな・・・?」

「・・・だって芽衣子変わったもん。」

「・・・・えっ?」

「もちろんいい方向にね。誰の影響か分からないけど、しっかり自分で立ってる。」

「・・・理沙・・・。」

「・・・もしかして隆さん?」

「・・・えっ・・・?」

「隆さんと何かあったの?」

「・・・昨日偶然あって・・・それから海に連れ行ってくれて・・・。」

「・・・それで?」

「・・・泣いちゃった私のそばにずっといてくれて・・・。励ましてくれた。」

「・・・うん。」

「隆ちゃんといると、泣くのも怒るのも、笑うのも・・・全部ありのままでいれる。昨日なんて海に着くまでの間爆睡しちゃったんだよ。可笑しいよね。こんなに素を見せられるなんて初めてだよ・・・。」

「そっか・・・。」

「・・・隆ちゃんはね、うん。私を分かってくれる。そして夢を追いかけてる同士なの。・・・恋愛ではないよ。」

「・・・でも変わる可能性はある。」

「・・・・。」

「まぁ・・・これも何かのきっかけかもしれないし、芽衣子は良く考えて自分で結論出すしかないね・・・。」

「・・・そうだよね・・・。」

「大丈夫だよ。どっちに転んでも必ずうまくいくから♪深刻になってもいい事ないって♪今日は奢るから飲もう♪」

理沙はそう言うと輝く笑顔を見せてくれた。・・・そっか・・・。そうだよね。

どっちに転んでも大丈夫・・・。そう信じよう・・・。

理沙に相談して良かった。

どっちかが幸せで・・・どっちかが不幸な訳じゃない・・・。

どこかで聞いた事がある。

どっちの道を選ぶかよりも・・・選んだ道をどう生きるか。

その事の方が大切だって・・・。



「じゃあまたね~♪何かあったら連絡してね~♪」

理沙はそう言うと、地下鉄へと消えていった。

今日も少し飲み過ぎたな・・・。

私は酔いを醒ますために一駅先まで歩く事にした。

爽やかな夜風が心地よくて・・・どこまででも歩けそうだった。

・・・裕也と何度もこうして夜を歩いた。

時にはイチャイチャしながら。

時には喧嘩をしながら・・・。

果てしない夜は永遠のように長く続いて・・・二人で同じ場所に帰れる週末が何よりも大切だったのに・・・。


私は涼しい風を浴びながら裕也との思い出を噛みしめるかのように歩いた。

・・・これからも二人の道が一緒だったら・・・。

私は裕也の夢を応援して。

裕也も私の夢を応援してくれて・・・。

子供は二人。

男の子と女の子・・・。

いつか夢が叶ったら、私は自信を持って働くママになる。

ずっとそんな未来を描いていた。

・・・私の描く未来に・・・夢だけは・・・絶対になくてはならない大切なもの。

もう分かってる・・・。



「でっ?相談って?」

私は勇気を振り絞って隆ちゃんをいつもの居酒屋に誘った。

どうして隆ちゃんに連絡をしたかは分からないけど、隆ちゃんなら分かってくれる気がしたから。

「彼の事で・・・」

「うん。なんか進展あってん?」

「・・・明日ね話しあうの・・・。」

「・・・前にもめた事?」

「・・・そう。」

「・・・ほっか・・・。」

隆ちゃんはそう言うと、生ビールを一口飲んだ。

「でっ芽衣ちゃんの気持ちはどうなったん?」

「・・・んっ・・・。変わらずに・・・。仕事終わったら書いちゃうの。書かずにいられないの。楽しくって♪」

「・・・いい顔してる♪」

「えっ・・・?」

「いやっ・・・書く事話す時、芽衣ちゃんキラキラ輝いているから。」

「・・・・。」

「ええやん。素直に話したら。キラキラ輝いてる芽衣ちゃんみたら、彼も分かってくれると思うで♪」

「・・・隆ちゃん・・・。」

「・・・実は俺も、連ドラ決まったねん。」

「えっ・・・?」

「端役だけどね♪もうごっつ嬉しかったわ♪」

「隆ちゃん・・・・。」

私は隆ちゃんの報告に思わず涙が溢れそうになった。

頑張ってきたもんね・・・。

すごいね・・・。すごいよ・・・。

「夢って・・・叶うんだね・・・。」

「・・・そうやで♪だから芽衣ちゃんの夢も絶対に叶うから、そんな悩まんと、なりたい自分イメージしてさ♪楽観的にいきや♪」

「・・・うん。うん。」

隆ちゃんの夢が叶った事が・・・まるで自分の夢が叶ったかのように嬉しかった。

夢を語り合った日が遥か昔のように感じるよ・・・。

「俺もさ♪諦めんと自分信じて良かったわ。」

「・・・自分を信じる?」

「そうやで♪他の誰がどう言おうが関係あらへん。自分が叶うって決めたら、叶うねん。」

「・・・。」



「芽衣子は夢見過ぎなんだよ。本気で叶うと思ってる?そんなの一握りのラッキーな奴だけだよ。」



裕也の言葉が頭をよぎっていった。


あぁ・・・そうだ・・・。裕也が何と言おうと関係ないんだ・・・。

私が私を信じてなかったら・・・叶う未来も叶わない・・・。

誰が・・・なんて・・・私の夢が叶う事に何も関係ないんだ・・・。


「次は芽衣ちゃんの番やで。俺さ芽衣ちゃんが落ち込みそうになったり、夢を諦めそうになったり・・・そんな時はいつだって励ますから。夢は叶うって言い続けるから♪」

隆ちゃんはそう言うと、にこっと笑って焼き鳥を頬張った。

「・・・。」

隆ちゃんの優しい言葉が胸を締め付けた。

今までずっと一人で夢を追いかけてきたけど・・・。

叶うって言ってくれる人がいるだけで・・・こんなにも心強いんだ・・・。

隆ちゃん・・・ありがとう。ありがとう・・・。



「今日は隆ちゃんと話せて良かった♪」

「うん。俺も、一緒に喜んでくれて嬉しかったわ♪芽衣ちゃんにかっこいいとこ見せられるように、ドラマ頑張るわ♪」

「楽しみにしてる♪」

「ほなまたね♪」

「おやすみなさい♪」

私達は地下鉄の前でバイバイをした。

「あっ・・・!芽衣ちゃん!」

地下鉄の階段を降りようとすると、隆ちゃんがこっちに向かって走ってきた。


隆ちゃんは息切れしながら、私を見つめると急に真剣な表情になった。


「どうしたの?」

「うん。・・・なんや・・・うまく言えんけど、俺、悩んでる芽衣ちゃんより、堂々と夢を語ってる芽衣ちゃんが好きや・・・。もしも彼とうまくいかんでも・・・ほらっ・・・男はいっぱいおるから♪・・・俺もおるし?」

「・・・えっ?」

「まぁ・・・そういう事やから・・・お休み」

隆ちゃんはそう言うと、恥ずかしそうに顔を下に向けたまま走っていった。

・・・えっ・・・・?

今の言葉って・・・・

私は隆ちゃんの意味深な言葉に、心臓がドキドキいうのを感じていた。

・・・・えっ・・・?

えっ・・・?えっ~・・・・・。



夏空に包まれて・・・地下鉄の前でぼんやりと隆ちゃんの言葉をリピートして・・・。

・・・俺もおるし・・・。

この意味って・・・?

私はその言葉を思い出す度に心臓が破裂しそうなのを感じていた。

裕也以外にドキドキしたのは・・・何年ぶりだろう・・・。

嬉しくて・・・照れくさくて・・・でも・・・複雑で・・・。

隆ちゃん・・・どうして・・・?



「他に好きな人がいるの?」

裕也と理沙の言葉が頭をよぎる・・・。

さっきまでなら・・・全力で否定出来たけど・・・今は出来ない・・・。

でもこれって・・・ただ裕也とうまくいってないからそう思うだけなのかな・・・。

裕也とうまくいってたら・・・?

隆ちゃんの事・・・こんなにも気にならないのかな・・・?


「二人の男性が見えます。」

占い師さんの言うとおりだった・・・。

・・・それなら・・・。


私はその事が頭によぎると、乗ろうとしていた電車から背を向けて階段を駆け上った。

・・・分からない・・・。

でも・・・もしかしたら・・・少しでいい。助言が欲しい・・・。

私はそんな思いを抱いて、数ヶ月前に訪れた占い師さんの所へと走っていった。



「・・・はぁ・・・はぁ・・・あのまだ大丈夫ですか?」

同じ場所へ辿り着くとそこには占い道具を片付け始めている占い師さんがいた。


「・・・あなたは・・・。」

「はぁ・・・あの、この間見てもらって・・・。今日、どうしても・・・もう一度見てほしくて・・・。」

「・・・いえっ・・・」

「えっ・・・?」

「今日・・・あなたを見ても仕様がないです。」

「・・・?何でですか?」

「私の話を聞いても・・・あなたの気持ちは変わらない。」

「・・・えっ?」

「答えはもう・・・出てますよね?」

「・・・。」

「それでいいんです。自分を信じて下さい。その答えこそ最高の決断です。自分で決めた事ですから・・・。」

占い師さんはそう言うと優しい瞳で私を見つめた。



「他の誰がどう言おうが関係あらへん。自分を信じる事や」

隆ちゃんの言葉を頭をよぎる。

・・・大切な事は・・・

「自分で決める事・・・」

「結果よりも大切な事は過程です。そして・・・今、自分が誰といる未来を描くのか。」

「・・・・。」

「心がわくわくする道を選んだなら・・・それでいい。もうあなたは大丈夫ですよ。」

占い師さんは笑顔でそう言うと、私の事を取り残して片づけを始めた。


・・・もう答えは出てる・・・。

走ってきた道を今度はもう一度駅の方へ向かって歩き出した。

キラキラ輝く車に照らされて・・・

楽しそうにはしゃぐカップルとすれ違った。


裕也と居る未来・・・

喧嘩しながらも仲良くしている。

・・・けれど本心で・・・?

裕也との未来に少しだけ重苦しい感触を受けた。


そして・・・

隆ちゃんと・・・

隆ちゃんとの未来を想像してみた。

軽やかで、本当の表情のまま、二人で喜びを分け合って・・・。

そして夢を応援し合って・・・。

隆ちゃんは優しい表情で私を包んでくれる。

そしてありのままの私を受け止めてくれる・・・。

隆ちゃんとの未来を想像しただけで、幸せなイメージがたくさん湧いてくるのに自分でも驚いた。


「心・・・わくわくする方か・・・。」


私は未来への不安を抱えながらも、自分の中にある答えに気付き始めていた。

そして途方もなく溢れてくる涙を抑えることが出来なかった。



「でっ・・・芽衣子の気持ちは変わった?」

待ち合わせしたカフェでそのまま話しあう事になった。

裕也は穏やかな表情で、何故だか少し余裕が感じられた。

「・・・うん。」

「そっか・・・じゃあ予定通りお盆休みには芽衣子の親に挨拶しに行こう。」

裕也は安心したかのように微笑むと、ゆっくりとアイスコーヒーを飲み始めた。

・・・昨日も散々考えて・・・。

でも・・・やっぱり裕也との未来を捨てる事も出来なくて・・・。

私は弱い・・・。

そして結局は一人になるのが怖いんだ・・・。


「やっぱり芽衣子には俺しかいないよ。」

「えっ・・・?」

「俺達、ずっと楽しかった。芽衣子が別れるなんて言うから、正直ここ何日かしんどかった。」

裕也は急に、苦しそうに話しだした。

「裕也・・・」

「俺も芽衣子じゃなきゃだめだから・・・。」

泣きそうな裕也を見て、だんだんと愛おしい気持ちがこみ上げてきた。

・・・やっぱり裕也を選んで良かったんだ・・・。

一時の気の迷いで・・・別れを選ばなくて良かった。


久しぶりに私達に穏やかな時間が戻ってきた。

裕也も私もお互いにほんの少し優しくて、眩しい夏の日差しが二人を包んでくれた。


「♪~♪~♪」

「あっ・・・電話だ・・・。裕也ちょっとごめんね・・・。」


私は激しく鳴る携帯に気付くと、すぐさま席を外した。

「もしもし・・・?」

「あっ・・・新田さんの携帯ですか?」

「・・・はい・・・そうですけど・・・。」

「私、太田出版のものです。」

電話越しに出版社の人からの電話。

私はその言葉を聞いた瞬間、心臓が跳ね上がりそうになった。

「・・・えっ・・・?えっ・・・」

「この度、新田さんの作品が見事に優秀作品賞に選ばれました。それでですね、ご存知かと思いますが、優秀作品賞受賞の方の作品は出版させて頂きますので、ぜひ一度弊社の方で打ち合わせしたいのですが・・・。」

「・・・はい・・・・。」

「ではっ来週の月曜日は如何ですか?」

「はい・・・はい・・・。大丈夫です。行きます。ありがとうございます・・・。」

私は震える声を精一杯だした。

・・・こんな日が来るなんて・・・。

ずっとずっと・・・イメージしてた・・・。

こういうやりとりを・・・。

私は涙が溢れて止まらなかった。

何度も何度も夢に見てたこの光景が・・・ついに叶った瞬間だった。

・・・夢にまで見てた・・・書籍化・・・。

「ではっ月曜日の1時にお待ちしております。」

「・・・はい。ありがとうございました。」

私は電話を切るとそのまま携帯を握りしめた。

体が震えて・・・その場から動けない。

・・・ついに・・・夢が叶ったんだ・・・。



上京してから、ほぼ毎日書いていた。

最初は書く事が楽しくて仕方なかったけれど、どんどん社会に揉まれていくうちに考え方が変わった。

「誰か一人でも、ほんの一瞬でも現実を忘れられる作品を作りたい。」

「読み終わったあと、ほんの少しでも元気が出たり勇気が出たり・・・。プラスの力を発進出来たら・・・。」

そういう思いを込めて毎日、毎日書き続けた。

残念賞を貰うたび落ち込んでは自信をなくしかけたけど・・・

誰かが言ってた・・・継続は力なり。

本当でした。

そして隆ちゃんの言った通り、自分を信じて良かった・・・。

奇跡を起こす力はいつだって・・・自分の中にあるんだね・・・・。


夏の夕日に照らされて、サラサラと心地よい風に包まれた。

溢れる涙を流したまま・・・

今日・・・この瞬間を・・・一生忘れない様にしよう・・・。

がんばれば・・・奇跡が起こる事・・・絶対に忘れないようにしよう・・・。

私は一人目を瞑り、今この瞬間を感じていた。


「・・・誰から?」

気持ちが落ち着いた頃に裕也の所に戻ると、泣き腫らした目を不思議そうに眺めていた。

「うん・・・あのね・・・」

私は喜びの報告を裕也にしようとした瞬間にあの日の言葉が蘇ってきた。



「芽衣子には家を守ってほしい。俺や家族を一番に考えて欲しい。」



「んっ・・・?」

裕也は首を傾げながら次の言葉を待った。

・・・ダメだ・・・。

言えない・・・。

口元まで出た言葉は、急にどこかへ行ってしまった。

この事を言ったら・・・きっとまたもめる。

瞬間にそう感じた私は、一番大切な人に嘘をついた。

「・・・うん。また小説ダメだったの・・・。だから少し泣いちゃって・・・。」

「・・・そっか・・・。」

「まぁ・・・いつもの事だから、大丈夫。」

「・・・うん。」


一度もめてる事を会話に出してしまったせいで二人の頭に喧嘩した夜が蘇ってきた。

・・・せっかく裕也と仲直り出来たのに・・・。

少しだけきまずい空気が流れると私達は無言でカフェを後にした。



「今日は?うち来る?」

私の乗る地下鉄の駅に近づくと裕也はくるっと振り返った。

「・・・えっと今日はやめとく。」

私はそう言うと、裕也は淋しそうな顔をした。

「・・・予定でもあるの?」

「・・・いやっそうじゃないけど・・・。」

私はまた裕也に嘘をついた。

今・・・この喜びを・・・私はどうしてもどうしても隆ちゃんに伝えたかった。

その気持ちが先走って、このまま裕也と過ごすなんて考えられなかった。

だから今日だけは・・・。

「俺が悪かったって言ったじゃん。」

「えっ・・・?」

急に怒り出した裕也に私はびっくりした。

「なんなの?さっきから・・・。芽衣子、全然心ここにあらずで・・・俺達結婚するんじゃないの?」

「・・・裕也・・・。」

「もういいよ。」

裕也はそう言うと、背を向けて歩き出してしまった。

そして私は裕也の言葉に一人立ちつくすしかなかった・・・。


すれ違いだしてしまった二人の未来は・・・。やっぱりすれちがったままで・・・。

もうダメなのかな・・・?

そもそも本音を言えないなんて・・・夫婦としてありえない・・・。

私達・・・どうしたらいいの・・・?



頭の中がぐちゃぐちゃになりながら諦めるかのように地下鉄の階段を下りていると、タイミング良く隆ちゃんから電話があった。


「もしもし?」

「あっ芽衣ちゃん♪今平気?」

「うん。大丈夫だよ。」

「あんな、今撮影終わってんけど、めちゃくちゃ楽しかったねん♪」

生き生きとした声が私の心を明るい方向へと導いてくれた。

「ほんで、この喜びをどうしても芽衣ちゃんに聞いてほしくて♪」

「隆ちゃん・・・」

隆ちゃんの言葉に涙が溢れそうだった。

・・・私と同じ事思ってる・・・。

「芽衣ちゃんもなんか嬉しい事あったら報告してな♪芽衣ちゃんの喜びは俺も嬉しいから♪いやぁ~ほんまに楽しかったわ♪今日飲むビールうまいやろうなぁ♪」

「・・・じゃあ・・・一緒に飲もうよ♪」

「えっ・・・?でもこれから彼氏と会うんじゃないの?」

「・・・私ね・・・私の小説ね、優秀作品賞に選ばれたの!」

「・・・えっ・・・?」

「さっき出版社から電話があって・・・書籍化するって・・・」

「えっ・・・えっ・・・いやっめっちゃすごいやん!」

電話越しに超動揺してる隆ちゃんがいて、私は思わず笑ってしまった。

「えっ・・・ほんまに?ほんまに?やばい・・・俺・・・めっちゃ嬉しいわ!」

「うん・・・。私も夢みたいで・・・」

「分かる分かる♪そうかそうか・・・うん。良かったわ♪ほんまに・・・。」

「一緒に・・・お祝いしてくれる?」

「もちろんええよ♪今どこ?」

「今は青山にいるよ。」

「オッケイ♪じゃあすぐに行くから、どっかで待っときい♪」

「うん♪」


私は電話を切ると、心がドキドキして止まらなかった。

さっき・・・裕也の事で悩んでいたのが嘘みたいに、空がキラキラと輝いて見えた。

・・・これから隆ちゃんと一緒に過ごす時間が・・・。

こんなにもウキウキするなんて・・・。

そして夢が叶った夜に・・・喜びを分かち合う事が出来る人がいる事・・・

この上ない幸せだと感じた。



「よっ♪」

少し照れた表情で隆ちゃんは現れた。

「・・・うん♪」

「じゃあ行こうや♪」

「うん♪」

私達は5センチ距離を空けたまま青山の夕暮れを歩き出した。

サラサラと夏の風が私の髪の毛をなびかすと、隆ちゃんの視線を感じた。


「なんや・・・めっちゃいい風吹くな♪」

「本当に・・・気持ちいい♪」

「今日は外で飲もうや♪」

隆ちゃんはそう言うと、私達は恵比寿方面へと向かって歩き出した。


「じゃあ乾杯♪」

私達はハワイをイメージしたビアガーデンに入ると早速生ビールを注文した。

「うめぇ~♪」

隆ちゃんは目をつぶって本当に美味しそうにビールを一口飲んだ。

その様子を見ていた私は何だか可笑しくて笑ってしまった。

「・・・なんやねん」

「いやっ♪本当に美味しそうに飲むなぁっと思って♪」

「当たり前やん♪今日はお祝いやからな♪」

「うん♪」

私もそう言うとビールを飲んだ。

良く冷えたビールが私の喉を潤すと、最高の幸せを感じた。

「なっ♪うまいやろ♪」

隆ちゃんは笑顔でそう言うともう一口ビールを飲んだ。

「・・・なんか・・・まだ信じられない。」

「うん。」

「受賞したんだ・・・私の作品・・・。」

「ほんますごい事やで♪おめでとう♪」

「・・・うん♪なんか・・・すごいね。本当に信じれば夢って叶うんだね・・・。」

「ほんまやね。俺も気持ち分かるわ。この感動って半端ないよな。」

「なんかもっとキャーキャー喜ぶのかなって思ってんだけど・・・なんか冷静な自分がいる。」

「そうやね♪彼氏には?報告したん?」

「・・・ううん・・・。」

「えっ?」

「なんか・・・言いそびれちゃって・・・。」

「・・・そうなんや。」

「ほらっ・・・裕也は私の夢・・・反対してたから。」

「・・・ふ~ん・・・そういうもんかぁ・・・。」

「うん・・・。」

隆ちゃんと一緒の時に裕也の事を話すのが少しだけ嫌だった。

空気が変な感じになるから・・・。

変だね・・・。今までは普通に話せていたのに・・・。


「それより♪隆ちゃんの話し聞かせてよ♪」

「・・・うん♪今日はな、松山さんと一緒やってん♪」

「えっ・・・?松山ってあの松山寛樹?」

「そうやで~♪めちゃくちゃカッコ良かったわ♪でも俺標準語かんでもうて・・・」

「くす♪そうなんだ♪」

「めちゃくちゃ勉強になったわ♪明日も楽しみやわ♪」

「うん♪」

私達は陽気な音楽に包まれて、たくさんお互いの話をした。

楽しそうに仕事の話をする隆ちゃんはやっぱりキラキラと輝いていた。

そして私も前向きな気持ちでこれから始まる新しい生活を迎えられそうだった。

きっと大丈夫。

どんどん変わっていく未来・・・。

私の思っている通りに・・・。

キラキラ輝き始めたの・・・。



「じゃあ、また連絡するわ♪」

楽しい時間を過ごした私達はいつもの地下鉄でバイバイをした。

少しだけ酔っ払った私は、上機嫌で電車に乗り込んだ。

電車のドアが閉まると、ゆっくりと走り出す電車に身を預けた。

目をつぶると、今日の出来事が夢のように駆け巡っていった。

「あなたの作品が最優秀賞を受賞しました。」

頭の中で、心ときめく言葉がリフレインされると、何だかまた涙が溢れそうになった。

夢・・・叶った・・・。

こんな奇跡が起きるなんて・・・。

私は今日から作家と名乗ってもいいのかな・・・?

日本中に私の作品が並べられる。

そして・・・

これからも誰か一人でも読んでくれる人がいるのなら書き続ける。

その事が大好きだから・・・。


神様・・・こんなにも素敵な夜をありがとうございます。

努力しても報われない・・・。

悲しみの涙を流した夜もあったけど・・・。

今日は人生で一番温かい喜びの涙だよ・・・。

諦めないで良かった・・・。

本当に本当に良かった・・・。


私の胸の中は未来への希望でいっぱいだった。

現実に訪れた夢のような奇跡・・・。

この夢のような奇跡を抱きしめて・・・今度はどんな夢を見ようか・・・。




「こんにちは、あの・・・「笑顔のままで」の作者新田芽衣子と申します。」

「こんにちは。私は太田出版の本多と申します。よろしくお願い致します。」

「よろしくお願いします。」

通された打ち合わせ室は真っ白な壁とビル群が見渡せる大きい窓が印象的だった。

担当の本多さんは冷たい麦茶を出してくれた。

高貴なソファーに腰掛けると早速打ち合わせが始まった。


「まず受賞おめでとうございます。」

「あっ・・・ありがとうございます。」

「早速ですが、こちらで相談させていただきまして、本の出版は来春を予定しております。」

「来年の春・・・。」

「それでですね、何点か修正を頂いて、打ち合わせを重ねさせて頂きたいのですがよろしいですか?」

「あっ・・・はい。」

「後ですね・・・もう一作品書いて頂く事は可能ですか?」

「はい。大丈夫です。」

「ではっ何卒よろしくお願いします。何かありましたら私の携帯まで電話を下さい。」

「・・・はい!分かりました。」

「いい作品作りましょうね。応援しています。」

「はい!ありがとうございます。」


その後原稿の直しの部分を一緒に確認してから私は出版社を後にした。

高い高い高層ビル・・・。

皆一生懸命働いていた。

この本が売れる事は、私だけの利益じゃなくて・・・この会社の社員さん達の生活も関係してくるんだ・・・。

もう一人の夢じゃない・・・。

私は大きいビルを眺めながらそう思った。



「よしっ♪」

私は夢の一歩を踏み出して。もう後には戻れない。

自信がないなんて言ってられない。

やるしかないんだ・・・。

自分を信じて・・・。


真夏の日差しに照らされながら、私はくるっと向きを変え駅へ向かって歩き出した。

この先にある煌めく未来を信じながら・・・。


家に帰ると、すぐにかばんを置いて私は原稿へと目を通した。

担当さんがおかしい部分にチェックを入れてくれている。

確かに読み直してみると変だ・・・。

その個所を自分なりにもう一度表現し直して・・・。

私は無我夢中にその作業に取り掛かっていた。

裕也からの着信も気づかずに・・・。




「今日会える?」

土曜日にいつものように裕也からのお誘いがあった。

毎週土曜日はデートしてその後はお泊り。日曜日もデートして・・・。丸二日間裕也との時間・・・。今までなら喜んで出かけていたのに・・・。

どうしよう・・・。気分が乗らない・・・。

「今日は理沙と約束しちゃったから、明日でもいい?」

私は裕也に嘘のメールを作成すると、一人緊張しながらメールを送った。


・・・ごめんなさい・・・。

心の中は罪悪感でいっぱいだった。

夢の事・・・今日の事・・・裕也に嘘が増えていく・・・。

どうして言えなくなっちゃったんだろう・・・。


「了解!じゃあ明日また連絡して。」

裕也から返信がくると私は一人ベッドの上に横たわった。

・・・裕也ごめんね・・・。

私達・・・このまま結婚するんだよね?

なのに・・・なんで私は今こんな気持ちなんだろう・・・。

そう思った次の瞬間に隆ちゃんの顔が思い浮かんだ。

隆ちゃん・・・あれから連絡もないけど、がんばってる?

隆ちゃんはきっとこの真夏の太陽の下もいきいきとした顔で演技してるんだろうなぁ・・・。

私はそう思うと、自分の中の情熱を感じた。

私のすべきことは書くことだ・・・。

私はすぐさまベッドから起き上がり、パソコンに向かった。

誰かの為に・・・自分の為に・・・。

夢中でキーボードを走らせて・・・。

小説の中の物語に夢中になって・・・。


ふと意識が戻ると空はキラキラとオレンジ色に染まりかけていた。

「あれっ・・・もう夕方・・・。」

私は一旦パソコンの前から離れると、温かいミルクティーを入れてベランダに出た。

オレンジ色に染まる夏空はいつにもまして綺麗に見えた。

・・・夕日をゆっくり見るなんて久しぶり・・・。

大きく深呼吸すると、サラサラと風を感じた。

クーラーで冷えた体を温めるように、温かい紅茶を飲むと幸せが広がっていった。

あぁ・・・これでいいんだ・・・。

なんて幸せなんだろう・・・。

好きな事を好きなだけ出来る事・・・。


私はその瞬間に本当の幸せに気がついたような気がした。

賞を取る事に必死に頑張ってきたけど・・・こうして夢を叶えてみるとやっていることはずっとずっと変わらない。

それを多くの人に見てもらえるかどうか・・・。

そう思うと、もうずっと前から私は幸せだった。

好きな事に素直に関わって来てよかった。

他にやりたい事なんてない。

この事をずっとしていきたい。

そしてその夢はもう叶っている・・・。


キラキラと輝く太陽に包まれて私はぼんやりとそんな事を考えていた。



「じゃあ迎えに行くね。」

翌日裕也にメールをすると、裕也はすぐさま私を迎えに来てくれた。

裕也の優しさ・・・。

嬉しいはずなのに・・・。


「おはよう♪」

「おはよう・・・」

今日、何となく気分が乗らないのは私の方。いつもは裕也の機嫌を覗っていたけど、今日は私の方がテンションが低い。

「今日はさ・・・山に行こうよ♪」

裕也は笑顔でそう言うと、トランクに私の荷物を積んでくれた。

「・・・山・・・」

「そう♪ほらっ♪車乗って♪」

裕也は無理やり楽しそうな笑顔を作ると、私は引きつった顔のまま車の助手席に座った。



「最近暑いよな~・・・」

裕也は真っすぐ前を見つめながら、にこやかに私に話しかけた。

「・・・そうだね~・・・」

「でもほらっ♪山の方って涼しいからたまにはいいよな♪」

「・・・うん。」

車は東北自動車道へ入ると、真っすぐ真っすぐに進んで行く。

そして私は車内からぼんやりと山並みを眺めていた。


都会を離れて、田舎の方へ行くと懐かしい気持ちが込み上げてきた。

やっぱり・・・自然はいいな・・・。


東京から2時間、何度かパーキングに寄りながら私達は那須高原へとたどり着いた。


「ほらっ行こう♪」

裕也は那須で有名な牧場に入ると、車から降りて伸びをした。

私も裕也の後を追って車から降りると、心地よい山風が私の顔を掠めていった。


「気持ちいぃ・・・」

「はい。」

裕也は手を差し出すと私達はいつもみたいに手を繋いだ。

大きい喧嘩の事も・・・

占い師さんに云われた事もなかったみたいに。

いつも通り二人の間には穏やかな空気が流れて行った。


牧場には羊や馬とのふれあいコーナーや、美味しいそうなお土産売り場があった。


「芽衣子♪マス釣りやろう♪」

裕也は楽しそうにそう言うと、少年のような瞳でキラキラと釣り場まで急いだ。


「大人二人♪」

釣竿をレンタルすると簡単なえさをつけて早速釣り堀へと糸を垂らした。

「どっちが先に釣れるか勝負しよう♪」

裕也はそう言うと、上手に糸を揺らした。

そしてそれを見ていた私も真似してみた。

すると、すぐに釣竿は重くなり、竿を大きく揺らした。

「あっ♪釣れた~♪」

私はそう言うと、思いっきり竿を引き上げた。するとそこには、ぴちぴちと生きのいいマスが掛っていた。

「やったぁ~♪」

私は裕也に自慢げに魚を見せると、裕也は楽しそうに笑った。

「俺も頑張る♪」

すると、裕也の竿にもすぐに魚が掛って、裕也も楽しそうに魚を釣り上げた。

「イエーイ♪」

二人でハイタッチすると、二人の間に、優しい空気が流れて行った。

「楽しいね♪」

「うん♪」

その後も何匹か魚を釣った後、今度は囲炉裏で魚を焼いて食べた。

東京ではなかなか出来ない体験は、私の心をわくわくさせてくれた。


「次はどこ行くの?」

「買物しようか♪」

裕也はそう言うと、最近出来たばっかりのアウトレットまで車を走らせた。

道中も、自然に囲まれた道がキラキラと光輝いていた。

「癒されるわ。」

「うん。最高だね。風が気持ちいい・・・。」

車はクーラーをオフにして窓全開でのドライブ。

心地よい風が私達を包み込んでいた。


こんなに穏やかなデートは久しぶり・・・。こうやって・・・ずっと一緒にいたんだ・・・。

私は裕也の横顔を眺めながら、今までの事を思い返していた。

私の事を好きだと言ってくれたあの冬・・・。一人だった私を・・・裕也はいつだってそばにいてくれた・・・。

楽しかった日々・・・。

そして・・・すれ違った日々も全部・・・。

今も一緒にいる。

この現実が・・・私の答え・・・。だよね?


「着いたよ。」

那須のアウトレットに到着すると、私達はまた手を繋いで歩き出した。

そして、すれ違った時間を取り戻すかのように、穏やかで楽しい時間を過ごした。


「楽しかったね~♪」

買物に夢中になって、冷たい抹茶を飲んで、大満足にアウトレットを後にした。

そして、車は東京を目指して走り出した。


「今日は楽しかった。ありがとう。」

「うん・・・。芽衣子・・・」

「うん?」

「・・・お盆休み・・・一緒に奄美に行こうな。」

裕也は自信なさげにそう言うと、切ない眼差しで私の事を見た。

「・・・うん・・・。」

裕也の言葉に、急に心臓がドキドキ言い始めた。

そして再び迷いが私の中で渦巻くのを感じていた。

奄美に行くって事は・・・

結婚を決断するって事・・・。

一度別れを選んだ私は、裕也との未来をまだはっきりと決められないでいた。

・・・でも・・・

「それでさ、新婚旅行はベタだけどハワイに行って・・・そうそう結婚式も挙げなきゃ・・・。」

裕也は呟くようにそう言うと、私の心は切なさでいっぱいになった。

どうしてだろう・・・。

選んだ未来を・・・

まだ受け入れられない自分がいるみたい・・・。

心が追いついて行かない。

でも・・・そう・・・

今日すごく楽しかった。

裕也と共にこれからもきっと乗り越えて行けるよね。

今まで私を支えてきてくれた大切な人・・・。

私はこの人を裏切るなんて事・・・出来ない。

私は胸いっぱいに切なさと愛しさを感じると裕也を見つめた。

そして不安げな裕也を抱きしめるかのように温かい視線を送った。



「じゃあまたね♪」

裕也はそのまま私のアパートまで送ってくれた。

今日もこの後、原稿の直しをしなくちゃ・・・。

東京に着くと私の気持ちはすっかりと切り替わっていた。

「うん。芽衣子・・・今日はありがとう。楽しかったわ!」

「・・・うん。私もありがとう。おやすみなさい。」

「うん。また来週♪」

裕也は笑顔でそう言うと、車は煌めく夜景の中へと消えて行った。


・・・今日は本当に楽しかった・・・。

やっぱり私達はこれでいいんだよね・・・。

そんな気持ちで裕也を見送った後、

ゆっくりと自分の部屋へと戻っていった。

よしっ・・・今日も頑張るぞ♪

散らばった原稿用紙を綺麗に束ねると、コーヒーを飲みながら昨日直した原稿を読み返した。

私の心はみるみるうちに小説の中へと引き込まれていった。

そして気がつくといつもは眠っている時間だった。

・・・自分の中の情熱が・・・。

ただ楽しくてやっている。

なんて幸せな事なのだろう・・・。

私はそんな気持ちを抱きながら、ゆっくりと原稿を置くと、あくびをしながらベッドに入って眠りについた。



「じゃあ芽衣子の夢が叶った事に乾杯♪」

理沙は大きい声でビールを高らかに掲げながら言った。

「ちょっと・・・理沙恥ずかしいよ・・・。」

理沙の大きい声は狭い店内に響き渡っていた。


「まぁ♪今日はいいじゃん♪」

理沙はそう言うと、私のジョッキに乾杯して笑顔でビールを飲み始めた。

「でも・・・夢って本当に叶うんだね♪」

理沙は自分の事のように嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

「ありがとう・・・。」

奄美から上京して・・・最初に友達になったのは理沙だった。

いつも女子高生みたいな乗りで一緒にはしゃいだ。

夢を叶う事が出来たのは、支えてくれた皆がいたから・・・。

心からそう思う事が出来る。

「芽衣子ってやっぱりすごい♪私も頑張らなきゃ♪」

理沙は瞳をキラキラさせて言った。

「学校はどうなの?」

「うん?楽しいよ~♪やっぱり私料理が好きみたい♪」

理沙の笑顔は眩しいくらいに光輝いていた。

「そっか良かったね♪」

「うん♪・・・そうだ・・・裕也君とはあれからどうなったの・・・?」

「・・・うん。一応うまくいってるよ。お盆には奄美に一緒に帰ると思う。」

「・・・そっか・・・。」

「色々ありがとうね。・・・やっぱりこれで良かったんだよ・・・。」

「うん。芽衣子が決めた事ならいいと思うよ。じゃあ今年中には入籍するのかぁ・・・。」

「うん。その予定・・・♪」

私は無理やりに笑顔を作ると、生ビールを飲み干した。


「あれ~♪」

聞きなれた声が後ろから聞こえると、私はすぐに振り返った。

・・・やっぱり・・・。

「隆ちゃん♪」

「芽衣ちゃん♪久しぶりやなぁ♪おっ・・・今日は理沙ちゃんも一緒やん♪」

久しぶりに見る隆ちゃんの顔に私のテンションはマックスに上がった。

「隆さん久しぶりです。」

理沙は丁寧にそう言うと、隆ちゃんに頭を下げた。

「今日は男三人で飲んでんねん。今日は阪神戦ないからのんびり♪後でまた来るわ♪」

隆ちゃんはそう言うと、仲間の元へと戻っていった。

「芽衣子・・・嬉しそうだね。」

理沙は私の顔を覗き込むとするどい突っ込みを入れてきた。

「・・・えっ・・・そんな事・・・ないよ・・・。」

「ふ~ん・・・。」

私はニヤけた顔を元に戻すと、メニュー表でその表情を隠した。



「おっす♪」

少し酔いが回ってきた頃に隆ちゃんは一人で私達の席へとやってきた。

「じゃあ久しぶりの再会に乾杯♪」

三人そろってもう一度乾杯すると、私は隆ちゃんを見つめながらビールを飲んだ。

「そうや♪芽衣ちゃん、原稿のほうどうなん?」

「うん♪順調だよ。昨日も寝たの3時・・・。でも楽しいから苦にならないの。本の発売日は春頃って言ってた。」

「そっか・・・。楽しみやな♪50冊くらい買ったるわ♪」

隆ちゃんは笑顔でそう言うと、美味しそうにビールを飲んだ。

「隆ちゃんは?仕事どうなの?」

「おう♪来週にはクランクアップや♪」

「そっかぁ♪」

私達はキラキラとお互いの夢の続きを話した。やっぱり隆ちゃんと話す事が楽しくてたまらない。

「そういえば・・・彼氏とはどうなったん?」

隆ちゃんは急にそんな話を振ってきた。

「えっ・・・っと・・・」

私は急な質問に隆ちゃんになんて言えばいいかわかなくなってしまった。

「結婚するんだよね♪お盆には親に挨拶しに行くんですよ♪」

私の揺れ動く気持ちを知らない理沙はさらっと笑顔でそう言った。

「・・・そうなんや・・・。」

隆ちゃんは小さい声でそう言うと、少しだけ変な空気が流れて行くのを感じた。

「そっか・・・おめでと♪」

隆ちゃんは落としていた視線を私に向けるとそう言ってくれた。

「あっ・・・ありがとう・・・。」

「なんや・・・俺にもちゃんと報告してくれや・・・。心配してたんやから♪」

「・・・そうだよね・・・。ごめんね。」

「もうええよ。」

隆ちゃんは優しい声でそう言うと、私の頭を撫でてくれた。

「ほな・・・俺戻るわ♪」

隆ちゃんは私の頭に手を置いたまま立ちあがるとまた仲間の所へ戻って行ってしまった。


「・・・なんか隆さん変だったね・・・。」

理沙は不思議そうに隆ちゃんの背中を見つめていた。

「・・・うん。」

私は、頭に残る隆ちゃんの温もりを感じながら切なさで胸がいっぱいだった。

隆ちゃんに・・・結婚するって・・・言ってしまった。

これで・・・私の中で・・・

裕也と結婚する事が確実になってしまった気がした。

隆ちゃんにもおめでとうと言ってもらえたし、夢の事だって・・・裕也はきっと分かってくれる・・・。

全部が順調じゃない・・・。

これでいいんだよ・・・。

これで・・・。

私は切ない想いを抱きしめながら自分にそう言い聞かせていた。

もう誰も傷つけたくないから・・・。



晴れない気持ちのまま理沙とお店を出た。

夜風がサラサラと私の頬を掠めて行った。


「待って・・・。」

お店を出た瞬間に、隆ちゃんの声がするのが聞こえた。

「えっ・・・?」

私達は後ろを振り返ると隆ちゃんが、真剣な眼差しで私の方へと向かって歩いてきた。


「私帰るね・・・」

理沙はサラッとそう言うと、足早に駅の方へ向かって歩き出してしまった。

「ちょっ・・・」

「芽衣ちゃん・・・話しあんねん・・・。」

「隆ちゃん・・・。」

「俺の話し聞いてもらってもええ?」

「・・・うん。」

いつになく真剣な眼差しの隆ちゃんに私は心臓が飛び出しそうなくらいドキドキした。

隆ちゃんの話って・・・?

「あんな・・・奄美帰らんといて・・・。」

「えっ・・・?」

「なんや・・・めっちゃ自分勝手やけど・・・行かないで欲しい。」

「・・・どうして?」

私は真剣な表情の隆ちゃんを同じくらい真剣な表情で見つめた。

「・・・好きや。」

「えっ・・・・」

隆ちゃんの突然の告白に心臓が飛び出しそうになった。

「・・・気付いたら好きになってた。」

「隆ちゃん・・・。」

「俺・・・芽衣ちゃんとこれからも一緒に喜びを分かち合いたい。夢にキラキラしたままこれからも一緒におりたい。」

隆ちゃんは切ないくらいに真剣な顔で私を見つめた。

一回は諦めた隆ちゃんとの未来・・・。

一緒に?

裕也じゃなくて?隆ちゃんと・・・?


「俺芽衣ちゃんとおるとありのままでいられるねん。今芽衣ちゃんが目の前で他の誰かと結婚するなんて耐えられへん・・・。」

「・・・・。」

隆ちゃんの綺麗な顔を居酒屋の赤ちょうちんが照らしていた。

こんなにも私を思ってくれていたなんて・・・。

「なぁ・・・8月13日・・・一緒に花火大会に行けへん?」

「えっ・・・?」

・・・裕也と奄美に帰ろうって約束した日。

「俺、原宿の駅で待ってる。」

「・・・でも・・・」

「もしも芽衣ちゃんが来なかったら、俺はきっぱり諦めるよ。」

隆ちゃんは苦笑いすると、私から視線をそらした。

「・・・・分かった。」

その日・・・裕也と奄美に帰って、そのまま結婚をするのか・・・。

それとも裕也と別れて、隆ちゃんと一緒になるのか・・・。

私は人生で最大の決断を迫られた。

・・・けど真剣な隆ちゃんと裕也の為にも私ははっきりと決めなくてはならない時が来たのだと感じていた。

「ほな・・・待ってるわ。」

隆ちゃんはそう言うと、私から向きを変えて歩き出した。

・・・小説よりも・・・もっともっとドラマみたいな言葉・・・。

隆ちゃん・・・

いつも大きく見えた隆ちゃんの背中が、心なしか小さく見えて少しだけ切なくなった。

・・・皆が幸せになる事は無理なのかな・・・。


私は隆ちゃんの姿が見えなくなるまで見送ると、一人未来へ向けて歩き出した。



「答えはもう・・・出ていますよね?」

いつかの占い師さんの言葉が浮かんできた。

・・・そうだった。

あの日・・・自分の中に結論が出ていたのに・・・。

新しい未来を受け入れる事が怖かった。

全てを捨てて、新しい未来へと向かうのはとても勇気がいるから・・・。

過去にしがみついてバタバタしてしまった自分を少しだけ恥ずかしく思った。

私にもっと勇気があったら・・・。

二人をここまで傷つけなくて済んだのかもしれない・・・。

でも・・・隆ちゃんの真剣な気持ちと・・・自分自身を信じるなら・・・・。



あの日君がくれた言葉が・・・

私にはすべての答えだったような気がします。

夢にキラキラしたまま一緒にいたい。

本当だね。

あまりにも素敵な言葉過ぎて私には少しもったいないけれど・・・。

ねぇ・・・私の出した結論を・・・

君は今どう受け止めてる?



「今日会える?話しがあるの。」

奄美に行く数日前に私は裕也にメールを送った。

「なんで?奄美に行く時じゃダメ?」

「奄美に行く前にどうしても話さなきゃいけない事があるの・・・。ごめんね。」

「分かった。いつもの場所で」

「うん。じゃあ後でね。」

少しだけ声のトーンが低くなっていた裕也はきっと感づいている・・・。

こんなにもはっきりしない自分のせいで裕也を傷つけてしまったの・・・。

もうこれ以上、裕也の事傷つけたくない。

全部話そう。

そしてこれからの未来を歩みたい。



「お待たせ」

デートする時に良く待ち合わせしていた二人が好きだった勝鬨橋に着くと、裕也はぼんやりと川を眺めていた。

「おう・・。」

元気のない様子が窺えて、早速気まずい空気が流れた。

「隣に座ってもいい?」

「・・・うん。」

私はそのまま裕也の隣に腰かけた。

真っすぐ前を見ると隅田川の向こうにキラキラと輝くビル群が見えた。

「・・・あのね」

「・・・俺さ」

私と裕也はほぼ同時に話し始めてしまった。

「・・・ごめん。裕也からいいよ。」

「・・・うん。」

「なに?」

「うん・・・。俺さ、ずっと芽衣子に言えなかった事があって・・・。」

「・・・?なに?」

裕也の初めての告白に心臓がバクバク言い始めた。

裕也が私に言えなかった事があるなんて知らなかった。

「俺ね・・・来月からイギリスに留学しようと思っていて。」

「・・・えっ・・・?」

「だから・・・結婚の話し、なかった事にしてくれる?」

「・・・裕也・・・。」

「いやっ・・・会社からずっと行ってみないかって言われていて迷っていたんだけど最近ようやく決心出来てさ・・・。」

「・・・そっか・・・。」

知らなかった。裕也が留学しようと考えていた事も迷っていた事も・・・。

でも・・・

「芽衣子もその方がいいでしょ?最近俺達すれ違ってばっかりだったし・・・。」

裕也はそう言うと、今日初めて私の顔を見た。とても切なそうな眼差しで・・・。

「・・・ごめんね。」

「ううん・・・。何となく分かっていたから・・・。」

息も出来ないほどに胸が苦しかった。

・・・どうして最後まで裕也を愛せなかったんだろう・・・。

こんなにも素敵な人なのに・・・。

「俺ね・・・前に芽衣子に言ったよね?夢なんて叶わないって・・・。」

「・・・うん。」

「あの後ずっと気分が悪くて、俺はなんて事を言ってしまったんだろうって後悔していた。」

「・・・。」

「それからさ・・・考えだしちゃったんだよね。自分の夢について。」

「・・・。」

「芽衣子のおかげ。芽衣子はどんなにゴールの見えない暗闇でも必死で歩き続けていて・・・。その姿が俺には眩しくて、なんか嫉妬していたのかもしれない。」

「裕也・・・。」

「だから心配しないで。俺さ、今すごいわくわくしているんだぜ♪夢があるって最高だな♪」

裕也は瞳に涙を隠したまま笑うと、私が耐えきれずに涙してしまった。

「・・・私が・・・頑張ってこられたのは・・・・いつも裕也が私を・・・大切にしてくれていたからだよ・・・。」

「・・・うん。」

「ごべんね・・・。」

私はそれ以上言葉を発する事が出来なくなってしまった。

そしてそんな私を裕也はいつもみたいに優しく抱きしめてくれた。

裕也の匂いがあまりにも切なくて、これが最後かと思うと、信じらないくらいに涙が溢れ出してきた。


「俺達・・・楽しかったよね?」

「・・・うん・・・。」

「俺さ、どんなに辛い時でも芽衣子の頑張っている姿思いだして乗り越えるから・・・。」

「・・・うん。」

「芽衣子・・・ありがとうな・・・。」

震える裕也の声に、顔は見えないけれど涙しているのが分かった。

狂おしいほどに愛していた。

どんな時でも笑顔をくれた。

この人以外考えられないと何度も思った。

たくさんの初めてをくれた人・・・

いつか今日の日の事を後悔する時が来るかもしれない・・・。

それくらいに・・・愛していた。

自分で決めた大きい決断に・・・ダメになりそうな時がきても・・・

裕也の強さを思い出すから・・・。

そして、いつだって私の幸せを願ってくれていた君の為にも・・・

きちんと前を向いて・・・歩き出すから・・・。


少しだけ涼しい風が吹き、だんだんと涙が枯れてくると、私達は煌めく夜景を見ながら、最後に話をした。

「・・・裕也。私ね、小説大賞を取ったの。」

「えっ・・・・?」

「先々週・・・言いそびれちゃって・・・。」

「えっ・・・?えっ・・・?まじで?えっ・・・すごいじゃん!まじかぁ~♪」

裕也は真っ赤な目のまま嬉しそうにほほ笑んだ。

「いやぁ~♪やっぱり芽衣子は凄いわ♪俺も負けてらない!あっちで成果あげてくる♪」

裕也は今までで一番生き生きした表情を見せてくれた。

「ありがとう。うん♪裕也の夢も必ず叶う!だって私に出来たんだもん。裕也なら必ず。」

「うん!俺頑張るわ!本気で、自分の道、探してくるから。」

「うん。私も頑張るよ。まだまだ始まったばかりだから・・・。」

「じゃあ指きり!これからどんな事があっても自分の道信じて突き進もうな♪」

「うん!」

私達はそんな約束を交わすと、二人ともいつもの笑顔に戻った。

そしてそのまま裕也は立ちあがった。

「じゃあ・・・そろそろ行こうか♪」

「・・・うん。」

私も一人ベンチから立ちあがると、手はつながずに駅に向かって歩き出した。


・・・いつもこの道を二人で歩いたね。

キラキラ輝く夜景と、大好きな裕也の手のぬくもりが幸せをくれていた。

あんなにも当たり前にあった裕也の温もりが・・・今は信じられないほどに遠く感じられた。

そして5センチ開いたまま歩く、思い出の道は・・・

これが二人の最後だとひっそりと教えてくれていた。





「じゃあ・・・。」

「・・・うん。」

いつもよりもゆっくり歩いても・・・辿り着いてしまった別れの駅・・・。

枯れ果てた涙がまたも涙腺を刺激する。

もう・・・本当にさよならなんだね・・・。

「芽衣子・・・」

「・・・ん・・・?」

私は涙が流れない様に我慢するのに必死だった。

これ以上涙を流しちゃいけない・・・。

優しい裕也もまた泣いてしまうから・・・。最後は笑顔で・・・。


「うん。本当にありがとう。芽衣子・・・またいつか・・・。」

裕也はそう言うと、涙を隠すように無理やり笑顔を作った。

「うん・・・。またいつか・・・。」

私も涙を隠しながら笑顔を作った。そして手を振ってから歩き出した。

・・・もうこれ以上涙を我慢するなんて・・・無理だから・・・。

地下鉄の階段を降り切ると私は、私を口元を押さえながら号泣した。



大好きだった。

大好きだった。

これが最後なんて信じられない・・・。

本当に・・・?本当なの・・・

でもこれが私の選んだ未来・・・。

裕也・・・裕也・・・。



いつもそばにいてくれた。

笑ってくれた。

抱きしめてくれた。

どんなにダメになりそうな時も・・・君がいたから乗り越えてこれた・・・。

どんなにありがとうと言っても足りないくらいに・・・

君といた日々が・・・今こんなにも愛おしい・・・。

狂おしいほどに愛し合った日々・・・・。

もう戻れない裕也のぬくもり・・・。


私と居てくれてありがとう。

優しさをありがとう。

笑顔をありがとう。

たくさんの喜びをありがとう。

神様・・・裕也との時間を私は絶対に忘れません・・・。

この日々を私の一部にして・・・

この日々を糧にして・・・

私は・・・泣きながらでも・・・自分の信じた道を歩き出します。

裕也に恥じない未来を・・・。

裕也を失ってまでも・・・見たかった未来を見るために・・・。

見ていてください。

この先も・・・どんな事があっても私は笑って生きていくからね。

君の為に・・・。

君との時間に感謝しながら・・・。


生きていた中で一番泣いた夜。

思いだすほどに自分の幸せに感謝した。




「俺・・・芽衣ちゃんとこれからも一緒に喜びを分かち合いたい。夢にキラキラしたままこれからも一緒におりたい。」

今・・・一番一緒に居たい人の言葉が、私の頭を支配していく。

そうやって・・・君はいつでも私を受け止めてくれたよね・・・。

もしも・・・この先後悔する事があったとしても・・・。

もう悩んで出した答えにジタバタしない。

そして・・・選んだ道を、ただ自分達らしく生きていけたらそれでいい・・・。




私は肩下20センチあった髪の毛をバッサリとカットした。

そして、上の部分で編み込みをして、サラサラと風でなびくお花の簪をつけた。

一昨年買った浴衣は、サラサラとして気持ちよかった。

色は大人っぽく白・・・。

隆ちゃんは・・・私の事を本当に受け止めてくれるのかな・・・。


待ち合わせ時間の数時間前からシャワーを浴びたり、着付けをしたり、バタバタと準備に追われると家を出たのは待ち合わせ時間ぎりぎりだった。

原宿駅に・・・隆ちゃんは本当に現れるのかな・・・。

そして・・・私の気持ちをなんて伝えよう。

ドキドキしたまま家を出ると、夏の日差しが眩しく私を照りつけた。

けれど、これから好きな人に会える嬉しさから夏の暑さも全然嫌じゃなかった。

そのまま電車に乗り込むと、額の汗をタオルで拭った。

こんな気持ちは・・・本当に久しぶりで・・・。

電車の窓を眺めながら、私は隆ちゃんの事を考えていた。

偶然出会ったあの日・・・。

ただ無邪気に生きている人だと思った・・・。

でもそんな君は・・・夢を叶えるために必死で生きてて・・・。

どんな事も受け止めて無理はしない。

ありのままで全力投球する君を・・・。

いつの間にか好きになっていた・・・。

そうか・・・私はこれから好きな人に会えるんだ・・・。

そんな事を考えると、あんなにも遠くにいた隆ちゃんが・・・恋しくて恋しくてたまらなくなっていった。


「原宿~原宿~・・・」

電車が原宿駅に着くと、私は隆ちゃんの待っている出口まで歩いて行った。

心臓はドキドキと大きい音を立てていた。



ゆっくりと改札を出ると、私は辺りを見渡した。

そして、見慣れた後ろ姿を見つけると、緊張のあまり生唾を飲み込んだ。

・・・私の事を待っていてくれている・・・。

そう思うと胸がキュンと締め付けられた。



私は自販機で冷たいコーヒーを買うと、意を決して隆ちゃんへと歩き出した。

・・・もう迷わない。

私はこれから・・・この人と共に生きていく。


「・・・隆ちゃん・・・。」

後ろからそっと声をかけると、振り返った隆ちゃんは今まで見た事もないようなビックリした表情で私を見つめた。

「えっ・・・?芽衣ちゃん・・・あれ・・・髪の毛・・・。てか・・・来てくれたんや・・・・」

隆ちゃんの最後の言葉は泣きそうな声だった。

「・・・はい・・・。私の事・・・待っていてくれてありがとう。」

私はコーヒーを手渡しながら、笑顔で隆ちゃんを見つめた。

その瞬間に、隆ちゃんはコーヒーを差し出した手を優しく引っ張ると公衆の面前で、私の事を強く強く抱きしめた。

「・・・隆ちゃん・・・。」

「・・・芽衣ちゃん・・・大切にする。」

隆ちゃんは優しくそう言うと、手を緩め、今度は温かい笑顔をくれた。


「ほな・・・行こうか♪」

隆ちゃんはそれ以上何も言わず手を差し出すと、

私達は手を繋いで歩き出した。


初めて触る隆ちゃんの手は、大きくそしてとても暖かった。

「芽衣ちゃん、めっちゃ浴衣似合うわ♪」

隆ちゃんは照れた顔でそう言うと、私から視線を外した。

「・・・なんか・・・変な感じ・・・。」

今まで友達だった私達が、急に手を繋いで歩くなんて・・・。

違和感だらけだけど・・・

そのうちこれが普通になるんだね・・・。


神様・・・私達はまだ幼くて・・・

夢は叶うものだと信じて・・・そして・・・この道を選びました。

隣にいる私の好きな人は、きっと一生夢を追いかけ続けるでしょう。

不安定な運命の中・・・もしかしたら大きい挫折を味わうかもしれないけれど・・・

それでも・・・私達は夢を追いかけ続けます。


もしも・・・

あの時に夢を諦めていたら・・・きっと君には出会えてなかった。

あの時に未来を恐れて逃げていたら・・・きっと君とこうして手を繋いでなかったね。

この心からの喜びは・・・いつだって諦めなかった自分がいたから・・・。

この先も・・・もっともっと見てみたい。

夢の続きを・・・

そして新しい夢を・・・。


この人生・・・私は彼とずっと夢を追い求めて・・・

キラキラ輝きながら死んでいきたい。

それだけが・・・私の「したい事」だから。



夜が深くなると、東京の夜空に大きい花火が打ちあがった。


「わぁ・・・綺麗・・・。」

「ほんまやなぁ・・・。」

手を握りしめたまま、ただ大きい花火を見上げた。

こんなにも綺麗に見えるのは・・・隆ちゃんが隣にいてくれるから・・・。


「・・・俺・・・こんなに綺麗な花火初めて見たわ。」

「・・・うん・・・。」

「きっと芽衣ちゃんが隣におるからやろうな♪」

「・・・隆ちゃん・・・。」

「俺・・・ずっと一人やったから・・・芝居に夢中で、周りに構う余裕なかったからなぁ・・・。」

「・・・そっか・・・。」

「・・・でも自分でもビックリやで♪芽衣ちゃんの事は、ほんまに・・・」

「・・・うん・・・」

「誰にも譲りたくなかった・・・。」

「隆ちゃん・・・。」

「まぁ・・・ほんまに今は夢見たいや♪芽衣ちゃんほんまにありがとうな♪」

隆ちゃんは照れた顔でそう言うと、生ビールをくいっと飲んだ。

煌めく花火を見ながら・・・

たまに吹く風が、体の熱をさっと飛ばしてくれて・・・

すぐにぬるくなる生ビールをのんびり飲みながら。

私は空を見つめながら、自分の気持ちを隆ちゃんに伝えた。


「私ね、隆ちゃんが好きだよ。今は誰よりも・・・。本当は会うたびに惹かれていたの。でも新しい世界に飛び込むのが怖かった・・・。だからごまかして逃げていたの。でもやっぱり隆ちゃんと居る時が一番幸せで、もっと一緒にいたいと思った。なかなか素直になれなくて・・・待たせてごめんね・・・。」

私はそう言うと視線を花火から隆ちゃんに移した。

視線の先には、温かい瞳で微笑む隆ちゃんがいた。

そして隆ちゃんは、皆が空を見つめているのを確認すると、

私の事を引き寄せて、優しくキスをしてくれた。

花火の大きい音が鳴り響いて、目をつぶっていても大きい煌めきは瞼の裏で輝いていた。


「いいよ。今がすべてだから♪」

顔を離すと、照れた顔で笑う隆ちゃんがいた。

そして私は幸せのあまり涙が溢れそうになった。

・・・なんて素敵な瞬間なんだろう・・・。

君が私を好きになってくれた奇跡を・・・。

私が君を好きになった奇跡を・・・。

私はずっと忘れません・・・。



君と出会えて・・・本当の意味で夢を叶える事の素晴らしさを知った。

そして喜びを分かち合える人がいる事の幸せさを知った。

どんな時でも、応援してくれたね。

そして・・・君はいつだって優しかった。

ありのまま・・・私も自分を信じて生きていこう。

君がいればきっとどんな夢だって叶うから。



そして・・・キスをした瞬間に生まれた新しい夢は・・・。

まだ君には言えないけれど・・・

「いつか君と家族になりたい」

そんな幸福な温かい夢・・・。

叶えていけたらいいなぁ・・・。


「芽衣ちゃん♪」

「うん♪」

隣で笑う君を・・・

これからもずっと思い続ける。

煌めく未来を描こうね。

きっと楽しい事がいっぱい待っているはずだから♪        終わり
















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煌めく未来へ AYANA @ayana1020

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