第6話【ルゥネはルゥネだよ?】3


 その後、魔王の娘を収納魔法に保管したまま、仲間と合流し、国へと帰還したハルト。

 魔王討伐の報告を国の上層部に済ませ、報酬を受け取ったあと、貴族やギルドマスターにならないかという勧誘を蹴り、かつて立ち寄った辺境の村――リューゼット村へと住まいを移す準備を始めた。



 王都からリューゼット村は馬車で三日の道のりである。

 距離としてはそうでもないが、それなりの準備が必要だった。


 移動中の食料や村で使う備品。

 収納魔法のあるおかげで荷物がかさばることはないけれど、それでも大変なものは大変だった。


 二か月の準備期間を経て、ハルトはリューゼット村へ向かう馬車へ――


「ハルトさんはなぜ、リューゼット村へ向かう馬車に乗っているのでしょうか?」


 共に魔王と戦った聖女――ミーレイが同じ馬車に乗っていた。

 

「……なんでここに?」


 ハルトは、今にも走り出しそうな馬車に片足を乗せた状態で固まる。

 

「ここ最近のハルトさんの様子がおかしかったので、色々と調べさせてもらいました」


 ニコッとした笑みを浮かべるミーレイ。

 しかし、その目は一切笑っていなくて……。


(いや、圧! 圧が怖い!)


 背中に滲む冷や汗。

 

「……どこまで知ってる?」


 ハルトは馬車に乗り込むと、ミーレイの正面に腰を下ろす。

 

「ハルトさんが貴族にならないか。という提案を断り、なぜか辺境の村であるリューゼット村に行こうとしていること。そのための準備をしていたこと――くらいでしょうか」


「……そっか」


 変わらず威圧感のある笑顔を向けてくるミーレイ。

 彼女はハルトを観察するように、その表情を見ると、ゆっくりと口を開く。


「なにか……隠してます?」


「……別に」


「嘘ですね。ハルトさん、正直に答えて下さい」


 優しげな笑顔から真剣な表情に変わる。

 どちらにしろ圧があるのだが、その変化は彼女が真面目にハルトのことを考えているのだということを証明していた。


「はぁ……。巻き込むことになるぞ?」


 ため息をつきながら、そんな確認をするハルト。

 国に黙って、魔王の娘を保護している。

 それは、場合によっては処罰の対象になりかねない行為だ。

 そして、その話をしてしまえば……彼女を巻き込むのは避けられない。


「別にいまさらじゃないですか」


 そう言ってフフっと微笑むミーレイ。

 

「四年です。四年も一緒にいたんですよ?」


「そうだな。だからこそ――俺はミーレイを巻き込みたくない」


 仲間だからこそ、巻き込みたくない。

 それは心からの言葉だった。

 しかし――


「正座」


「……はい?」


「正座して下さい」


「…………ん?」


「正座。そこに――正座して下さい」


 指をクイっとするミーレイ。

 ハルトは、


「分かりました」


 従った。

 すぐに正座した。


 怖かった。

 魔王よりもずっと怖かった。


「ハルトさんは私のこと、舐めてます?」


「いえ、そんなことはないです」


「それなら、なんで『巻き込みたくない』なんて言うんですか?」


 睨むような視線。

 ハルトは――答えることができなかった。

 明確な答えが見つからなかった。


「私たち、魔王を一緒に倒したんですよ? 人類の敵を……命を懸けて、共に討ったじゃないですか。何を隠しているかは知りませんけど、今ハルトさんがやろうとしてることって、それより大変なことなんですか!?」


 ミーレイの感情のこもった声が心に刺さる。

 ハルトは思う。

 

(あーーー、うん。同等。魔王の討伐と、魔王の娘の保護……同等だ)


 どんな返答すればいいのか。

 一見、感動的なシーンに見えてしまうだけに、余計に反応に困るハルト。


 しかし、ミーレイが真剣に自分のことを考えてくれているということ。

 そして、力になりたいと本気で思ってくれていること。

 それが分かったハルトは――


「分かった。それじゃ、話すけど……このことはくれぐれも内密にしてくれ」


 そう言って、魔王を討伐したあとに起こったことを話した。


 王座の間に隠し扉があったこと。

 その扉の先で魔王の娘を発見し、保護したこと。

 そして……魔王からの受け取ったメッセージの内容。


 そのすべてを話す。

 すると――


「……想像していたよりも重大なことでした」


 案の定、ミーレイは困ったように頭を抱えていた。

 

「だろ? だから言ったんだ、巻き込みたくないって」


「はい。今なら口を閉ざしていたハルトさんの気持ちが分かります。でも――」


 ミーレイは立ち上がり、馬車の御者に合図を送る。

 ほどなくして、車輪が土を踏みしめる音が響き、馬車はリューゼット村へと動き出す。


「最後まで付き合いますよ」


 その言葉に、ハルトはふっと息をつくのだった。



 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 それから、数日の馬車の旅を経て、リューゼット村に到着したハルトとミーレイ。

 幸いにも家はすぐに見つかり、ある程度の生活基盤を整えた頃――


「そろそろ……起こすか」


 ハルトは魔王の娘を、収納魔法からベッドに移すと、緊張の色を強く見せているミーレイにそう言った。


「そうですね。ずっとこのまま……というわけには、いきませんものね」


「ああ、今のところは生命維持の魔法をかけているけど、それも長くは続かないからな」


 最悪の場合は戦闘になってもおかしくない。

 そして、いくら子供だといっても、彼女は魔王の血を引いた存在だ。

 ハルトは覚悟を決める。


「それじゃあ、解除するぞ」


「……はい」


 ミーレイは小さく頷くと、急な戦闘に備えて、結界を張る構えを取る。

 ハルトは意識を奪う魔法がかかっている魔王の娘に手をかざした。


 すると、ふわりと光が走り、少女の体を包んでいた魔力の幕が解けていく。

 数秒の沈黙のあと――


「……ん」


 まぶたが微かに揺れ、やがて、魔王の娘はゆっくりと目を開けた。

 深い闇を象徴しているような漆黒の瞳。

 その瞳が、ぼんやりと天井を捉える。


「ここ……どこ?」


 上半身を起こし、目をゴシゴシと擦る。

 そして、それから少しして、焦点が定まってきたのだろう。

 ハルトとミーレイを見ると、

 

「だれ?」


 そう尋ねてきた。


(一旦は戦闘の意は無さそうだ。でも……油断はできない)


 ハルトは目線を合わせるように、しゃがみながらも、右手は腰の剣にかかっている。


「俺はハルト。こっちはミーレイ」


「ハルト……? ……ミーレイ?」


 少女は小さくその名を口にし、二人を交互に見つめる。

 そして、小さくニコっと笑みを浮かべた。


「あなたの名前を聞いてもいいかな?」


 魔王の娘に敵対の意はないと分かったミーレイは警戒を解き、笑顔を返すように、微笑むと、そう尋ねる。

 すると――


「ルゥネ……ルゥネはルゥネだよ?」


 ルゥネと名乗った魔王の娘。

 彼女は首をコテンと傾げると、言葉を続けた。


「でも……ルゥネがルゥネってことしか分かんない」

 

 顔を見合わせるハルトとミーレイ。

 ルゥネは名前以外の記憶をすべて失っていた……。


 こうして、“勇者”、“聖女”、“魔王の娘”――立場も種族も違う三人の、リューゼット村での日々が幕を開けたのだった。

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