第5話【ルゥネはルゥネだよ?】2


「これは……中々に……ファンシーな部屋だな」


 ”ルゥネの部屋”というプレートがかけられていた部屋に入ったハルトは、その内装を見て、思わずそう呟いた。


 ピンクの壁紙に、白のふかふか絨毯。

 ベッドや棚には可愛らしいぬいぐるみが、ずらりと並べられており、窓際にはレースのカーテンがかけられていた。


 ついさっきまで命を懸けた死闘を繰り広げていた魔王城の内部。

 そこにまさか、こんな部屋があったなんて、誰が想像できるだろうか……。


 そして何より、無視することのできない存在が一つ。


 ハルトは小さな子供が横たわっているベッドに近付く。

 そして、いよいよ顔が見える距離まで来ると、その子供の正体をなんとなく察してしまった。


(ああ、ビンゴだ……)


 額を抑え、しゃがみ込むハルト。

 黒い髪に、漆黒の瞳……いや、今は目を閉じているから正確にはわからないが……ハルトはその子供が、漆黒の瞳を持っているだろうという確信があった。


 理由は至ってシンプル。


(この子、魔王の娘だわ……)


 それが分かったからだった。

 眠っている女の子に感じる魔王の面影。

 魔王と、この女の子は親子だということは明らかだった。


 ハルトは深いため息をつく。 


「どうすっかな……」


 もしも、ハルトがこの世界の人間だったならば、目の前で眠っている魔王の娘を処分していただろう。


 人類の敵である魔王の血を引く存在。

 そんなものをこの世界の人間が認めるはずがない。

 まず、間違いなく処刑される。


 しかし、ハルトはこの世界に召喚された勇者である。

 倫理観も常識も、この世界の人間とは違ったものを持っていた。

 だから――


(まぁ、殺すのは……無しだな)

 

 ハルトは、これからどうしようかと悩みながら立ち上がると、眠っている”魔王の娘”を見る。

 すると、とある異変に気付いた。


(あれ? この子……魔法で眠らされてるのか?)


 魔王の娘にかけられていたのは、意識を奪う魔法。

 その魔法は、強制的に意識を奪うという、効果としては強力なものなのだが、解除するのが簡単で、ある程度魔法をかじった人間ならば、誰でも解除できるという、強いのか弱いのか判断が難しい魔法だった。


「この魔法なら、俺でも解除できるけど――」


 ハルトは魔王の娘の状態を詳しく把握するために一歩、彼女の近くに寄る。

 そして、気付く。


 魔王の娘が握っていたビー玉サイズの小さな水晶。

 明らかに玩具ではないそれは、魔力が内包されていた。


「これは……」


 慎重に手に取るハルト。

 そして、その水晶に刻まれた文字を読むと――


 ふかふかのベッドにぶん投げた。

 それはもう、全力で投げた。


 ハルトがそんな行動に出た理由。

 それは……ハルトが読んだ、


『拾って下さい』


 という、なんともふざけたメッセージのせいだった。


「でも……」


 ハルトはそう言って部屋を見渡す。


(愛情がなかったってわけでもなさそうなんだよなぁ……)


 可愛らしい家具に、沢山のぬいぐるみ。

 箱には玩具が入りきらないほど入っていて……。


 一つ大きく息を吸う。

 そして、頭が冷静になったことを確認すると、その水晶を拾い、魔力を流す。

 するとそこには――――魔王からのメッセージが込められていた。



 ハルトは、魔王の娘に生命活動と魔力を一定に保つ保護魔法を施すと、その身体を収納魔法の中に収める。


 続いて、部屋にある服やぬいぐるみ、彼女が気に入っていそうなものを一つひとつ手に取り、次々と収納していく。


 そして最後に、魔王のメッセージが込められていた水晶を収納魔法に収めると、一度だけ部屋を見渡し、その場を後にするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る